第3話 もう1組の被災者

 煙につつまれていた教会の中で、私は、なにが起こったのかわからず、呆然と一番後ろの椅子に座っていた。そして、逃げようと、すぐ後ろにある扉をあけて、外の光が入ってきたとき、私と同様に、バージンロードの上で呆然と佇む女性が目に入ってきた。


「お嬢さん、逃げましょう。」

「何が起こったんですか?」

「そんなこといいから、早く、ここから出ましょう。建物が崩れるかもしれないから。」

「はい。」


 私は、その女性の手を引いて、眩しくてよく見えない外に出た。最初に階段があり、転びそうになったが、公園のような広場に避難してきた。


「ありがとうございます。怖くて、動けないところを助けてもらいました。」

「いえ、私も同じでしたから。でも、ほとんど傷とかもなさそうですし、よかったです。」


 医者らしい人が私たちをさっとチェックし、大丈夫だと判断され、その場で開放された。そして、新婦の安否とか気になったけど、もう教会の中には入れないということで、その場から帰るしかない状況だった。


「一応、お礼とかもしたいですし、連絡先を教えていただけないですか?」

「気を使わなくていいですよ。でも、私のスマホの番号はこれです。気が向いたら連絡してみてください。では、お互いに大丈夫だと言われたから、帰りましょう。」


 私は、外務省で働いていて、新婦の大学の友人として、あの結婚式にでていたんだ。でも、あのとき一緒に外に出た女性は美しかった。あの横顔は、これまで会っただれよりも美しかった。


 長い髪、すらっとしたスタイルで、胸とか大きすぎて嫌らしい雰囲気は全くない。清楚で、純粋という感じに心を惹かれた。長い髪の毛を陽の光が照らし、妖精が目の前にいるのかと思ったぐらいだった。


 また、目が大きいことにも惹かれた。つぶらな瞳というものだろうか。見ているだけで、吸い込まれそうだ。ミステリアスだけど、暖かい顔つきと言って、分かってもらえるだろうか。一目惚れって、こういうことを言うのかもしれない。


 私は、機密情報を扱うことが多い仕事だから、付き合う彼女にも気を使わなければならない。その結果というのは言い訳かもしれないが、外務省に入ってから今まで、彼女はいない。


 上司から紹介とかされることもあるけど、これからもその上司にずっと支配されるようで嫌じゃないか。私は、自分で言うのもなんだけど、それなりのイケメンで、言い寄ってくる女性も多い。美人もいっぱいいる。


 でも、ハニートラップの可能性もあり、なかなか相手のことは信用できない。ただ、この前、教会で会った女性は、単なる偶然で会ったのだから、そんな心配はいらない。


 だから、あんな事件の後に不謹慎だとは思うけど、あの女性から連絡が来るのを実は期待していた。そして、その女性から連絡があり、心が踊った。


 しかし、その女性は大圳国のスパイであり、はっきりした狙いがあって外務省で働くその男性に近づいていた。


 私は、日本で遺伝子操作をされて生まれた女性。その結果だと思うけど、手で人に触れると、相手が何を考えているかわかる。でも、私は、こんな能力なんて嫌いだし、いらない。


 私をこんな体にした組織の人が、この能力を使って、情報を盗んでこいと利用しているだけで、この能力があって良かったなんて思ったことはないわ。


 指示を受けて対応している時に外を歩いていると、同年齢の女性たちは、みんな、友達と楽しそうに話しながら歩いている。本当に楽しそう。でも、私には、そんな時間はなかった。いつも、脳波や、血液、心拍などの検査と、何かわからない訓練ばかり。


 とくに、私の能力が嫌いになったのは、いろいろな人の手をさわったけど、例外なく、みんな、どす黒いことを考えていたから。私を犯してやろうかとか、あいつを騙して金を奪い取ってやるとか、みんなを殺してやろうとか。ひどい人ばかり。


 私は、心を病んでしまい、施設から逃げ出したの。そして、その時に、助けてくれたのが大圳国政府だった。大圳国政府は、私の気持ちをいっぱいわかってくれて、普通の人のように学校にもいかせてもらえ、楽しい生活ができた。


 そして、大学をでて大圳国政府に勤務することになった。でも、私の仕事は、相変わらず人から情報を盗むことだったの。嫌だったけど、これまでの恩もあって、断れなかった。


 そんな時に、外務省の人から情報を盗めと指示があり、一番、疑われないのは、教会を爆破するときに、偶然を装い、一緒に被害者となれば親近感がわくって。その人も、政府の人っていうんだから、きっと悪どい人にちがいない。


 でも、断れないので、さっさと仕事、すましてしまおうと思って、教会で、その男性の近くに座った。この人なんだ。別に悪そうな人じゃなさそうだけど。でも、人は見た目じゃ分からない。結局はみんな同じ悪人なんだから。


 そんなことを考えているとき、教会で聞いていた爆破事件が起きた。もちろん、私のところまでには爆弾の影響はほとんどないことは分かっていた。そして、指示されていたとおり、バージンロードで何が起こったか分からない振りをして佇んでいた。


 周りには人もいたけど、指示された人の目をみて、私に声をかけるように促したわ。そして、思ったとおり彼が声をかけてきた。そして、彼は、私の手を握って、外に避難させてくれたの。


 でも、初めてだった。私のこと、美人で興味があるっていう気持ちはあったけど、犯したいなんてことは考えていなかったし、心の中には、誰かを貶めたいとか、足をひっぱいりたいとかいう気持ちは全く感じられなかったの。


 こんな事件で、それどころではないんだろうなとは思ったけど、こんな人もいるんだって驚いていた。あらためて、彼をみると、必ず明るい将来があると思って仕事に打ち込む、目がキラキラした素敵な人だと感じたの。


 そして、指示のとおり、彼にお礼をしたいとメッセージを送ったの。そしたら、その晩に、今度会おうって返事がきた。


 私は、彼と会い、おしぼりを間違えるふりをして彼の手の上に手を重ね、指示どおり情報を盗んだ。でも、彼は想像していたより、とても純粋で、信念に基づき行動している人だったので、とても後ろめたい気持ちになったわ。


 彼は、私と食事するのは初めてなのに、私にとても暖かい気持ちをもってくれていて、どうすれば私が喜ぶかということばかり考えている。


 私も、この人と一緒にいたら幸せな人生を送れるのかしら。私は23歳なんだけど、これが初恋だったんだと思う。心から信頼できる人だと思った。


 ところで、盗んだ情報は2つあり、1つ目は、記者である新郎のことを知っているかということだったけど、全く知らなかった。


 2つ目は、驚くもので、水を与えなくても育つトウモロコシの遺伝子操作による品種改良の情報だったの。これは、人口が爆発的に増える世界で、食料危機を解決する有望な解決手段で、逆にこれを握れば世界を支配できると、大圳国の人は言っていた。


 ただ、日本政府は、人間がこのトウモロコシを食することでどのような影響があるのか検証ができていないので、まだ実用化できないと主張していて、アメリカに共同研究を進めたいと提案していた。


 その情報を、指示どおり大圳国政府に送り、私の仕事は終わった。ただ、大圳国政府からは禁止されていたけど、心が清らかで素敵だった彼とは、付き合いたいという気持ちが抑えられずに、その関係を続けた。

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