第3話 人間の形をした何か。




「かーっ、ワクワクすっぞ!」


 一頻ひとしきり、未知との敵と遭遇を妄想し終えた強慈郎。自身を高性能AIだとかとても凄いっぽいだとかをのたまう岩を見て少し考え、口を開く。



「おい、デカ顔面。変形とか出来ないのか。ロボットらしく」



 腕組みをし、眼前の岩に問いかける。



「何か問題が?」


「問題って程じゃねえけどよ。俺が岩に話しかける変人みてえじゃねぇか」


「いや、十分変」


「あん?」


「あ、はい、えっと、そうですね……」



 イリシウムはロボットだ。しかしそれは強慈郎の想像とはかけ離れた姿だった。



(確かに顔っぽいな……)



 彼がが思い描くロボットとは、人型と言っても小型で、店の給仕等を手伝うような簡易的な物であり、兵器として使用されるような格好の良い物ではなかった。


 つまり、強慈郎の脳内にあるロボット像と目の前のイリシウムはあまりにもかけ離れていたのだ。



「では、これでどうでしょうか」



 そう言うや否やイリシウムの前に青白い光が放たれた。



「うぉ!?」



 眩い光に、思わず顔を覆う。


 光が収まり目を開けると……そこには黒色着物姿の妖麗ようれいな人間が立っていた。女物の着物を纏っているが、中性的な見た目で、若くもあり熟れてもいるような年齢不詳であった。



「現時点のデータではありますが、地球人を模倣コピーし一般的な姿を量子文体を出力しました。意識や感覚の共有、ある程度の物であれば運搬やサポート、本体から離れていても行動可能です」


「……取りあえず早口で俺の知らねぇこと捲し立てんのやめない?」



 目の前で起こったことに若干混乱しながらも、巨大な顔面に話しかけるよりかは話しやすいかと、自身を説得し半ば諦めた。



「それで、敵はどんな奴なんだよ。タコみたいな奴か?」


「敵は S.D.C.O.エスディコーのエージェントで、『おに』です」


「……えす……あ、鬼?あの角が生えてる奴か?」



 聞き覚えのある単語が出てきて強慈郎は違和感を覚えた。


 知識の上では知っている。鬼、人の形をし、角・牙があり、裸体に虎の皮のふんどし姿の怪物。怪力・勇猛・無慈悲で、恐ろしい、そんな感じだ。


 適当なイメージを浮かべていると、イリシウムが思考を読んだかのように声をかける。



「鬼というのは呼称です。見かけは関係ありません。まぁ、簡単に言うと数多くの異星人から選ばれたエリート集団といったところです」


「ほぉん……」


「そうですね。共通した特徴として、身体能力は恐ろしく高く……」


「なんだと!!」



 興奮気味に鼻息を鳴らしながらイリシウムの分身体の肩を掴み、躙り寄る。



「で、ですから、とても強くて、正直、地球人では太刀打ちできません」



 身をこわばらせつつも、掴まれた肩から男の震えを感じ、申し訳なさそうな表情を浮かべる。


 対照的に強慈郎の口元は獰猛に歪み、武者震いをしていた。そして興奮気味に問う、と言うよりかはすでに決意していた。



「俺はそいつの相手をするんだな」


「……残念ながら、そう言う事です」


「残念……?」


「えぇ。『おに』の襲撃の予測時刻は13日午前0時。我々が敵に対抗手段を用意する準備期間もそう長くはありません。残念ですが……逃げ延びる手段を考えた方がいいかと」


「一週間程度か」



 まだ見ぬ鬼との邂逅を想像し、武者震いをする。そしてふと疑問に思ったことをイリシウムに尋ねる。



「そんなに正確に分かるものなのか?」


「私の機能は多岐にわたりますが、主な役割は惑星や衛星などの天体の情報を収集し、分析することです。地球との距離から逆算しました」


「何を言ってるのかさっぱりわからん。……で、そっちは何をしているんだ?」



 理解するのを諦めた強慈郎がちょうど発光し始めた本体に問うと、少し沈黙したのち答える。



「墜落の際に散らばった部品を遠隔操作し、現地球人類の文明、技術力、身体能力について調査しています」


「……なるほどなー」


「生身の『鬼』でさえ、その能力は地球人類を遥かに凌駕しています。故に、戦力を把握することで対等に戦う……いえ、無事に逃げ切るための材料を得る必要があります。もちろん、貴方の情報もその一つです」


「そうかそうか」


「では、早速手近な所から始めましょう」



 イリシウムがそう言うと同時に何も理解していない入ってるか怪しい強慈郎の脳内に声が響き、青白い光に包み込まれる。



(解析中)


「うわ、脳に直接話しかけてくんな気持ち悪ぃ!」



 ガン無視でイリシウムは解析を続ける。



(………………解析完了しました。身体能力を表示します)



 すると半透明なスクリーンが現れ、そこには様々な情報が羅列されている。その情報量を見て、強慈郎は感嘆の声を上げる。



「ほぉ……これは……すごいな」


「はい、この解析機能は惑星や衛星などの天体を観測や、現星生物の情報を分析することに使用します。そして……」



 イリシウムが手をかざす様な動作をするとスクリーンが追加された。



「過去、確認された『鬼』の能力の統計をもとに作られたデータと貴方のデータです」



 そこまで言うと無言になり、イリシウムの目はスクリーンと強慈郎を行ったり来たりと泳ぎ始めた。かなり困惑した様子で、自身の情報を疑っているようだった。



「なんだよ。いちいち気持ち悪い事すんな」


「……それは此方のセリフ、じゃなくて……貴方、本当に地球人ですか?」


「なんだと?」



 困惑する様に問い掛けるが、強慈郎にはその言葉を理解できなかった。

 戸惑った様子でイリシウムはゆっくり語る。



「戦闘力と言ったところでほぼ互角の数値です。地球人ではまずあり得ません。何なんですか貴方」


「何だと言われても、ただの人間だ」



 仁王立ちで言い放つ。



「組み手の相手が見つからず困っていたんでな、互角というなら丁度いいか」


「く、組み手……?戦うつもりなんですか?ふざけてないで本気で対応しないと……」


「俺はいつだって本気だ」



 その圧にイリシウムは押し黙り、そして、落ち込んだ様子で、データをゆっくりと表示する。



「やる気に水を差すようで、大変申し訳ないのですが、もう一つ伝えなければいけない事があります。互角と言いましたがそれはあくまで生身だったらの話。……恐らく、『鬼』はこの戦闘機に乗って来ます」



 映し出された戦闘機、所謂いわゆる人型巨大ロボットに感嘆の声を上げる。



「まぁ、お前がそれあたまだもんな。にしても、デカいな!」



 あの高さくらいか?と、呑気に空を見上げながら、感心した様子の強慈郎はどこか嬉しそうにさえ見え、イリシウムは呆れた様子で説明を続ける。



「宇宙制圧機『C-Xシクス』。見かけは千差万別ですが、15〜20メートル程です。私はこの有様なので、状況は絶望的……」



 皆まで言うなと手のひらが突きつけられた。



「どんなデカブツが来ようと俺は一向に構わん」


「か、構わんと言われましてもこちらも『C-X』の様な戦力を用意しなくては……」


「俺の星にはな、無用の長物ってことわざがあるんだ」



 その身を翻し、イリシウムに背を向ける。


「ま、意味は自分で調べるんだな、イリーさんよ」


「え、あ、ちょっと……どこに行こうとしてるんですか!」


「ちょっくら修行してくる」



 慌てるイリシウムを他所に、強慈郎は一瞬にして姿を消してしまった。



「……なんてせっかちな馬鹿なんでしょう」



 残されたイリシウムはそう呟き、解析を開始する。『鬼』と『人間?』と表示されたスクリーンを展開し、重ね合わせる。幾つかのデータを入力、修正し出力しなおす。


(『鬼』の戦力データと彼の能力を照らし合わせ、対策を考えなければ……)



 自身の解析能力を持ってしても未だ理解不能な彼の性能は最早『人知を超えているバケモノ』と言っても過言ではなかった。というか、過剰戦力だった。


(これは……)



 自身の機能を駆使し算出された強慈郎の力。


 その数字は異次元ではあったが、更に『C-X』のデータを加算すると意外な結果が浮かび上がる。



(まさか、計算上ですがこの結果は……)



 考えこんでいたがふと我に返る。



(……私が生き残る分には問題なさそうですね。それに、謎は多いほど調べ甲斐がありますから……)



 と自らを納得させ、再びデータと格闘を始めるのだった。

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