第7話 さようなら

 拓斗との交際は続いていたの。友達は次々と結婚して、取り残され、負け組に入ったと悩んでいた私にも、やっと、明るい未来が見えてきた。


 最近は、結婚をせずに仕事をがんばる女性も増えてきたけど、やっぱり、独身の40代の女性って、寂しそうだし、なんかみすぼらしい。特に、体形が崩れたりすると、男性から声もかからなくなり、一層、さびしい感じに見える。


 私は、家庭も仕事も両立したい。だから、今がとっても重要なタイミングなの。


 最近は、お互いに仕事が忙しかったから、週末にレストランを巡ることが多かったかな。でも、なかなかプロポーズまでには至らないことに、最近、少しストレスがたまっていた。


「私たち、付き合って1年が経ったけど、これから、どんな感じなのかな?」

「柚葉のことは本当に大切に思ってるし、これからも、ずっと付き合いたい。その気持ちには全く変わりはないけど。」

「ありがとう。なんか、親が、そろそろ結婚しろってうるさいのよ。どこかで、拓人には私の親にも会ってもらって、彼がいるから安心してと言いたいのだけど、お願いできないかな?」

「う~ん。柚葉の親に会いたくないという訳じゃないんだけど、会うとなると、僕の親にも会わせないと怒りそうだし。」

「私は、拓人のご両親に会うわよ。」

「でも、まだ、心の準備ができてないし。」

「なにか、問題でもあるの?」

「いや、僕の親は頑固だし。」

「私達の関係を次のステップに進めたいのよ。そのぐらい、なんとかしてくれてもいいでしょう。」

「考えてみる。」


 なんとなく歯切れは悪かったけど、多分、拓人のご両親に会わせてくれると思う。それなら早い方がいいわよね。私の親に会う日程候補をいくつか伝えておいた。海外出張も入り、結局、会う日は3月後になってしまったけど、会う場は設定できたわ。


「拓人さん、始めまして。柚葉の父親です。まだ付き合っている段階とは聞いているが、娘は年齢がそこそこだし、結婚を前提とした付き合いだということでいいんだよね。」

「もちろんです。よろしくお願いいたします。」

「よかった。じゃあ、まだ早いかもしれないが、お祝いだ。ところで、拓人さんは、どの会社にお勤めなんだ。」

「天然ガス等を輸入している住菱化学工業で課長をしています。」

「そうなんだ。まだ若いのに、よく頑張っているね。じゃあ、乾杯しよう。」

「はい。」


 そうなんだ。これまで何も言っていなかったけど、化学会社の課長なのね。すごいじゃない。でも、なんで、これまで言わなかったのかしら。でも、まあ、いいか。拓人が立派な人ということは、私が一番、知ってるし。


 そして、私も拓人のご両親にお会いし、結婚を前提としたお付き合いをさせていただいていることを伝えたの。拓人のご両親は、かなり年をとってから産んだ子だということで、お父様は、すでに定年で年金生活をしているとか。そんな話しも初めて聞いたわ。


 頑固と聞いていたけど、そんな雰囲気ではなく、とても優しそうなご夫婦だった。これなら、結婚後も、うまくやっていけそう。


 なんとか、次のステップにこれたから、どんどんアプローチして結婚に持ち込んでいかないと。こういうことは勢いだって聞いたことあるし。


「結婚式って、どんな風に考えている? 100人ぐらい呼んで盛大にやるとか、家族だけでハワイとかでやるとか。」

「まだ、実感がないな。柚葉はどう考えているの?」

「職場の人を呼ぶとか面倒だし、家族だけでハワイとかいいかも。」

「そうだね。僕も、あまり盛大にやるのは違うかな。」

「どこがいい?」

「任せるけど。」

「わかった。考えておく。でも、その前に、拓人から正式にプロポーズしてもらわないとね。」

「すこし待っててね。」


 でも、それから半年経っても、拓斗からのプロポーズはなく、まだ独身でいたいという気持ちのようだった。


「ねえ、私はもう待てないの。わかるでしょう。もう32歳なのよ。あなたとだめなら、やり直す最後のチャンスを過ぎちゃっているかもしれない。どうするのかはっきりしてよ。今日、返事もらえないなら、私は拓斗とは別れる。」

「そうか。そういうのなら、残念だけど、これで最後だね。」


 え、そういう答えを期待していたんじゃないのに。でも、別れると言ったのは私だし、私は引き止めることはできずに、去っていく拓斗を見守ることしかできなかった。行かないで。


 周りでは、ちょうど桜の花びらが散りはじめ、目の前は、薄ピンク色の世界だったはず。でも、目には、大粒の涙がいっぱいで、先が見えずに、夜なのに、街灯と散っていく花びらでお昼にいるみたい。


 どうして、世の中は、冬から春に向かい、みんなが歓迎ムードで楽しそうにしているのに、私の将来は真っ暗なの。それも、自分の手で真っ暗にしてしまった。


 私が焦ってしまったのが悪かったのだと思う。そうでなければ、ずっと一緒にいることで、もっと私のことを好きになってくれて、結婚できたかも。どうして、あんなこと言っちゃったんだろう。私が悪いの。


 夜桜から散った花びらが、小川の上で踊るように流れ、小川を白く彩るなか、私は、うなだれて川沿いを歩いていった。


「あの女は、本当に大丈夫なのか? 殺しておいた方がいいんじゃないのか。」

「あいつは、何も知らない。知らない人を殺してばかりいたら、逆に警察から目をつけられちゃうだろう。だから、このままでいいんだ。」

「情に流されているんじゃないよな。」

「いや、あんな女に想いなんて一つもないさ。」


 柚葉、これからは、柚葉を大切にしてくれる人と幸せに生きてくれ。僕は、君を幸せにできないんだ。ごめん。


 君に会ってもらった僕の両親も、その日だけのバイト。住菱化学工業に問い合わせればわかるけど、課長に僕の名前なんてない。海外出張の連絡も嘘ばかりだ。


 ましてや、お金目当てで日本を裏切り、大圳国の工作員として活動している。


 こんな、はりぼての僕が、君を幸せにできるはずもない。柚葉は、いつも、真っ直ぐで、笑顔に溢れ、人をすぐに信じちゃう、とても素敵な女性。ドジなところもあるけど、とてもおちゃめな女性。


 僕の理想の女性だった。僕なんて横にいる資格がない。さようなら。

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