最強と対峙するという絶望

 大神倉稲魂社の御曹司――イナリ・ウカノはコックピットの中で眼前の敵を眺めていた。

 地球という神話時代の存在であるZYXを名乗る不届き者。

 社名になっている倉稲魂うかのみたまも、多くのデータが消失しているが一説によると地球の主神とされていて、トラクターなどの農業機を生み出して人に与えたと言われている。

 それと同レベルを語るのなら、許しはしない。


『一分間だけ手加減をしてやる。今ならまだ逃げても良いんだぞ?』


 レッドウルフのパイロットが明らかな挑発をしてきた。

 イナリは、普段は冷静なリーダー的メガネキャラだが、自分の大事なものを踏みにじられたあげくの挑発と感じて、怒髪天をつくような想いだった。


「米は我が神――倉稲魂が生み出したるモノ……米が世界を作った……米は神だ……!!」


 イナリが操る最新鋭量産機YXである〝艶光〟は、農業機械を作り続けてきた大神倉稲魂社のノウハウが注ぎ込まれており、他のどの企業よりも頑丈さを持つ重量級YXだ。

 その特徴的とも言える、日本の甲冑を模したような多重積層装甲。

 これは様々な特徴を持つ素材を複数層にして、どの攻撃でも、特定の層で耐性を得るようにしてある。

 実弾、火炎、化学物質、プラズマ、果ては魔術まで。

 どのような攻撃でも一撃で多重積層装甲を突破するのは不可能だ。

 弱点としては装甲の肥大化だが、それを手持ちの巨大実体剣に全体重を乗せるという破壊力に転化している。

 背部マウントにガトリング砲とショットガンという、多数の弾を放つ武装も用意されているのだが、これは多く実る稲穂を模した儀式様式の意味合いが強い。


「いざ尋常に……参る!!」


 YX剣術というものがある。

 祖先が居たという黄金の稲穂の国日本で練り上げられた、日本刀による剣術。

 それらをYXでも使用するという現代の侍たち。

 大神倉稲魂社の息子として生まれれば、YX剣術を体得するのは義務である。

 イナリはYX剣術の免許皆伝だ。

 八相の構え――野球のバッティングフォームと言われることもある――で艶光のブースターを吹かし、猪武者のように前方へ進む。

 重量級の全体重をかけた一撃、単純だが速く、威力が高い。

 ゴブリン相手にはサイズ差から無様な姿を晒してしまったが、今回は同サイズだ。

 今まで無敗だったYX剣術を存分に活かすことができる。


「ズェアアアアアアアッッ!!」


 古の武士たちもしたという、刀を振るときの気合いのかけ声。

 スピーカーを通してでも観客たちの鼓膜を破くような怒声だった。

 艶光の巨大日本刀は天を突くような五相の構えから、レッドウルフの頭部を兜割りするようなコースに入っていた。

 イナリは勝利を確信していた。

 これまで百発百中の太刀筋だ。

 絶対に当たる――ただでさえレッドウルフは既存の洗練された重心バランスなどが考えられていない、不出来な形をしているからだ。

 異形の見た目で奇をてらっただけ、勝つなど不可能。

 次の瞬間にはレッドウルフの頭部を真っ二つにして、コックピットまで日本刀が届いている姿が見え――


『それが本気か?』

「なにぃ!?」


 レッドウルフは回避していた。

 それも防御の姿勢すら最初から取っておらず、脱力した状態で一歩だけ横に移動しただけなのだ。

 まさに紙一重。

 最小限で最大の動きをする達人を見た。


「な、何かのまぐれだ……そうに違いない……」


 イナリはその域の師範代と対峙したこともあるのだが、信じたくなかった。

 若さ故の過ちだろうか。

 まだ目の前の存在に勝てるはずだと、希望はあると信じていたのだ。


「チェストォォオオオオオッッ!!」

『踏み込みが足りん』


 残りの五行の構え――上段、中段、下段、脇構え。

 それらを織り交ぜて巨大日本刀を振るうも、すべてが紙一重で避けられていくのだ。

 ブンブンと空を切る姿は、観客たちから滑稽に映った。


「なにあれ……素振りの練習?」

「威勢が良いこと言っちゃって、実際はあんなのじゃねぇ……」

「口だけ男、格好悪いわ~」

「レッドウルフって巨人、反撃すらしないで見守ってて笑える」

「引っ込め三下~!」

「よっ、大根役者!」

「チンピラ~!」


 散々な言われようだ。

 しかし、イナリとしてはまだ一発も食らっていない。

 頑張れば、努力すれば、チャンスを掴めば、勇気を持てば、希望がまだある。――と青臭いことを思っていた。

 恵まれた環境で、恵まれた教育を受け、愛情を注がれ、次期社長を狙っている御曹司としては当然のことなのだろう。

 まだ彼は〝本当の壁〟に当たったことがないのだ。

 それが今――目の前にある――


『一分経ったな、時間切れだ』

「それがどうした!!」


 レッドウルフは、動きを止めた。

 赤い機体の、異様に太い腕が蠢いた――いや、よく見ると腕の細かいパーツが分離、複合、整形されていき、装甲だと思われていた部分が一本の日本刀になっていた。

 同じ日本刀、互角だと思った。


『――天叢雲あまのむらくも


 たぶんそれが刀の銘なのだろう。

 そんなマイナーな日本刀は知らない。

 宇宙時代に伝わっていない。

 それに実体剣なら、艶光の多重積層装甲で防げるはずだ。

 刀がめり込んでいる間に、こちらの日本刀でカウンターを仕掛ければ良い。

 肉を切らせて骨を断つと言うやつだ。


「来い!! そんな無銘の刀で、日本の心、米の力を受ける……この艶光を斬れるはずがない!! この多重積層装甲は……大神倉稲魂社自身だ!! それを恐れぬのならかかって来い!!」

『馬鹿か……米は戦うものじゃない、食うものだ』


 見えなかった。

 コックピット内の計器類が赤く光り、緊急事態を知らせている。

 ダメージ表示は、右腕、左腕、右脚、左脚。

 ようするに頭部とコックピット以外、すべてだ。

 攻撃が見えなかったのだ。


「え?」


 自由落下のフワッとした感覚が襲ってきて、ようやく機体がダメージを受けたのだと実感した。

 ドスンと落ちる音、バラバラになって横たわる艶光。


「何……が……?」


 イナリ本人は無傷だが、大神倉稲魂社自身とまで言ってしまった艶光の多重積層装甲は、綺麗な切断面を晒していた。


 この件でイナリは心に深い傷を負うこととなる。

 恵まれた環境で、リーダーとして前に立ち、どんな壁でも乗り越えられると信じていた。

 それなのに、どうやっても届かない壁を見てしまったのだ。

 たぶん、自分の一生を捧げても辿り着かない領域。

 それは強い機体――というわけではない。

 パイロットの操作技術の差が大きい。

 一分間でそれを見せつけられ、企業としての誇りである機体すら一蹴されてしまったのだ。

 これまでの人生や、家族、憧れていた周囲の大人たち、考え得るすべてを否定されたような感覚に陥った。


「は、はははは……ははははははははははは……ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは……」


 壊れた。

 意味ある言葉は発せず、わけもわからず乾いた笑いしか出てこなかった。

 その表情、絶望。




 ***




 レッドウルフのコックピットの中で、イクサはホッとしていた。


「ビビった。何か米がどうのとかわけわからないことを言い出すし、叫び声が怖いし、なぜか日本刀しか使ってこないし……マジでビビった」

【イクサの操縦技術はなかなかでしたね。まぁ、最初からわかっていましたが。ゲームとは言えレッドウルフを倒したとか言ってましたから】

「本当かよ……実は今回の相手が弱かっただけじゃ……。さすがに弱すぎるからと調子に乗って殺しちゃったら、未来で社長として活躍してくれないからコックピットは避けておいたけど。……大丈夫だよな?」

【最後は笑っている声が聞こえましたし、平気なのでは? 笑いは楽しいときに出るものらしいですし? ……さて、また相手が来たようです。次は避けずに耐久テストをお願いします】

「嫌だー!! 死にたくなぁーい!!」

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