第23話 おや、おかしいですね。この状況でこの技を喰らって堕ちなかった者はいないはず。はっ、まさか!




 世にも珍しい綺麗な上層部による綺麗な会話が繰り広げられる会場の外で強慈郎は黄昏ていた。


 「これが、地球人類の誇りか……つまらないもんだな」



 自身の性事情が引き合いに出され、あの場でどう動いても何が起こるかわからず、思わず逃げ出してしまった。だが、強慈郎は先ほどの会話を思い出しながら少し感傷に浸っていた。



(精神修行が足りんな……はぁ)



 これからどうしようかと悩んでいると不意に後ろから声をかけられた。



「あれ?強慈郎?」



 振り向くとそこには元『鬼』、ミザリィが立っていた。彼女は普段の格好とは打って変わって露出度が極めて低いドレスを着ていた。だがその体のラインが強調されており、身体の曲線がはっきりとわかるようなデザインになっているため美しいスタイルが惜しげもなく晒されていた。



「ミザリィ、奇遇だな」


「お、おう。偶然だな。お疲れ様」



 彼女は軽くお辞儀をした後、気恥ずかしそうに微笑んだ。その様子からは高貴なオーラが漂っているように感じられた。



「あぁ、お前も観戦してたのか。……そのドレスは?」



 強慈郎が尋ねるとミザリィは少し恥ずかしそうにしながら答えた。



「……これは青鬼が言うには、『おめかし』っていうものらしい。地球では女性にとって特別な日に着る服、なんだろ?」


「……女だったのかお前」



 強慈郎が一瞬固まり、意外そうに呟くと彼女は心外だといった表情で顔を赤く染め反論した。



「失礼なやつだな!これでもちゃんと女だぞ!」



 それを聞いた強慈郎は苦笑いを浮かべると珍しく素直に謝罪をした。



「すまん……配慮が足りなかった」


「……はぁ、いいぜ別に。俺の口調もこんなんだしな」



 彼女はため息をつくと強慈郎の隣に腰を下ろす。そしてぼんやりと会場の入り口から漏れる灯りを見ながら、彼に尋ねる。



「なんか、あったのか?らしくないぞ」


「いや、女に話すもんでもない」


「さっきまで女扱いしてなかったくせに?」


「……それもそうだな」



 彼女のその言葉に強慈郎は自分が今しがた晒した失態をかいつまんで話した。話を聞き終えたミザリィはどこかバツが悪そうにこう言った。



「すまん……デリケートな話だったんだな」



 彼女が申し訳無さそうに頭を下げると、強慈郎は慌てて否定した。



「いや、俺が短慮だったんだ。ああいう場には慣れてなくてな」



 そんな2人のやり取りを物陰で見ていた青鬼と黄鬼が微笑ましいものを見るような目で見つめていた。



「……なんだかいい雰囲気じゃないですか、青鬼さん」


「キャロル、こういうのはあまり褒められたものじゃありませんよ」


「気にならないんですか!」


「……静かに見守りましょう」


「むー……」



 青雲斎の言葉にキャロルは不満そうに頬を膨らませた。



「ミザリィ様のことを心配しているのですか?大丈夫です。もうあの娘は強慈郎様のことを心から慕っております故」


「まじっすか!彼を墜とせばこの先私達の安泰は間違いなしですよ!」


(……嘘も方便です)



 キャロルの目がキラキラと輝く。青雲斎はその純粋無垢な視線を直視できず、思わず顔を背けてしまった。


 そんな会話が繰り広げられている間にも二人はお互いを意識し始めていたようで、不器用ながらも言葉を交わそうとしていた。


「あー……そのなんだ、さっきはすまなかった」


「……いや、私こそ無神経だった。ごめん」



 お互いの謝罪の言葉をきっかけに会話が途切れる。沈黙が流れる中、先に口を開いたのはミザリィだった。



「とりあえず乾杯でもするか?」


「そうだな……何に乾杯する?」


「まぁ、適当でいいんじゃないか?ほらよっと……」



 彼女は手に持っていたグラスを強慈郎に渡した。受け取った彼はそれをしばらく眺めた後、意を決したかのようにそれを掲げた。それを見て彼女も手に持ったグラスを掲げる。そして彼が最初の言葉を呟いたところで二人同時に口を開く。



「乾杯!」



 カチンッとガラスのぶつかる音が響く。その音を合図に二人はグラスを傾け、酒を飲み始めた。



「……うまいな」


「あぁ……こんなに美味い酒は初めてだ」




 しばしの沈黙。時がゆっくりと流れ空には創り出された星が煌めく。不思議と心地よかった。

 やがて、ミザリィがゆっくりと口を開く。



「な、なぁ……強慈郎」


「なんだ?」



 夜空を眺めながら、ぼんやりと受け答えをする。



「……その、この後、その」


「なんだよ?」



 強慈郎は気づいていないが、彼女は顔真っ赤に染めながら熱っぽい顔で彼の横顔を見つめていた。恥ずかしそうに、答えようとするが



「強慈郎ー!」


「強慈郎くーん!」



 邪魔が入った。しげみに隠れていたキャロルは思わず舌打ちをする。



「ちっ……アバズレ共め」


「キャロル、口が悪すぎますよ。今回は諦めて撤収しましょう。ミザリィ様にもお声掛けを」



 そうはいいつつも青雲斎も悔し気な様子だった。キャロルはあたかも今見つけたかのようにミザリィに呼びかける。



「こほん。ミザリィ様ここにいらっしゃったのですね」


「お、おう、キャロルじゃないか」



 まるで悪戯がバレた子供の様に気まずそうにするミザリィだが、気にも留めず強慈郎にも声をかけた。



「これはこれは腰抜け鈍感馬鹿おにがしまきょうじろうさんもご一緒でしたか。交流会での戦いお見事でした」


「……とてつもない悪意を感じたんだが、それは気のせいか?」


「私みたいなものが強慈郎さんに悪意を抱くなんてとんでもないです。すいません不愉快な思いをさせて」


(目が笑ってねぇよクソメイド)


 目の前の彼女の圧を感じながらも、後方からイリシウムとジェシカがやってくる。青雲斎も物陰から出てきたようだ。



「さ、帰りましょう強慈郎」


「私もついてくわー」


「ついてくんな不倫ビッチ」


「ひどいわね」



 酷い言い合いが行われ、げんなりとした強慈郎を他所に元『カラーズ』の3人は撤収を始めた。去り際に青雲斎が話しかけてくる。



「では、強慈郎。我々はこれにて失礼させて頂きます。おやすみなさいませ」


「おう。じゃぁな」



 軽い会釈をし、その場を去っていくのだったが何やらヒソヒソ話しながら、ミザリィが暴れ出しているのが遠目に見えた、



「じゃぁ、俺らも帰るか」


「「はい!」」



 元気な二人の返事が聞こえ、片方を見る。



「ジェシカは付いてくんなよ」


「そんなぁ……!」



 強慈郎の一言に雌豹は崩れ落ちるのだった。

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