第8話 異世界召喚アリストス
俺は、異世界が好きだった。
異世界転移も異世界転生も、好きで好きで仕方なかった。
楽しく刺激的な毎日が約束されているのに、元の世界に帰る必要なんてないだろ?
文字通り輝かしい人生に生まれ変わったっていうのに、理不尽に終えたこれまでの人生を惜しむ必要がどこにある?
現実がつまらないわけじゃないけど夢が見たい。
今を生きてるのが苦しいわけじゃないけど夢が見たい。
俺はただ、異世界なんていう虚構に胸が焦がれるほどの夢を見ていたんだ。
「─────最悪だな」
ふと、目が覚めた。
ひどい夢だ。異世界に憧れていた、あの頃の自分を夢見るなんて。
たまに思う、全てが夢であってくれたなら良かったと。
身体を起こして、両手を強く握りしめる。突き刺さる爪の痛みが、ここが確かな現実だと伝えてくる。
顔をあげれば、天井にアリステアが作り上げたというアイツの部屋と俺の部屋を繋ぐゲートが見える。
これもまた、目を背けたくなる現実だ。かつて夢にまで憧れた異世界の実在を証明するモノから、目をそらしたい。
俺が異世界に関わることになった直接の原因、アリステア・アリストス。
俺の憎しみの対象であり、俺の嫌悪の対象であり、俺の呪いの…………。
いやダメだ。それだけはいけない。アイツを呪うようなことだけは、しちゃいけない。
俺にとってアリステアがどれほど、苦しみの根幹にいる存在だとしても。
夢を見る。
目を覚ましていながら、確かにあったあの現実を、俺は今も夢に見る。
全てはあの日から始まった。
学校の屋上、赤い夕焼け。全てをだいなしにした、異世界へのゲートから。
そう、あの日俺は学校の屋上で美奈弥と一緒にいた。
高校2年の夏、同じ陸上部だった俺たちは練習の終わりに、夕陽が綺麗だからと二人で屋上に行ったんだった。
美奈弥、子供のころからの幼馴染。側に居るのが当たり前で、でもこれからもそんな日々が続いてくれるのか不安に思った俺は…………
気付いた時には、異世界に飛ばされていた。
俺が転移させられた先は、異世界アリストスの玉座の間だった。
俺は玉座の間の中央、謎の召喚陣の上にいて、そこからのびる大きく長い階段の先、玉座に座っていたのが、
「おお釣れた釣れたっ。じゃが、何やら貧相なナリじゃのう。まあ有用なマテリアルギフトを持っておればそれでよいか」
燃えるようなウェーブのかかった赤い長髪の偉そうな女、アリステアだった。
彼女の金色の瞳が俺を値踏みするように見ていた。
「な、なんだここはっ。いったい何がっ、むっ!?」
突然俺の口が謎の力で封じられる。
「うるさいのう、召喚は引き当てた瞬間は楽しいのじゃが、いざ釣りあがった後にピチピチと喚くのが好かんの。よいよい、言いたいことはわかっておる。『ここはどこで』『何で呼ばれたか』じゃろ? うむ、わかっておるがイチイチ妾が答える義理はないのじゃっ」
まさに、暴君だった。言動の端々から、この女が普通でないことはすぐに俺にもわかった。
だけど、彼女はすぐに隣に立っていた背の高い男からたしなめられる。
「アリストス王、それはいけない。召喚術にも礼儀がある。最低限の対話は怠るべきではない」
暗く、それでも良く通る声だった。整った顔立ちなのにどこか影のある男。
「う、うるさいアルステッド。宰相ごときが妾に口を出すでない。……じゃが、一応聞くだけは聞いてやるのじゃ」
アリステアが軽く手を振ると、俺の口を閉ざしていた力が緩む。
「はぁ、はぁ」
「どうじゃ、これで喋れるじゃろ? 何か聞きたいことはあるか? あったとしても手短にな」
「ここは、どこなんだ?」
「お主からすれば異世界に当たる場所じゃ。
玉座の間、周囲を見渡せは臣下と思われる人々が左右に長い列をなしていた恭しく頭を下げている。
「異世界、だって?」
俺はアリステアの発言に理解が追い付かずにただ同じ言葉を繰り返すだけだった。
「あとこれも先に言うておくか。この世界にある国家は我が国アリストスのみじゃ。妾たちの世界はもう何世代も前に統一されておってな、こうしてよその世界にちょっかいをかける余裕があるというわけじゃ」
「ちょっかい? お前はそんなことのために俺をっ、ぐっ」
再び強引な力で俺の口が閉ざされた。
「口のきき方には気をつけるのじゃぞ。所詮貴様は妾の
「マテ、リアル、ギフト?」
どうやら相槌くらいは許されるみたいだった。
「うむうむ、異世界召喚を行なうとついてくるおまけのようなものじゃな。ま、妾にとってはおまけが本命なわけじゃが」
「俺は、そんなもの知らない」
早く解放して欲しい一心で俺は答えた。
「そりゃそうじゃろ、自覚をするのは今からなんじゃからな。マテリアルギフトとは異世界に渡る時に肉体へ宿る超常の力。これから妾が異世界に攻めこむにあたっては必須の戦力よ」
「異世界に、攻め込む、だと?」
「おうよ、先に言ったではないか。この世界は我が国アリストスの統一国家であると。となると大きな問題が出てくるじゃろ、わかるか?」
俺は大きく首を横に振った。
「なんじゃ、ヒントはくれてやっとるのに分からんのか。じゃからの、世界統一しておるとこの世界の中に妾が戦争をしかける場所がないのじゃ。となれば、異世界に戦争をふっかけるしかなかろう」
「は、なんだとっ?」
「じゃが、ただ闇雲に攻め込んで泥沼の戦争では利がない。やるならば圧倒的な戦力を用意した上で無血の植民地化、ああいやこの場合は植民世界化か? まあともかくこれが一番おいしいのじゃっ」
「植民、世界? まさか俺たちの世界をっ?」
「ん、お主の世界? ちょっと待っておれ、お主はどこから来たんじゃったか……」
億劫そうにアリステアはどこからかカタログのようなものを取り出した。
「え~と、確か、ぶ、ぶ、ぶ……おおあったのじゃ。はぁっ、なんじゃここは未開拓世界ではないか。こんな貧相な場所に妾は要はないのじゃ」
「未開拓、世界?」
「まったくもって発達しておらぬ未熟な世界ということじゃ。貴金属がゴールド類じゃと? はっ、妾の世界の石ころの方がよっぽど優秀なのじゃ。それに異世界渡航技術も召喚技術もない上に、召喚防御もできないじゃと!?」
カタログから目を離してアリステアは心底蔑むような目でこっちを見てきた。
「な、なんだよっ」
「召喚を成功させたと喜んだ妾が馬鹿馬鹿しくなっての。召喚防御すら出来ぬ世界から召喚したなど、養殖場の生け簀の中で釣りをしたようなものじゃ。釣れて当然、何の嬉しさもないわ」
アリステアの大きなため息が玉座の間に響き渡る。
突然わけもわからず異世界に呼び出されて、勝手に失望される。こっちの気分の方が最悪だった。
「はぁ、これで持ってきたマテリアルギフトが低ランクとかであれば極刑じゃからな、極刑」
恐ろしいことを口にしながら、アリステアは指で輪を作って俺を覗き込む。
「ん? ん~? なんじゃこれは。そもそもお主、マテリアルギフトを持っておらぬではないかっ」
玉座の間に集まっていた聴衆がざわめく。
「代わりになんじゃこれは、アストラルギフト? 初めて目にするぞ、これが多少使い物になりそうなら赦してやらんこともないが。え~と、ステータスはどうなっとるんじゃ?」
アリステアは俺の中身、彼らからすればステータスと呼ばれるモノを勝手に読み漁ってきた。
「なになに、アストラルギフト『エンカウンター』、保有者の各能力値に+1、じゃと? ……ゴミじゃな」
「なっ、」
「まったく、妾に無駄な時間を取らせてくれたものじゃのう。本来なら極刑とするところじゃが、妾は釣った魚をいちいち捌くほどヒマでない。キャッチアンドリリースじゃ、時の海に戻してやるゆえ運がよければ元の世界に帰れるぞ。ま、ゴミ山の中で至上の宝を見つけるくらいの強運が必要じゃが」
「ちょ、お前っ」
俺の周囲を召喚の時の円陣が再び回りだした。だが、
「やめるんだアリステア、いやアリストス王よ」
「またか
「それでも、だ。礼節を欠くのはいけない。同時に王の品格を欠くことになる」
「はぁ、異世界召喚などただの釣りに過ぎぬことが凡俗にはわからんかのう。まあよい、送り先を変更するのじゃ」
アリステアが指を振ると同時に俺を囲む円陣の紋様が変わり、さらに回転が速くなっていく。
「妾の国でもっともお主に相応しい場所へ送ろう、異世界の雑魚よ。廃棄都市ロストダスト、満天の星空から同じ星を2つ見つけるだけの豪運があれば、きっと帰ってこれよう。さらばじゃ、名も知らぬ……」
「や、やめっ……」
アリステアの言葉を最後まで耳にすることもなく、俺は彼女の作りだした転移のゲートに飲み込まれていた。
次に気付いた時には、俺は色彩のない牢獄の中にいた。
頑丈な檻に色合いがないのは当然だが、その檻の外には都市が見えていた。
巨大で、寂れた、モノクロでのみ構成された虚ろな街。
「ど、どこだよ? ここは……」
突然呼び出された誰も知る人がいない異世界で、突然誰もいない場所に飛ばされた。
そこには誰も、いなかった。
そこには何も、なかった。
それを、1週間飲まず食わずの生活を強いられて理解した。
「──────────ぁ、」
この場所は、この世界におけるただのゴミ箱だと。
不要なモノを押し付けるだけの場所。
不要なモノが勝手に朽ちていくだけの場所。
そして、自分が、そんな不要なゴミであることを理解し、その元凶であるあの女を俺は呪った。
「──────────っ、」
憎い、憎い、殺したいほどに憎い。
返せ、返せ、俺の平穏を返してくれ。
そう、頼む、かえせ。俺を、帰せ。
あの、暖かかったはずの元の世界に、俺を帰してほしい。
これから、だったんだ。これから、俺はっ……。
「──────────っ!!」
声が枯れるほどに叫び続けた。
指の皮が剥けるほどに格子を揺すり続けた。
生きることに何の希望が持てないほど、これが夢であれと願い続けた。
「────────────────────、っ!?」
何で自分が生きているのか、わからなくなったその時、俺の牢獄に投げ込まれる何かがあった。
みすぼらしい格好をした、どうやら人のような、何か。
掠れる目が、おぼろげな像を映し出す。
「あ、あなたは……」
投げ込まれた何かが言葉を話す。どうやら人間だったらしい。
久しぶりに人の声を聞いて、かすかに脳が息を吹き返す。
次第に焦点の合う瞳が、目の前の人物を確かなものにしていく。
赤く燃えるような長髪、美しい金色の瞳。
そいつは、その女こそは、俺をこの地獄に突き落とした張本人。アリステア・アリストスだった。
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