第11話 燃える過去、断罪の……


『世界中の人に嫌われる呪い』を自分の兄にかけられたと、アリステアは口にした。


「は、なんだよそれはっ? 兄貴が自分の妹に呪いをかける? そんなこと、あるはずないだろっ」


「あら、にも妹がいるのかしら。そう言ってくれるお兄さんがいて、あなたの妹は幸せね」

 寂しそうにアリステアは呟く。同時に俺に対する呼称も廃棄都市にいた時のものに戻っている。


「私の兄は残念ながらあなたとは違ったみたい。あなたを廃棄都市に強制転移させた直後だったわ、兄アルステッドの呪いが発動したのは」


「あの、時?」


「前にも言ったけど、あの王城はこのアリストス世界全ての魔力リソースが集まる場所。アルステッドはそれを利用してこの世界全てを循環する呪いを用意していたのよ。……5年もかけてね」


「そんな、ことが」


「私が魔法術や召喚術のスペシャリストなら、アルステッドは呪術において右に出るもののいない天才だったから。だからこそ私は彼を宰相として右腕においたの、あらゆる政敵を抑え込む最強のカードとしてね」


「その最強のカードに反旗を翻られちゃたまったもんじゃないな」


「本当よね。私もどこかで思っていたのかしら、兄が妹に手を下すことなんてないって。今振り返れば馬鹿げた幻想だったわ」


「アリステアの兄貴がそんなことをした理由はわからないけど、とりあえずお前の事情はわかった。それで街の人たちもあんな反応だったんだな」


「同情、してくれるの?」


「…………しねえよ。どうせお前にも悪いところが、あったんだろ」


「そうよね、きっとそうだったのかもね。そうだったら、嬉しいわ」

 そう告げて、彼女はこの星の図書館の情報端末室から外に出ていく。


「……っ」

 俺は、彼女にかける言葉もないままついていく。

 多分それがいけなかった。この時に心を決めておかなかったから、俺は。


「アリステア、どうした?」

 図書館の出口でアリステアは立ち止まっていた。理由はすぐに俺にもわかった。


「なかなかの出迎えね。まあ流石に2時間もすればみんな目が覚めるかしら」

 俺たちの前には、転移駅で待ち受けていた民衆だけでなく武装した兵士たちも大勢駆けつけていた。


「大人しく投降せよ、アリステア・アリストス並びにその従者」


「ほう、よくぞ妾にそのような口を聞いたものよ。それで、投降すれば何か得なことはあるのか?」

 自らの国の兵士を前に、アリステアは威厳を取り戻した口調で相対する。

 その威厳が、ハリボテのように感じたのはどうしてか。


「アルステッド様からの通達である。安全に確保できるようであれば、異世界からの従者には手を出すなと言われている」

 俺からすれば意外な話だった。そのままの意味で受け取れば、俺の身の安全が保障してもらえるってことだ。もちろん、アリステアが暴れ出さなければの話だから望み薄なわけだが。しかし、


「そうか、では従僕を巻き込むわけにもいくまい。良い、くだってやるのじゃ」

 アリステアは当然のように、無警戒、無防備なふるまいで兵士たちの前へと歩いていった。そして両手を後ろで縛られる。


「お、おいアリステア」

 俺は、ここから彼女がなにかしでかすのだろうと勝手に思い込んでいた。だけど、彼女は兵士たちによってどこかへと連れられていく。


「……良かったわね、タツヤ。嫌な女から逃げられるわよ」

 アリステアは少しだけ俺に振り向き、ほんの一瞬自虐的な笑みが見えた。


「異世界からの旅人、アルステッド様から貴方を保護するように命を受けております」

 戸惑う俺に、複数の兵士が駆け寄ってくる。


「俺、を。助けてくれるってことか?」

 まるで自動機械のように、俺の口から言葉が漏れ出ていた。

『助け』、この世界に来てから一番に欲しかった言葉。それが今俺に向けられている。


「その通りです。王城までお連れします、そこでなら貴方を元の世界に帰すことができるとのことです」


「帰れる、のか? 俺は、ちゃんと、俺の世界に」


「はい、もちろんです」

 善人でしかできないような屈託のない笑顔で、兵士の人は答えてくれた。


「……ぁ」

 思わず俺の目から涙がこぼれ落ちる。張りつめていた緊張が解けて、膝から崩れ落ちた。


「だ、大丈夫ですかっ?」

 兵士の人は俺に心配して駆け寄ってきた。ああ、本当に信じて、いいんだ。


「す、すみません。気が抜けてしまって」


「仕方ありません。貴方はあの悪王アリステアに振り回されていたのですから。さぞおつらかったでしょう」

 ここで彼女の名前が出てきて、思い出す。そうだ、アイツはこれからどうなるんだ?


「では行きましょう。転移駅を何度か経由することになりますが、明日には王城に到着しますので」

 兵士の人たちは俺の前後左右を囲んで、この都市の転移駅へと向かい始める。

 護衛の意味もあるのかもしれないけど、犯罪者みたいな感じもしてちょっとだけ気が悪い。


 30分もしない内に、転移駅前の広場に到着する。


 そこは、とんでもない混雑をしていた。誰もが、広場の中央にあるを見ようとこぞって集まっている。


「しまったなぁ、これだとすぐには広場を抜けられなさそうですね。せっかくですし、貴方もご覧になりますか?」

 俺を連れて行ってくれる兵士の人は、心からの善意でそう告げた。


「何が、あるんですか?」

 背すじを這い上がる嫌な予感を感じ、俺は思わず聞いていた。


「それはもちろん、アリステア・アリストスのですよ」


「は、え?」

 心が、凍った。

 処刑? 殺されるのか? だってアイツは、ただ呪いにかけられただけで……


「どうぞ、少し遠いですがここからならちゃんと見えますよ」

 いつの間にか俺は広場の中央が見える場所にまで案内されていた。

 そこにはもちろん、このイベントの主役である彼女がいる。

 断頭台に顔を押し付けられて、彼女の上では鋭く煌めくギロチンの刃がこれから落とすことになる首の具合を眺めている。


「形式は少し古いですが、彼女が廃止した処刑法ですしちょうど良いでしょう。民衆もみんな盛り上がっていますしね」

 実に爽やかに、兵士の人は俺に説明してくれる。


「なんで、死刑なんだ? 理由とか、順番とか。ほらだって、裁判とかもしてないだろ?」

 俺の声が震えていた。ついさっきまで俺と普通に会話していたヤツが今から殺されようとしている。


「理由? そんなの決まり切ってるじゃないですか。ほら、主文の読み上げが始まりますよ」

 促された先では、断頭台に乗せられたアリステアの横に男が立って手にしている用紙を読み上げ始める。


「この者、アリステア・アリストスは先代国王の身でありながら全国民に嫌われるという愚を犯した。よって本日、斬首をもってその罪を裁くこととなった」


「────は?」

 それ、だけ? それだけでアイツは今から殺されるのか?

 ただみんなに嫌われた、それだけでアイツは今から殺されるのか?


 それも呪いなんていうわけのわからないモノの力で。


「何か言い遺すことはあるか?」

 最後に男は、アリステアへ義務的な言葉を告げる。


「う~む、そうじゃのう。妾は皆から嫌われたが、妾の残した功績は消えてなかった。ならばそれで良しとするのじゃ」

 儚げに、これも運命かというように彼女は笑っていた。だが、


「なお、アリステア・アリストスの痕跡末梢にあたって、まことに残念ではあるが星の図書館は焼却することとなった」

 残酷な仕打ちはまだ続いていた。


 振り返ると、俺たちがさっきまでいた場所から巨大な火の手が上がっている。

 まさかこいつら、本当にあの図書館に火を付けたのか!?


「……おう、徹底しておるのう。そうか、人に嫌われるというのはこういうことじゃったか。最期に良い学びとなったの」

 一瞬絶望に染まった瞳を隠すように、アリステアは目を閉じた。

 あとは頭上の刃が落ちれば、世界全てに嫌われた女の子の絶望した首が地面に転がっていく。


「────ぁ」

 いいのか、それで?


「────────ぁっ」

 世界でたった一人になった彼女。異世界でたった一人きりの自分。

 このまま彼女の死を見過ごして、俺は自分の世界に帰って当たり前のように笑えるのか?


「では、ここに断罪の刃をもってこの者の生まれてきた罪をそそぐ」

 男の腕が振り下ろされ、それを合図にギロチンが落とされる。その前に、


「あああああああああ!!!!」

 俺は、走り出していた。あのひとりぼっちの女の子へ向かって。


 大衆の頭を踏み越え、最短最速で断頭台へ走る。


 間に合うわけがない、間に合うわけがない。


 なのに、世界がスローモーションみたいにゆっくり見え、俺だけがその中を当たり前に駆けている。


 遅すぎる、男が振りおろす腕も。


 遅すぎる、彼女に落とされる刃も。


「────っ」

 だけど何よりも遅かったのは、女の子を守るために動き出そうとしなかったこの心だった。


 重い刃は落ちる。


 運命を諦めて目を閉じていたはずのアリステアと、その瞬間目が合った。


 驚きと困惑に満ちた顔。


 ああ、お前もそんな顔するんだな。


「くそったれぇ!!」

 彼女の首が切り離される、その直前。俺は振り落ちる刃の横っ面を殴り飛ばした。


 鳴り響く破壊音。断頭台は粉々に砕け、目下にアリステアの首の無事を確認する。


「は、はぁっ、はぁっ」

 人智を超えた全力疾走の代償に、心臓は激しい鼓動を打ち、肺は一生分の酸素を求めてくる。


「き、貴様! 何をしている!!」

 当然、処刑を見に来ていた民衆および警備の兵士たちからは怒号があがった。


「やってくれたわね、タツヤ。何もしなければ無事に自分の世界に帰れたんでしょうに」

 俺の背中から、憐れみと、少しだけ嬉しさを隠せない声が聞こえてきた。


 そうか、今俺はこいつを背に守るように立っているのか。


「うる、さいっ。身体が勝手に動いたんだ」


「あら、難儀な身体を持ったものね。今ならまだ間に合うわよ、必死に頭を地面にこすりつけたらみんなゆるしてくれるかも。だってあなた、私の味方をするってことはこの広場の人たちみんな、いいえこの世界の人間全てを敵に回すってことよ」

 怒号響き渡る中で、アリステアの静かな声が確かに俺の耳に届いてくる。

 きっと彼女の言葉は真実だ。今ならまだ戻れる、今ならまだ俺の世界に帰れる。でも、


「涙流しながらそんなこと言ってんじゃねえよっ! お前を助けてやるっ、この世界の全てお前の敵だって言うなら、俺だけはお前の味方でいてやるよっ!!」

 命が助かったと分かって泣き出した女の子を、誰が見捨ててやるものか。


「…………そう、なんだ。随分バカな男を私は引き当てたのね」

 アリステアは涙をこらえきれない瞳で、俺の内側を覗きこむ。


「タツヤ、ここから出会う人たち全てがあなたの敵。だったら、あなたが最強よ」

 俺の内側が、燃えるように熱くなる。


 アストラルギフト『エンカウンター』のカウントメーターが激しく回りだした。



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