思春期を殺した少女の枷

 イクサと奴隷勇者は、グンクから汚物のように扱われて城外へ放り出されていた。


「え、えーっと……」


 突然、二人にされたイクサはなんと喋って良いのかわからない。

 女性と二人きりというのもほぼ経験がないし、自分が熱中していたゲームの主人公相手というのもある。


「……」


 奴隷勇者は何も反応をしてくれず、ただ立っているだけである。

 なかなかに気まずい。

 YXこと、ただの板金デコレーションされた巨人門番くんが、ジッとこちらを見てきている。

 何か本能的に警戒されるものでもあるのだろうか。

 いきなり襲われてもたまったものではないので、その場を離れる事にした。


「と、とりあえず城の周りにある街にでも行こうか……?」

「……はい。あなたの言うことは何でも聞くようにと命令されていますから」


(くっそ気まずい……)

【何でも言うことを聞いてくれるのなら楽なのでは? そこらへんに待機しておけと命令して、放置しておくことも可能でしょう】

(それは……そうなんだがなぁ……)


 最適解を提示してくれるオペ猫だが、イクサは何か肯定しきれないところがあった。

 わけのわからない焦燥感から、何も考え無しで歩く。

 目に付いたのは人通りが多いメインストリートだ。

 少し進めば立派に構えた店や、多彩な露店などが出ている。

 何もないヘンキョー領と比べて華やかな王都にテンションが上がり、奴隷勇者に話しかけようとしたのだが、


「あれ?」


 いつの間にか横にいなかった。

 かなり後ろの方を苦しそうに歩いて、やっと付いてきているという感じだ。

 イクサはその場でしばらく待つ……ことをせずに、急いで奴隷勇者の元へ駆け寄った。


「ごめん、ちょっと急ぎすぎた」

「いえ、私のことは気にせず。ご自由に……」

「大丈夫か?」

「歩けます、いつものことです」


 かなり苦しそうなのに、イクサの言葉に否定をしない。

 よく見るとヘルファイアハウンドに切断された左腕もそのままで包帯すら巻かれていないし、同じように腐り落ちた肌も治療された形跡がない。


(なぁ、オペ猫。身体能力が高いらしい奴隷勇者だからって、この状態は平気なのか?)

【詳細なスキャンをするまでもなく、全身に激痛が走っている状態だと推測できます】


 イクサは愕然とし、反省した。

 気まずさや、王都の華やかさで振り回されてしまい、その事に気付いてやれなかったのだ。

 どうにかしてやりたいという気持ちが湧き上がる。


(たしか、パイロットスーツで薬を精製できたよな?)

【痕跡が残ります、目立ちます、オススメできません】


 オペ猫はもう何をしようとしているのか察したのだろう。

 それでもイクサは頼み込む。


(何か楽にしてやれる薬を作ってやってくれ、頼む)

【……現状、この場ですぐ作れるのは痛み止めや、合併症が発生しないようにするための薬くらいです。本格的なものではない対症療法ですよ】

(ありがとう、恩に着る)

【別にイクサのための薬ではないのに、あなたが謝辞を述べるのはおかしいです。人間というのは、やはり……おかしいです】

(そんなに善人でもない俺がこうするのは、俺自身も変だと思うよ)


 包み隠さずに言えば、〝女〟として求めるのならアクアはともかく、他にいくらでもいるだろう。

 目の前に居るのは、赤い瞳をした長い銀髪の同年代の少女だが、栄養失調で痩せ細り、肌は腐り落ちていて、眼に生気は無く、左腕も切断されていて見るも無惨な状態だ。

 間違いなく男女の関係ではない、それでも複雑な感情を抱いている。


【――精製完了。効果的に塗布するために、彼女の服をすべて脱がせてください】

(い、いや、さすがにそれはちょっと……)

【面倒くさいですね……。では、服はそのままでもいいので抱きつくような形でしばらくいてください。その間に肌に浸透させます】

(それもマズくないか!?)

【彼女の激痛は、いつショック死してもおかしくないものですよ。それでもいいのなら――】

(……わ、わかったよ!)


 しばらく立ち止まっていたので、道行く人々の視線を感じてきた。

 外見的に奴隷勇者は目立つのだ。


「まぁ……アレは奴隷勇者? 噂にたがわずおぞましい……」

「肌が腐り落ちる病気が移るわ。近付いちゃダメよ」

「なんでグンク様もあんなを……」

「きっと必死にグンク様の愛人枠でも狙っているんでしょうね。グンク様イケメンだし」


 ヒソヒソと陰口を言われている。

 元から表情があまりない奴隷少女だったが、それでも俯いて顔に影を落としている。

 そんな中、イクサは無言で抱きついた。

 奴隷少女は驚きもせずに、小さく呟いた。


「こんな身体ですが、お好きにどうぞ」

「違う……」

「まだ誰にも使われたことのない身体です。不慣れなのはご了承ください」

「そうじゃない……」

「それなら殺してくれるんですか? 奴隷契約の魔術で縛られていて、自ら死を選べない私に救いをくれるんですか?」

「そういう救いはやれないかもしれないけど……少しは楽にしてやれる」

「えっ?」


 そこで奴隷勇者は気付いたようだ。

 抱き締められている箇所から何かが広がり、いつもあった激痛が和らいできていることに。


「なに……これ……?」

「魔術……みたいなものかな。全身を治してやれるわけじゃないけど、ほんの少しだけなら楽にしてやれる……」

「痛みが消えて……それに……」


 奴隷少女は涙を流した。

 肌の感覚はすべて痛みが支配していた、ずっと――それなのに、今は感じられるのだ。


「暖かい……人の温もり……」


 奴隷少女が抱きつき返してきた。

 二人はしばらくそうしていた。




 数分後、抱きつき解除したイクサは少し後悔していた。


(抱きつかれたら力がメッチャ強くて、胴体が死ぬほど痛いんだけど……)

【何本か骨が折れてますからね】

(うっそだろ!? あの空気で!?)

【本当はパイロットスーツの性能でガードすることもできましたが、これもイクサへの〝薬〟として丁度良いと思いましたので】

(お前ええええええええ!!)

【先ほどの痛み止めをイクサにも塗布しておきますね、これがほんとの馬鹿に付ける薬ってやつです】

(機械特有の冷たいジョークありがとさん……)


 こういうとき、貴族服に変化させているナノマシン製のパイロットスーツは便利だなと思ってしまう。

 イクサは情けなくウンコ座りで泣きそうな痛みを堪えていたが、ようやく痛みが引いてきたところで奴隷勇者が顔を覗き込んできた。


「大丈夫……ですか?」


 あの奴隷勇者が他人を心配するとは……と思いつつ、涙を拭いながら立ち上がる。


「ぜんっぜん平気だ!」

「でも、泣いてて……もしかしたら、私の力が強すぎたせいで……」

「俺は強い! なんたって、全宇宙で最強の星渡りの傭兵になる男だからな!」


 誤魔化すために、つい涙目でそんなことを口走ってしまった。


「星渡りの傭兵……広い世界を旅するという人……」

「ん? そういうの好きなのか?」

「私は……産まれた奴隷の町と、幼なじみたちと毒のあるエーテル鉱石に縛り付けられ続けた牢屋と、グンク様のお側以外は知らないから……広い世界を見てみたい……」

「そ、そうか……」


 あまりに世界観が違いすぎて、つい生返事になってしまった。


(他の二つは何となくわかるが、エーテル鉱石に縛り付けられ続けた……って何だ?)

【これまでの情報から推測するに、蠱毒の一種と思われます】


 蠱毒とは、古代に行われたという儀式だったはずだ。

 小さな壺の中に大量の虫を詰め込み、共食いさせて生き残った一匹を取り出すというものだ。


(どういうことだ?)

【あの肌の腐り方は、エーテル中毒によるものと推測されます。それも長い間、直に触れ続けないとならないような重度のものです】

(まさか……)

【奴隷を複数買い、それらをわざと毒のあるエーテル鉱石に縛り付け、生き残った者を奴隷勇者として選別しているのではないでしょうか】

(マジかよ……)

【もっとも、こんなものは非効率的です。強き者を選べたとしても、エーテル中毒の症状で取り返しの付かないことになっています。殴り続けて死ななかった者が強い、くらいの頭の悪さです】


 オペ猫ですら、どこか怒りを感じているような物言いだ。

 たぶん人間に対しての哀れみというより、方法が杜撰ずさんすぎるという効率の悪さ方面への怒りかもしれない。

 そういう奴だ。


「どうしたの? イクサ?」

「えっ!? あ、ああ……なんでもない……」


 オペ猫と喋っている最中は、外から見れば無言の状態だ。

 心配して奴隷勇者が話しかけてきてくれたのだろう。

 彼女の顔は痛みから解放されて、少しだけ穏やかになっている。

 それでも痛々しい切断された左腕に、腐り落ちた肌が見える。

 イクサは複雑な感情になってしまう。


「広い世界……ではないかもしれないけど、俺は王都を見学しようと思っている。一緒に見て回ってくれるか?」

「……うん!」


 奴隷勇者は元気よく挨拶をしてくれた。


(奴隷勇者……か。何かいつまでもそうは呼びたくないな……)


「えっと、本当の名前は何て言うんだ?」

「昔の記憶、頭が痛くて無くなっちゃった」


 エーテル中毒の症状だろうか。

 それを何の感情も無く言い放つ少女。


(オペ猫、今日は宇宙標準時間で何月何日だ?)


 宇宙標準時間とは、惑星に関係なく定められた時間だ。

 大昔の地球時間を基準にしていると言われている。

 なぜ個別の惑星時間と、宇宙標準時間があるかというと、それぞれの惑星の回転速度などが違うからだ。

 そのために惑星個別の時間と、宇宙標準時間が設定されているのだ。


【二月十四日です。それが何か?】

(俺みたいな酷いネーミングセンスになったら失礼だからな)


 イクサは、奴隷勇者の眼を真っ直ぐに見た。


「俺はお前を奴隷勇者と呼びたくない。だから、俺が呼ぶための名前を付けさせてもらっていいか?」

「名前……?」

「A-R1で、エリ。今日は宇宙標準時間で二月十四日のバレンタインデーだから……ヴァレン」

「エリ……ヴァレン……」

「そうだ。繋げてエリ・ヴァレンなんてどうだろう? あんまり格好良い名前じゃないけど、奴隷勇者よりはマシだろう」

「エリ・ヴァレン。私の、名前……!」


 奴隷少女――もといエリは少しだけ表情を動かしてくれた。

 どうやら気に入ってくれたらしい。


「それじゃあ、王都を見て回ろうか。エリ」

「うん……!」


 通行人の視線は相変わらず厳しかったが、露店の商人たちは違った。

 最初はエリを見て訝しげだったが、ファルツァ商会の金貨袋をチラッと見せただけで笑顔になってくれる。


(ありがとう、リッケ・ファルツァさん……! 金欠だったから助かった……!)

【正しい意味で情けは人のためならず、というやつですね】


 その者の外見ではなく、どれだけ信用できる金を持っているかが判断基準なのだろう。

 商人というのはシンプルでブレずにいてくれて助かる。


「わぁ……いっぱい物が置いてある……」


 そりゃ雑貨の露店だからな、と思ったのだが、エリにとっては物珍しいのだろう。

 もしかしたら、物を買ったことすらないのかもしれない。

 露店に並べられているのはアクセサリーや、綺麗な布などの小物類だ。

 イクサとしてはYXのパーツの方が魅力的に見えるのだが、横にいるエリはそれでも眼を輝かせている。


「何か欲しいものはあるか?」


 そこまで高い物でなければ……と小声でボソッと呟いてしまうのがザコキャラ根性だ。

 エリは微かにだがハッとした表情になり、寂しそうな子供のように言ってきた。


「別に……何も欲しくない……」


(絶対に嘘だろ)

【視線の動き方からして、あの布が欲しいようですね】


 畳まれた綺麗な布が露店の店先に置いてあった。

 イクサとしては、どうしてただの布が欲しいのかが理解できない。

 そして、布なんてどこにでもあるような安い物を遠慮する気持ちもわからない。


「よし、店主。この布をくれ」

【これは思い切りましたね】

(え?)


 店主は飛びっ切りの笑顔になっていた。


「これはお目が高い! この布は当店で一番の逸品でございます! 大昔、天使が身につけていた衣を模したものとされ、頑丈で燃えない不思議な加護があり、とても貴重な品物となっております! それを今なら金貨一枚と大変お買い得なんですよ!」


 金貨一枚――よく見ると確かに金貨一枚と書いてあった。

 ただの布きれがそんなにするはずないと、脳が意味を理解するのを拒否していたのだろうか。

 あまりの値段にフリーズしかけていたイクサだったが、横にいるエリがそわそわしているのが見えてしまった。

 ここで『やっぱり買わない。高いし!』と言える雰囲気ではない。

 ザコキャラらしく、ちょっと震える手で金貨一枚を差し出し、店主がひったくるように奪っていく。


「毎度ありぃ!!」


 代わりに手渡された天使の布とやらは、あまりにも軽かった。

 当たり前だが、金の方が重い。

 色々な意味で。

 それでも作り笑いをしつつ、エリに向き直る。


「やる」


 あまりにシンプルなその言葉は、金貨一枚という重さで二文字しか言葉を出せないためだった。


「だ、ダメです……。私なんかのために……奴隷勇者のために……」


 ストレスがかかりまくった状態のイクサは大きな溜め息を吐いてから、天使の布を強引にエリの左腕に巻いてやった。

 これで切断された左腕が多少は見えにくくなるだろう。


「俺は奴隷勇者なんて知らない。エリ・・のためにプレゼントしただけだ」

「イクサ……」


 エリがジッと見詰めてきている。

 なぜか涙目だ。


(ど、どういうことだ? 傷口に巻いたから痛かったのか?)

【どういうことでしょうね~】


 何か変な雰囲気に不安になってしまう。

 あのオペ猫でさえはぐらかしてくるのだ。

 何か重大なことを見過ごしているのかもしれない。

 イクサは酷く緊張し、何も行動できずにいたのだが――


 グゥ~。


 そんなエリのお腹の音が聞こえてきて、場の膠着状態を打ち破った。


「だ、大丈夫……お腹……空いてないから……」

「いや、空いてるだろ? 何か食べようか。露店で食べ物を売ってるところがあるし」

「ダメ! いっぱい食べちゃうからダメなの!」

「それくらい遠慮するな」


 さすがに金貨一枚のボッタクリ布のあとだと、食べ物程度では気にならない。

 そう思っていたのだが――




「美味しい! いくらでも食べられる!!」

「そ、そうか……遠慮するなよ……」


 次に向かった露店は、テーブルも置いてある野外フードコートのようなところだった。

 最初に豚を焼いたものを食べやすく切った物――焼き豚的な物を頼んだ。

 普段ヘンキョー領で食べ物と違って、豚も良い物を使っているらしくジューシーで、きちんと調味料で味付けもされていた。

 コショウのピリリとした辛さがあって、食が進む。

 食が進むのだが……エリが目の前で食が進みすぎているのを見て、イクサとしては食が進まないという複雑な状況だ。

 すぐにエリの皿は空になってしまい、エリが切なそうな表情をしている。


「ど、どんどん食べていいぞ」

「本当!? こんなに美味しい食べ物、初めて!!」


 普段、どんな物を食べているのか聞いてみたら、返ってきた答えはろくでもないものだった。

 限界まで水でふやかした麦粥や、腐ったりカビたりしているクズ野菜、死んでいった奴隷仲間の死体の肉を食べさせてくることもあったようだ。


【栄養、衛生面共に酷い食生活ですね。上に立つ者がそんな食事を与えて、自分は贅沢とか許せませんよね? イクサ?】

(お前……過去の俺のことを言ってるだろ……。反論はできない……)


 そんなイクサが断れるわけもなく、


「ね、ねぇイクサ……」


 チラチラとこちらの顔色を窺ってくるエリに対して、諦めたような笑顔を見せる。


「遠慮するな、お腹いっぱいになるまで食べて良いぞ」

「嬉しい! 初めてお腹いっぱいになれるかもしれない!」


 得てして身体能力の高い人間と言うのは、エネルギーをそれほどまでに必要とするのかもしれない。

 ホカホカの蒸しパン、ジューシーなソーセージ、海産物の鉄板焼き、最後にデザートで果物に飴をコーティングした物を食べ尽くし、露店を一つ閉店に追い込んでいた。


(……食べ物って重要だな。ヘンキョー領での食糧増産計画も進めないといけないと……魂でわかった……)

【財布でわかった、の間違いでは? ご安心ください、今もリアルタイムで現地の準備は進めてますから】

(こうして喋りながらマルチタスクすごいな……)

【複数の意識で並列処理するくらい、今までもしてきましたから】


 いつしていたのか、とかは聞く気になれないくらい出費をしてしまっていたイクサであった。

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