第3話

 歴史ある日本家屋の軒下。


 温かい日差しが照らす縁側えんがわに、日向ぼっこするように腰掛けている老婆が一人。さらに、そんな彼女の様子を庭に隠れている忍が観察している。

「……はあ」

 相変わらずやる気も情熱もない表情の彼女が、今こんなことをしているのは、もちろんサプライズニンジャとしての仕事だ。


 それは、昨日のことだった。



……………………………………………………


「え、えーっとぉ……すいません、もう一回言ってもらえません?」

 忍者会社本部の会議室。そこには忍と、忍たち下忍にとっての上司にあたる上忍の睦海むつみノノがいた。


「はあ? 一度聞いて覚えられないなんて、相変わらずの落ちこぼれっぷりね? 三度目はないから、心して聞きなさい」

 軽蔑するような冷たい表情のノノ。

 前線に出ていたころは相当優秀なスパイ部門担当者であったことを思わせるような、スタイルと容姿の良さ。その魔性の魅力は、すでに四十代――あるいは五十代という説も――と噂されている今でも、衰えるどころか妖艶さをまして磨きがかかっているようだ。

 「い、いや、覚えられないとかじゃなくて……」という、言い訳のような忍の言葉を無視して、彼女はもう一度最初から説明をしてくれた。


「今回のサプライズのターゲットは、姫路ひめじツルノさん。XX県山奥の、歴史ある日本家屋に住む87歳のおばあさんよ。五年前に夫を、三ヶ月前にかわいがっていたペットの猫を亡くして、今は一人暮らし。特にこれといった趣味もなく、本人が介護施設に入るのを嫌がっていることもあって、毎日大きなお屋敷でお一人で暮らしている。そんなツルノさんを不憫に思った息子さんが依頼主となって、今回私たちのところにサプライズの依頼がやってきたというわけ」

「87歳って……そ、それってつまり……」

「ご主人を亡くしてから心臓に不調が現れ始めたツルノさんは、ときどき発作を起こして入院することも増えているらしいわ。最近は落ち着いているらしいけれど、何をキッカケに再発するかわからない。だから依頼主クライアントの息子さんも、今回のサプライズには『特別の配慮』を希望されている」

「だ、だから! それって……!」

 ようやく、自分の言いたいことが頭の中でまとまったらしい忍が、ぶちまけるように叫ぶ。

「87歳の心臓が悪いおばあさんって……絶対、サプライズとかしちゃだめですよねっ⁉ 下手にドッキリしかけて、負担かけて……も、『もしも』のことがあったら、どうするんですかっ⁉」


 そんな忍に、あくまで冷酷な表情を崩さずにノノは答えた。

「ええ、そうね。こういうケースは、この業界のセオリーから言えば普通は断っている依頼だわ。正直言って、私たちも最初は受けるつもりなんてなかったの。仮に私たちがサプライズニンジャを派遣して、それが原因でツルノさんの身に『もしも』のことがあったら……。私たちのサプライズで死者が出たなんて噂がたったら、もう私たちに仕事を依頼する人なんていなくなってしまう。リスクが大きすぎるのよね」

「だったら……」

「でも、もう依頼主さんから前金を受け取っちゃったから、断るに断れないのよ」

「は、はああー⁉」

「最近不景気で、出費がかさんじゃってね。そこに今回の依頼があって、しかもその報酬がなかなかの破格だったものだから、ついつい飛びついちゃったのよね」

「い、いや……でも、さっきリスクが高すぎるって、自分で……」

「だからこそ、絶対に安全、、、、、なあなたにお願いしているんでしょう?」

「……は?」


「自他ともに認める落ちこぼれのあなたなら、まともにサプライズなんて出来るはずない。ツルノさんの心臓に負担をかける心配はない。あなたなら、何事もなく依頼期限を終了して、この依頼を『失敗』に導いてくれるでしょう? 前金は、サプライズの成功失敗に関わらず返却しなくても良い契約になってるしね」

「な、な、なんすか……それ……」

 あっけにとられている忍に、ノノは巻物型の依頼書を押し付ける。

 そして、

「今回も今までと同じように、ツルノさんを驚かせるのに失敗してちょうだいね? 変にプロ意識なんか出して、『もしも』のことになったりしたら……ニンニン、だからね?」

 と、両手の人差し指をクロスさせて微笑んだのだった。

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