第6話 後始末



「ぬぁぁああああああっ!! ま、さか。この我、が…………っ」

 断末魔をあげながら、魔王がこの世界から消えていく。いや、この世界だけではなく、あらゆる世界に遍在するという彼は連鎖的に消滅していくはずだ。


『よくやったな勇者。そして偉大なる名剣であるこのエヌマエリッシュ・ラグナ……』


「消えろ」

 またごちゃごちゃと喋り始めたご都合剣を空に投げ捨てる。するとアレは割れた空に吸い込まれるように時の海に放り出されて再び世界の外側、時の海を回遊しはじめる。


「───ふぅ」

 俺は一息ついて周りを見た。財善寺の一撃に加えてさっきのご都合剣で舞い上がった砂埃がまだ校舎全体からの視界を遮っている。今ならまだ間に合いそうだ。


「悪いみんな、早速だけどまた封印を手伝ってくれるか?」


「やれやれ本当に世話の焼ける。別に封印なんぞしなくてよいじゃろう。妾は好きじゃぞ、強い男は」

 仕方ないといった様子で、アリステアが寄ってくる。


「デコピンひとつで魔王を爆散させる力だぞ、こんな状態で日常生活が遅れるわけないだろ」


「そう、なの? フィンも強いタツヤ好きだけど、困ってるなら封印手伝う」


「ありがとう、フィン。実は結構困ってんだ。俺を助けてくれ、頼む」


「うんわかった。タツヤ助ける」


「お兄様は封印があってもお強いんですからわたくしは気にしませんわ」


「理解者、顔、リリム、ズルい」


「あ、あら、マキナさん。わたくしは別にお兄様の好感度を稼ごうだなんて、ほんの少ししか考えておりませんわよ」


「あのな、リリムへの好感度はもう限界突破してるんだからこれ以上はいらんだろ。ほら砂埃が晴れる、みんな早くしてくれ」

 俺が促すと4人全員が俺の背に手を当てる。同時にそれぞれが所属していた異世界に呼応して俺のアストラルギフトが4つの円環状の紋様となって封印された。


「よし、これで元に戻ったか」

 手をグーパーしながら自身の状態を確かめる。


「元に、か。封印されてない状態が従僕の本来の力じゃが、まあお主がそう思うならそれで良い。では妾は帰る、ちゃんと妾を働かせた褒美は用意しておくのじゃぞ」

 言うや否や、アリステアは俺の家までの転移ゲートを作って一人さっさと帰っていった。


「あ、またアリス一人だけ楽してる。む~ん、それじゃフィンも帰ってお昼寝する。タツヤ帰ってきたら散歩しよ」

 続いてフィンリルもあり余る身体能力で消えるように飛び上がって、余所の家の屋根を伝って帰宅していった。


「それじゃあ私たちも帰りましょうかマキナさん。お兄様はまた勉学に励んでくださいね」


「ああ、リリムも勉強をサボるなよ。母様たちに後で怒られることになっても知らないからな」


「うう、もちろんおさぼりなどしませんわ。ただちょっと、面白いドラマがあるのがいけませんの」

 リリムはどうやらこっちに来てから韓流ドラマにはまっているらしい。彼女の年代にはやっぱり刺さるものがあるんだろう。


「まったく困ったヤツだな。マキナ、あんまりリリムがだらしないようなら気合いを入れてやってくれよ」


「承知、マスター。このチャンス、ダイエット、させる」


「ひぃマキナさん。ちゃんと勉強しますから、それは勘弁してくださいませ~」

 身の危険を感じたのか、リリムは思いのほか機敏な動きでマキナから距離をとった。ちょうどいい。


「ああ、それとマキナ。─────さっきので、何年分消費できたか?」

 リリムが少し離れてくれたので、俺は小声でマキナに確認する。


「ざっと、1000年分」


「そうか、結構使ったつもりだったけど、まだ先は長いな」

 1000年、か。残り全部消費することを考えると、気が重くなる。


「ファイト、マスター。でもワタシ、アナタが……」

 彼女が何か言いかける。でも俺はそれを聞くわけにはいかなかった。


「マキナ。俺は普通に生きて、死にたいんだ。頼むよ」


「……了解。マスター、ファイト」

 彼女の二度目の『ファイト』は、まるで祈りの響きのように聞こえた。


「では、リリムさん。帰リマショウ、徒歩で」


「え、歩いて帰るんですの!? 来た時のように空を飛んで運んで下さらないの?」

 少し離れたところで待機していたリリムは、マキナの発言に驚愕していた。帰りも楽ができると思っていたんだろう。


「目立つので、却下。アト、ダイエット、実行」

 マキナはそう言うや否や有言実行とばかりにリリムの手を引っ張り、二人歩いて家へと帰っていった。


「さて、と」

 そろそろ本当に埃が晴れる。目の良いヤツならこのグラウンドの様子が見えてくるはずだ。さっさとここから離れないとな。そう俺が思ったタイミングで、


「キ、キミ」

 当然、財善寺から俺に向けて声がかけられた。


「ああ、財善寺。ありがとうな、俺を

 大事なことを、俺は彼に言うのを忘れていた。


「は!? キミは何を言ってるんだっ。魔王ランゼウスを倒して僕を助けてくれたのはキミじゃないか!」


「何言ってんだ、そんなわけないだろ。異世界から帰ってきたリターナーはお前で、とんでもないギフトを持っているのもお前。去年、異世界からの征服者を追い返したのもお前なんだろ? だったら魔王を撃退したのが誰かなんて、みんな分かり切ってるだろうが」


「そ、それでいいわけがないだろ? 異世界からの帰還者、リターナー? だったらキミもリターナーじゃないかっ」


「そう言えるかも、しれないな。でもほとんど誰にも話してないことだ。一応世間じゃ、不良息子が1年半家出をしてたってことになってんだよ」


「何でっ? 隠す必要なんかないじゃないか。キミは僕より明らかに強い、さっきの女性たちだって異世界から来ていた。それにあの中の1人は……」


「その通りだよ財善寺、だからアイツらはお前が異世界から帰ってきた影響でこっちに迷い込んで来た、ってことになってる。悪いがその辺よろしく頼む」

 俺はとりあえず言いたいことは言ったので、人が集まってくる前に退散することにした。


「待ってくれ。どこに行くんだっ?」


「どこって教室だろ。予鈴はとっくに鳴ってんだ、授業に間に合わなくなるだろうが。俺は、普通に生きてたいんだよ」

 本当に授業まで残り1分あるかないかと言ったところ。もちろん今の騒ぎで授業開始が遅くなるかもしれないけど、いずれにしろ教室の中にいた方がいいに決まってる。100m11秒のペースで走っていけば色々バレないか?


 晴れてきた砂埃の中を、教室に向けて駆け抜けていく。その時、


「普通に生きたいって、君は何を言ってるんだ。異世界を4つも渡り歩いて、普通に生活するなんてできるわけがないじゃないか」

 財善寺のこぼした言葉がはっきりと俺の耳にも届いていた。



 ─────────ああ、そんなこと、俺にだってわかってるさ。





「ねぇねぇ龍弥っ、お昼のアレ見たっ? なんか黒くて大きい人がやってきたけど財善寺くんが追い払ったの。アレねぇ、実は異世界の魔王なんだって、スゴイよねっ」

 学校からの帰り道、今日は自然とタイミングが噛み合って俺は美奈弥と一緒に帰っていた。


「ああ、見てたよ。スゴイな、アイツ」

 どうやら財善寺は俺のことを黙ってくれているようで安心した。


「だけど、本当は怖かったって。死ぬかもしれないと思ったって、言ってたよ」


「そうか、そんなこともアイツ話すんだな」


「あ、今のはみんながいないところで聞いたの。財善寺くんの手、震えてた気がしたから」


「……なあ美奈弥。お前そんなに異世界に興味あったか? それとも、」

 アイツのことがそんなに、そう言いかけた俺を、美奈弥が強い目で見返してきた。


「そんなのっ、龍弥のことをちゃんと知りたいからに決まってるでしょっ!」

 俺の手が、彼女の両手で強く握られた。


「美奈弥」


「だって龍弥、なんにも話してくれないんだもん。異世界で何があったのか、あの人たちが龍弥にとってどんな人たちなのかとか」

 美奈弥の手が、震えている。


「私、怖いんだよ。龍弥があの日突然いなくなって、やっと帰ってきてくれて嬉しかったのに。まるで別人みたいに、感じることがあるの」

 間近で、美奈弥の瞳が小刻みに揺れていた。その彼女の怖れこそ、俺が一番怖れていたものだった。


「別人ってな、結構傷つくぞ。俺は財善寺みたいに色々オープンにしたくないだけだし、アイツらのことも一度に話すと美奈弥の頭が混乱すると思ったんだよ」

 俺の手を掴んだ美奈弥の両手を、空いた手で重ねて、ゆっくりと俺から剥がす。


「俺もまだ今の環境に慣れてないんだ。落ち着いたら、美奈弥にもちゃんと話すよ」

 彼女の手をほどいて、俺はゆっくりとまた家に向けて歩きだした。

 美奈弥も納得した様子ではないものの、しぶしぶと俺の隣について歩く。



 ごめん、美奈弥。俺もわかってるんだ、いつかちゃんと話さないといけないことは。



 でもせめて今だけは、君といるこの時間を大切にさせてくれないか。

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