第4話 同窓会
和樹は、高2のクラス替えで、前から気になってしかたがなかった比菜と同じクラスになれたことに喜び、期待が高まっていた。でも、そうはいっても声をかけられるか不安でいっぱいで、高2最初の授業を待ちながら、クラスで自分の席に座っていた。
僕は、高1のときに廊下で会って、笑顔で輝いている比菜にショックを受けたんだ。比菜とすれ違うと、そよ風がふき、笑顔からは木漏れ日のような光がさし、はじめて女性にときめいた。その時以来、比菜のことしか考えられなくなっていた。
そこで、比奈の親友の柚葉に、比奈に彼氏がいるのか聞いてみた。そしたら、比菜は、バスケットボール部のキャプテンと付き合っているんだって。ショックだった。
そのキャプテンは誰かとか知らないし、知りたくもないけど、比菜は彼に夢中なのだろう。僕の入り込める余地はない。そう思って、比菜には言葉をかけることはできなかった。
クラスでは、比菜は、休み時間とかになると、後ろ側で、柚葉とか、友達といつも笑いながら、アイドルの振り付けをいつも熱心に真似して踊っていたんだ。比菜は、いつも輝いていて、僕には眩しかった。
いつも20m以内ぐらいにいる比菜。いつでも、声をかけることができる。声をかければ、普通に返事をしてくれるだろう。
でも、声をかけて、どうなるんだろう。比菜には彼がいるんだから、僕と付き合うことはない。だったら、声をかけるだけ虚しいのかもしれないし、近くにいるだけで十分に幸せということなのかもしれない。
窓から陽の光がクラスの中を照らし、クラスメートの笑顔が溢れる教室の中で、僕だけ、時間が止まり、色がない世界。せっかく、比菜と同じクラスにいるのに。
学園祭とかでクラスが大きな熱気に包まれているときも、僕だけは、みんなと合わせるように薄ら笑いを浮かべながらも、自分の心は別の世界にいるようだった。
高2で一緒のクラスになれたことは、せっかくのチャンスのはずだったけど、なにもできずに1年が過ぎ、高3では別のクラスになった。そして、大学受験に専念することになり、比菜とは1回も話すことができずに高校を卒業することになってしまった。
卒業式のときに、せめて比菜に、ずっと心惹かれていたことを伝えようと思ったけど、比菜の顔をみたら勇気がなくなり、なにもいえずに高校生活が終わったんだ。
高校の門を出るのが最後になるとき、振り返って校舎をみると、自分の情けなさに、校舎が薄汚れたようにみえ、そして、みんなが僕をくだらない人間だと笑っているようで、僕は、そこから走って逃げた。
無理だったとは思うけど、告白して、僕を振り向かせるチャンスはあった。でも、そんなチャンスを使うことなく、高校生活が終わった僕は、家に帰る途中、多摩川の河原で、1人で子どもたちが野球の練習をしているのを、呆然とながめていた。
そして、自分ではわからなかったけど、雫が頬を落ちていった。今でも、美しかったあの夕日はわすれることができない。
その後、大学生、そして社会人になって、3人の女性とつきあい、男女の関係も経験したけど、比菜をみたときのトキメキはなく、いずれも長続きしなかった。
むしろ、女性のことよりも、初めてのビジネスマン生活は楽しくて、付き合っている女性のことなんて考えることもなく時間は過ぎていった。
だから、付き合った女性たちからは、LINEで連絡しても返事がないとか、ホテルで目覚めるとベットにはもう僕がいないのは寂しいとか、文句を言われてきた。
でも、仕事が忙しいんだから仕方がないだろうとしか返事をせず、彼女たちのことを思いやることはなかった。今から思うと、ひどい男だったと思う。
僕は、大人になっていくなかで、女性と恋に落ちることからは卒業し、そんなことは今後はもうないって思っていた。
そして、高校卒業から10年が経ち、高校の同窓会の手紙がきた。同窓会なんてあるんだとびっくりしたけど、それなら、もしかしたら比菜と会えるかもしれない。再び、心が踊ったんだ。
まだ、女性と恋に落ちることには卒業していなかったということだよな。それから、比菜と会えることばかりを考えて、日々を過ごしていたんだ。
でも、期待して同窓会にきたけど、比菜は来てなかった。そりゃ、そうだよな。いまごろ、だれかと結婚して、子供とかいるにちがいない。ここには女性も多くいるけど、比菜ぐらい輝いていれば、多くの男性は放っておくわけがない。
僕は、同窓会で、昔の友達と話して楽しそうに振る舞いつつも、心の中は、この時間が早く終わらないかと、がっかりして過ごしていた。やっぱり比菜とのチャンスなんて、もう高校のときに終わっていたんだ。当時の先輩の彼と結婚したかもしれないし。
あと30分で帰ろうかと思っていた、ちょうどその時、入口に目をやると、ドアが開き、ひらひらとしたドレスを着た比菜が入ってきたじゃないか。
僕には時間が止まったように思えた。でも、高校の時の後悔をまた繰り返すのは嫌だと思い、重い体にむち打ち、比菜に近寄っていった。そして、比奈と柚葉が笑顔で話している中に割り込んだんだ。
「遅かったじゃないか。」
「ええ、仕事が思ったより長引いちゃって。」
「今日は土曜日なのに、仕事があるんだ。今は、何やっているの?」
「コンサルティング会社で仕事してるの。ところで、橘くん、ひさしぶりね。」
「名前、覚えていてくれたんだ。ありがとう。」
「そりゃ、2年のとき、同じクラスだったでしょう。あたりまえじゃない。ところで、橘くんは、私の名前、覚えてる? 忘れてるんじゃないの?」
皮肉を込めた笑顔だったが、あれから10年経っても、華やかさ、可愛らしさは全く変わっていない。
「もちろん、覚えているよ。宮本だろう。」
「覚えてくれたんだ。嬉しい。ところで、橘くんは、いま、仕事はなにやってるの?」
「週刊誌の記者をやってるんだ。」
「芸能人のスキャンダルとか?」
「いや、政治家とかの不正を暴くとか。」
「すごいじゃん。」
「でも、高校の時って1回も話さなかったよね。」
「そうね。橘くんは、私のこと嫌っていたから話してこないんだと思っていたけど。」
「そんなことあるはずないじゃないか。眩しかったから、話せてなかったんだよ。」
「それは意外。橘くんは優等生だったし、女性からモテてたっていう印象だったけどな。でも、今、話しかけてこれたってことは、私の眩しさはなくなっちゃったってことね。」
「そうじゃないよ。今でも、変わらず眩しい。高校のときに、1回も話さなかったことを悔やんで、今日は話してみたんだ。」
「じゃあ、今日は来た意味があったかな。」
比菜は、何回も、僕の腕をパシパシと叩きながら、笑顔で話していた。こんな日が来るとは思っていなかったので、僕は、笑顔で話しつつも、心では泣きそうだったんだ。
比奈が僕と仲良く話しているのをみて、柚葉は他の友達のところに去っていった。そして、同窓会に来た比菜だったけど、結局、残りの30分は、ほとんど僕と話していて、僕との飲み会に来たような形になっていた。僕も、他の男性に取られたくなかったし。
「せっかく再会したんだし、今度、どこか一緒に行ってみない?」
「いいわね。」
「彼とか旦那さんに怒られない?」
「そういうのいないから。」
「そうなんだ。じゃあ、どこか、いきたいところってある?」
「そうね。水族館とか好きかな。」
「それいいね。じゃあ、今度の土曜日、サンンシャイン水族館とかどう?」
「行きたい。来週の土曜日、調べてみるね。大丈夫。じゃあ、朝10時に、池袋PARCOの1Fにあるインフォーメーションカウンターに待ち合わせってどう。」
「わかった。どこか知らないから調べておく。」
「迷ったり、遅れそうなら連絡ちょうだいよ。LINE交換しておこう。」
「じゃあ、このバーコード読み込んで。」
「えーと、これで友達になれたね。じゃあ、楽しみにしてる。」
話しが、思ったよりスムーズに進んだことにびっくりしていた。
そして3ヶ月ぐらい経ったころ、僕らは付き合っていたんだ。その日も、劇団四季のミュージカルを観て、その後、六本木のレストランに来ていた。
「今日の公演、とってもよかったわね。」
「ミュージカルは初めてだったけど、あんな風に表現するなんて感激だったな。ところで、こんなに素敵な比菜が、同窓会で会ったときに付き合っている人がいないと言ってたけど、不思議に思ったな。」
「あのときは、ちょうど別れた時だったのよ。こんなこというと引かれちゃうかもしれないけど、とても憧れている会社の先輩がいたの。でも、その人、結婚していて、それでも、私のこと好きになってほしくて、いつも、背伸びして先輩と一緒にいた。でも、先輩から、もうこれ以上は無理だと言われて、別れちゃった。今から思うと、先輩は迷惑だったんだと思う。」
「そんなことがあったんだ。」
「私は、いつも、男性とは背伸びして付き合っていたの。でも、和樹とは、高2の同じクラスでも、1回も声をかけられなかったから、付き合うことはないと思っていたし、背伸びなんてしてなかったの。それでも、和樹は私のこと好きになってくれて、背伸びしなくても好きになってくれる人がいるんだと初めて気付いたわ。和樹といると、ありのままの自分でいられて、本当に楽。」
「そう、思ってくれるんだったら、嬉しいな。」
それから1年後、比菜と僕は婚約をした。
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