未知への好奇心は精神をも殺す

 アルティマギア社の御曹司――アリスト・ステラ。

 S&S社の御曹司――レオル・プレイル。

 この二人、性格は大きく違うが、求める方向性は似ているものがあった。


 アリストは究極の魔術と科学の融合。


「未知の魔力が検出されている……アレこそが求めていたモノかもしれない……!!」


 レオルはまだ見ぬ最新技術。


「すごい……どんな原理で動いてるんだ……。アレこそが求めていた未来の技術……!!」


 アリストの機体――アルティマギア社の最新鋭量産YX〝マゴス〟は、かなり特殊な機体だ。

 同時に開発されたイポティスという騎士型の機体と対になっていて、どちらも魔力で動くようになっている。

 もちろんメイン動力はエーテルコアからのエネルギーだが、魔力を増幅してYXで魔術を放つことが可能なのだ。

 そのために魔力適性がある者しか操ることができない。

 アリストの家系は特殊なので強い魔力を持ち、マゴスの力を存分に発揮することができる。

 マゴスは、とんがり帽子の魔術師を連想させる姿で、魔力を纏った巨大な杖を掲げていた。


 対してレオルの機体は、常に新しい技術を売りにしているS&S社製の最新量産YX〝S-50〟だ。

 ザクセンが乗っていた骨董品S-35の15世代あとの機体で、高価で特殊な装備を積み込んでいる。

 この巨大なYXでも機能する光学迷彩や、最高レベルの対電子戦、それにメインウェポンとして装備されているプラズマ砲はチャージに時間はかかるのだが戦艦の主砲クラスの攻撃力を誇る。

 曲面で構成された丸っこい可愛らしい見た目とされるが、四大企業で最も凶悪とされているYXだ。


「レッドウルフの防御性能は見せていただきました」

「チャージ完了……! でも、この二機の全力を食らえば機体は平気でも、中の人間だけ蒸発しちゃうんじゃないかなぁ?」


 火力特化の二機から放たれる、YX最大であろう攻撃。

 二人は、レッドウルフの防御性能は評価していた。

 ただし、YXというのは人間が乗らなければならないものだ。

 YX開発でも最大の弱点は人間とされている。


 人間がいるから、急加速するにも対Gなどに気を付けなければならない。

 人間がいるから、コックピットへの熱や毒ガスの対策が必要。

 人間というのは弱点なのだ。

 開閉するコックピットハッチがある部分というのは、どうしても防ぎきれずに、内部へ何かを通してしまいやすくなる。

 1ミリでも気密が破れれば待つのは死だ。

 逆に言えば、それだけでレッドウルフを手に入れられる。

 二人の中で未知への好奇心が膨れあがっていく、魔力とプラズマ光と共に。


『止めろ……』

「無駄だと仰るのですね? 虚勢ですよ、それは」

「これはさっきまでとは違う、周囲が吹き飛ぶ威力だよ!」

『子供というのは恐ろしいものだな』


 聞こえた声は、今までよりさらに落ち着いたものだった。

 レッドウルフの腕部のパーツが、天叢雲を造ったときのように蠢き始めていた。


「また剣でも造るの? でも、この距離じゃもう遅いよ!」

「我が魔術の最奥、放ちます――アルティフレイム」

「プラズマ砲――発射!!」


 YXの装甲をも簡単に溶かす広範囲の炎と、あらゆる物を蒸発させるプラズマ弾。

 それら二つが合わさり、地獄が見えた。

 観客たちが騒ぎ出したところで、二人は気が付いてしまった。

 高すぎる威力は周囲への影響が大きい。

 しかも、観客たちはYXの装甲にすら包まれてなく、人間の魔術師たちが張っている脆弱な魔力障壁しかないのだ。

 この威力をどうこうできるわけはない。

 このままだとレッドウルフのパイロットどころか、観客たちも蒸発させて大量殺人者となってしまうだろう。

 もう――放たれた魔術とプラズマ弾は止められない。


「待っ」


 どちらが言ったのかはわからないが、気持ちは一緒だった。

 追い続けた魔術、最新技術での大量殺人。

 兵器とはそういうものだが、傭兵でも兵士でもない無辜の民を殺すのだ。

 ノーベルやオッペンハイマーも惨劇を見たときは、こういう気持ちだったのだろうか。

 血の気が引く、嫌悪感が心を襲う、罪が魂を掴んでくる。

 もう遅い――頭脳明晰な二人は理解していた――常理の中ではどうにもできないと。

 だが、理外の存在なら――


『子供のオモチャにしては過ぎるな』


 炎とプラズマが混じり合った闘技場は、青白く、赤く、スパークして空気を焦がしていた。

 その中でレッドウルフのパイロットは平然としていた。

 それどころか、周囲の観客すら無事だった。


「なっ!? なぜ無事なんだ……」

「観客たちにも被害が出ていない……?」


 二人は不思議に思ったが、それは観客たちも同様だった。

 たしかに破壊の波が観客席に広がってきたのだが、なぜか途中で止まって消えたのだ。

 レッドウルフは、いつの間にか左腕に出現していた盾を見せてきていた。


八咫鏡やたのかがみ

「やたの……かがみ……?」


 それは盾であり、鏡だった。

 小型、円形の形をしていて、薄いベールのような光を放っている。

 それはレッドウルフだけでなく、闘技場の観客席を広く覆っていたのだ。


「そんな……馬鹿な……これ程までに薄い力場で……。どんな最新技術を……」

『ふん、古いな』

「ふ、古い……この僕が……!?」

『いや、こっちが古――』

「ふざけるな!! 最新技術を集めて造ったS-50が古いはずないよ!!」


 レオルは信じられなかった。

 宇宙中の最新技術を網羅していると思っていたのに、古いと言い放たれてしまったのだ。

 技術力の差を見せつけられて頭の中は混乱するばかりだ。


「レッドウルフ――いえ、レッドウルフ様。恐ろしい魔力量ですね……。どんな魔術兵装をお使いに……?」

『魔法だが』

「魔法……? 魔術ではなく、魔法……? それは……どういう……もっと、もっともっと見せてください!! 貴方の力を!! その領域に至りたい!! ボクを導いてください!!」

『もう終わりにしよう』


 そう言い放つと、レッドウルフの右腕部、右脚部のパーツが蠢いて、分離合体して一丁の小型ライフルとなった。


八尺瓊勾玉やさかにのまがたま


 それが小型ライフルの名前だった。

 銃自体にエーテルコアが動力として組み込まれていて、レッドウルフからは独立している。

 本来はレッドウルフが他の行動を全力で行っている最中でも、エネルギーの心配をせずに撃つための最も弱い軽火器なのだが――


『こっちの方がスマートな戦い方だろう?』

「そんな……!?」


 赤く、糸のように細い最小出力の閃光。

 杖を持つマゴスの腕部、プラズマ砲を持つS-50の腕部が蒸発していた。

 まるで発泡スチロールに、熱した金属線を近づけたかのようだった。

 いとも容易くYXの装甲が溶け広がり、そこに最初から腕部が存在しないかのようになっていたのだ。

 二人はこれほどの攻撃力を持つ存在を、魔術、科学の両方で見たことがなかった。

 どんな攻撃方法かすら理解できない。


「お、お前だってそんな強力な武器を観客がいるところで――」

『自分の尻拭いくらいは、自分で出来るさ。大人だからな』


 貫通していたはずの閃光は、後方の観客席には届いていなかった。

 なんとレッドウルフの反対側にまで八咫鏡の輝きが届いていたのだ。

 二人は敗北した。

 誇っていた魔術・科学で負け、罪無き人々を巻き込まないという人間性でも負けた。

 マゴスとS-50はガクリと膝を突いた。


「ああ、素晴らしい……。レッドウルフ様……。神でもあり、悪魔のようでもある貴方……。これが本当の恋なのですね……」


 アリストはレッドウルフと、そのパイロットに興奮していた。

 それも戦いの興奮ではなく、性的な興奮だ。


「妬ましい妬ましい妬ましい!! どうして僕じゃないんだ!! この僕が最先端として一番相応しいはずなんだ!! 一番を走ってないとダメなんだ!!」


 一方、レオルは深い嫉妬に苛まれていた。

 自分では制御できない、魂の奥底からの欲求。

 世界に居る意味、世界がある意味を奪われてしまった気がするからだ。


 闘技場にいた敵はすべて倒した。

 残ったのはブツブツと何かを呟き続けるSTAR4だけだ。

 壊したのは最新鋭のYXだけでなく、すべての御曹司たちだったのかもしれない。

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