第13話 随分と贅沢な名前と機体だ。今日からお前は負け犬さ。




「強慈郎?」



 己の分身でその男を揺さぶるが、反応がない。いや、まさか先ほどの衝撃で死んでしまったのかと、機械らしからぬ感情を抱く。が、ついでに言いたかったセリフも言い放った。



「おのれよくも強慈郎を!」



 怒りと興奮、ごちゃまぜの感情に身を任せ目の前の敵に向き直ると、戦艦から飛び出る。


 事前の無意味な出血、止めとして無造作に投げ込まれた故の気絶だった為、完全な逆恨みではあったのだが、彼女には関係なかった。



「戦艦から機影あり」

「なんだあの禍々しい機体は!?」

「暴れ始めたぞ!」

「こちらも『C-X』出撃させろ!」

「観測手、あれを撃ち落とせ」



 その言葉を皮切りに数多の砲撃が放たれる。しかし、全て躱し距離を詰める。

 瞬く間に敵艦にたどり着くとそのまま蹴りを放つ。迎撃のため敵の機体が数体向かってくるの確認した。



「強慈郎、なぜ死んでしまったのですか」



 恨みがましく敵『C-X』に放った攻撃は容易くかわされてしまう。

 逆に敵に囲まれた。その直後コクピット内からくぐもった声が聞こえてきたので安堵する。



「……後ろだ、イリー」



 その声を頼りに体術で敵を蹴散らし、態勢を立て直しながら強慈郎に問いかける。



「……なぜ死んでないんですか?」


「勝手に殺すな」


「本気で死んだと思ったわけではないですが、少し心配したんですよ?」


「そうかよ」



 そんなやり取りをしていると、敵艦から通信が入った。



『未確認『C-X』!貴様の所属と識別コードを言え!』


「うるさいです!」



 イリシウムが叫ぶと同時に戦艦ヴィーナスが主砲を放ち、複数対の『C-X』を撃ち落とす。そのままイリシウムとヴィーナスは敵陣へ突っ込んでいき、激戦が始まった。



「この戦艦!生存反応がありません!」

「馬鹿な!無人で動かせるものか!」

「未確認『C-X』、銀河規律を余裕で違反してます!」

「馬鹿が作った馬鹿な機体!?」

「うわぁぁぁぁぁッ!?」


 案の定、敵は大混乱に陥り、数刻を待たずに戦況は一変する。



「なんかちょいちょい声聞こえたけど、お前何したんだよ」


「今はいいでしょう!ほら敵が引いていきますよ、強慈郎!」



 イリシウムの言葉にモニターを確認すると確かに敵は退却を開始していた。



「行け、イリー」


「言われなくてもそのつもりです」



 追撃を行おうとした時、通信が入る。



『これ以上の争いは無益である!この宇宙に平和をもたらせ!』



 その言葉に反応したのは強慈郎ではなく、イリシウムだった。



「どの口が言ってんですか」


『我々は傭兵団ようへいだん『ブラック・ジャックス』だ!貴様らのような無法者とは違う。我々には成すべきことがある!』


「無法者はそちらでしょうに。警告なしに発砲、不利になるかと思いきやオープン

 チャンネルで呼びかけ、この卑怯者が」


『我々を敵に回すか?なら容赦はしない。良いだろう、そちらがその気なら

 徹底抗戦してやる』



 通信が切れたと同時に、敵の戦艦から無誘導の光弾が大量に放たれた。

 イリシウムが無差別に放たれる光の雨を避けていると声がかかる。


「選手交代だ、イリー」



 モニターを見ると敵艦から敵機が飛び出してくるのを確認しつつ、返答する。



「選手交代?私のサポートがあるとはいえ、操縦出来るんですか?」



 何故か自信ありげに強慈郎は笑みを浮かべる。うずうずしているようだが、イリシウムは心配してしまう。



「さっき見てたからな。サポートもいらん。任せろ」


「ですが!先ほどまで気を失って」


「大丈夫だ。俺は強い」



 イリシウムの心配は突っぱねられた。強慈郎の性格を理解し始めた彼女は従うしかなかった。



「……わかりました。私はヴィーナスの制御に集中します。」


「あぁ、お前の本体少し借りるぞ」


「壊さないでくださいね?」


「…………。善処する」


「なんですか今の間は」


「とっとと船を守りに行け」


「もう!」


 不満げな顔のイリシウムの分身が解かれ操縦席に一人取り残される。


 強慈郎は自分の体のように機体を操り、迫りくる無誘導光弾を撃ち落とし、前進する。迫りくる敵機に突撃。激突。無慈悲拳打むじひぱんち



「車の運転に似てるな。運転したことないが、このペダルとシフトレバーの扱いが……どうも上手くいかん」


『強慈郎。そんなに踏み込まなくても大丈夫です。異音がしてますからやめてください』 


「サポートはいらないって言っただろ。切るぞ」


『あ、こら』



 イリシウムとの通信を雑に切ると同時に、光が放たれた。


 敵の光弾を次々と躱し、撃ち落としながら敵艦の艦橋を破壊する。



『相変わらず凄まじいですね、あなたは』



 そんな呟きを聞き流しながら、オープンチャンネルで呼び掛ける。



「降伏しろ」


『断る!我らの正義がある限り貴様らのような無法者に屈するわけにはいかない!』



 敵の戦艦から漆黒の飾り下のない機体が飛んでくる。しかし、無骨ながらも明らかに今まで戦った敵とは違う雰囲気を醸し出していた。



『俺はブラックジャックスのリーダー、ラスティ・ウルフェンシュタイン』



 漆黒の機体は名乗りを上げると、強慈郎に向かって剣を突きつける。


 注意深く観察しながらも、敵を煽った。



「随分と長い名前だ。自分の名前を覚えるのが精いっぱいで戦況もわからんのか?」



 煽りにも動じず、ラスティと名乗る人物は言葉を返す。



『機体の性能、俊敏さにも似たよく動く口だな。名を名乗れ』



 その態度を気に入ったのか強慈郎の口角が徐々に上がり始める。



「……鬼ヶ島、強慈郎だ」


『お前は危険すぎるな』


「そうかよ」


『ここで……終わらせる!』



 漆黒の機体から発せられる殺気が強慈郎の胸をざわつかせる。まるで強敵に出会った時のような、久しく感じなかった胸の高鳴りを覚えていた。



「ぐははッァッ!お前にそれが出来るかなッ!」



 そんな咆哮と共に拳を抜き放つ。その攻撃を読んでいたかのように敵は難なく躱し反撃してきた。手数の多さに押されながらも態勢を立て直す。



(……強いな)


『お前のような存在は危険すぎる!ここで殺す!』


「そいつは無理だな。俺より強い奴なんざいくらでもいる」


『だが、それでも殺さねばならない』


「……なに?」



 そんなやりとりをしていると機体に負荷が掛かり、重心が傾く。その異変を確かめる為にカメラで確認すると右脚部が破損していた。


「チッ……思ったよりもやるようだな……」


『あぁぁッ私の足が……!ちゃんと守ってくださいよ!』


「無茶を言うな、イリー」


 その様子を見てラスティは薄笑いを浮かべていた。そのまま二機は激しい斬り合い殴り合いを続けたが、次第にラスティの優勢になっていった。若干、まずいと考えたその時、通信が入る。



『強慈郎!こっちは片付きました』


「そうか、なら交代だ」



 そう言ってコクピット内にイリシウムの姿が揺らめき実体が現れた。



「あら?もう満足ですか?」



 そんな間の抜けた声を出すイリシウムを見て笑みを浮かべる。



「んなわけないだろバカが。パイロットスーツに着替えるから操縦代われ」


「なんて人使いの荒い……おっと」



 そして次の瞬間には黒い『C-X』はイリシウムを蹴り飛ばそうとするが、攻撃をかわされる。さらに蹴り技の連撃を叩き込むが全て避けられてしまい舌打ちする。



『ちぃッ!バカげた見た目の癖に、大した性能だなッ!』



 自分のセンスをバカにされた気がしたイリシウムは、ご丁寧に青筋を再現しながら満面の笑みでブチ切れた。



「今私の見た目を馬鹿にしたんですか?……本気で相手してやる」



 その言葉と共に爆発的な加速で詰め寄る。そのまま互いの拳を突き出し激突させた。



『やるじゃねぇか!』


「……センスは兎も角、腕はまぁまぁあるようですね」



 衝撃音と火花が散る中、互いに笑みを浮かべ距離を取ると再び接近戦を始めた。


 ラスティは興奮していた。今まで出会ったことのない未知の強敵との戦闘に彼は楽しさを見いだしていたのだ。だからこそここで終わらせようと考えていたのだが、それは叶わなかったようだ。



「良いねぇ!こんなに楽しいのは久しぶりだ!」



 敵の攻撃を避けながら叫ぶ。その声は通信で聞こえたのか強慈郎が返事を返す。




「変な奴だ」



 そんな冷静な答えを聞きながらラスティはさらに笑みを深める。そして機体に搭載された全ての武装を使い、攻撃を開始した。だがそれら全てが躱されてしまい、逆に攻撃を受ける始末だった。それでも彼は楽しんでいた。この充実感は初めて体験するものだったからだ。さらに熱くなっていく己の心を感じていた頃、敵の通信が聞こえた。どうやら連絡が来たようだ。



『ラスティ!これ以上の戦闘は無意味だ!』



 その言葉を聞き我に返ったのか攻撃の手が緩むのを感じた瞬間、渾身の一撃を繰り出した。その攻撃をまともに受けた敵は吹き飛ばされ、戦艦ヴィーナスに激突した。



「あッ、結構まずいダメージが……」



 イリシウムのそんな心配をよそに、彼は操縦席の後ろで平然と着替えをしていた。



「よっと、このスーツ着にくいな」


「よくこんな揺れの中、平然としてられますね」



 呆れた彼女に対して彼は言った。



「おい、イリー」


「はい?」


「このままじゃ拉致が明かん。アイツと組み合え」


「はい?何をするつもりなんですか?」


「俺の星にはな、虎穴に入らざれば虎子を得ずってことわざがあるんだ」


「いやいや、意味がわかりません」



 そんなやり取りをしているとラスティは笑みを浮かべ、戦艦を蹴り宇宙へと舞う。どうやらまだ戦う気らしい。



「まだまだやる気みたいだぞ」


「そのようですね」



 宇宙空間で二機の『C-X』が向かい合う。その光景を見守るのは敵艦隊だった。



『さぁ!始めよう!』



 その言葉と共にビームサーベルを抜き放つと斬りかかってきた。イリシウムはそれを受け止めながら叫ぶ。なぜなら強慈郎がコクピットのハッチを開けようとしていたのが目に映ったからである。



「ちょちょちょ、強慈郎!何を考えてるんですか!?」


「あの機体と俺の技を組み合わせれば、俺はさらに強くなれる」



 その言葉に呆れながらも笑みを浮かべる。



「あれを奪い取るつもりですか!?貴方、本当にバカですね……」



 そんなやり取りをしている間も激しい攻防を繰り広げていた。その様子を敵艦隊から撮影されモニターに映し出される。それはまさに命をかけた戦いのように映っただろう。



(これで良い)



 強慈郎はそう考え、イリシウムに告げる。



「イリー、お前ならできるはずだ」



 その一言で彼女は覚悟を決めたようで、操縦桿を握る手に力が入る。



「あーもうこんな時だけそうやって!やってやりますよォッ!」



 そんな叫びと共に『C-X』が動き出すと敵機体へ急接近する。その瞬間に光弾が放たれビームサーベルで撃ち落とすとそのまま斬りかかる。相手はそれを読み切ったように躱し、逆に蹴りを喰らわされた。


 その衝撃で吹き飛ばされるも体勢を整えて再び接近戦を仕掛けるが相手の方が上手であり防戦一方だった。


 それでも彼女は諦めずに戦い続ける。しかし、バランスを崩したイリシウムは無防備な体勢になってしまう。



『もらった!』



 ラスティは勝利を確信しながら操縦桿を押し込むと『C-X』は加速し、ビームサーベルを振り下ろす。


 その一撃は確かに直撃したのだが、それは相手の胴体ではなく肩だった。


 しかも掠った程度でしかない。


 驚く暇もなく背後から強烈な衝撃を受けると同時に、モニターに映るエネルギーゲージが大幅に減少し始めるのが見えた。


 困惑していると何やら男の声が聞こえてくる。



「行くぞ!」


『本当に馬鹿なんですから!』



 その言葉と共にイリシウムは操縦席のハッチを解放させる。



『まさか、お前!』



 敵兵の言葉を聞き流し、『C-X』から飛び出る。強慈郎は目の前の黒い機体の胸部へと無慈悲に拳を振り下ろした。



「どおおおおりゃぁぁぁッッ」


『ば、馬鹿な……特殊装甲だぞ!?素手で破れる訳が……』


「もういっぱあぁぁぁつッッ」



 祈りを込めるように組まれた両手が更に振り下ろされる。



『……な、なんだよ、なんなんだよお前ェェッ!』



 強慈郎は不気味に笑いながら、さらに力を込める。装甲が割れ、内部の操縦席が見える。



「こいつは貰っていくぞ。どけ」



 そしてそのまま腕をコクピットに突っ込み中の兵士を引き摺り出すと腹にパンチをお見舞いし、宇宙空間へと投げ捨てた。



『がはッ……よくも……ッ』



 ラスティは怒りに身を任せ手を伸ばすが、すでに操縦を奪われた愛機はその場から離れ始めていた。その動きは先程までの洗練されたものと違った。彼の中で違和感が膨れ上がり、次の瞬間には予感は確信へと変わっていた。



(こいつは……さっきのパイロットじゃないのか……)



 ラスティの胸中には混乱、羞恥心、悔しさが入り混じっていた。



『クソッ……まさか機体を……』


「わりいな」



 彼の言葉に対して謝罪の言葉を口にする強慈郎だが、その声に罪悪感はない。あるのは満足感だけだ。そんなことを考えているうちにイリシウムの乗る『C-X』が現れたので拳を合わせる。その姿を見て敵艦隊が焦り始め、攻撃してくるが既に勝敗は決していた。



「これで終わりだ」



 その声と共に戦艦ヴィーナスに帰投する二機をラスティは宇宙で漂いながら、ただ黙って見送るしかなかった。



「宇宙には……あんな怪獣もいるんだな」



 ラスティは一人呟く。あれほどの強者と出会ったのは初めてのことだった。自分が強くなれると思った存在に敗北したのだ。それは彼にとって大きなショックだった。だがそれと同時に嬉しさもあった。彼は強大な敵を求めていたのだから……そして今回の戦いによって彼は確信したのだ。これから先も彼を超えるような強敵が現れることを。そのためにも強くなっていかなければならないということを思い知らされたのだった。


 そんな彼の前に通信が入る。



『ラスティ!無事か!』


「機体を奪われた。迎えを頼む」


『あんな怪獣相手だ。仕方ないだろう』



 その言葉に苛立ちながらも戦艦『ブラックジャックス』へと帰還する。



『よくやった!さすがは我が弟だ』


「黙れ!」



 そんなやり取りをしながら彼は考える。次はもっと強くなってから挑もうと。そしていつか必ず勝つのだと……。


 その後、ラスティは単独での無許可出撃、命令違反、詐称行為から、吊し上げられそうになったが、彼の実力を高く評価した一部の人間が彼を庇ったことで処罰は免れた。しかしそれでも彼のプライドは大きく傷つき、しばらくは部屋に引きこもっていたらしいが、ある日を境に再び戦場に立つようになった、らしい。




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