第5話 腹が空いては話す気にもならない。それはそう。




 宇宙船の外では、地面にめり込んで停止している青と黄色の『C-Xシクス』の姿があり、その操縦席では未だに気絶している二人の姿があった。



「おい、こいつらも連れてくぞ」



 強慈郎は手近な戦艦から縄のようなもので引っ張って移動させようと提案するが、



「後から録画記録を見返しましたが……あまりにも酷すぎますよ、あの扱いは……」



 イリシウムは自身の経験からか頑固に断り、結局強慈郎が担ぐことになった。



「『鬼』ってのは随分と軽いんだな」


「……君がおかしんですよ」


「タスケテ……」



 青と黄色を両肩に一人ずつ、脇にはミザリィが抱えられている。



「どうやって戻る?さっきみたいに飛んで帰るか」


「重力制御は本来自由に飛び回るものじゃないんです。それにエネルギーをかなり消耗しています」



 そういわれると強慈郎は少し考えてから、唯一無事な姿のデカブツを指し示す。



「あれはもうお前のだろ」


「誠に遺憾ですが、乗り物として使えなくもないです」


「よし、頼む」



 強慈郎はイリシウムと他愛もない会話を続けていたが、干された布団のように沈黙していたミザリィが物言いたげにする。



「どうした?」


「いや、その……オーナインは俺の……」



 可笑しな事をいうもんだと笑みを浮かべた強慈郎が捕虜の顔を覗き込む。



「ん~???」



 笑鬼の面に恐怖を覚えたミザリィは話を逸らした。



「……俺は、これから一体どうなるんだ?」



 不安そうな声音だったが、強慈郎はあっけらかんと答える。



「さあな」


「さあなって……」



 ミザリィは少しムッとした顔をするが、すぐに思い直すと質問を続けた。



「あんたらの目的は何なんだ?」


「……目的か。俺の目的は強い奴と戦うことだ」



 それを聞き一瞬目を輝かせたが、すぐに怪訝な表情を浮かべた。



「それだけなのか?」


「ああ、それだけだ」



 ミザリィは強慈郎の迷いの無い返答に絶句する。



「……そうか」



 そう呟くと、納得したような表情を浮かべるが、その目には光はなく、ただ一筋の煌めきがあった。


 そんな会話をしている内に赤の機体にたどり着くとイリシウムが手を翳す。すると『C-X』はゆっくりと動き出し、その背に一行を乗せると空へ飛び上がった。


 風に吹き晒されて凍えるミザリィ。三人を担ぎながらも不動の強慈郎。操縦席で暖を取り、茶を啜るイリシウム。


 三者三様、魑魅魍魎を乗せたその巨体は、10分もせずに強慈郎の家に着き、居間で話をすることになった。肩に担がれていた二人は適当に転がされ、ミザリィはイリシウムに促されるまま座布団に正座させられる。



「さてと、本題だが」



 強慈郎が口を開くと、ミザリィの体がビクリと跳ねる。



「まず一つ聞きたいんだが、お前らが鬼ってことでいいんだな?」


「……『鬼』を知らないのか?いやでも辺境星人なら……」



 その様子を見かねたイリシウムが口を挟む。



「彼はただの何も知らない地球人です」


「そんな、馬鹿な……」



 ミザリィは混乱した様子でぶつぶつ呟くと、強慈郎を凝視する。

 その目は信じられないものを見たかのようだった。



「いや、でも……まさか」



 ミザリィはしばらく考え込んだ後、意を決して質問を始める。



「あんた名前は?」


「鬼ヶ島強慈郎だ」



 それを聞いた途端、ミザリィの顔は見る見る青ざめていく。そして頭を抱えたかと思うと、大声で叫んだ。



「やっぱりあんた『鬼ヶ島』の奴なのか!?伝説の!?」



 ミザリィの突然の行動に、強慈郎は面食らうが、すぐに怪訝そうな顔になる。



「なんだ?俺を知ってるのか?」


「そりゃ辺境の鬼ヶ島って言ったら……」



 それを聞いたミザリィは再び頭を抱えると、今度は深い溜め息を吐いた。そして顔を上げると、真剣なまなざしで口を開いた。


「……単刀直入に聞く、鬼ヶ島信玄おにがしましんげんってのは知ってるか?」


「俺の爺さんだな」



 それを聞いたミザリィはさらに顔を青くして絶句する。強慈郎がその様子に首を傾げると、イリシウムが代わりに答える。



「彼の情報をスキャンした時に、判明しましたが。鬼ヶ島信玄の血縁者であるのを確認しています」


「なんだお前もあのジジイのこと知ってんのか?」


「知っていたからこそ、逃げなかったのです」


「あん?」


「そんな事よりも!鬼ヶ島信玄だ!!どこにいるんだ!?」



 ミザリィは身を乗り出して強慈郎に詰め寄る。その表情には怯えや混乱などが入り乱れていた。


 そんな様子に、当の強慈郎は何のことだか分からず呆けているといった状況だった。



「まあ待て、少し落ち着け」



 そう言われても尚、興奮冷めやらない様子で詰め寄ってきたが、イリシウムによって襟首を摑まれ引き戻された。



「落ち着きなさい」


「けど……アイツがいるならこんな星にはいられない……」



 食い下がるがイリシウムの無言の圧力に押されしぶしぶ腰を下ろす。だがその目は強慈郎を捉えて離さなかった。



(あの爺……呆けたかと思っていたが、案外本当のことを言っていたのか……?)



 そんな強慈郎の考えとは裏腹に、イリシウムは冷静な声で質問を始める。



「よくそんな体たらくで『鬼』になれたものですね?」


「うぐ……」



 やれやれと首を振り、追い打ちをかける。



「そもそも地球での任務にあたるにあたって『鬼ヶ島信玄』の情報も知らされていたでしょうに」


「だって……まだ、『S.D.C.O.』そしきに所属したばっかで……それに、情報はいつも青鬼がみてるし……」



 ミザリィは今にも泣きそうな声で言う。傍目に見ていた強慈郎は欠伸をして、横になり肘をつき面倒くさそうな顔をしている。



「はぁ~ぁ……お前の連れもまだ伸びてるし、『鬼』なんていうから期待して損したぜ」


「強慈郎……本当に何も知らないのですね」



 呆れたような顔でイリシウムが呟き、続けた。



「『鬼』の初代は貴方の祖父です。私が地球を観測していたのも『鬼ヶ島信玄』の存在があったからこそ」


「はぁ?ジジイが鬼?」


「今でこそ『鬼』なんて呼ばれていますが、その呼称は鬼ヶ島からとったものです。かつて、銀河連邦に所属していた信玄は反逆罪を犯し、辺境の星に逃げ込んだ。それが、地球です」


「なんでジジィが宇宙の話に出てくんだよ」



 強慈郎は信じられないといった顔で言う。それに対し、イリシウムも呆れて返す。



「信玄は蛮族の星で生まれた異星人と言われています。銀河連邦に所属してからは数々の星をほろ……調停し、無数にある星々の中でも最強と目されていた人物です。その戦闘力は他の追随を許さないものでしたから……」



 そんな二人のやり取りを見てミザリィの顔が絶望に染まりつつあったその時だった。粗雑に転がされた青服の男が突然むくりと起き上がる。


 2メートルに届きそうな大柄な男は自身の燕尾服の埃を払い口を開いた。



「……ここは」



 辺りを見回している。まだ意識がはっきりしないのか、次第に覚醒していくにつれて顔色が青白くなっていくのが分かった。



「起きたか青鬼!」



 そんな男を見てミザリィは驚き声を上げるが強慈郎は何も感じていないようで平然としている。そしてイリシウムも特に反応しない。



「……お目覚めですか?」


「あ!お前は……」


「せいっ」



 男が何か言う前に、その顔面を拳打が襲い、男は壁に叩きつけられ気を失った。



(ん……?見た事ある挙動モーションだったな)



 強慈郎は興味深そうに男に近寄ると殴られた顔を覗き込み、ペチペチ叩く。ミザリィはそれを止めようとしたがイリシウムに遮られた。



「……それで?いつまで寝たふりをしているのですか『青鬼』?」



 イリシウムの言葉に反応して、男はむくりと起き上がった。その顔にはありありと困惑の色が見て取れるが、視線はイリシウムから外さないままだった。



「……今、私を殴ったのはお前ですか」


「ええ私がやりましたけどそれが何か?それよりも今の状況がお分かりですか?……五色青雲斎しょうしきせいうんさいさん」



 ミザリィはその名前を聞いて驚いていたが、強慈郎は名前を聞いてもピンと来ていないようだった。だがそれを差し置いても疑問が残ってはいたが、感想は一言。



(めんどくせぇ)



 青雲斎と呼ばれた男は、転がってる金髪の女、ミザリィ、強慈郎、イリシウムの順に見て、納得したような声を出す。



「我々は負けたんですね。そして、今は尋問中といった所ですか」


「尋問だなんてそんな面倒なことしませんよ。ただお話を聞いているだけで」



 青服が不服そうに言う。



「話相手にしては、雑に転がされ、あげく開口一番殴られたんですが?」


「余計なことを言おうとしたからです」



 ぴしゃりと言い放つイリシウムに言い返せずに押し黙る。



「さて、本題に入りましょう」



 イリシウムの口調は淡々としていたが目は全く笑っておらず青鬼を見据えていた。何か言いたげに口を開閉するがその異様な圧力に男は気圧される。


 そんな様子を横目で見ていた強慈郎が口を挟んだ。



「話長くなりそうなら飯作ってていいか?」


「「「え」」」






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