第4話 リストカット
リストカットによる影響である事と狭川は捉え、「そうですね、人の気分と言うものには実態が無いですから、季節により人が変る事は実証しようがないですね。」と答えた。
彼女は、「心も実態は無いですよね。」と感情なく言う。
「その通りです。私達の診療は有ってないようなものですね。」
精神は心、と言う時代は崩壊しつつある。
自殺を考える脳に疾患があると変化している。
然し、外傷の無い心の傷がみえる医者など一人もいないだろう。
どんな研究が進められ、どんな試験やデータを積み上げようと、人の心と言う空虚な世界を理解出来る天才もいないだろう。
「もう少し、静さんの事を知りたいと思いますが、前回、高校時代のお話を聞かせていただきました。その後は、大学の方へ進みましたか?」
と狭川が言うと
静は落ち着いた顔に戻り、「はい、慶唐大学へと進みました。」とおくびもなく言った。
決して裕福な家庭環境では無い山見家で彼女は人間の限界を超えるような努力を続けてきた事が窺われた。
高校時代には狭川に分かる自殺念慮の原因は無かった。
大学時代に有るとすれば社交不安症であるかもしれない。
SADと呼ばれるこの精神疾患は、大学生の自殺原因に多い。
これと併存して大うつ病エピソードMDEが発症すれば、自殺企図の確立が高くなる。
「受験勉強は、一日どのくらいでしたか?」
「高校三年の時は、二日に一度、3時間の睡眠を取る以外は、全て勉強に当てました。」
狭川は、彼女の表情に達成感と言うものが感じられない事が気になった。
「勉強熱心で素晴らしいですね。」
心底思った感想だ。
人間の集中力問題や、引き出せる力問題など様々なデータにより解析が進むが、人に限界は無いという事は言えるだろう。
集中が切れたところで目で見、頭で考える事は人にとっては自然な行いだ。
「大学生活は謳歌しましたか?」
狭川の質問に、静の口元に笑みが浮かんだ。
狭川は、幸せ一杯だったんだと思ったが、彼女の口から出た言葉は、
「闇の中でした。」だった。
「大学の入学式の日に母と彼が結ばれたんです。」
狭川は目を大きく広げた。
「彼は高校の同級生でした。2年の時、付き合い始めました。彼と私は同時に心が繋がったような気がします。どちらかが付き合って下さい的な行動は無く、只自然にそばに寄り添うようになりました。高2の終業式が終わって家に帰ると彼と母がセックスをしていました。体位から彼の方が積極的なようでした。」
静は、何故か安心した雰囲気を醸し抱いていた。
「だから、私は高3では勉強だけをし続けたのです。ただ、その状況がそれを行う事でしたから。」
そこまで静が話すと狭川は、「今、体調に変化は有りますか?辛いとか苦しいとか?」と聞いた。
「平素の自分です。」
そう言いきった彼女の手は行儀よく腿の上に置かれている。
「そうですか。又次回お話を聞かせてください。」
狭川は心的負担を考え診療を次回に持ち越した。
彼女は快く引き受けた言葉遣いで「分かりました。」と答えた。
雨は天気予報の予想を外れ、一週間降り続き梅雨入り宣言が出された。
雨合羽から発水性の有るスポーツウエアに変えた狭川。
「体を良く吹かなきゃ汗と湿気が混じった匂いがきつい。」
病院に着くと、ロッカーでバスタオルを下半身に巻いて上半身を拭き、巻いたバスタ
オルで下半身を入念に吹き上げる。
最後に、ボディーメイクで香料を塗ると清潔感のある白衣の医師に戻る。
「石礫さん、最初の患者を。」
「
平倉は、ひきこもりから鬱になり、飛び降り、首つり、リストカットと三度の自殺未
遂のある患者だ。
何時も狭川より先に話を始める。
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