人間は救えない?
中学を卒業し高校進学はせず、夜の街を徘徊していた。
父親は、不明。
母親は、狭川の心配をよそに「自分に似ているから大丈夫死ぬ気はないよ。」と楽観視している。
確かに死に直結する行動は見受けられないが、体を切り刻む事は何かしら身体に負担がかかり将来的に死と結び付く事もある。
この病院を受診したのは、彼の祖父の相談からだった。
「孫が物の様に扱われている。」と騙されて人に取り付けられていると主張する。
本人の意志とは違う何者かがそうさせていると繰り返し訴えてきた。
社会通念から考えれば本人の意思で付けたと断言はできる。
しかし、テレビや映画、タレント、俳優。そう言った人達の模倣であるとも言えなくはない。
だが、人間の認識というものは自己解釈によって大きく変わることもある。
周囲の認識と本人の認識には、ずれがある可能性もあり、そのずれというものが本人の個性だと言えなくも無いのだ。
自分の体を傷つける行為は外野が中心に対してどうする事も出来ない問題でもある。
「体に何か変った事はありませんか?」
「大丈夫っす。ゴリマッチョだから。」
狭川と見那間の診療はこの言葉で締め括られた。
「自殺企図の可能性は薄いだろう。友達が注目している間は・・・。」
気になりながらも狭川は彼の元気さに安心感を持った。
「かあー。」
狭川は見上げられないほど暑さに顎が上がってしまった。
皮膚がちりちりと焼けつき一枚一枚くねりながら剥がれていくそんな暑さの真夏日。
令和4年7月。
夏は人間を陽炎に変え、焼けつく亡霊と化した。
院長に倣ってロードレーサースーツで出勤した狭川は、既に一日の労働力を使い果たしたかのようだった。
「暑くなったから、院長を真似てみたけどそれにしても暑すぎる!」
だらりとする身体を気力で直立させる。
ロボットの様な動きになったが構わず診察室へ急いだ。
「先生、少し痩せたのでは?」
静はそんな暑さにも冷静な顔で呟いた。
思わず同意をした狭川だが、顔つきは出来るだけ変らないように喜んだ。
相手が女性の場合、身体に関する問題はデリケートだ。
良く「私は太っている。」と勘違いする人が多い。
それぞれがそれぞれの基準を持って体系を作っている。
過食、拒食、両方。
それもその人なりの基準があるのだ。
「それでは、前回を踏まえて大学以降の事を窺えますか。」
静の眉が下がった気がした。
「先生、私の略歴など聞いても参考にはならないと思います。私は、生まれ持った自殺志願者です。世界の人口を考えればそんな人間が珍しいとはいえないのではありませんか?」
狭川は少し間を開けた。
「その通りです。地球上のすべての人間の事が分かる医者などいないと思います。ましてや、人間そのものが医療に完全に認知されているわけでもないですから。」
医者は、人の一部補填をするのが関の山。
命一つ、永遠に守る事が出来ないのだ。
100年後に人間は永遠の命を得る事が出来るだろうか?
その確率はきっと0に近い数字だろう。
人の心を人が救う。
それは、永遠の命を得た人間にしかできないのかもしれない。
人は何時か死を迎え骨と化し、生命を失う。
それが現実である以上、自殺企図を願う者に横槍は入れられないのではないだろうか?
狭川は、自分の診療の無力さに太刀打ちできるような気概があると自分では思えなかった・・・
生死の境 138億年から来た人間 @onmyoudou
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