第2話

「ニンジャでーす。サプライズニンジャ、やってまーす。誰か、驚かせたい人はいませんかー?」


 帰宅時間の駅前通り。

 大勢の会社員や学生が行き交うなか、忍が声を張り上げてチラシ配りをしている。

「お父さんお母さん、友だちに恋人。日頃お世話になってる人に、人生のスパイスをプレゼント! サプライズドッキリの企画、お手伝いしまーす! サプライズニンジャサービス、いかがですかー?」

 仕事着である忍者装束は、本来は闇夜に紛れるためのものだが、私服やスーツ姿の人たちの中ではただのコスプレだ。逆に目立ってしまう。


 少し離れた位置から、女子高生の集団がクスクスと笑っている。

「……ぷぷ。今どき忍者とか……」

「……ねー? くそださいよねー……」

「……ちょっとー、こっち見てるよー? 話しかけられたりしたら、最悪なんだけどー……」

 心ない言葉が、マキビシのように忍を刺す。

「う、うう……」

 しかし、忍は何も反論することは出来なかった。それらが、現代の忍者に対する一般的な認識だったからだ。



 全盛期――つまり、忍者がスパイや暗殺者として活躍していた時代であれば、つゆ知らず。平和な時代には、忍者という存在は本来不要なものだ。むしろ、下手にそういう忍者らしい行動を取れば、コンプラ違反で炎上必至だ。


 そんな状況で生き抜くための経営戦略として、忍者たちがサプライズニンジャを含めたエンタメ路線に舵を切ったことは、自然なことだった。だがその反動として、一般人たちにとっての忍者という存在はすっかりありきたりで、身近なものになり――平たく言えばナメられてしまって――、嘲笑の対象となっているのが現実だった。


(はあー……やっぱりこんな仕事、もう辞めちゃおっかなー)

 そんなネガティブな言葉がすっかり板についてしまうくらい、これまで何度も何度も同じことを言ってきた忍。

 それでも、彼女が今までこの仕事を続けていたのは、ある過去の思い出があったからだった。



 それは、今からおよそ15年前。

 当時まだ小学生だった忍を、事故で両親を二人とも失うという悲劇が襲った。そのときのショックは想像を絶するほどに凄まじいもので、まだ心も立場も弱いただの子供だった彼女は絶望し、完全に生きる気力を失ってしまっていた。

 そんなとき……偶然両親の葬式に出席していたクノイチが見せてくれた忍術が、忍の気持ちを変えてくれたのだ。


 静まりかえった式場で、誰もが腫れ物に触れるように忍に過剰に気を遣って、逆に彼女を孤独にしてしまっていたとき。

 そのクノイチが突然、とびっきり楽しくてバカバカしい、忍者ショーを始めた。それは、周囲の人にとっては不謹慎で空気の読めない行動だったが……。「もうこの世界には楽しいことなんて何もない」と思っていた忍にとっては、奇跡のような時間だった。残酷でつまらない灰色の世界を塗り替えて、彩りを与えてくれた。

 それはまさに、「物語をメチャクチャにして面白くしてしまう」という、本来の意味でのサプライズニンジャだったのだ。


 その時のショーがあったからこそ、忍は絶望から立ち直ることが出来た。不幸な出来事に負けずに、たった一人でここまでやってこれた。

 そして彼女は、あのとき自分を励ましてくれた憧れのクノイチのような存在になることを目指して、忍者派遣会社に就職したのだ。



 だが……。


(よーし、明日辞めよっと)

 仕事と自分の実力の現実を知り、そんな情熱もすっかり消えうせて。今では、暇さえあれば転職サイトを眺めている忍なのだった。

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