アナザーワールズ-流転輪廻のハーレムエンド-

秋山 静夜

異世界からの帰還者

第1話 異世界が嫌いなのに


 俺は、異世界が嫌いだ。


 異世界転移も異世界転生も、嫌いで嫌いで仕方がない。


 どうして彼らは元の世界に帰りたがらない。


 どうして彼らはかつて理不尽に終えた己の人生を惜しまない。


 そんなにも現実はつまらないか?


 そんなにも今を生きてるのが苦しかったのか?


 異世界なんていう虚構に夢を馳せるほどに。



 学校の帰り道、ふと昔のクセで書店のライトノベルコーナーに足が向いていた。

 一面をギッシリと埋めて平積みにされているのはどれも異世界に関する小説ばかり。


 そのいくつかは自分も読んだことがあった。

 以前は心から楽しんだはずの物語たちが、今はどうしてこんなにも憎いのか。


「…………」


 深く考えることはやめにして、結局俺は一冊もそれらの本を手に取ることなくこの場を後にしようとした。その時、


龍弥たつやっ、もう帰るの早すぎっ。少しは待っててくれてもいいじゃん!?」

 俺の背中に声がかかる。とても聞きなれた、懐かしい声。


「なんでいちいち俺が美奈弥みなみを待たなきゃいけないんだよ。毎日3年の授業が終わるのを待ってろっていうのか?」

 振り向くと予想通りの人物、一度も染めたことがないだろう黒髪を高く束ねてポニーテールにした女子高校生、美奈弥がいた。


「だって、仕方ないでしょ、大学受験の説明とか、3年生になったらいっぱいやることあるんだよっ。龍弥だって、留年しなければ、私と一緒に説明を受けてたはずなんだからねっ」

 学校から走ってきたのか、美奈弥は両ひざに手をついて肩で息をしていた。元陸上部とはいえ元気なことだ。


「留年しなければって、それこそ仕方ないだろ」

 いちいち彼女と言い争うのも面倒なので俺はそのまま足を進めて書店の出口に向かう。


「あれ? 何か買うんじゃなかったの?」

 美奈弥は俺が学校のカバン以外何も手にしていないことに気付いて聞いてきた。


「買わない、もうラノベは卒業したんだ」

 俺は彼女の質問にそっけなく返す。だが、


「ウソつき、私の部屋に龍弥に押し付けられたラノベがまだたくさんあるんだからね。それでいて勝手に卒業したとか言わせないから」

 美奈弥は文句アリアリの様子で異議をとなえてきた。


「あ~、そういえば、そうだったな」

 思い出す。確かに俺は一時期、気に入ったラノベを見つけるたびに美奈弥にオススメして貸してたんだった。あと押し付けられたとか言うなよ、俺が貸したのは名作ばかりだぞ。


「でも不思議だよねぇ。龍弥に薦められた本は一応全部読んだけどさ、異世界ってやつ? まさかなんて思わなかったもん」

 感慨深く、美奈弥は当たり前のようにそう言った。


 そう、異世界がある、と。

 異世界、今とは異なる別世界、アナザーワールド。

 今この社会は、その異世界という存在が妄想・虚構のものではないと認知されたことで、大きな問題が生まれていた。


 異世界が世間に知れ渡った理由も単純明快、実際にそこから帰還して騒がれているヤツがいるからだ。

 もちろんそれは、俺じゃない。


豪兎ごうとくん、今日もクラスで色々話してたよ。異世界じゃドラゴンも倒したことあるんだって。兎さんに負けるなんて弥も形なしだね、えへへっ」

 何がそんなに楽しいのか、得意げに美奈弥が笑っている。


「……そいつが何を言おうと自由だが、信じるのは半分くらいにしとけよ」

 はたから聞くと本当に頭のオカシイやつの話としか思えない。

 だけどそいつが持ち帰った異世界の情報と資源、そして力こそが彼の体験が真実だと証明していた。


「あれ、どうしたの龍弥。もしかして、嫉妬した?」

 俺がどこか不満そうに見えたのか、ニヤニヤとした笑顔で美奈弥は俺の顔を覗いてくる。


「あ~、うん、そうだな。確かに、嫉妬なのかもしれない」

 少しだけ考えて、俺は自分の感情がそういう方向性にあるのだと受け止める。


「え、あ、そうなんだ」

 突然顔を真っ赤にする美奈弥。こいつが何を勘違いしたかは知らないが、俺は確かに嫉妬している。


 異世界を巡る冒険譚を、誇らしく語るというその少年に。

 いったい彼は、向こうでどんな経験をしてきたんだろう?

 どんな体験だったら、そんな風に…………。


「ちょっと、龍弥ぁ待ってよ。歩くの速いっ」

 いつの間にか美奈弥の声が後ろから聞こえてくる。普通に歩いてたはずなのに置いてきてしまったみたいだ。


「ったく、そっちが遅す……いや、俺が少し、速かったか?」

 衝動的に悪態をつこうとした自分をいましめて、彼女の歩く速度にペースを合わせる。


「悪いな、まだ加減が分からなくて」

 帰り道を美奈弥と二人で歩いてゆく。彼女とは家が隣同士の幼馴染で、学校からの帰りをこうして並んで帰るのが子供のころから当たり前、だった。

 俺が留年したせいで、意図して時間を合わせない限りはこういう機会は少なくなったわけだけど。


「ん~? 龍弥、ちょっとだけ優しくなった?」

 何か違和感があったのか、美奈弥は不思議そうに目を見開いていた。少し歩幅を合わせただけで優しいとか、どれだけ彼女の判定は甘いんだろう。それとも、そう思わせてしまうほどに、これまでの俺の行動が粗雑だったのか?


「え~とね、それで他にもねぇ────」


 美奈弥と、学校での他愛もない話をしながら家路を進む。

 ありふれた、特別とは程遠い時間に郷愁を覚えながら、俺は気付けば家の前に辿り着いていた。


小鳥遊たかなし

 自分の家の表札を前にして、確かな安堵を感じると同時に、今から何が待ち受けているかを予想して頭が痛くなった。


「─────ねえ、龍弥。あの人たち、今日もいるの?」

 怪訝な、いや明らかに不満そうな顔をして美奈弥が聞いてくる。


「今日も、というかあいつらは毎日いるぞ。気になるなら覗いていくか? 俺の負担が半分になって助かるが」


「……行かないバカ。家に帰る。龍弥の唐変木、ドスケベ!」

 さっきまで上機嫌だったはずの美奈弥は突然機嫌が悪くなり、走って一軒隣の彼女の家へと帰っていった。


「悪かったな、唐変木で」

 美奈弥の捨てセリフに多少傷つきながらも俺は自分の家の玄関の鍵を開けて扉を開く。

 残念なことに、俺は『ドスケベ』まで否定できるほどの気力がなかった。何故なら、


「おお帰ってきたか従僕。妾を待たせるとは死罪、もしくは抱き枕の刑じゃぞっ」

「タツヤ、おかえりっ! フィンね、獲物とってきたよ。だからご褒美欲しい」

「お兄様お帰りなさいませ。さっそくですがわたくしに合う下着が足りませんの。一緒に買いに行ってくださいますか?」

「マスター、帰還、嬉シイ。身体、ブジ?」

「お兄ちゃんお帰り! じゃなくて、この人たちいつまでここにいるの!? 家が狭いんですけどっ」

「タッちゃんお帰りなさい! 何か食べたいものある? 何でも言って、今日もお母さん頑張っちゃうからっ」

 玄関の扉を開けた途端に駆け寄ってくる6人の女性たち。


 ────まあ、男子高校生の家の中がこんなハーレムみたいになってたら、『ドスケベ』くらいは言いたくなるよな。

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