第30話 この会議、交渉の余地無しでござる。




「おい、ミザリィ」



 強慈郎はブリッジから出ると、そこに残っていた小さな背中に話しかける。



「あ……強慈郎」



 彼女は少し緊張した様子で返事をする。



「準備はいいのか?」



 そう言うと、ミザリィは驚いたような表情を浮かべた後、慌てて首を縦に振った。飛んでいきそうな勢いだ。



「あ、あぁ!勿論だ!!」



 強慈郎はそれを見ると彼女の頭に手を置いた。



「何かあったらすぐに言えよ」



 彼はブリッジを後にした。残されたミザリィはしばらくの間呆然としていたが、やがてハッとすると自身の頭に触れる。その手はすぐに熱を持ち始めたのだった。



 ステーションに着くと、そこには大勢の人々が出迎えてくれていて、皆笑顔を浮かべていた。その中には先ほどの『スメラギ』の姿もある。



「ようこそお越しくださいました」


「歓迎ありがとうございます」



 ネレアが代表して挨拶を交わすと、他の兵士たちもそれに続いた。



「こんな辺境の地までわざわざご足労いただきまして……」



 強慈郎たちは基地内に案内されると、そこでしばらく待機するよう指示された。



「……所々に敵意を感じるのは気のせいか?」


「……訳有りが流れ着くような場所だ。厄介事を嫌う奴がいても不思議じゃない」



 ラスティは疑問に応えるように呟く。



「文明レベルはともかく、地球と同じ様な辺境の地だ。トラブルを起こせば、他の星々との交流にも支障が出る。最悪でも、デカい事は仕掛けてこないだろう」


「おい……なら、細かいことは仕掛けてくるってことか?」



 強慈郎は眉をひそめながらラスティに尋ねる。



「だから俺は生身で此処にいる」



 ラスティは冷静に答えると、顎に手を当てて思案する様子を見せた。その様子を見て強慈郎はため息をつく。



「先が思いやられるな……」



 そう言うと、彼はどこか遠い目をした。ラスティはそんな強慈郎の様子を横目で見ながら口角を上げた。


 それから数分もせず、対談の時間がやってきた。



「お待たせしました」



 そう言いながら現れたのは先ほどの人物だった。彼は軍服には似合わない黒のフードを深くかぶり、口元には余裕のある微笑みを浮かべている。その隣には秘書と思われる赤を基調とした軍服姿の女性の姿があった。彼女は静かに頭を下げた後、スメラギの後ろへと控える。



「この度は我々の呼びかけに応じてくださりありがとうございます。サナ、ご挨拶を」


「私はオリオン自治政府首長の秘書を務めております『サナ』と申します」



 彼女は丁寧にお辞儀をするの見届けると、スメラギが口を開く。



「さて……早速ですが本題に入らさせて頂きましょう。我々はあなた方トリリオンと同盟を結びたいと考えています」


「それは……我々にとって願ってもないことだが随分と話の速い……」



 ネレアはそう言いながらも訝しげな表情を浮かべる。



「トリリオンの最高司令官と面識が有るんですか?」



 彼女の言葉に対して、スメラギは首を横に振った。



「いえ、そうではありません」



 彼は真剣な表情で話を続ける。



「ですが……我々はとある噂を聞き及んでいます」



 彼の言葉にネレアたちは驚いた様子で目を見開く。



「どんな噂か聞かせて頂いても?」



 それに対してスメラギは穏やかな笑みを浮かべて答える。



「ええ、勿論ですとも」



 そして彼はゆっくりと語り始めた。



「銀河連邦が勢力拡大を目論んでいる。そして中立を掲げていた国家が戦争を仕掛けようと準備をしているという噂です」


「それは、事実無根だ。国は関係ない」



 ネレアは即座に否定する。



「……ええ、存じ上げておりますとも」



 スメラギが意味深な笑みを浮かべて答えると、彼女は思わず眉間に皺を寄せた。そしてMr.ケイの指摘が入った。



「……なるほど、これは私達の反応を見るための対談ですか。随分とリスキーな事をしますね」



 彼は納得がいった様子で頷きながら言った。それに対してスメラギはゆっくりと頷く。



「はい……噂の真意を探るため、あなた方に接触させて頂きました」



 スメラギの言葉にネレアたちは首を傾げる。



「なぜです?交渉を持ち掛けておきながら言うのもどうかとは思いますが、首を突っ込まなければ平穏な生活が送れるでしょう」



 彼女の質問に、サナが口を開いた。



「いいえ。我々は既に銀河連邦の所属と思われる部隊により襲撃を受けています」


「え……?」



 ネレアが思わず声を上げると、サナは静かに続けた。



「我々オリオン自治政府はS.D.C.Oエスディコーの行為に不信感を抱いております。この場所を指定したのもそれが理由です」



 彼女の言葉にネレアたちは驚きを隠せない様子だった。



「……本拠地はどうなってるんだ?」



 強慈郎が尋ねる。



「本土は壊滅状態、軍部と住民達は既に退避済みです。各ステーション、コロニーへ散り散りになっている状態ではありますが、いつまた襲撃を受けるか……」



 スメラギが答えると、強慈郎たちは互いに顔を見合わせた。



「一体、何があったのです?」



 ネレアが尋ねると、サナが淡々と語り始める。



「謎の部隊による急襲により、主要都市は壊滅。オリオン自治政府は直ちに緊急対策会議を招集し対応策を検討しました……」


「結果は芳しくなかった。その際に探知した信号が銀河連邦の特殊部隊と酷似していました」



 彼女の言葉に、スメラギが補足し小刻みに震える。



「……何も勧告なしに、警告なしに、私の、国が、人が、無残に、蹂躙されるなど、あってはならない!」



 徐々に掘り起こされた怒りを机にぶつけ、それでも解消されない憤りに肩が上下し、荒い呼吸を繰り返す。彼の言葉にネレアたちは表情を曇らせた。



「つまり、俺たちが申し出た時にはそちらにとっては好都合だったというわけだ。このステーションに入った時に受けた敵意はそれが原因か」



 ラスティがお構いなしに口を開くと、憤る男へと視線を向けた。その目は鋭く、警戒の色が窺える。しかし、スメラギは動じることなく、強い眼差しでラスティに視線を返し、冷静に語った。



「……私たちの星を守るためです。難民達はいつ起こるか分からない戦いを警戒し、張り詰めています。……とはいえ、騙すような事をしました。申し訳ありません」



 スメラギは深々と頭を下げた。ネレアは彼の行為を見て、一瞬だが躊躇ってしまった。注意深く事の成り行きを観察していた強慈郎は、彼女の肩に手を置き囁く。



「ネレア、雰囲気に吞まれるな」


「……っ、えぇ」


 ネレアは小さく頷くとスメラギへと向き直った。そして彼女は口を開く。



「こちらの要件はただ一つ。拠転移座標周辺を要塞化し、転移周波を監視することです」


「あなた方がオリオンを拠点にするのは願ってもないことです。……我々はあなた方に技術提供を行います。代わりに……本土を……我々の故郷を、取り返して欲しいのです」



 その男は、悔しそうに懇願するように言葉を零し、拳をキツく握りしめる。場が静まり返り、深く呼吸をするとスメラギは顔を上げた。



「サナ、あれを出してくれ」


「ス、スメラギ様……いいのですか?」


「いいんだ。渡してくれ」



 サナはそう言われると、懐から慎重に端末を取り出した。そこにはオリオン自治政府が開発したであろう兵器のデータが映し出されている。



「これは……Mr.ケイ確認を頼む」


「……充分かと」



 Mr.ケイは端末を一瞥すると、一言添えて頷く。ネレアはそのデータを真剣な眼差しで見つめ、そして、スメラギを見ると小さく頷いた。



「いいでしょう……あなた方の提案を呑みましょう」



 彼女がそう言うと、サナとスメラギは安堵の表情を浮かべるのだった。

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(仮)フロンティア・コンフリクト 真夜中都市屋 @95bx

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