第2話 異世界ハーレム

 一般的な一軒家の廊下を6名の女性が押し寄せてくる。


「ちょっと待てお前ら、一斉に喋るな、駆け寄るな。廊下が渋滞してるだろうがっ」

 ついでにキャラも渋滞してる! 一人ずつゆっくりと話せっ。


「何が渋滞じゃ従僕。そもそも貴様が、全てにおいてこの家で妾を優遇する特権を与えぬから、このように有象無象が押し寄せるのじゃろうがっ」

 燃えるようにウェーブのかかった赤い長髪の偉そうな女。18歳とは思えない均整のとれた抜群のスタイルを中世の王侯貴族のような豪華絢爛な衣服で包み、金色の釣り目がさも当然と俺に特別待遇を要求してくる。


「うるさいアリステア、お前はこの家の中じゃ一般市民扱いしかしねえよ。王様がやりたきゃ自分の世界でやってこい」

 俺は、当然ながら我先にとやってくる傲慢女、アリステアの頭を押さえて強引に押し返す。


「なんと、不敬じゃ不敬っ!! 死刑100回、もしくは夜伽よとぎ100日の刑じゃ、のわっ」


「アリス邪魔。タツヤ、フィン獲物とってきたよ。褒めて褒めてっ」

 アリステアを押しのけ、獣耳をした少女が神々しいほどの白い髪をなびかせて俺のお腹に突撃してきた。結構威力のある一撃をどうにかこらえると、彼女は嬉しそうに水色の瞳を煌めかせて俺を見上げ、毛並の良い尻尾を左右に大きく振っている。どうやら俺に褒めて欲しいらしい。


「フィン、もちろん偉いが。獲物ってまさか、その辺のスズメとかを獲ってきたわけじゃないよな?」


「うん。美玖ママとスーパーでおいしそうなお肉獲った」

 俺のシャツに匂いを擦り付けるように頬擦りしてくるフィンリルの可愛い獣耳の間を動物の毛並を整えるように優しく掻いた。すると気持ちよさそうに彼女は目を細める。そうか、母さんと買い物か。言動はともかく、一般的な常識の範囲内で行動してくれていて安心した。

 そう一息つきかけたところで、


「だ、か、らぁ、お兄様。わたくしに合う下着が足りないんですのっ。これこそ優先的に対応していただかないと困りますわ」

 フィンリルの頭越しに顔を近づけて俺を『お兄様』と呼んできたのは、どうみても三十路を越えた豊満な身体つきの女性だった。肩にまでかかった金髪と美しい碧眼の気品ある顔つきだが、着ている服はノースリーブシャツとジーンズといったラフな格好、というか俺の古着だ。


「何度も下着下着言うなリリム。お前に合う服がないのはわかったが何で俺が一緒に買いに行かなきゃならない。そういうのは小鳥と一緒に買い物しろって言っただろ」

 俺より少しだけ身長の高いリリムを見上げる形で声をあげる。というか少しでも視線を下げると下着をつけてないだろうコイツの胸が目に入ってかなりヤバイ。


「残念ですが小鳥様とは妹の座をかけて戦争中ですのでお買い物にはいけませんの。それに下着のサイズが違いすぎるので小鳥様にお店を案内されても良い買い物はできないかと」

 リリムは後ろを振り向いて、それこそ残念そうな顔で俺の妹、小鳥遊小鳥ことりの胸を見る。


「ちょっとリリムさん、人の胸を見て勝ち誇った顔しないでください! そもそも突然家に上がり込んできて妹を名乗るとかどうかしてますからねっ。どう見たってアナタ、おば、おば、おばさんでしょう!?」

 肩を怒らせて中学生3年生にしては小柄な体形の妹、小鳥がリリムに向けてとんでもない暴言を放った。


「だ、誰がおばさんですか~! い、言っておきますけどね小鳥さん。わたくしこれでもじゅ……」


「こ~ら二人ともケンカしないの。小鳥ちゃんもリリムちゃんも仲良くしないと晩御飯が出てきませんよ~。それに小鳥ちゃん、リリムちゃんでおばさんだったら、お母さんなんか大変なことになるんだから。滅多なことは口にしないの」

 険悪な空気になりかける二人を、優しい声がなだめる。髪を軽く茶髪に染め、エプロン姿に身を包んだ大切な人。小鳥遊美玖、母さんだ。


「「は~い」」

 小鳥とリリム、二人そろって母さんの仲裁を素直に受け入れる。こういう時、家に大人が1人でもいてくれて本当に良かったと思う。


「さ~て、それでタッちゃん! 今日は何が食べたいの!? ハンバーグ? ステーキ? から揚げもたくさん作っちゃうわよ」

 ところが、さっきまでの大人な雰囲気とは一変して、まるで初孫を歓待するおばあちゃんのような勢いで母さんが俺に迫ってきた。


「ちょ、流石に毎日そんな食生活だと身体の方がまいるよ母さん。いつも通り、普通の料理でいいからさ」

 瞳に星を煌めかせながら俺へオーダーを迫る母さんに、普段通りの注文を入れる。


「いつも、通り? わかったわ、じゃあ全力でいつも通りの料理作っちゃうから待っててね」

 俺の言いたいことが伝わったのか伝わってないのか、母さんは袖をまくりあげてはりきった様子で台所へと向かっていった。


 俺が帰って来てから母さんは毎日あの調子だ。嬉しくはあるけど、そろそろ力を抜いてもらえると息子としてはありがたい。


「それで、マスター。身体、ダイジョウブ?」

 慌ただしかったみんなの反応に遅れるように、たどたどしい機械音声が聞こえてくる。

 マキナ、琥珀色の瞳をした、美しい壊れかけの機械人形。そう評するしかないほどに儚い彼女は、ありていにいえば女性型のアンドロイドだ。アンティークのメイド服を着て淑女然とするその姿が、余計俺の胸を締め付ける。


「大丈夫だマキナ、おかげさまで俺の身体はすこぶる健康だよ。お前の方こそ無理してないか? 疲れたらすぐ休むんだぞ」

 玄関で靴を脱ぎ、俺に抱き着いたままのフィンリルをそのままに、道を塞ぎ続けるアリステアを押しのけて、すれ違い様にマキナの頭を軽くなでる。

 彼女の無機質で無感情な瞳がこちらへ向き、続いて不思議そうに自身の頭を触っていた。


「というか、お前らいい加減に玄関でお出迎えするのはやめてくれ。リビングに辿り着く前にドッと疲れるんだよ」

 大人数で渋滞していた廊下を抜け、俺はどうにかリビングのソファに座るところまで行きついた。

 本当は2階の自室に逃げたいところだけど、今の調子だと部屋の中までこいつらになだれ込まれそうなので一旦ここで様子を見る。


「ああ、カオス過ぎる。異世界でも普通こうはならんだろ」

 周りに聞こえているのを承知で大きいグチをこぼす。

 この家に住んでいる7名の内、俺を除いた6名が女性。しかも異世界から来た女王に異世界から来た獣人少女、これまた異世界出身の妹を名乗る30代女性に機械メイドときた。残りは実の妹と実の母であることが救いだが、そんな2人の前で異世界の女性たちに絡まれる毎日を思うと十分に拷問だ。


「たわけ従僕、妾に日ごろ奉仕できるという最高の栄誉を与えてやっているのに何が不満じゃっ」

 ソファで天井を仰ぎながら精神的な疲労の回復を図っていると、何様かと思う発言とともに俺の太ももへクッションみたいな重さが加わる。どうせアリステアの軽い頭が乗っかったんだろう。無視をする。


「タツヤ~、散歩行こう散歩」

 続いてフィンリルが俺の右腕を揺するように引っ張ってきた。


「フィン、ちょっと疲れたんだ。散歩はもう少し休んでからにさせてくれ~」

 まるで休日の父親のような覇気のない声が俺の口から出ていく。


「あらお兄様、疲れているのならわたくしが癒してさしあげますわ」

 リリムの声とともに、見上げていた天井が突然暗くなる。同時に目の周りを癒す極上の圧が掛かってきた。


「リリム、何のマネだ。これはまさか」

 若干イヤな予感がしながらも、癒しの圧力がこの場から動くことを俺に許そうとしない。その時、


「マスター、楽シソウ。映像記録、残ス。ワタシ、有能メイド」

 マキナの言葉と同時にシャッター音が聞こえた。


「ちょっと待てマキナ、お前何を撮って!?」

 俺は慌てて目元に覆いかぶさっていたナニかを手で払ってマキナを見る。


「現像中~、現像中~」

 マキナはどこから取り出したのか年代物のポロライドカメラを手にしており、そこからつい先ほどまでの俺の姿が収められた写真が現像されて出てくる。

 その写真の中には見目麗しい女性を自分の太ももや腕にはべらせ、あまつさえ金髪美女におっぱいアイマスク(衣服越し)をされただらしのない男が写っていた、俺だ。


 というかさっき俺が払ったのはリリムの胸だったのか? しかも今こいつは下着を付けてなかったはず。


「もうお兄様、皆さんがいる時に乱暴はダメですわよ」

 さっきまで胸を押し付けていた人物とは思えない貞淑な仕草でリリムは自身の隠しきれない胸部を押さえていた。


「いや、今のは俺のせいじゃないだろ、っ」

 背中に冷ややかな視線を感じて思わず振り向くと、そこにはゴミを見るような目で俺を見つめる実の妹の姿があった。


「……お兄ちゃん、最低っ」

 小鳥は俺に弁明の機会を与えることもなくドタドタと足音を立てて2階の彼女の部屋へと戻っていった。


「こ、小鳥っ」

 昔からお兄ちゃん子だった小鳥に幻滅されたショックで俺は再び天井を見上げる。今度は自分の腕で目元を覆い。


 ああ、平穏な日常を望んでいたはずなのに、本当どうしてこうなった?

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