第14話 狸婆、いつも話が長くて孫に嫌われる。





 辺りには破壊された戦艦の残骸が散らばっており、戦闘が激しかったことを物語っている。


 そんな中、一機の宇宙船が佇んでいた。損傷が激しく、今にも爆発しそうな状態である。



「今すぐ動くのは無理そうですね」



 イリシウムはそう言いながら、操縦席で項垂れている男を見る。



「おい」



 強慈郎は不機嫌そうに声をかけるが反応はない。その態度にイラつきながらも言葉を続ける。



「お前があの『C-Xシクス』ぶん投げたからだろ。少しは反省しろ」



 その言葉を聞いた彼女は顔を上げる。その表情には怒りと憎しみが入り混じっていた。



「……強慈郎だって私の本体の足吹き飛ばしたじゃないですか……」



 その声は弱々しく覇気がないものだったが、それでも反論せずにはいられなかったらしい。



「うるせぇ、俺はいいんだよ」


「理不尽すぎる……」




 激しい戦闘の上、二人は無事戦艦ヴィーナスへと帰還を果たしたのだった。



「……いいですよ。私は応急処置で忙しくなるので、強慈郎は休んでてください」


「あぁ悪いな」


「ほんとに悪いと思ってるんですか……全く……」



 ぶつぶつと愚痴を吐きながら、イリシウムは本体と分体を駆使し処置に向かった。

 その後、強慈郎はというと自室のベッドの上で寝転がりながら考え事をしていた。



(あれに乗っていたパイロットは何者なんだ?)



 彼の脳裏に浮かぶのは黒い機体の姿だった。それはまるで闇そのもののようにも見えたのだ。


 その操縦技術、戦闘力は、今まで戦ったどの戦士よりも強く、洗練された動きをしていた。そして何よりも印象的だったのは、殺気はあったが、どこか投げやりだったことだ。強慈郎は相手がなんとなく本気ではなかったことを察していた。



(今度は本気のアイツと闘りてえな。その上で捻りつぶす)



 彼はそう心に誓いながら眠りについた。



 ――――




 それから数日後、戦艦『ヴィーナス』は修理を一通り終え、ある場所へと向かっていた。



「罠じゃねぇのか?」



 懐疑的な様子で強慈郎はイリシウムに聞くが首を振る。



「実は『鬼ヶ島房子おにがしまふさこ』から連絡がありまして」


「ババアから?」


「「ちょっと連絡遅れちゃったけど、黒いのとは仲良くね」だそうです」



 沈黙。少し思考してから口を開く。



「つまり、前の奴らは『鬼ヶ島』側ってことだったってことか?」



 うんざりした顔でイリシウムが回答する。



「あのくそ……いえ、強慈郎のお婆様は私達の力を推し量るために『ブラックジャックス』を差し向けたと言っていました」


「そうか。俺がその話の場にいなくてよかったな」


「取りあえず操縦席から手を放しましょうか」



 酷い音を立てながら、肘掛が軋んでいるのを制止し、前を見る。



「強慈郎、見えてきましたよ」



 モニターに映る巨大な建造物を見て彼女は言った。それは宇宙要塞だった。戦艦『ヴィーナス』はそこに入港する為、減速している最中である。



「これが宇宙要塞か……」



 強慈郎は興味深そうに観察しながら、さらに近づく。すると入り口から巨大な機体が出迎えるように現れた。その影を見て彼は呟く。



「『C-X』か」



 それは以前戦った機体と同型のものだった。しかし、その形状は大きく変わっていた。装甲や武装が強化されているだけでなく、カラーリングも変わっているようだ。



「これは……『鬼ヶ島房子』の仕業ですね」



 イリシウムの言葉に頷くように通信が入る。



『久しぶりね、強慈郎。それにイリシウム』



 モニターに映るのは妖艶な美女だった。それは間違いなく『鬼ヶ島房子』の姿であり、彼女は笑みを浮かべていた。



「ババア!どういうつもりだ?」


『あら?私はただ貴方達の力を確かめたかっただけよ?』



 彼女は悪びれる様子もなく答えるが、その瞳からは確かな自信が感じられた。その態度を見て彼は確信する。この老婆は本気で言っているのだということを……。



「そうかよ」



 それだけ言うと通信を切り、戦艦『ヴィーナス』の格納庫へと向かう。



「強慈郎」



 彼の背中に声をかけるが反応はない。彼女は小さく溜息をつくと後をついて行くことにした。




 ――



『ヴィーナス』は要塞に着艦すると同時にハッチを開く。



「『鬼ヶ島』様、ご入港!対応急げ!」

「死にたくなきゃ死ぬ気で動け!」

「粗相がないように!殺されるぞ!」


 整備員やパイロット達が慌ただしく動き始めた。



「……言葉が通じない化けもんだとでも思われてんのか俺は」


「先日の戦闘、だけではないでしょうね。あの狸女の圧力といった処でしょうか」



 そんな中、一人近づいてくるのが見えた。それは見覚えのある顔だった。



「よう!久しぶりだな!」



 その赤い服を着た小柄な人物は笑顔で声をかけてきた。その顔を見て強慈郎は舌打ちをする。



「なんでお前がここにいるんだよ」



 ミザリィは元銀河連邦『S.D.C.Oエスディコー』所属の『鬼』、現『鬼ヶ島』のパイロットの一人であり、以前戦った相手だった。強慈郎にとっては、邪魔なお荷物として祖母に預けたはずだったのだが、なぜか目の前にいる。



「そりゃお前に協力するために決まってるだろ!」



 ミザリィは自信ありげに答える。それに対して強慈郎は呆れていた。碌な事前情報もなく未知の惑星に降り立ち、無謀な戦いに挑み、あっさり敵の軍門に下るような馬鹿である。だが、雰囲気が依然と少し変わってるのを見て思い直す。



「まあいい。どうせババアの差し金だろ」



 彼はそう言うと。その後を慌ててミザリィは追いかけて行った。



「違うっての!ちょっとは何があったか聞いてくれてもいいだろ!」


「強慈郎、あんまり虐めないであげてください」


「うっせえな。おい!イリー!さっさと案内しろ!」



 彼はそう言うと足早に格納庫を出て行こうとしたが、そこに待ち構えていた人物を見て足を止める。



「どうやら案内役は私ではないようです」


「はーい、きょうちゃん。さっきぶり」



 心底嫌そうな顔をする強慈郎を気にも留めず、笑顔で迎える房子の姿がそこにあった。


 視線を感じたのか、乗組員達にも声をかける。



「『鬼ヶ島』に興味があるもんは連れ帰っちまおうかね」



 そしてその言葉に青ざめた宇宙要塞の乗組員たちは慌ただしく動き始めたのだった。




 ――




『鬼ヶ島』所属扱いになっている戦艦ヴィーナスはドックに入港し、修理を受けていた。そんな中、強慈郎とイリシウムは房子に連れられ艦内を歩いていた。



「おい!どこまで連れてくつもりだ」



 彼は前を歩く老婆の背中に向かって叫ぶように問いかけるが、彼女は振り向かずに歩き続ける。



「すぐそこだから黙ってついてきなさいな。それとも歩き疲れちゃったのかい?きょうちゃん?」


「……いつか殺す」


「怖い顔しちゃいやよ、きょうちゃん♪」



 その態度に苛立ちながらも後を追うことにした。やがてある部屋の前で立ち止まると扉を開けるよう促す仕草を見せるので仕方なく従うことにした。


 中に入るとそこは会議室のような場所だった。そこには既に数人の軍服姿の人物が集まっていた。



「強慈郎、遅かったですね」



 そう声をかけてきたのは青雲斎せいうんさいだった。彼は椅子に腰掛けており、その隣には金髪巨乳メイド・キャロルが座っていた。他にも数人いたがいずれも実家で見知った顔ばかりだった。その中には先ほど別れたばかりの少女もいる。



「おいババア。なんでお荷物カラーズが三人まとめて付いてきてんだよ」



 彼は苛立ちを隠さずに詰め寄ると、一人の軍服が口を挟む。



「恐縮ですが、お座りいただけないでしょうか」



 彼は穏やかな口調で話しかけると椅子に座るよう促す。仕方なく従うことにしたが、その表情は険しいものだった。



「まずは自己紹介から始めましょう」



 その言葉と共に立ち上がったのは小柄な少女だった。彼女は背筋を伸ばして敬礼をする。その姿は凛としており、自信に満ち溢れているように見えた。その姿を見て強慈郎は思わず見惚れてしまうほどだった。しかしそれも一瞬のことに過ぎず、すぐに視線を逸らすことになるのだが……。



「中立星国家『ネフィリス』傭兵団、戦艦『ブラックジャックス』艦長、ネレア・ウルフェンシュタインと申します。以後お見知りおきを」



 彼女の名前には心当たりがあった。



「ウルフェン……?聞き覚えがある」



 そう呟くと、彼女は微笑みを浮かべながら答える。



「はい。貴方と戦闘した『C-X』のパイロット、ラスティは私の愚弟です」


「なるほどな。当の本人はいねぇみたいだが」



 彼は納得すると、自己紹介にしてはあまりにも短く一言。



「鬼ヶ島強慈郎だ」


「イリシウムです」


 それに続き、一通りの挨拶が終わると、房子が口を開く。



「さて、全員揃ったところで話を始めましょうかね」



 その言葉に全員が注目する。すると彼女はゆっくりと話し始めようとするが、強慈郎に遮られる。



「話が長くなるんなら、ここをぶっ壊す。三行で簡潔に話せ」


「あ~強慈郎、そんなご老体にあまり無茶を言ってはいけませんよ~」



 イリシウムはわざとらしく止めようとし、その言葉に房子はピクリと反応する。



「ガラクタが舐めた口を。……そうね」



 少し考える素振りを見せた後、答える。



「三行もいらないわよ。強ちゃん、貴方は『ブラックジャックス』引き連れて連邦潰して来なさいな」



 それを聞いて彼は鼻で笑う。



「ババアも懲りねえな……俺は……」



 そこまで言いかけたところで、再び遮られる。今度はミザリィだった。彼女は手を挙げると質問を投げかける。



「あのー質問いいですか?」


「なんだい?坊や」



 老婆は微笑みながら答えると、少女は続ける。



「なんでオレ達もなんですか?……戦闘データを見ましたが、正直、強慈郎だけでも十分な気がするんですけど」


「あら随分ときょうちゃんのことを買っているのね」


「い、いや、そんなことは」


「如何に強者とはいえ、数には勝てないものよ。それに……」



 顔を赤くしながら否定するミザリィを他所に、房子はニヤリと笑みを浮かべると再び話し始める。



「貴方達に強くなってほしいからよ」



 その言葉に全員が沈黙する。そんな中、最初に口を開いたのはネレア艦長だった。



「銀河連邦を倒すのが、何かの過程だということですか?」


「そうよ。貴方達は強くなりなさい」


「私達はあくまで傭兵団。『鬼ヶ島』の戦力ではないのですが?」



 彼女は納得がいかない様子で質問を重ねる。それに対して房子は淡々と答えていく。



「今違うわねぇ……強ちゃん達が銀河連邦を潰したら、改めて勧誘するつもりよ」


「もう三行以上だ。ババア」


「きょうちゃん、三行って言ったけど、質問に答えてるだけでノーカンよ」


「屁理屈言うんじゃねぇよ」



 彼は呆れた顔をし、房子も呆れた様子で溜息をつく。そして諭すように語りかける。



「いい?きょうちゃん、今より更に強くなりなさい。銀河連邦を倒すのはそのよ」



 その言葉に誰もが驚きの表情を見せるが、当の本人だけは平然としていた。それどころか不敵な笑みを浮かべていたのだった。



(……今日は話がわかりやすいじゃねぇか。いつもそうしろよ、ババア)



 彼は心の中で悪態をつくが口には出さなかった。そして、この老婆が何を企んでいるのかを思案するのだった。



(そんなに考えるなら素直に聞けばいいのに)



イリシウムは無粋にもそんなことを考えるのであった。

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