サプライズ⁉ 忍ちゃん
紙月三角
第1話
夜の
居酒屋が並ぶ駅前からは少し離れた、薄暗く
「……」
そんな彼女の後をつける、怪しい人影が一つ。
全身を覆う黒い装束が、街灯のない夜の闇に溶け込んでいる。頭巾の
その人影の手元が、月光を反射して光る。10センチほどの持ち手の先に、おなじく10センチほどの、先の細い四角錐の刃……いわゆる、クナイと呼ばれる凶器だ。
人影は、その女性を狙う忍者だったのだ。
ス……。
忍者が動く。
ここで「計画」を実行することにしたらしい。
シュタタタタ。
素早い忍び足で接近する。あっという間に彼女の背後をとる。そして、右手のクナイを振りかぶった。
「えっ⁉」
ターゲットが気配に気づいて振り返るが、もう遅い。
次の瞬間、忍者はそのクナイの持ち手部分から伸びた紐を、左手で引っ張って……。
パァーンッ!
「サップラーイズ!」
「……は?」
その、「クナイ型クラッカー」から飛び出した紙吹雪がパラパラと舞い落ちる中……その忍者は、満面の笑顔で歌い始めた。
「ハッピバースデーイ、トゥーユー! ハッピバースデーイ、トゥーユー!」
「え、えと……」
「ハッピバースデーイ……ディーア……
忍者らしく、途中でアクロバティックなバク転や側転、火遁や水遁の術のパフォーマンスも加えている。
「ちょっと……」
「ユゥー………………ウウウゥゥゥー!」
最後に、溜めに溜めたクライマックス部分を歌い上げた忍者は……、
「あ、あのー……」
「お誕生日、おめでとうございまーすっ!
パァーンッ!
追加でもう一個のクナイ型クラッカーを炸裂。
そして、すぐ近くのコンクリート壁に布をかけた「隠れ身の術」で隠しておいた誕生日ケーキを、取り出そうとした。だが……。
「あのー……私、今日誕生日じゃないんですけど?」
「……え?」
そんなことを言われて、動きを止めざるを得なくなった。
「え? え?」
「だから……今日って、別に私の誕生日じゃないです」
「だ、だって……風子さんのお友だちから、私たち『サプライズニンジャ』が受け取った依頼書には、確かに今日が誕生日だって……」
懐から巻物型の依頼書を取り出し、改めて見直す。確かに「サプライズ誕生日祝い計画」の実行日は、今日になっている。
「ほ、ほら、やっぱり! だから、当日忙しいお友だちの皆さんの代わりに私が、花崎風子さんご本人には秘密でお祝いを……」
「は? 花崎風子……って、誰です? 私、違いますけど……」
「えっ⁉」
ライトを照らして、手元の依頼書の写真と眼の前の人物を交互に見る。
「あ、あー……」
よく、見比べてみるまでもなく。
明らかにその人物は、本来のターゲットとは全くの別人だった。
「す、すいませぇーん! わ、私、間違えちゃったみたいで……!」
そう言って忍者が、出しかけたケーキをしまおうとしたところで、
「あ……」
ちょうど通りかかった、気まずそうな表情の「本物の花崎風子」と目が合ってしまうのだった。
「あ、あはははは………………はーあ……」
その忍者の名は、
現代ではそれほど珍しくもない、忍者業務――その中でも、主にエンタメ方向に特化したサプライズニンジャ業務――を行っている企業に就職したばかりの、二十二歳の新人会社員だ。
「サプライズニンジャ」という言葉は、もともとは、「突然ニンジャが現れて状況をメチャクチャにする方が面白いようなら、その物語は変えた方がいい」という意味の、作劇上のセオリーでしかなかった。だが、忍者という存在が身近になった現代では、その意味も大きく変わった。
今ではその言葉は……「突然現れたニンジャが退屈な人生に彩りを与えてくれる」という名目の、サプライズ専門の人材派遣サービスのことだった。
しかし……。
(あーあ……また、失敗しちゃった。やっぱり私、サプライズニンジャ向いてないんだよなー……)
自他ともに認める落ちこぼれ忍者の忍は、失敗続きで、ため息が絶えない毎日を過ごしていたのだった。
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