第22話 酒呑んだらそりゃぁもう話が進んじゃって。




 実況が叫ぶと同時に観客たちも歓声を上げる。観客たちはいつの間にか開かれた賭博で、強慈郎に賭けていた者たちのようだ。固唾を呑んで見守っていた彼等は息を吹き返し、大はしゃぎをしている。そんな中彼はジェシカに近づくと手を伸ばした。



「大丈夫か?」



 だが彼女はその手を取ることはなく立ち上がった。そして笑みを浮かべながら強慈郎の顔を見ると口を開く。



「ふふ、なかなか楽しかったわ」



 そう言うとジェシカは彼の横を通り過ぎ背を向けるがすぐに振り返り彼を鋭い目つきで見つめると低い声で言い放った。



「……また会いましょう」


「は?」



 その言葉を最後に彼女は会場を立ち去った。残ったのはただ唖然としている観客たち、そして実況の声だけである。



『え、えぇと……勝者!強慈郎選手!!』



 最高司令官であるライナスがマイクを掴み、立ち上がり一言。



『諸諸君、いい試合だった。このあと祝賀会がある。参加者、並びに関係者諸君には是非参加して欲しい』



 こうして第1回宇宙要塞トリリオン歓迎会は幕を閉じた。


 観客たちは思い思いの感想を口にしながら帰路について行くが、会場での熱気はまだ冷める様子はなかった。


 その夜、強慈郎たちが宿泊する居住区間のホテル『サンシャインタワー』。宴会場では酒宴が開かれていた。打ち上げのようなものである。参加者は鬼ヶ島、また鬼ヶ島傘下扱いの傭兵団の一部の者たち、そしてトリリオンを合わせた数十人程度でかなり賑やかであった。



「おめでとうございます」「おめでとう」「最高でした!」「おめー!」「我らの代表もなかなかすごかった」「素晴らしい試合だった!」



 それぞれの言葉が飛び交う中、強慈郎だけは少し複雑そうな顔をしていた。なぜなら隣にジェシカがいるからである。彼女は普段通りの姿に戻り、カクテルを傾けながら彼に密着していた。



「な、なぁ離れてくれよ」


「嫌よ。せっかくの機会なんだからゆっくり楽しみましょう?」



 彼女は笑みを浮かべながら、彼の腕を自分の胸に挟み込むようにして抱きつく。



「強慈郎から離れてください!!というかなんでそんなにべったりなんですか!」


「あら、強い雄に惹かれるのは雌のさがよ」



 イリシウムが二人の間に割って入ろうとする。



「お、おい!」



 彼の背中にイリシウムの豊かな胸が押し付けられる。ジェシカは平然としており、むしろより強く抱きしめているように見えた。彼女の大きな胸はその柔らかい弾力で強慈郎の腕を押し返そうとする。


 だがイリシウムも負けじと力を緩めることなく彼を抱きしめる。まるで自分身体の中に閉じ込めようとしているようである。これにはさすがの彼もたじろいでしまう。


 その様子を見ていた周囲の人間たちも興味津々といった様子で見つめていた。



「おい!いい加減にしろって」


「あら?いいじゃないこれくらい」


「そもそもあんた人妻だろ」


「そうだそうだ!」


「それはそれ。恋に障害はつきものよ」



 そう言いながらさらに抱きしめる力を強めるジェシカに対し、彼は困ったような表情を浮かべている。



「やめてくれ……」


「強慈郎のこんな顔初めて見たかもしれません。おらおら」


「というか、強慈郎くんは童貞なのかしら」


「うるせえええええッッ!!」



 彼は叫びながら酒をかっ喰らうと、そのまま二人を振りほどきどこかに行ってしまった。


 そんな彼らの様子を遠巻きに眺める集団。

 右からライナス最高司令官。寝取られゾルザル副司令官、鬼ヶ島の頭目である房子、傭兵団リーダーのネレア。

 彼らはお酒の入ったグラスを片手にその様子を見守っていた。ネレアが口を開く。



「硬派な男性だと思っていたのですが、意外と軟派なんですかね。彼」


「さて、我が孫ながらどうなるかしらね。訴えないでおくれよ?」



 房子がライナスに目配せをすると彼は苦笑いしながら酒を煽る。



「はは、宇宙に地球の様な些細な法律はない」


 グラスを置き、ゾルザルに目をやりながら続ける。


「そもそも、ゾルザルは彼女のお目付け役兼虫よけだったからな。気にしなくてもいいぞ」


「えぇ?そうだったんですね。それなら確かに問題ないですか」



 ネレア驚いたように言葉を漏らす。当の本人は黙っているものの酒の進みが速い。乾いてしまった何かを潤すかのように、ガラスを一気に開けては次を注ぎ込んでいる。


 ライナスはそれを見守りつつゆっくりとグラスを口に運びながら言葉を返す。



「あぁ、だがこれからが問題だろうな。今回の交流会で良くも悪くも強慈郎は英雄になった」


「そうですね。それだけに妬むものも多いでしょう」


「まぁ……そこは私がなんとかしよう。だが問題は我々、トリリオンだ」



 ネレアはその言葉に対し首を傾げる。



「どういうことです?」


「英雄とはいえ『鬼ヶ島』の人間がこの要塞の主要人物と懇意にするということは、本格的に銀河連邦に目を付けられかねん」


「……それは確かに問題かもしれません」



 ライナスは真剣な表情をし、ネリアは深刻そうに考え込む。



「あら、それが狙いなのかと思ったのだけど?というか、まだ迷ってたのね、ライナスくん」



 房子が驚いたように訊く。さも当然の如く、トリリオンは傘下に下るものだと思っていたようだった。



「ふむ、要塞内での生活は難民や、兵士達にとって窮屈なものだと考えていた。それで今回の催しを用意したのだが、あの暴れ馬がこうも鬼に懐くとは思わなんだ」



 銀髪の中年は額から滾る汗を拭い、まるで苦しい戦況を目の前にしたような切羽詰まった表情をし、酒を仰ぐ。

 一瞬、きょとんとした顔で見ると房子はすぐに笑い出した。



「あははは、外見は変われど中身は若い頃のまんまねぇ君」


「房子。あまり笑ってくれるな、気にしてるんだこれでも。今はあの頃と違って大勢の命を背負い責任ある立場になった。苦悩もするというものだ」


「ごめんねぇ、厄介事を頼んじゃって」


「悪いと思ってないだろうに……」



 まるで親友のようなやり取りをする中年男性と幼女を見て、疑問に思ったネリアは二人に質問をする。



「お二人は旧知の仲なのですか?とても、その、年齢差といいますか。外見が噛み合ってないような気がして」


「あぁ、私とライナスくんはね。同じ宙域にいたのよ。まぁ、外見に関しては秘密♪」


「同じ宙域……ですか。え?」


「うん。といっても当時私たちはまだ若手でね。私は宇宙海賊の船長、彼はそのライバルだったの」


「か、海賊?ライバル?あの、お二方がですか?」



 ネレアが信じられないといった様子で聞き返すと房子が笑いながら答える。



「そうよぉ。当時の彼はそれはもう血気盛んでね。銀河連邦に喧嘩を売っては返り討ちにあってたわ」



 ライナスも懐かしそうに語り始める。



「あの頃はまだ若かったからな。負け知らずだったし、何でもできると思っていた」


「もう本当に君は迷惑だったわ。私の狩りを邪魔するし、長い間練ってきた作戦を台無しにするわ……」


「はは、そんなこともあったな」



 房子が懐かしそうに微笑むとライナスはどこか嬉しそうにしながら杯に酒を注いでいく。



「ああ、本当に迷惑極まりない男だったよ私は」



 その様子を見たネレアは納得したように呟く。



「なるほど……だからあれほど強そうな人たちを配下にしてるんですかね……」



 そんなことを言っている間にも話題は移り変わっていく。どうやら酒が回ってきたのか少しばかり口調も砕けてきたようだ。



「あはは、そうだねぇ。最初はそれなりに頑張っていたんだけどね。どんどん規模が大きくなって、私たちはある人物の艦隊に手も足も出ずこてんぱんにされてしまったよ」


「……もしかして鬼ヶ島信玄のことですか?」


「ご名答♪ネレアちゃん。いやはや驚いたものよねぇ」


「それで負けたまま終わりたくなくてね。次はその相手に喧嘩を売ろうとしたら逆に返り討ちにあって……そこからか?私が宇宙海賊を辞めて要塞の基礎を築いたのは」



 ライナスは懐かしそうに思い返すように語る。その顔はどこか楽しそうだった。



「……そんなに強かったんですか?」


「あぁ、あの頃の彼はそれこそ化物じみた強さを持っていた。銀河連邦の中、いや。全宇宙でもトップクラスの存在だ」



 ネレアは興味津々といった様子で尋ねる。そしてそれに答えるように房子が話し出した。



「当時の艦隊規模は400隻以上だったからねぇ~凄かったわぁ……」



 遠い目をしながら語るのは過去の思い出だろうか?だがその声色からは尊敬と畏怖の念が込められているように感じられた。



「400隻……ですか」



 ネレアは想像もつかないような数字に言葉を失う。だがライナスはその反応を楽しむかのように笑った後、話を続ける。



「ああ、当時の彼はまだ20代だったはずだ。あの若さであれほどの艦隊を率いるなど常軌を逸していたな。それに彼の艦隊は一糸乱れぬ統率が取れていた」


「……それは凄いですね」


「あぁ、本当に凄かったよ」



 ネレアは素直に感想を述べる。すると唐突に飲んだくれたゾルザルが口を開いた。



「だが、そんな化物と戦った男も今は見る影もないな。こんな腑抜けた男に」



 その言葉に反応したのはライナスだった。



「ほう?言ってくれるじゃないかゾルザル」



 彼は鋭い眼光を向ける。しかしゾルザルはそれを意に介さず言葉を続けた。


「事実だろう?銀河連邦に喧嘩を売りに行くどころかこの要塞でのほほんとしているではないか」


「それは……」



 ライナスが言い淀むとゾルザルはにやりと笑った。



「なんだ?図星か?」


「……今はその時ではないだけだ」



 ライナスがそう言うとゾルザルが鼻で笑うようにしながら口を開く。



「ふん、銀河連邦に喧嘩を売るのを怖がっているだけだろう?」



 その言葉を聞いてその場が一瞬凍りついたように静まり返る。しかし、すぐにその沈黙を破ったのは房子だった。



「全く。女を取られて上官に八つ当たりなんてお子ちゃまねぇ」


「なっ!?」



 どうやら図星だったようだ。ゾルザルはバツが悪そうに視線を逸らすと、謝罪を述べる。



「すまない。言い過ぎたな司令」



 その言葉にライナスは首を横に振る。



「いや、お前のいう通りだ。私は銀河連邦に喧嘩を売ることを躊躇っているし、そして部下たちを危険な目に遭わせたくないと思っているのも事実だ」



 その回答を聞き満足したかのように笑みを浮かべながらビールを飲み干すとゾルザルは再び口を開く。



「そりゃ、そうだよな。ついでとは言っては何だが、聞いてくれるか」


「あぁ、いいとも」


「ほらもっと吞みましょう」


「あ、私が注ぎますよ!」



 彼らはその後も酒を飲み交わしつつ談笑していた。

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