第6話 証拠隠滅

 最近、防衛省への通勤の際に、誰かに見られている気がする。もちろん、電車とかに乗ってるときは周りに人がいるのだが、見られているのを感じるのは、自宅の最寄りの駅を降りて、住宅地を歩いているときだ。


 周りを見回しても、不審な姿はないが、誰かの気配を感じる。鋭い視線、殺気が肌を刺し、鳥肌がたつ。気のせいだろうか。ただ、相談できる相手はいない。上司なんかに相談したら、なにか狙われることでもあるのかと聞かれてしまう。


 俺は、防衛省の職員といっても、尾行とか盗撮とかのトレーニングをしたわけではない。ただ、直感とか体の感覚は、人よりは鋭い方だと思う。


 特に、自宅近辺の暗くて人通りが少ない道で、後ろに人の気配を感じる。急に走ってみて、角に隠れ、追ってくる人がいないかとか確かめているが、不審者がみつかるわけではない。


 例えていえば、肩のすぐ後ろに顔があり、俺の背中を刃物で突き刺すような気配がする。そんなオカルト的な話しはないな。


 でも、確かに人の目だけが宙を舞い、追いかけてくるようだ。俺の感覚がおかしくなったのだろうか。


 その少し前、大圳国の国防省では、工作をしかけていることがバレている可能性について上層部に情報があがっていた。


「日本での工作のこと、情報が漏れているんじゃないか。週刊誌の記者が動いているらしいぞ。日本の防衛省にいるスパイから連絡があった。あの記者をなんとかしろ。」

「申し訳ありません。記者の件は、承知しました。また、記者が目をつけた防衛省の桜井も口封じをしないと、情報が漏れる可能性があります。いずれにしても、このようなことは、もう決して起きないように十分な注意を払います。」

「しっかりとやれ。」


 大圳国国防省では、日本側での工作員を使い、協力を合意した日本人たちのチェックを始めたが、桜井以外は問題はなく、桜井だけが要監視対象とされた。


 今日、桜井は、久しぶりに防衛省の同僚たちと飲みに行くことにしていた。仕事柄、いつ、何があるかわからないので、基本は飲酒は控えていて、仮に飲むとしても深酒はしないし、スマホで連絡がいつでもとれる場所で飲むことにしている。


 だから、今日は、俺の自宅に近い同僚4人で、自宅から数駅の駅前居酒屋に来ていた。


「お前も優秀だが、木村の方が一歩先に出世したな。だけど、気にするな。1年後には、お前も昇格になるだろうから。」

「俺は、今回、昇格できなかったことが悔しいんじゃない。あんな、上ばかりみているイエスマンの木村が昇格したのが、おかしいと思っているんだ。」

「まあ、木村はどうかと思うけど、上には上の考え方があるんだよ。そんなに荒れるな。ちゃんと、お前のことを見ている上司はいるから。」


 不満が大きかったせいか、声は大声になり、同僚からも、周りに聞こえるからとたしなめられたが、愚痴は抑えられず、いつになく、酔っ払ってしまった。


 酔をさますために、居酒屋から家まで5Km程度あるものの、運動にもなるしと思い、歩いて帰ることにした。夜風は涼しく、酔っ払った体には気持ちがよかった。


 俺の人生は正解だったのだろうか。大学は3流校で、なんとか頑張って防衛省に入れた。その中で、プライベートはすべて捨てて、がむしゃらに頑張ったんだ。


 でも、上にへつらう要領のいいやつばかり出世して、これだけ頑張った俺は十分に評価されていない。30歳をすぎて振り返ると、プライベートでは、なにもなかった。趣味もなく、彼女とかもいない。両親は健在だが、特に連絡とかを取っているわけでもない。


 だからといって、今から、プライベートを充実させたいというわけではないんだ。女性との関係も、昔から不器用で、特に、彼女が欲しいとも思わない。ずっと1人でもいいんじゃないかと思っている。


 むしろ、この前の大圳国の国防相が約束してくれた、日本の防衛組織のトップになるのが今の一番の楽しみだ。日本でいう大臣が、嘘の約束なんてしないだろう。


 俺を見下した奴らは、俺を蔑んだ見返りを待ってろよ。後悔させてやる。頭を床にこすりつけ、俺にお詫びをさせてやるんだ。


 俺を抜いて出世した木村なんか、俺が何を考えているのか、それだけを考えて、俺のご機嫌をとって日々を過ごすに違いない。愉快じゃないか。そんな付加価値のないやつなんてクビにしてやろうか。


 もうすぐ梅雨の季節だな。この時期が1年の中で一番、好きだ。熱くも、寒くもなく、上着は不要で軽装ですむし、湿度もちょうどよくて爽やかだ。


 まわりは住宅地で、どの家でも、家族が暖かい時間を過ごしているのだろう。テーブルで家族が夕食とお酒を囲み、笑いながら、一日の疲れを癒やしているのだと思う。窓から漏れる部屋からの光が、その光景を感じさせてくれる。


 道端の電灯が、遠くまでつらなり、それ以外の不要なものは一切、暗闇によって見えない。だから、とても美しく見える。俺の将来も、こんな風に、光に導かれ、期待している姿に向かっているのだと思う。そうだ。これから、俺には明るい将来が待っている。


 その時だった。ヘッドライトをつけていない車が突進してきて、俺は、後ろに大きく飛ばされた。


 どうして、こんなときに車に轢かれてしまうのだろうか。夜空に綺麗に光る星々が、少しずつ見えなくなっていった。


 そして、ひき逃げ事件として、捜査がなされたが、2週間たっても犯人は見つかっていない。


 その少し前、大圳国の国防省では、桜井の件で別の観点から大騒ぎとなっていた。桜井から、入手した日本の軍事施設等の情報が北麗国に流れたのだ。その流出経路を探すよりも、北麗国に使わせてはいけないとして、大圳国の国家首席が北麗国の総書記を訪問していた。


「日本の軍事施設等の情報を大圳国から盗んだようだが、破棄し、悪用はしないでもらいたい。この要請に従わない場合、どうなるか覚悟しておいてほしい。」

「北麗国は、そのような情報は大圳国から盗んでいない。もし、保有しているとすれば、こちらが、自らの力で入手したものだ。ところで、大圳国は、そのような情報を日本から盗んだんだな。北麗国のようにならず者と思われている国が盗むのは、さもありなんと思われるだろうが、大圳国のような一流国がそんなことをしたと漏れたら、どうなるのかな。」


 北麗国の総書記は、皮肉そうに笑った。


「いずれにしても、自分の立場をわきまえるように。」


 北麗国は、大圳国の脅威は感じつつも、国民の不満を抑えるためにも、その不満を外に向ける必要があった。その意味で、日本の情報は使えるのじゃないかと本気で考え始めていた。


 一方、大圳国としては、北麗国が想定外に日本を攻撃するような事態に至った場合、大圳国がそそのかしたとか、圧力をかけたとなると、既に緊張感があるアメリカとの関係がより深刻化すると懸念していた。


 そこで、まずは、日本にスパイを使って、その情報を盗んだという証拠はすべて消しておきたいと考えた。まずは、桜井の殺害から手をつけた。殺害は簡単だったし、日本警察も甘いので、犯人が特定できずに捜査は終了となった。


 ただ、桜井からどこまで話がもれたのだろうか? 防衛省に送っているもう1人のスパイから、橘という記者が、しつこく調べていたということはわかっていた。


 大圳国政府は、大胆にも、橘の結婚式を爆破し、日本政府への不満分子からの反抗宣言を出しておいた。


 でも、橘から、更に、聞いた人がいれば、これも消しておく必要がある。そこで、綿密な調査が始まった。

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