第5話 封印紋


「5億年ぶり? 何の話だ、我はゴミに知り合いなどおらんが」

 俺の頭のおかしい発言に、魔王ランゼウスはわずかに困惑した様子だ。……よかった、いい確認ができた。


「ああそうか、それを聞いて安心したよ。一応聞くが、このまま自分の世界に帰るって選択肢はあるか?」

 最低限の交渉を試みる。期待はしていないが、ノーリスクでコイツを追い返せるのならそれに越したことはない。


「何を馬鹿な、それではわざわざこんな辺境世界に来た意味がないではないか。我は退屈と同じくらい無駄が嫌いなのだ。だからこの会話も身の毛がよだつほどにおぞましいわっ」

 交渉失敗、そもそも俺との会話そのものが魔王にとっては唾棄すべき時間らしい。だったら仕方ない。


「そりゃ結構だ、別に俺はお前を歓待しに来たわけじゃないからな。─────やっと来たか」

 俺の背後に財善寺以外の気配が増えたのを感じる。


「何が『やっと来た』じゃ従僕。こういうことがあるから妾から常に離れるなと言うたはずじゃ」

 燃えるような赤い髪の女王、アリステアの到着だった。


「そう言うなよアリステア、他の連中は?」


「ふん、わざわざあやつらに手を貸してやる義理もないのじゃ、置いてきた」


「……マジか、結構困るんだが」

 内心で血の気が引くほどに焦っていると、物凄い速度でもう一人がやってきた。


「はぁっ、フィンやっと追いついた。タツヤ、アリス自分だけゲート使ってこっち来た、ズルい」

 アリステアに遅れてフィンリルも現れる。どうやら彼女はここまで自力で走って来たらしい。おそらくは1キロメートル10秒以上の速度で。


「は、速すぎますわ~」

 さらに遅れて、リリムの上品な声が聞こえる。同時に、


「リリム、さん。重イ、ダイエット、推奨」

 リリムを抱きかかえながら空をジェットエンジンのバックパックで飛翔するマキナの苦情も聞こえてきた。


「ちょっとマキナさん、わたくしの体重のことは言わないでくださいませぇ」


「了解。マスター、荷重積載で、ワタシ、遅刻。でも、ナニがあったかイエナイ」

 ホバリングしながらマキナは静かにリリムと一緒に地面に着地した。


「まあ、詳しくは聞かないよ。それにこっちも詳しく説明してる暇がないんだ。お前たち、俺の封印紋を解く、いいな」

 俺は魔王ランゼウスと対峙し、背中を4人に任せる。


「まったく、世話の焼ける男じゃ」

「あっ、魔王ランゼウス! ……わかったタツヤ、絶対負けないでっ」

「どんな相手でもお兄様は負けません。その力、存分にふるって下さいませ」

「敵ノ存在規模、界滅級。マスター、全力推奨」

 4人がそれぞれの思いで俺の背中に手を触れる。


「なんだ、今来た連中はこの世界の出身ではないな?」

 俺の存在がよほどくだらなく見えるのだろう。魔王は俺よりも今来た彼女たちの方に興味を示していた。


「ああ、俺の家に転がり込んだ異世界人たちだよ。俺が、、な」


「何だって!? それじゃキミは、あんな異世界転移を4度も繰り返したっていうのかっ?」

 財善寺の驚愕の声が聞こえた。その声だけで、彼にとってどれだけ異世界での経験が過酷なものであったのか伝わってくる。だから、


「財善寺豪兎、アンタが元の世界に帰りたかったって気持ち、痛いほどわかる。だから俺は、アンタのその気持ちのためだけに命を懸けたっていい!」

 帰りたい場所を、帰りたい想いを、俺は絶対に馬鹿になんてしない。


「カッ、名もなき端役が何を言う。どうやらまともなマテリアルギフトすら持っておらんようではないか」

 黒雷とともに魔王の哄笑が響く。


「ああ、残念なことにマテリアルギフトは持ってねえよ。もし俺がそれを持ってれば、色々変わったんだろうがな」

 過ぎたことは仕方ない。俺は魔王を眼前にしながらも瞳を閉じ、自身の内に掛けた封印に集中する。


、全解放」


「何!? アストラル、ギフトだと?」

 俺自身に得体の知れない変化を感じたのか、魔王ランゼウスが初めて俺に警戒を示した。……だがもう遅い。


「第一封印紋アリストス界錠。アストラルギフト『エンカウンター』」

 背に触れる、アリステアの存在に呼応して封印していたギフトのひとつが解放される。


「第二封印紋サーヴァニア界錠。アストラルギフト『リアンフォール』」

 同様に、フィンリルとの絆の力もギフトとしてかたちどられる。


「第三封印紋エル・キングダム界錠。アストラルギフト『ディアラブ』」

 自分とリリムのギフト。


「第四封印紋マリオネット・サーカス界錠。アストラル・ギフト『トキノクロノス』」

 最後にマキナの施した封印が解放され、俺は本来の力を取り戻す。


「な、何なのだお前は? アストラル、ギフト? 何だ、それは!? 知らぬ、我はそんなもの知らぬぞっ」

 未知なる力を前に、魔王ランゼウスに明らかな動揺が走っていた。


「そうかよ、それはさぞ安泰な人生を送って来たんだろうさ。エンカウンター、カウントコール」


『カウントコール開始。今回の会敵にてエンカウント1万5千に到達しました』


「何だ、この声は?」


「ああ、自分でイチイチ数値計算するのも面倒だからな、後付けで読み上げ機能を付けたんだよ」


『アストラルギフト・エンカウンターの効果発動、各パラメーターに1万5千の数値が加算されます』


「ふ、ふざけるでない! な、なんだその力は。そこらのマテリアルギフトよりも遥かに強いではないか!?」


「そうでもねえよランゼウス。これはわかりやすく言えば出会いの数だけ強くなる力。始めは本当に弱かったんだ」


『続いてアストラルギフト・リアンフォールの効果発動。対象との絆値測定、最高ランクを確認しました。よってボーナス、各パラメーターへの50倍の乗算処理が行われます』


「は? なん、だと?」


『さらに引き続きアストラルギフト・ディアラブの効果発動。対象との愛情値測定、最高ランクを確認しました。よってボーナス、各パラメーターへ三乗の計算処理が行われます』

 本当、この音声処理システムを付けてよかった。この辺りから全然自分じゃ計算できないからな。


「ちょ、ちょっと待つが良い人間。流石にそれはふざけすぎだろう。なんだそのステータスは!?」

 魔王ランゼウスには視覚的に俺の能力値が見えているのだろう、彼の表情がみるみる青ざめていく。


「ああ、面白いだろ。だけどもうちょっとふざけるぞ」


『最後にアストラルギフト・トキノクロノスの計上開始。対象者の管理時間の10倍がボーナス乗算されます。つまり100億倍です』


「かっ、何なのだそれはぁ!!」


『アストラルギフトによる全数値計算終了、最終的に各パラメーターへ4.21875000E+27、つまりは4かん2187こう5000じょうの値が付与されました』


「あ、ありえぬ。ありえんぞそれは?」


「びっくりするよな。世の中こんな数字が存在するんだぜ」

 ここまでくると自分の頭で計算するのは無理だからな。本当、数値処理の読み上げ機能を付けてよかった。


「で、改めて聞くが、素直にここから帰ってくれないか?」

 無防備に、無頓着に1歩魔王へと踏み込む。

 残念ながら、それほどの力の差が俺とコイツとの間にはできている。


「な、舐めるなっ、たかが4度異界渡りを繰り返したくらいで!!」

 魔王ランゼウスの爪が容赦なく俺に迫る。

 しかし当然のように、彼の爪は俺に触れた時点で粉々に砕け散った。


「ぐおぉぉぉっ!! く、クソがぁ。本当に、貴様のステータスはハッタリではないと?」


「ハッタリだったらこんな舐めプしねえよ。それじゃあこっちも手を出していいか?」

 言い終わる前に、俺は既に飛び上がって魔王ランゼウスへ攻撃が届く距離に到達していた。

 彼の目前には中指を親指で抑えた、つまりはデコピンの体勢に入った俺がいる。


「な、待っ」


「よっ」

 俺がデコピンを放つと空気の割れるような高音が響き、同時に魔王ランゼウスの肉体は粒子状に崩壊して消えた。


「…………マジか、ひどいもんだな。オーバーキルもいいところだぞこれは」

 自分の力を確認してため息が出る。こんな力を持ったまま日常生活なんてできるわけがない。しっかり封印しておいて正解だった。


「ぬ、ぬおぉぉぉ!! あり、えぬ。我が、信じられぬ。いったい何をすれば、このような」

 次の瞬間には存在が塗り替えられるかのように五体満足の魔王ランゼウスが目の前に立っていた。


「そういえば10体くらい肉体をストックしてるって言ってたな。まだやるか?」

 2階建ての建物のように大きな魔王を余裕をもって俺は見上げる。


「その油断、それが貴様の敗因だぁ!! マテリアルギフト・絶剣、王律、剛体、無極、星壊。これぞ我が集めてきた異世界の勇者たちの力。その身を持って味わうがいい」

 魔王ランゼウスは彼のマテリアルギフトとやらを黒く超大な剣のカタチに集約して、俺に向けて斬りつけてきた。

 容赦なく、俺の顔面を真っ二つにする一撃。だが、


「立場が逆転したな、魔王」

 彼の力は、俺の頬に傷を付けることすらできなかった。


「な、あり得ぬ」


「……本当にな。お前が今まで相手にしてきた連中は、みんなそんな気持ちで死んでいったんだろ」

 俺は心からの憐れみを、目の前の魔王に向けた。


「これで終わりにしよう、魔王ランゼウス。来い、ご都合剣!!」

 俺が右手を天に向けて掲げると次の瞬間、天空を突き破って一振りの剣が俺の右手に収まっていた。

 何の変哲もない、どこにでもありそうな剣の一振り。


「今度は、何をするつもりだ。何なのだ、ソレは?」

 ランゼウスの瞳が、絶望に揺れる。


「ああ、こいつは……」


『いよぉ! 我こそは悪を滅ぼし正義を断罪する聖なる魔剣。エヌマエリッシュ・ラグナロークであ~る!!』

 俺が答える前に、手にした剣が勝手に名乗りをあげた。


「──────────、」

「──────────。」

 魔王と俺の間に何とも言えない空気が流れていく。


『さあ、我を存分に使うがいい。勇者アル……』


「マキナッ!! 時間はどれぐらいいける!?」

 さらに余計なことを語りだす剣のアホな音声を無視して、後ろに控えている機械メイドのマキナに大切な確認を取る。


「マスター、許容時間ハ、1分。それ以内なら、歪ミ、誤差」


「なら、10秒で終わらせる」

 冗談じゃない、1分だってこの剣の世迷言を聞き続けていられない。


「それじゃ、さようならだ」

 俺はご都合剣を振りかぶり、目の前の男に別れを告げる。


「何を、我は決して負けぬ!!」

 魔王も、渾身の力でマテリアルギフトを凝縮した黒剣を俺に向け、お互いの剣が衝突する。だが、


「この一撃は、全ての世界のお前を殺す」

 拮抗すらすることなく魔王の剣は打ち砕け、俺の剣はそのまま彼の肉体を越えた魂にまで到達する。


「ま、さか。何故だっ、どうして我の、力が、こんなものに……」


「─────悪いな、魔王ランゼウス。俺はシリアスファンタジーよりも、ゆるいラブコメの方が好きなんだ」

 一切の迷いなく、俺は魔王ランゼウスの悉くを都合の良い幻想で斬り捨てた。

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