赤き狼は少女を檻から連れ去る
イクサはレッドウルフのコックピットの中、気力を使い果たして脱力していた。
「こ、これで全員倒したな……」
【お疲れ様です】
「大体、お前が途中で変な縛りを入れてくるから……」
【この世界でも性能を発揮できるかというのは、試しておかねばならないですからね。基本部分は確認できました。あとは武装の強化形態ですが、これはもう少し適切な的が必要ですね。残念ながらまた今度です】
「まだあるのかよ……」
企業の最新量産型YXよりも適切な的――そんなものは出会いたくはなかった。
たぶん彼らで、二級災害獣と一級災害獣の中間くらいの強さはあっただろう。
これより上となると、国級災害獣というのがあるが定義はこうだ。
国級災害獣(現地民からしたら、ただの伝説)。
国が脅威に感じるレベル。
軍隊、騎士団の総力戦でも負ける可能性が大きい。
他国や、宇宙にいる星渡りの傭兵に援軍要請したりする。
YXが多数参加する作戦となる。
ゲーム的に言えば、複数プレイヤーミッションだ。
今風に言えばレイドボス戦だろうか。
得体の知れない宇宙生物や、暴走した超巨大兵器などがこれに相当していた。
国が滅ぶかどうかレベルなので、リアルでは絶対にやりたくない戦いだ。
そんな嫌すぎる想像は振り払って、現状へ話を戻す。
「今回、STAR4を殺さないように戦うのは大変だったな……。でも、これで未来はそんなに大きく変わらずに済むだろう」
【ソウデスネー。たしかに
「うんうん、ミッションクリアというやつだな!」
STAR4の精神は歪みきってしまったが、それを身を以て知るのはまたあとになるだろう。
倒すべき敵は倒したので、イクサはエリを探した。
勝者がエリを奪い取る流れなので、謎のレッドウルフのパイロットがそうしても問題はないだろう。
「生体レーダーを見ながら戦ってたから、巻き込んではないはずだけど……」
【いました。S-35の残骸のところです。アップにします】
すっかり忘れていた。
イクサはS-35の中で死んだような演出をしたままだったのだ。
エリはS-35のコックピットハッチを必死に開けようとしていて、残っている右手の爪が剥がれ落ちて血だらけになっていた。
「イクサ……イクサは生きてる……絶対に生きてるんだもん……。だって、約束を破る前に死ぬはずないんだもん……うぅ……」
もはや叫び疲れたのか、喉が擦れているようだ。
泣きながら、それでもコックピットハッチを引っ掻き、叩き、祈るようにしている。
ちなみにS-35は欺瞞装置――それも八咫鏡を使った強固な魔法とナノマシンによって構成された偽物なので、コックピットハッチを開くどころか、中のイクサを確認するという事象すら許されていない。
【無駄な行動ですね】
「あ、ああ……」
無駄な行動だろうとはわかる。だが、イクサは心が痛くなってしまった。
自分が死んだことによって、あそこまで悲しんでくれる人がいるのだ。
前世では家族関係もそこまで良くなく、友人も恋人もいない存在だった。
身に染みるモノがある。
レッドウルフでエリに近付こうとしたのだが、その前に現れた者がいた。
「ねぇねぇ、レッドウルフのパイロット様~! とっても強くてステキね!」
(うげ、アクア……)
【ある意味最強の敵が残っていましたね。テスト用の的として撃ちますか?】
(さすがに撃たねぇわ! ……だけど、この国の未来……というかヘンキョー領まで悪影響が出そうだから、少しお灸を据えておくか)
【だったら、こういうセリフはどうでしょうか――】
オペ猫が伝えてきたセリフは、何か既視感があった。
【過去の行動から学習して、とても最適になるように調整しました。これで今後も付きまとわれることはなく、丸く収まります】
(そう……なのか? 戦いで疲れて頭が回らないから台本は任せるか……)
そんなやり取りもつゆ知らず、アクアは前屈みになって大きな胸の谷間を見せるようなアピールをしてきている。
声や体型からして、こちらを成人男性だと思っているからだろう。
男は、大きな胸に弱い。
そう考えているのだろう。
割と当たりだが、他の派閥などもあるので諸説あるということにしておこう。
イクサは一生懸命、自分が格好良いと思う声を作ってから喋りだした。
「ほう、お前がアクアか」
「え!? 私のことを知っていらっしゃるの? とても光栄だわ! 他の弱い男たちなんかよりも、ずっと魅力的な貴方様と、もっとお近づきになりたいわ!」
この一国を揺るがしかねないレッドウルフという力を持つ男をモノのすれば、世界を制したと言っても過言ではないのだろう。
素のイクサ相手とはテンションが違う。
相手の立場を見て、ここまで態度を変えるというのは逆に清々しいと思ってしまうくらいだ。
それと比べてエリは、素のイクサに対して――いや、エリから見たらイクサでさえそれなりの地位に見えたのかもしれない……と寂しい考えが浮かんでしまう。
アクアベースで相手を計ると疑心暗鬼に陥ってしまいそうだ。
「はぁ~……」
「あら? 溜め息? どうしたのですか?」
「せっかくだが、貴女からのお誘いは断らせてもらう」
「な、なぜ!? もっと私のことを知れば、きっと――」
「俺は女が嫌いだからな」
「……え”?」
アクアは変な声を出しながら固まってしまった。
イクサは疑問に思った。
だって、こんな女が嫌いなのは当然だろう。
ドロドロしすぎていて、昼ドラかレディコミのような奴だ。
明らかにこちらを利用しようとしてきているのが、今までの男への態度からもわかりきっている。
「あの男の人……つまり男が好きなの……?」
「そういう……こと……?」
「たしかにそうじゃなきゃ、あの美貌には無条件で惚れちまうよなぁ……」
「納得」
観客たちからの声が聞こえてきて、ん? と思ってしまった。
(何かヤバい勘違いをされてないか……?)
【以前のイクサから学びました。パートナーを選ぶ基準をしっかりと伝えれば、相手は諦めてくれると】
(元からそっちに思わせるセリフだったのかよ!!)
イクサとしては反論したいところではあったが、さすがにややこしくなりすぎてしまう。
今は諦めて次のステップへ進むことにした。
「レッドウルフ様……ボクにもチャンスが……」
――アリストの声も聞こえた気がしたのだが、それは全力でスルーした。
「なんで私の周りにはダメな男しかいないのよ! 無機物しか愛せなかったり、逃げ出したりする王子とか、弱いのにイキっちゃってた御曹司とか!! 早く私に釣り合う殿方を見つけないと……」
このままでは次の被害者が出ることだろう。
イクサはそれを阻止する。
「それは無理だろう。貴女は悪女だ。王子をたぶらかし、星外の人間までも陥れようとした。あとヘンキョー領の――」
「わ、私がグンク王子とSTAR4を騙したって言うの!?」
被害者としてイクサも出そうとしたがキャンセルされた。
そこまで眼中になかったらしい。
たぶん予備の予備の予備ポジション辺りだったのかもしれない。
さすがにアクア相手でも少し悲しくなる。
「悪女……? グンク様がおかしくなったのって、もしかして……」
「そういえば、あの女がやってきてから様子が……」
「だから男共に言ったじゃない、怪しいってさ」
「若くて可愛いくて、胸のデカい女にはみんな甘いのね」
「いや、でもまだグンク様が逃げ出したって決まったわけじゃ」
「じゃあ、あの馬鹿王子は何をしてくれるってんだよ」
「おい、不敬だろ」
「あんな弱い奴に敬意なんて払えるか」
会話を聞いていた観客たちがざわめき、議論をし始めた。
その中には記者などもいて、何かをメモっている仕草をしている。
こうなった時点で、もうアクアは終わりだろう。
「ち、ちが……私は悪女なんかじゃ……」
大きな疑念さえ巻き起これば、そこから証拠などいくらでも掘り起こされるだろう。
これから新しい寄生先を見つけるのも難しくなる。
アクアを待つ未来は、もう今までのようにはいかないだろう。
彼女はクセで何かにしなだれかかろうとしたのだが、隣には誰もいない。
そのまま闘技場の地面に倒れ込み、首を横に嫌々と振るだけだった。
これで悪の華は終わりだ。
イクサはレッドウルフを、エリの近くまで歩かせた。
半狂乱だったエリは、それに気が付いた。
「お願いします!! この中に私の大切な人がいるんです!! どうか、助けてあげてください!!」
S-35のコックピット部分は巨人の剣によって貫かれ、赤い液体がオーバーなほどに飛び散っていた。
イクサ本人ですら、どう見ても死んでる演出だよなぁ……と思ってしまうほどだ。
だが、エリが自分のことを大切な人と言ってくれているのは嬉しくもあるので、つい問い掛けてしまう。
「ほう、その中にいる奴は、お前にとって……どのような存在なのだ?」
「大切な人! 一番大切な人!! 何者にも代えがたい人!! 彼を生かすためになら、何を捧げても良い!!」
さすがにここまで言われるとむず痒くなってきてしまう。
【言わせたのはイクサですよね?】
オペ猫の言葉は聞かなかったことにした。
「では、その彼の命と引き換えに、俺のところへ来てもらおうか? 勝者は俺だからな、正当な報酬だ」
イクサはレバーから手を離して、マニピュレーター操作モードに移った。
手を広げるだけでなく、指の一本一本の動作、力加減までトレースしてくれる。
レッドウルフの手を操作して、エリを優しく包み込む。
(力加減頼んだ)
【卵の殻だって割らないことをお約束しますよ】
不思議とエリの身体の柔らかさが、生身の手にフィードバックされてくる。
何かおかしな感覚だ。
口に出したら、とてもセクハラ案件なので止めておく。
【セクハラ】
(おい、マジメなシーンなんだぞ……)
エリがマニピュレーターの中で暴れ始めた。
「まだイクサを助けてない!! 約束が違う!! 離して!!」
たしかにエリから見たら、まだイクサはS-35の中にいると思っているのだろう。
どう見ても死んでいそうだが。
それでもまだ一抹の希望を信じて、レッドウルフのパイロットに身を捧げると言ったのだ。
健気すぎて、アクア基準で少しでも見てしまいそうになっていた自分を反省してしまう。
暴れるエリを手に、レッドウルフのコックピットを開けた。
「エリ、依頼を果たしに来た」
「え?」
一人しか知らないはずの名前。
エリはポカンとした表情のまま、コックピットへ乗せられた。
イクサはヘルメットを取ってみせると、すぐに抱きつかれてしまった。
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