ZYXレッドウルフ
空に浮かぶ赤い機体は異形だった。
サイズや規格はYXのように見えるが、四大YX企業どころか、他の中小YXにも属さない系統だ。
狼を模した小さめの頭部には緑色のカメラアイと、牙が生えていた。
その後頭部からは――有機物とも無機物とも分からない透明な後ろ髪が風に揺れていた。
胴体は細く、角張ったダークレッドの装甲の隙間に、輝く緑色のラインが走っている。
それに比べて、不釣り合いなくらい太い両手両脚は、通常のYXではありえない形だ。
だが、異形と呼ぶに相応しい最大の特徴は――ブースターがないことだった。
推進力がない状態で空を飛ぶことなど不可能だ。
例外としては戦艦に積まれている重力制御装置だが、それは最新鋭の物でもかなりの巨大さになって、YXのサイズでは詰む事ができない。
天使の翼でもあればファンタジーとして片付けられるかもしれないが、その背中に見えていたのは半透明のバームクーヘンのようなエネルギー体で、この宇宙のものではないと主張しているようだった。
「な、なんだアレは……」
「うちの大神倉稲魂社製の技術ではないな……」
「あんなもん、どの企業でも開発してねぇだろ……」
「系統が違いすぎますね……」
「計測不能……。でも、データは取りたいなぁ」
闘技場の戦士たちは、それぞれ思考で呟いていた。
それらを見下し、話題の中心となっている赤い機体のパイロットは豪快な高笑いを上げていた。
『ふははははははは!! 汝黒を祖に持ち、蒼を誅滅せし銕鎧。その魂魄はどちらにも寄らぬ絶対の緋。これより
「
「
「Zeus Yesed Xmachina……
「あの伝説の機体!?」
STAR4はそれを聞いて後ずさっていた。
赤い機体――レッドウルフのパイロットは、コックピットへ入り、ハッチを閉めた。
「……ふぅ~……緊張したぁ~……」
【イクサ、キャラが違いませんか?】
「そりゃ俺だってわからないようにしてるんだから、キャラが違うと思わせる演技くらいするさ」
レッドウルフのパイロット――イクサは、ナノマシンで大人体系にしていたパイロットスーツを元に戻した。
顔はヘルメットで見えない。
声も変成器を使って、まるで別人のように聞こえていたはずだ。
喋り方のクセも大きく変えているので、さすがにイクサとは思うはずもなく。
しかも、シチュエーション的に、イクサの乗るS-35が大破した直後の出来事だ。
S-35はまだ地上で串刺しになっていて、どうやって空にイクサが現れたか?
それはZYXだけが使える転移技術のおかげだ。
イクサが死を偽装した直後にスモークを炊いて、その瞬間にナノマシンで表面を取り繕ったガラクタと転移で入れ替わった。
仕掛けさえ分かってしまえば簡単だが、その仕掛けは現代の技術では無理なので見破れないということである。
『さて……』
イクサは再び変成器を使い、外にも聞こえるようにスピーカーを通して喋る。
『誰から相手になってくれるんだ?』
レッドウルフを地上にフワッと着地させながら、余裕のある声を出した。
これだけでもSTAR4は警戒を強めた。
なぜなら、この重量の機体を音もたてずに着地させたのだ。
仮に重力制御装置だとしても、その卓越した技術は底が知れない。
(あれ? なんか相手が動かないな)
【それはそうでしょう。見た事もない技術体系を前にして、いきなり突っ込んで来る馬鹿はいないかと】
(そういえば、俺がゲームで使ってたYXとは随分違うよな、これ。何か科学っぽくないというか……)
【最新――というか、最古の技術です。魔法とケイ素生命の融合――】
(魔法? ヴィルヘミーネが使う魔術じゃなくて?)
【神域の魔法を人間が使えるようにダウングレードさせたのが、今の魔術です】
たとえば魔術のファイアアローを使うとき、原理としては魔力によって火が付くという現象を起こす。
だが、魔法というのは周囲の法則を書き換えるモノだ。
周囲は熱くならないが、太陽の如き熱量のあり得ない〝火〟を作るのすら可能となる。
何かを手繰り寄せるのではない、ルールを書き換えるのが魔法だ。
【周辺のルールを書き換え、重力を制御するなど容易いことです】
(そういえば、これまでもパイロットスーツとかは物理法則を無視したようなことをしてたな……)
【まぁ、これは誰にでも操縦できるというわけでもなく――おっと、最初のチャレンジャーが現れましたよ】
近付いてきたのは、グンクとその巨人だった。
「さぁ! 行け!! 余のYXよ!! あの無礼な赤き狼を、イクサのときのように貫いてやれ!!」
地面で偉そうに指さし指示しているグンクに対して、巨人は酷く怯えている。
モンスターというのはYXと違ってパイロットの操縦通りに動く機械ではない。
本能で相手の強さがわかるのだろう。
「どうした!! 早くしないとお前を処分してしまうぞ!!」
そのグンクの言葉がトリガーになったのか、巨人はドタドタと走り、剣を上段に掲げた。
レッドウルフは一歩も動かない。
巨人は剣を振り下ろすが――
「なっ!?」
グンクが驚きの声をあげるのも無理はない。
振り下ろした巨人の剣の方が砕けていたのだ。
無傷のレッドウルフは、緑色のカメラアイで巨人を一瞥した。
巨人は察した。
何をどうやっても傷一つ付けることが出来ない絶対の戦力差があると。
それは遠い祖先であるティタノマキアの巨人族が、主神ゼウスと対峙したときに植え付けられたモノかもしれない。
全知全能、最強最悪の存在を目にした者は遠い未来の子孫にすら呪いとして受け継がれるのだ。
『グォォオオオオオ!!』
巨人は初めて咆哮を上げた。
幼体の頃から鞭で調教されて、人間に従うようにされていた憐れなモンスター。
初めて見せる感情は畏怖だった。
レッドウルフから一秒でも早く離れたい、その一心で逃げ出した。
闘技場の石壁を突き破り、王都の中央方面へとドタドタ走っていく。
「に、逃げるなぁー!!」
それを見たグンクは激怒したが、会場は笑いに包まれていた。
「うぷぷ……グンク様の巨人、逃げ出しちゃったよ!」
「だっせぇー!!」
「あれだけ威張っておいて、睨み付けられただけで逃げ出すなんてねぇ……」
手の平を返す観客たちに、グンクはさらに顔を真っ赤にして血管を浮き上がらせていた。
「ぐ……ぐぐぐ……。余に力さえあれば……」
それでもグンク一人では何もできない。
逃げてしまった巨人を追いかけて、その場からいなくなってしまった。
闘技場に残されたYXは、STAR4の四機となった。
誰もがデータが欲しいが、下手に戦うと被害が出るかもしれない。
もちろん、最新鋭の量産機なら勝ち目はあると考えているが、一番最初に戦う奴はデータ取りだけされる馬鹿である――そう考えていた。
なので、最初は一番無謀な者が前に出ることになる。
『一番手は私が行かせてもらう……。どうやら基本性能が高く、頑丈なようだが……それだけでこの大神倉稲魂社製の最新量産機〝艶光〟に勝てるかな……!?』
イナリが外部スピーカーで煽ってくるが、イクサとしては全然心に響かない。
こんな世間知らずな企業のボンボンを相手にするより、理不尽すぎるゲーム的な運命でバッドエンドの辛さを何度も経験しているからだ。
しかし、煽りに乗るものもいた――
【イクサ、丁度良いです。機体性能を相手と同程度に制限しますので、一発も食らわずに倒してみてください】
(はぁ!? なんでそんな……あ、いや、でも……パイロットスーツの時みたいにオペ猫が自動操縦をしてくれるのか――)
【搭乗時は基本的に自動操縦はオフにします。イクサの操縦技術だけで勝利条件を満たしてください】
(初操縦でスパルタすぎるだろ!?)
【これは貴方をマスターとして見定めるためのものです】
(じゃ、じゃあせめて一分間だけで……。その間に相手が勝手にビビって逃げてくれないかなぁ……)
【……日和りましたね】
なぜか縛りプレイのウルトラハードモードが始まってしまったのであった。
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