第17話 バカメガネメスガキババア鬼仮面。




 結果として、二人は無事に帰還することができたが、強慈郎と分体姿のイリシウムは口論を続けていた。



「なーにが疲れただよ。勝手に『黒鬼』に混ざりやがって」


「貴方が無茶苦茶な力で操縦するからですよ。私が『黒鬼』を制御しなかったら、今頃宇宙ゴミですよ!この脳まで筋肉お化け!」


「なんだとコラァ!」



 イリシウムは強慈郎の言葉に抗議するかのように、悔しそうな声を上げながら彼の乗る操縦席をガンガンと蹴りつける。


 そんなやり取りをしている内に格納庫へと到着した。機体から降り、変なスーツを脱ぎ捨てると艦内へ入って行く。



「いやぁ、大変だったね!通信取ってくれないから、こっちは気が気じゃなかったよ!」



 するとそこには黒井の姿があった。


 彼は二人を見ると呑気な笑顔で出迎えるが、すぐに異変に気付いたのか首を傾げた。



「ん?どうしたんだ二人とも?」


「やれ、イリー」


「はい」



 強慈郎の声に合わせて、番犬よろしく黒井に攻撃を開始した。



「ちょ!?なんで!!」



 イリシウムは黒井の股間を蹴り上げる。



「ッッッッ………!」



 彼は声にならない悲鳴をあげその場にうずくまる。更に追撃を仕掛けた。彼女は黒井の頭を掴み、顔面を地面に押し付ける。


 そして、二人は冷たい表情で尋問を開始するのだった。



「オイ、お前ェ……俺たちを嵌めようとしただろ」



 強慈郎は黒井の頭を踏みつけながら問いかける。しかし彼はとぼけたことを言う。



「うぐ……な、なんのことかな?」



 その様子を見たイリシウムが口を開く。



「これを見なさい」



 彼女は懐から端末を取り出し黒井に見せる。すると彼の顔色が変わった。そこには先ほど戦闘した機械生物の情報が表示されていた。



「貴方は腐っても優秀な開発者。黒鬼のデータ、機械生物のデータ、類似する点が多すぎますねぇ?」


「……なんでばれたんだ……隠蔽は完ぺきだったはず……」



 どうやら図星らしい。強慈郎は彼の髪を掴んで無理やり上を向かせた。その顔には怯えの色が浮かんでいた。



「おい、まだとぼける気か?」


「ごめんなさい許してください!ただ君達の力になりたくて……」



 彼は懇願したが二人は冷ややかな目線を送るだけだった。



「サポートAIと詐称して監視システムを導入、機体にガッチガチのリミッターまで掛けといて、どの口が言ってるんですか?」



 イリシウムが冷たく言い放つと、黒井は苦笑いを浮かべた。



「せ、説明するから放してくれない?」


「ダメだ、そのまま話せ」



 そしてついに観念したのか自白を始める。



「確かにリミッターをかけたよ。でもそれは機体の損傷を防ぐためにで、サポートAIの方はほら、ね、ロボットには付き物だからさ?戦闘データも取らないといけなかったしさ?」



 彼がそう言いきると、強慈郎は黒井の首を掴み上げた。



「あの化け物を造ったのもお前だな?」


「あ、あぁ、キメラフォージの事かい?あれは今回は黒鬼のデータを取るために……」


「出撃前の警報はお前が仕組んだものか?他の船員もグルか?」


「いや、そ、それは……」



 黒井が言い淀んでいると、声がかかる。イリシウムのものではない。だが、聞き覚えのある声だ。



「あんまり黒井をいじめないでくれるかい、きょうちゃん」


「……ババア」



 強慈郎は黒井を放すと、声の主に向きなおる。



「そんな顔しちゃ嫌っ」



 愛嬌たっぷりの幼女。鬼ヶ島現当主、房子。強慈郎の祖母の姿がそこにあった。



「ちょっとした遊び心で、私が指示したのよ?模擬戦闘おあそびでもやっぱ緊張感があったほうがいいじゃない」



 房子はそう言うと、肩をすくめながら笑顔を浮かべた。



「なにが遊び心だ!!」



 しかし彼女はそれを聞くと口元を歪め、恍惚とする。そして大きく息を吐き出すと言った。



「あのね、きょうちゃんはまだ生身以外の戦闘に慣れていないでしょう?私なりに心配してたのよ」



 その言葉を聞き、強慈郎は顔を顰める。だがすぐに冷静さを取り戻すと口を開いた。



「余計なお世話だ」


「強がっちゃって」



 房子はクスクスと笑う。



「そこの馬鹿眼鏡をかばう為だけに出てきたのか?」



 彼はぶっきらぼうに問いかけた。すると房子は一枚の封筒を取り出し、強慈郎に渡す。



はついでよ。はい、お爺様ちゃんからよ」


「ジジイが?」



 訝しげに思いながらも中身を確認する。そこには一通の手紙が入っていた。



「えっと何々……『孫へ』?」


「勝手に読み上げんな、イリー」


「はぁい」



 強慈郎は面倒くさそうに手紙を読み進める。その様子を房子は興味深そうに見つめていた。イリシウムも彼女の側に近づき、一緒に読むことにしたようだ。



『これを読んでいるということは既に実戦を経験していることだろう。おめでとう。もし、お前が勝手にこの手紙を読んでいたら俺はお前を本気で殺す』


「物騒すぎるだろ」



 強慈郎は思わずツッコミを入れた。



『鬼ヶ島の宿敵に立ち向かうと聞いた。だがな、孫よ。お前にはまだ早い。まだ弱い、まだまだ未熟』


「めっちゃ言われてますね強慈郎」


「……うるせぇな」



 苛立たしげに舌打ちをしながらも読み進める。



『そこでお前に贈り物を用意した。精々頑張りなさい』


「ジジイからの贈り物?……嫌な予感がする」



 強慈郎は溜息をつくと房子が箱を差し出した。



「一緒に受け取ったの。きょうちゃんしか開けられないって言ってたわ」


「……随分と重いな。どうやって開けるんだ?」



 その黒光りをする玉手箱には、開け口がなかった。どうしたものかと、考えているとイリシウムが口を挟む。



「似ている物を知ってますよ。その箱を持ち上げながら、息を吹き掛けてみて下さい」


「こうか?」



 言われるままに両手で支え、箱に向かって息を吹き掛けると、大量の蒸気と共に蓋がずれ始める。



「おい!大丈夫かこれ!」


「と、とにかく開きましたよ!」



 その白い蒸気の中、二人は言い合い姿を隠した。



「あら、随分物騒な煙だこと」



 なにかを察した房子は黒井の首根っこを掴むと、素早く距離を取る。

 黒井は恐る恐る房子に声をかけた。



「ボス、彼らは大丈夫でしょうか?」


「けほけほっ、まぁ大丈夫でしょう。今のうちにどっか行きなさい」


「そ、それもそうですね。では」


「ほら早く。しっしっ」



 虫でも追い払うように、顔の前で手をヒラヒラさせると、自身の扱いに傷つきながらもその場を後にした。



「鬱陶しいな!」



 その声と同時に強慈郎は拳を突き上げ、拳圧で白いもやを掻き消した。


 箱の中には一本の黒帯が入っており、その身は青く輝きを放ち、独特な装飾が施されている。中央には綺麗な紋様が描かれていた。



「この紋は……」



 強慈郎は帯を手に取り、紋をじっくりと見つめる。それには見覚えがあった。

 房子の持つ扇子に描かれたものと瓜二つである。つまりは鬼ヶ島の家宝なのだろう。


 当の房子はその青光する帯に見覚えがあったのか、不思議そうにしている。



「あら、無くしたって言ってた気がしたけど……」


「ババア、これを着けて闘えってことか?」


「そうみたいね?」


「もう何も書いてねぇぞ。ジジイから聞いてないのかよ」



 強慈郎は不機嫌そうに房子に尋ねる。彼女は思い出しかの様に、手を打った。


「あ、そういえばあの恰好いいスーツもお爺ちゃんからよ」


「……変なものばっかり寄越しやがって」



 彼はうんざりした様子で呟くと、帯を手に取り強く握りしめる。すると青い光は強慈郎の身体を包み込むように広がっていった。まるで宇宙服のように彼を包み込んでいき、先ほど脱ぎ捨てたはずのスーツに身を包まれていく。



「あれ、それって……」


「うわ!やめろ!」



 彼は驚きながらも、振りほどこうと腕や足を激しく動かしていた。そして抵抗むなしく、最後にヘルメットが装着され、再びヒーローの様な姿へと変貌したのだった。


『装着完了』という機械音声が鳴り響くと同時に強慈郎は拳を握りしめる。すると青い光が拳に宿った。それはまるでエネルギーの塊のようである。



「格好いいです!なんですかそれ!」



 興奮気味にイリシウムが声を上げ、目を輝かせていた。強慈郎は不愛想に答える。



「俺にもわかんねえよ」



 彼は溜息をつくと、房子に向きなおった。



「ババア」


「なぁに?」



 彼女はニコニコとしながら答える。強慈郎は苛立たしげに舌打ちをすると、口を開いた。



「この装備、どうやって解除するんだ?」



 すると彼女は驚いた様子で目を見開いた後、笑い始めた。


 そしてひとしきり笑った後口を開く。



「知らないわよ。おじいちゃんも似たようなスーツを着てたけど、教えてくれなかったわ」


「……あのジジィ……今度会ったら一発ぶん殴る」



 強慈郎は拳を握り締めると、怒りのこもった声で呟く。それに対し房子は涼しい顔をしていた。



「そのうち勝手に解除されるわよ。じゃぁ、渡すものは渡したし……」


「おい待て!」


「待ちませ~ん」



 彼女はふざけた口調で言うとその場から瞬く間に姿を消した。


 成す術もなく幼女を見送った後、イリシウムが話しかける。



「一つ質問良いですか?」


「なんだよ?」



 彼は面倒くさそうに返事をする。しかし気にすることなく彼女は続けた。



「スーツの名前とか無いんですか?」


「は?何言ってんだお前?」



 強慈郎が困惑しているとイリシウムは興奮気味に話した。



「いや、せっかくヒーローっぽい格好なんですから名前とかあるんじゃないかと思いまして」


「何言ってやがる……これは戦闘服だ。名前なんて必要ねえよ」



彼は呆れたように答える。

しかしイリシウムは納得がいかないのか食い下がってきた。



「じゃあ私が付けてあげましょうか?」


「勝手にしろ……」



強慈郎が面倒くさそうに言うと彼女は考え始めた。そして思いついたかのように手を打つと口を開いた。



「『鬼の衣』ってのはどうですか?」


「ダサい、却下だ。天ぷらかよ」



即答だった。イリシウムはムッとしながら彼を睨む。しかし彼は気にせずに口を開く。



「良いからさっさと帰るぞ」


「もう、強慈郎てば、ノリが悪いですねぇ」



彼女は溜息をつくと、彼の後について行ったのだった。










「鬼殺しとかは?」


「却下」


め」


「却下」


「えーまだ全部言ってないですよ。オニブラック」


「はぁ、黙ってついて来いよ」


「嫌です。鬼王子!」


「却下だ」


「ぶーぶー」

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