第6話 自虐型
梅雨は3週間で収まった。
台風と大雨の影響で病院のボイラー室が浸水したが、焼きつく一大事だけは守られ
た。
大都市なのに自然に対しては田舎と変らず不便さが多い。
人間の視野では、地球的災害は今後も防げそうにない。
自殺企図を試みる人達の8割は病院受診に至らず死亡して仕舞う。
本人たちの思う相手は病院の医師では無く周囲の人間なのだ。
自分の存在が忘れ去られようとすると「自分はここにいる。」と主張を続ける。
一人の人間、一つの生き物、そしてたった一つの命。
命の重さを人はどう考えるのか?
生きるとは本人たちには意味の無いもの。
存在こそが彼らの尊厳だ。
山見静は、研究室に籠っている。
『生物の集団行動』と言う論文の作成をこの1週間続けていた。
大学卒業後、国家公務員1種試験に合格、キャリア官僚として国会答弁の文書作成を行っていたが、1年ほどで辞職し、母校である慶唐大学の研究室へと転職した。
辞職願に「死を求めたくなりました。」と書かれていた事から、行政側から狭川の病院を紹介されたのだった。
殺人的な労働時間を指摘されていた官僚で有った為、静に対しての保護願いの意味もあった。
「これ以上、過重労働を指摘されたくない。」と言う行政側の願いでもあった。
研究机の上にはガラス水槽が置かれ中には土の断面に細いトンネルが見える。
蟻の巣を観察出来る物だ。
静は、生物の集団行動のデータとして蟻の生態系を研究資料にしている。
「あ、又一匹死を迎えた。良いな蟻は。死ねば周りの蟻たちが寄ってきて運んでくれる。まるで、神を祭った神輿を担ぐように。」
働き蟻の寿命は2年ほどだと言われ親になる女王蟻は20年。
働き蟻は一生を掛け女王の為に餌を運び、女王を守る。
「私には、守ってくれる人はいない。私が死んでも、誰も見向きもしない。」
ノートパソコンをタッチタイピングする速さは益々上がる。
蟻の生活を覗き見ながら彼らの行動を寸分たがわず文章化していく。
タイピングを終えると蟻の巣の入り口に出来た小さな蟻塚のサイズを測りデータ入力してグラフ化して行く。
彼女は思っている。
「私は、人間に踏みつけられている蟻たちよりも存在の無い女」と。
狭川は一人の男性と対峙している。
彼は、自殺念慮はない。
自傷行為が顕著な患者だ。
ボディーピアスはへそ、陰部、に及ぶ。
勿論、耳、舌にも付けられている。
洗濯洗剤を大量に飲み、酸素欠乏を起こし救急車で運ばれた経歴がある。
「テレビを真似した。」と笑っていた。
見那間には周囲に暴力団の影があるが覚せい剤などの反応、犯歴は無い。
シングルマザーの母親は一昔前に流行ったコギャルだと一樹は言った。
「また、アクセサリーが増えましたね。」
狭川は目を開いて驚いた。
彼の指爪に5個ずつ動物のアクセサリーが飾られている。
人を見返したいのだと常に奇抜な行動を取る。
そのこと自体に興味があるわけではない。
「皆がね、凄い凄いと褒めるから俺気分良くて。」
注目を浴びる事に対して執着する。
典型的な自虐型だ。
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