第8話 FGI
2日後、静の自殺未遂の報告が狭川の耳に届いた。
研究室の硫酸を頭から被ったと両親は電話で話していた。
幸い、最初に掛った個所の猛烈な痛みに残りを掛ける事が出来なかったらしい。
それでも、頭に中等症のやけどを負った。
今回の一件で慶唐大学のメンタル専門職員の
勿論、二人共研修済みだ。
さらにソーシャルキャピタルとして慶唐大学全体が協力を了承した。
ソーシャルキャピタルは、外側で彼女の職場復帰を、ゲートキーパーは内側で心の回復をという事だ。
火傷が癒えてきたのを見計らって静は東丁病院に入院する事になり狭川の発案でゲートキーパー会議を開く事になった。
「彼女の言動から、推察する事は出来ませんでしたか。」
奥行美奈子は豊満な体で見た眼に圧倒されるが、言葉尻は軟らかく話を相手の筋書きに乗せるのを得意としている。
決して相手の話を詰まらせない。
然し、こういう場では、ずばりと確信を突いてくる。
狭川は思い悩んだ表情をした。
「彼女の話は、全てが幸せに包まれています。辛い話や、苦しい思い、困った事は皆無と言っていいほど出てきません。1つだけ死への執着に関しては稀な事例と言えます。」
石礫も頷く。
「私もお話を傍で聞いていますが、精神的な問題は殆んど感じませんでした。」
三人は、同様に思考を巡らせた。
最初に切り出したのは狭川だ。
「どうでしょう、私の患者さん同士でのFGIをしたら。」
FGI(フォーカスグループインタビュー)の事で、あるテーマをモデレーターと呼ばれる司会者の元、対象の認識、解釈、信念を理解すると言うものだ。
グループとして社会的にも文化的にも同じ境遇の人達が選ばれる。
「そうですね。同じような経験者が別の事について話しながら生きていきたいと思う事が出来れば。」
奥行が目を輝かせながら頷いた。
石礫は自分から意見は挟まず狭川の指示を待っている様子だ。
「それでは患者さんに詳細を伝え確認してみます。」
狭川が締めくくり会議は終了した。
季節は音もなく紅葉の手を黄色に染めていった。
一週間後にFGIが始まる。
モデレーターは奥行が、サブインタビューアーを狭川が、記録係を石礫が担当する。
観察係は3人が兼任する事にした。
患者は、山見静、平倉幹夫、見那間一樹の3人だ。
テーマを「生活に必要不可欠なアイデア商品」と銘打った。
このテーマは石礫のアイデアだ。
彼女は「困った時に役立つ商品」と言う表現をしたが、狭川が、「困ったはネガティブだから、必要と言う言葉を入れて。」との発言で奥行がこのテーマに辿り着いた。
3人でアイデア商品をネット検索し、いくつか取り寄せた。
その商品について意見を求める。
「これはどんな時に使うのかな。」
狭川はアイデア商品に関して全くと言っていいほど知識がない。
そもそも医療器具さえも、使い方の分からない物品もある。
「この輪っかになったゴムは何に使うのですか。」
さっぱり用途が分からない狭川は不思議な顔で石礫に聞いた。
「ベルトです。」と自慢げに言う石礫。
「ベルトってどうやって締めるのでしょうか。」
「ここを外したら。」
石礫は実際に自らのズボンのベルト通しにコムを滑らせた後、ホックをはずし、ポケットあたりでホックを止めた。
「なるほど、バックルが無いベルトですか。これならおなかがポッコリとならないですね。」
感心しきりの狭川は、続けて問う。
「これは又ドラえもんの竹コプターですか。」
笑いながら奥行が答えた。
「これはベランダサンダルカバーです。上部の竹コプターは庭に違和感を感じないよう作られています。特に、茶色のサンダルでしたら、土の中から新芽が顔を出しているように見えます。」
「なるほど。細かい所にこだわっていますね。」
狭川は三つ目が気になっていた。
眼鏡にプリズムが取り付けられた物。
「これは私も使っている寝たまま眼鏡。寝たまんまでレンズで屈折させた文字を読むと言う優れものです。」
狭川が自信を持って説明すると、奥行と石礫は「おじ様ね。」と笑っていた。
生死の境 138億年から来た人間 @onmyoudou
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