第5話 防衛省

 俺は、防衛省で曹長にまでは昇格できたが、それ以上は望めない。同期の中でも、俺は優秀のはずだが、実力はないのに、上への説明とかが上手い同期がいて、そんなやつが昇格して、俺は取り残された。


 若いころは、実力でのし上がれると思って努力を積み重ね、周りからも称賛されてきたが、実力だけではだめだったと最近、気づいた。


 どうして、あんな、口だけのやつが、俺を差し置いて出世していくのだろうか。そんな組織を、最近、俺は愛想を尽かしていた。もう、どうでもいい。


 そんなとき、大学の知り合いから声がかかったんだ。俺は、大学の1、2年のとき、第2外国語は大圳国語を選択していて、そのクラスの中で、よく当時は飲みに行っていたやつで、今は、大圳国でビジネスを手掛けているとのことだった。


「光博、久しぶりだな。元気でやってるか。」

「ああ。幸一も元気だったか。」

「俺は、大圳国のIT会社で働いてるんだ。」

「そうなんだ。いまどき、日本人も大圳国で働くんだな。給料は、いいのか?」

「今は、同ランクで日本で働くより2倍ぐらいの給料だぜ。もう、日本で働くなんてバカバカしいという感じかな。」

「そうなんだ。時代も変わったな。でも、元気そうでよかったよ。なんか、大学を出たあとに、幸一が苦労してるって聞いてたから、心配していたんだ。」

「ありがとう。ところで、うちの社長が光博に会いたいって言ってるんだけど、難しいかな。」

「別に、友人の知り合いということだから、飲み代とかは割り勘なら、問題はないと思うけど。」

「よかった。じゃあ、日程調整させてもらうね。」


 そして、1ヶ月後に、その社長と会った。びっくりしたが、20代の若い男性で、こんな若造が年収何百億円の社長かと、大圳国の変化の速さに驚いた。


 しかも、話したことは、最近のグローバルでの新しいビジネスモデル等についてで、俺は正直、この若い社長の明晰な頭脳についていけなかった。


 最後に、次は別の人を紹介したいと言われた。もう、断るような雰囲気ではなく、了解すると、また1ヶ月後ぐらいに、格式が高い中華レストランで会食がセットされた。


 俺は、おそるおそる中華レストランに入ると、10人以上の大圳国人が頭を下げる廊下を通り、個室に通された。そして、個室の重い扉を開けると、そきには、威厳がある高齢の大圳国人が待っていた。


 その老人は、日本では防衛大臣に相当する大圳国の国防相であると名乗り、先日会ったIT会社の社長の通訳を介して話し始めた。


「今日は、お会いできて嬉しかった。私達は、桜井さんが、日本の防衛省に対して不満を持っていることは知っています。その気持ち、よく分かります。日本は、素晴らしい国だと思いますが、防衛省は腐ってます。桜井さんのような実力があって、やる気も十分にある人を冷遇するなんて、ひどいです。」

「・・・・・」

「そこで、大圳国としては、国籍を超えて、桜井さんのような優秀な方に大圳国で活躍してもらいたいと考えています。どうでしょうか、転職を考えてみていただけないでしょうか?」

「でも、防衛省という気密性が高い仕事ですし、転職はそんなに簡単じゃないと・・・。」

「それは理解しています。ということで、転職は日本を大圳国領の独立自治区にしたあとでということで、当面は、そのための情報提供などをお願いしたいと思っています。」

「スパイということですか。」

「そのような見方もあるかもしれませんが、最終的に大圳国と一体になれば、その時は、日本自治区は、大圳国の一部であり、防衛組織も吸収されるので、いずれは、スパイではなくなると思います。そして、その時には、日本自治区の防衛組織のトップはあなたにすることをお約束します。いかがでしょうか。」

「少し、考えさせてください。」

「誤解がないように言っておきますが、大圳国は、日本を滅ぼそうとしているのではありません。今のように、世界から取り残されていくのではなく、大圳国を梃子に発展し、昔の栄光を取り戻して欲しいと思っています。また、大圳国に統合された後も、自治区として日本の政治は、日本人によって自主的に行えるよう配慮していきます。ただ、どこの国でもいますが、自分のことしか考えない人もいるので、今日、お話ししたことは内密にお願いします。」

「わかりました。」


 俺は、これだけ実力があるのに、今の防衛省では冷遇されている。それに対して、大圳国は俺の実力をよく理解してくれているみたいだ。俺にとって、一番いいのはどの選択肢だろうか?


 いずれにしても、情報漏洩がバレたときでも、大圳国側は知らぬ存ぜぬの立場を貫くだろうし、俺がうまくやれば証拠も残らないので、俺が関与したということは表にでてこないんじゃないだろうか。


 日頃からの防衛省の俺に対する待遇は不満で、憤りは高まり、俺は、大圳国の提案にのることにした。最初の仕事は、日本における軍事施設の位置、常設の軍事設備、アメリカ軍の今後5年の配置状況などの情報を大圳国に伝えることだった。


 その頃、橘は週刊誌の記者として、大圳国と日本の防衛省の職員の間で接触があり、何らかの企みが進んでいるという情報を得ていた。


 橘は、大圳国の会社で活動している男性が久しぶりに日本に戻ってくるという情報を得て、日本にいる期間ずっと、その男性をつけていた。


 まず、一番の不信感をもったのが、防衛省の職員に接触したことだった。たしかに、2人は大学時代の友人なので、会うこと自体に不思議はない。ただ、その後も、後をついていたら、大圳国の会社の社長に会ってくれないかと、外を歩きながら話しているのを聞いた。


 そこで、会食会場とされたレストランに入り込み、店員にバレないように盗聴器を設置した。そこでの会話は、特に問題はなさそうだったが、次に、もう一人と会ってもらいたいということだった。


 次も盗聴器と考えていたが、指定されたレストランは大圳国政府御用達なのか、一般人の客は受け入れておらず、会話の内容までは調べられなかった。そこで、少し、早めに入口を張っていると、なんと、大圳国の国防相が入っていくじゃないか。


 国防相が会う相手は誰か。日本の防衛省の職員である可能性は高い。間違いないだろう。そうだとすれば、大圳国の防衛組織のトップが防衛省の職員と話すという、どうみても、不穏な状況だ。


 防衛省の職員がレストランからでてきたが、国防相のお礼の挨拶に恐縮しているようだ。初めて会ったようであり、なにかの依頼を受けたように見える。


 ただ、それ以上は、なかなか明確にできなかった。防衛省の職員が、何らかの不正を行ったとしても、防衛省の中の動きを外部から、調査するのは非常に難しい。防衛省に投書することはできるが、無実だった場合には、名誉毀損などとして逆に訴えられる可能性もある。


 そこで、彼の上司が防衛省から帰るときに近づいていった。


「防衛省の菊池さんですよね。部下の桜井さんの件で、お耳にいれたいことがあるのですが。お時間をいただけないですか。」

「どなたですか。」

「三友新潮の記者の橘です。」

「記者さんね。特に話すことないから、これで失礼するよ。」

「桜井さんが大圳国に情報を流しているということでもですか?」

「彼はそんなことをする人じゃない。では、これで。」


 門前払いだったが、大圳国への情報流出という言葉には反応したようだった。おそらく、少しは内部調査をするのだろう。1ヶ月ぐらいして、また会おう。何かあれば、また反応がみえると思う。


 1ヶ月後に再度、話しかけたところ、少しは反応はあった。


「また、あなたですか? 一応、内部調査もしたが、特になにも不正は見つからなかったですよ。」

「そうですか。それだったら、良かったです。いえ、日本における軍事施設の常設軍事設備、アメリカ軍の配置状況などが流出したら、大変なことになりますからね。」


 流出した情報の内容について話したときの、慌てよう。これは、間違いないな。防衛省の中で、問題になっているのだろう。


 私は、その周辺の人たちにも取材を続け、ほぼ、大圳国の狙い、桜井以外の日本人の巻き込み、大圳国の日本侵略のシナリオなどの全貌を掴むことができた。これで、大圳国や、防衛省の闇をあばく記事を俺の名前で世の中に出せる。


 これを世の中に出せば、俺は、世界でも一躍有名になれる。これで、比菜も、結婚する人が、世界で名の通っている有名な記者だと自慢できるだろう。比菜は喜んでくれるに違いない。


 俺は、教会で、比菜がお父さんと赤い絨毯のバージンロードを歩いてくるのを、愛らしく見ていた。

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