崩される天秤

 ライゼンデ社の御曹司――ヒッツェ・ライゼンデは考えていた。

 強さとは何か?

 それはバランスだ。

 バランスの良い食事をして、バランスの良い訓練をすれば人間は強くなる。


 世界としてもそうだ。

 国家というモノのバランスが崩れたため、バランスを保っていた企業が世界のパワーバランスを牛耳るようになっていったのだ。


 そして、YXもバランスが重要だ。

 重量バランスが良ければ輸送も楽で、武装バランスが良ければどんな戦場でも活躍できるし、価格バランスが良ければ万人の手に行き渡る。

 それらを兼ね備えればパイロットもバランス良く扱え、統率が取れて軍隊としてもYXを投入しやすくなる。


 すべてはバランス、それがヒッツェの美学だった。


 だが、どうだろう。

 目の前のZYXレッドウルフを名乗る機体はありとあらゆる面でバランスを欠いている。

 アレは存在していてはダメだ。


「……なら、バランスの良い俺様の〝レーゲン〟でぶち壊すしかねぇよなぁ……!」


 ヒッツェはコックピットの中、前面モニターの光りに照らされて、ニヤッとした顔を浮かび上がらせていた。


 ライゼンデ社の最新鋭量産YX〝レーゲン〟――手堅くまとめられた高水準の中量機体だ。

 軍で使用することを視野に入れており、泥土カーキ色で角張ったシンプルなデザイン。

 頭部は一つ目で、この隊長機仕様には後頭部右側にアンテナが装備されている。


 一般人がYXという言葉を使うときはライゼンデ社の、このデザイン系統を指すことが多い。

 それくらい普及している――つまり、安定して優れているのがライゼンデ社なのだ。

 その最新鋭機ともなれば、バランスの良さは言うまでもない。


『ほう、このレッドウルフをぶち壊すと言ったな。止めておいた方が良い』

「できねぇって言いたいのか!?」

『いやそうじゃなくて危な――』

「舐めやがって!!」


 レーゲンの武装は四種ある。

 基本的にYX共通規格のハードポイントは全身に複数あるのだが、重量バランスを考えて四種類だ。

 まずは中距離での制圧力に有効なアサルトライフル。

 弾数30発、ライフリングの回転によって実弾を連射するという標準的なものだ。

 ただ標準的ゆえに信頼性が高く、YXサイズの弾丸は威力も侮れない。

 地球時代からある、引き金を引けば誰でも人を殺せるという銃という機構。

 ヒッツェはレバーを握り、照準を合わせてトリガーを引いた。


「はっはぁー!! バランスを崩して無様に倒れなぁー!!」


 狙いは両脚だ。

 ヒッツェは乱暴そうな性格だが、その実――裏では計算高く冷静で冷血――さすがに勢いだけでパイロットを殺す気にもなれなかったし、行動不能にさせて情報を聞き出すのが有効だとも考えたからだ。

 足元の地面は整備されていなく、闘技場の土が舞い上がって視界が遮られる。

 30発フルオートで撃ちきった頃には、レッドウルフの姿が見えなくなるほどだった。


「やっ――」

『やったか? とでも言おうとしたのか?』

「な……に……?」


 土煙が風に吹かれて、無傷のレッドウルフの姿が見えてきていた。

 見誤っていた。

 平均的なYXの装甲なら穴を開け、重装甲相手でもそれなりに削る事ができるアサルトライフルだ。

 それを無傷――装甲のない関節部すら新品のように見える。

 ヒッツェは見誤っていたのだ、アレはバケモノだ。


「――なら、甘っちょろいことは無しにして……殺すしかねぇよなぁ……!!」


 30発撃ちきったアサルトライフルは、弾丸を再装填せずに投げ捨てた。

 背部にマウントされていた二つ目の武装――スナイパーライフルを手に取り、構える。

 アサルトライフルよりも大口径で、この距離で直撃させれば貫通できない装甲はないはずだ。

 長大で取り扱いが難しいが、数々の敵を一撃で仕留めてきた実績がある。

 その気になれば戦艦さえエンジン部まで到達できるクラスだ。

 殺意の高い最新武装に、さらに殺意を乗せる。

 照準を合わせるのは、レッドウルフのコックピットだ。

 直撃させれば、確実に相手を殺せるだろう。

 数秒後の穴の空いたコックピットには、無残な肉片が散乱しているはずだ。


「これで終わりだぜぇー!!」


 今回のトリガーは軽く感じられた。

 殺意が背中を押してくれたのだろう。

 大口径特有の轟音が響く。

 断末魔のようで耳に心地が良い。

 遠い同郷の祖先、ベートーヴェンが作曲してくれたのかと思うほどだ。


「俺様という〝運命〟に出会ったバランスの悪さを呪いな……。ふぅ、初めての人殺しは……意外と何にも感じねぇな……」

『殺せてないからな』

「……は?」


 前面モニターには命中HITの表示が出ている。

 故障したのかと思ったが、そうではなかった。

 たしかにレッドウルフの胴体には命中した形跡があった――ただの汚れ程度だが。


『恐ろしい――』

「て、テメェ……! 自分が恐ろしい存在だと……世界のバランスを崩す運命だと思い上がりやがって……!!」


 ヒッツェは役立たずのスナイパーライフルを投げ捨て、レッドウルフに突進していく。

 残る二つの武装は、左右腕部中央のハードポイントに装着されたビームシールドと、レーザーブレードだ。

 近距離用だけあり、攻撃力は一番高い。

 レーザーで焼き切れない装甲はないだろう。


『……もう……止めろ』


 しかし、こともあろうにレッドウルフは一歩も動かずにレーザーブレードを身体で受け止めていた。

 レーゲンが何度も何度も何度も斬りつけるも、火花が飛び散るだけだった。

 これには観客たちも興ざめだ。


「前と違って全部当ててるのにノーダメとかさぁ……」

「攻撃が弱すぎるんじゃない?」

「バランスわっる」

「あの巨人って身体が大きいだけで何もできないわけ?」

「でも、綺麗な花火みたいのだけは出せるみたいだし?」


 観客たちは花火に喜び、笑っていた。

 それは嘲笑だ。

 ヒッツェは、STAR4の中でリーダーではないが、密かに水面下で動いてバランスを保つ頭の良さがあると自負していた。

 それが、このような未開惑星の住人に笑われる立場となっているのだ。


「わ、笑うなテメェら!!」


 周囲に叫ぶも、弱者の声など聞く価値も無いのだろう。

 観客たちはゲラゲラと笑い続ける。

 ヒッツェは心の奥底からどす黒く、マグマのような熱が上がってきているのを自覚した。


『もう試し終えた、お前は用済みだ』

「チクショウ……バランスが……」


 レッドウルフの手の平が、レーゲンの頭部を掴んだ。

 グシャッと潰れる音がした。

 サブカメラに切り替わり、コックピット内は薄暗くなった。

 低画質モニターのボンヤリとした灯りは、ヒッツェの顔を仄暗く浮かび上がらせた。


「笑えないくらい……バランスが悪いぜ……。レッドウルフ……世界にとって不要なバランス……」


 その表情、憤怒。




 ***




 レッドウルフのコックピットの中で、イクサは気が気ではなかった。


「メッチャ恐ろしかった……」

【イクサは必死に何度もアピールしてましたね。撃つのを止めてくれと】

「お前……透明なガラス越しに銃を撃ちまくられる気分だったんだぞ!! 何が防御性能テストだ!! 生きた心地がしねぇよ!!」

【やれやれ、これで最強の星渡りの傭兵を名乗ることができるのかどうか……。おっと、残りYX二機です。相手の出力増大、全力で攻撃してくるようです】

「なんで段々と殺意が高くなっていってるんだ、アイツら……」

【――そろそろ残りの通常武装もテストしてみましょう】

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