第3話 帰還者・リターナー
翌日、小鳥から何か聞いていたのか白い目で俺を待ち構えていた美奈弥に色々と問い詰められながら学校へ向かい、どうにか回答を誤魔化し続けて彼女とは違う階の2年生のクラスで授業を受けた。
退屈な、だけど俺のこれからの人生には必要な勉学に集中する。
自分は1年半も休学していて、留年してなお今年の進級に必要な出席日数はギリギリだ。だから授業を休むわけにはいかないし、そもそも未履修の授業もあるので必死に追いかけないと授業そのものについていけない。
錆びついた脳みそをフル回転させて教師の言葉に耳を傾け続け、ようやく午前中の授業が終わった。ラストの授業がクラス担任だったこともあり、最後に進路希望調査の紙が配られて期日までに出すようにと付け加えられる。
昼休みに入るとクラスメイトたちはそれぞれのグループに分かれて昼食をとり始める。留年した上に復学したまだ1週間の俺は話せる友人もいないので、進路希望の紙を眺めながら母さんから渡された弁当を手に屋上へと向かった。
当然学校の屋上といえば施錠されて生徒が入れないようになっているが、ウチの高校は近々改装のウワサが出るほどに建物が古く、屋上の扉もちょっとしたコツがあれば開けることができる。
ドアノブを捻った状態で上下に4~5回程度小刻みに揺すると、カチャンと音を立てて鍵が開く。帰る時は反対に捻って同じことをすれば鍵が閉じてバレないという実に都合のいい機構だ。屋上に入ると同じ要領で外側から鍵をかけ直す。
馬鹿と煙は高いところを好むらしいが、俺もどうやらその類だろう。あまりいい思い出のない場所に、わざわざ足を運ぶなんて。
今日は快晴で埃も舞っておらず、俺は屋上のさらに上の給水塔に腰かけて弁当を広げる。
から揚げにウィンナー、卵焼きにミニトマトとブロッコリー。わざわざおにぎりに可愛いキャラがデコレーションされた、随分と力の入った母さんの手作り弁当だった。
俺の瞳から、雫がポタリと屋上の床に落ちていく。
ダメだな、まだ油断すると涙腺がゆるむ。俺が今、人前で弁当を食べられない理由がコレだ。昼飯のたびに涙を流す人間と、ゆっくり食事なんてできるはずがない。だから俺は誰も入ってこない、1人になれるこの場所で昼食を毎日とっていた。
弁当を半分ほど食べ進め、屋上から遠目にグラウンドを眺める。
高校生にもなれば昼休みに遊びに出る者も少なくなるが、今日は10数名の学生が朝礼台を前に人だかりを作っていた。
朝礼台に座って仰々しい仕草で何か語っているのは、異世界から帰ってきた時の人である
よくよく見れば美奈弥のものと思われるポニーテールも人だかりに混ざってぴょこぴょこと揺れている。
異世界からの帰還者、俺は勝手にリターナーと呼んでいるが、彼は実に特異な存在だった。
財善寺の名が示す通り、彼は財閥……はもう解体されたから、なんかそれっぽい大企業グループの御曹司であり、それだけでも十分異質であるにも関わらず、さらに異世界に転移してそこから帰ってきたっていうわけのわからないヤツだ。
本来であれば異世界に行ってきましたなんて口にすれば心の病気を疑われて、簡単に出ることのできない病院に放り込まれるところだろうけど、彼は色々とスケールが違った。
財善寺豪兎は異世界から多くの異物を持ち帰ってきており、それを惜しげもなく披露して自分たちの企業体へと還元した。さらに彼は異世界に転移した際に異能を獲得しており、その力をもって昨年に突然この国を襲ってきた異世界からの侵略者を撃退している。
そんな財善寺は3年生に進級するタイミングで何故か俺たちの高校に転校してきて、今や学園のアイドルといった様相で多くの人々の注目を集めている。
はっきり言ってしまえば、俺は絶対に仲良くなれないタイプだ。
何よりも俺の大嫌いな異世界の話を振り撒いてる時点でとてもじゃないがお近づきになりたくない。
美奈弥が彼のことを気にかけていることが気にかかるが、俺が彼女の動向にあれこれ口を出す権利はないので黙って見届けるか、この目を閉じるしか手段はない。
昼休みも終わりに近づき、グラウンドにちらほら見えた学生たちも教室に帰り始めた。
何故か財善寺だけは、朝礼台に座ったまま残っており。みんなの背中を見送る彼の瞳が少しだけ寂しそうに見えた。
まあ、そんな他人のことを気にしても仕方ない。俺も弁当を食べ終わったことだし早く教室に戻らないと午後の授業に間に合わなくなる。
進路調査の用紙を眺めながら、教室に戻ったら何を書き込むかをだいたい決める。
公務員、会社員、進学、この3つで選択肢を埋めよう。一応この高校は進学校だから普通は進学が第1選択なんだろうけど、今の俺は母さんに負担をかけてまで選びたい未来がなかった。働けるのなら、今すぐに働きに出たっていい。
財善寺のような特別な人生は俺にはいらない。平凡で、平穏で。そんな人生がまっとうできるなら、俺はそれでいい。
屋上のドアノブに手をかけ、来た時と同じ要領でノブを回して4、5回揺する。
トントントントン、ズドン!!
扉の鍵が開くと同時、落雷の直撃のような音が俺の背中の方で響き渡った。
振り向くと快晴だったはずの空は暗く濁り、空間がメキメキと割れて巨大な何かが学校のグラウンドへと舞い降りていった。
俺はフェンス際まで走り、状況を確認する。空から現れたのは5、6メートルはあるんじゃないかってくらいに大きな、その身を黒衣に包んだ男だった。
財善寺はまだ朝礼台のところに残ったままであり、彼は驚愕で目を見開いて震えた唇が確かにその名を口にした。
『ま、魔王、ランゼウスッ』
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