第5話

 それから、さらに数日が過ぎた。

 当然、忍はあれからも毎日ツルノの元を訪れていたが、その結果は望ましいものではなかった。

 そんな、あるときのこと。



「あなた……さぷらいず……にんじや? って、いうのかい?」

「え……」

 急にツルノにそんなことを言われて、忍は絶句してしまった。


「依頼された誰かのところに行って、その人を驚かせる。今は、こんな仕事があるんだねえ……おもしろいねえ」

 彼女は老眼鏡を掛け、カラープリントされたA4用紙を見ている。それは、忍が配っていたサプライズニンジャ宣伝用のチラシだ。彼女がチラシ配りのあとにこの屋敷に来て、うっかり置き忘れてしまったものだ。

 つまり……これまで何度もしてきたような忍の凡ミスによって、サプライズ対象のツルノに正体がバレてしまったのだ。


「私の息子に依頼されて、ここに来たんだね?」

「……はい」

 まともな言い訳が思いつかず、正直に答える。


 今までも、サプライズが出来ないうちに正体がバレてしまうことは何度もあった。そのときの相手は、呆れ、怒り、嘲笑……そういったネガティブな表情になることがほとんどだった。

 しかし今のツルノはそのどれとも違っていて、なんだか嬉しそうだった。


「あなたも、大変だったろう? こんな、ボケたおばあちゃんのお世話をさせちゃってさ……」

「い、いえ、そんなことは……」

 ツルノの感情が読み取れず、とまどっている忍。



「えっ?」

 彼女は、そこで気づく。


 これまでずっと、忍がどれだけ忍術やショーを見せても驚かず、縁側えんがわでほのぼのと日向ぼっこをしていたツルノ。喜怒哀楽で言えば楽が一番近いだろうが……もっと正確に言うなら「無」と言っても間違いではないような、大きく感情を動かさなかった彼女が、

「な、泣いてる……んですか?」

 涙を流していた。


「あ、ああ……ごめんなさいね」

 自分でもそれに気づいていなかったようで、慌てて指でそれをぬぐう。

「少し……驚いてしまったみたいだよ」

「え? 驚いた?」

「だってさ……あの子が、私の息子が、あなたを送ってくれたんだろう? 夫も猫もいなくなって、一人になっちゃった私を、楽しませようとしてくれたんだろう?」

 目を細めて、思い出の世界にひたるように遠くに視線を送るツルノ。

「あの子は……昔から不器用で、思ってることを表に出すのが苦手な子でさ……。私がこんなふうになっちゃってからは、ずいぶん迷惑もかけてきたしね。きっと、もう私のことなんてお荷物なんだろうなって、思ってたから……。私のことをちゃんと考えて、心配してくれてたって分かって……それが、驚きで……嬉しくて……」


 また、ツルノの瞳に涙がにじむ。

 無数のシワが刻まれ、とっくに潤いを失った肌を伝わるその雫は、どんな宝石にも負けないくらいに輝いて見えた。


「あ……」

 そのときのツルノの姿に……忍の脳裏に過去の記憶がフラッシュバックした。


 自分はきっと、今のツルノの表情を知っている。

 それは……彼女が両親を失って、落ち込んでいたときのことだ。

 あのとき突然現れたサプライズニンジャが、絶望に打ちひしがれていた自分に生きる力を与えてくれた。

 あのときの自分はきっと……今のツルノと同じ涙を流していた。


「……ああ、そうか。そうだったんだ……」

 忍は微笑む。


 あのとき自分が絶望から立ち直れたのは……ニンジャのショーがすごかったから? ……違う。

 ミスのない完璧な演出に驚いて、悲しみを忘れられたの? ……違う。

 自分があのとき、今のツルノと同じような驚きの涙を流したのは……嬉しかったからだ。


 あの日のクノイチが、自分のことを心配してくれた。自分以外に、自分のことを考えてくれている人がいた。そのことが、本当に嬉しくて……驚いて……それで、思わず泣いてしまったんだ。

 それで、サプライズニンジャという仕事に、憧れたんだ。

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