悪女の血族

 一行は城にあるグンクの私室に案内された。

 名だたる絵画、吊されたシャンデリア、黄金と宝石の調度品、ふかふかのソファー、天蓋付きのベッド、品のあるテーブルと椅子。

 豪華――イクサの取り繕った成金部屋とは違い、最初から第一王子の部屋として作られている豪華さがある。

 クラシックな音楽でもかかりそうな雰囲気だ。

 ちなみにパーヴェルスと、ヴィルヘミーネは部屋のドアの前で待機している。


(没落貴族との差を感じさせられる……)

【当艦の中の方が使われている技術力が高いですよ?】

(そういう問題でもないんだけどなぁ……)


 富というのは時代によって変わるが、さすがに技術力基準で考えるのはオペ猫くらいだろう。

 部屋には二人の少女が先客としていた。

 一人は、床に座らせられている奴隷勇者こと本編主人公A-R1だ。

 もう一人は高級そうな椅子に座っている少女だ。

 高そうな絹のドレスに金髪ドリルの碧眼、イクサは何か見覚えがあった。

 たしか転生した記憶が戻る以前――


「あれぇ~? イクサじゃないの~?」

「げっ、アクア」


 彼女の名前はアクア・ヤークレイン。

 あのバルバロアの孫で、イクサとは名字は違うが従姉妹となる。

 何度か会ったことがあるのだが、イクサとしては記憶が戻る前から苦手な相手だった。

 まだ十四歳なのだが、バルバロアと似てナイスバディをしていて、やたらに胸を押しつけてきたりするのだ。

 驚くほどの巨乳だったが、色香というものを知らなかった幼いイクサは、鬱陶しいとか、ジャマだとかしか思わなかった。


 ちなみに家系的なものか、記憶が戻ったあとだと名前がアレだと思ってしまうがブーメランすぎるのでそこはツッコミを入れないでおく。


「おや、紹介する必要はないか。アクアは余の恋人だ。本当は婚約したいのだが、身分差とやらで父である王が許してくれなくてなぁ」

「ね~! こんなにラブラブなのにね~!」

「わはは、よせよせ。人前だ」


 第一王子と結婚するには、かなりの身分が必要だろう。

 アクアのことは詳しくないが、たしかそこまでの家の生まれでもなかったはずだ。

 なぜ第一王子とこのような関係になれているのか疑問である。


「ねぇねぇ、グンクぅ~。星の外にあるっていう珍しい宝石はまだ~?」

「おいおい、まだ交渉はしてないんだからな」

「あっ、ごっめ~ん。グンクは将来王様になる人だから~、私もそれに相応しいアクセを付けたいな~って。アナタのために!」

「可愛い奴め!」


 猫なで声で媚びを売るアクアを見て、イクサは察した。


(完全にカモられている……。これがバルバロアの血筋……)

【傀儡コース一直線ですね。以前のイクサも似たようなものだったのでしょう?】

(お、俺の場合は色気ではなびかなかったけどな……。というか、こんなバレバレの色仕掛けに引っかかる奴なんているのか?)

【お、アクアがSTAR4に近付いて行きますよ。これはもしや?】

(おいおい、彼らを侮ってはいけない。本編では女の影なんて一切なく、ストイックに企業のために働く社長たちだったんだぞ。そんなSTAR4がメ○ガキの色仕掛け程度に――)


 アクアはSTAR4一人一人の手を握っていって、目を合わせながら挨拶をしていた。


「初めまして、アクアです!」

「お、お初にお目にかかります。イナリ・ウカノです……!」

「ゴツゴツした格好良い手ですね。すごく努力をしている、好きな手です」

「は、はいっ!?」


「初めまして、アクアです!」

「お、おう……。ヒッツェ・ライゼンデだ……」

「あれ、どこを見てるんですか~? 胸元に視線なんて……エッチですね。あはは」

「い、いや……これはその……」


「初めまして、アクアです!」

「美しい魔力だ……。ボクはアリスト・ステラ」

「今度、二人で魔力を確認し合いませんか?」

「ええ、喜んで……」


「初めまして、アクアです!」

「僕はレオル・プレイル。ふーん……計算された君の行動、とても好感が持てるなぁ」

「あら? なんのことかしら?」

「うん、好きだなぁ! もっと一緒にいて参考にしたい!」


 そこには照れ顔を晒すイケメン野郎たちがいた。


(――爆速で落とされてるぅぅぅぅう!?)

【魔術や、化学的な物質を使った形跡はありませんね】

(え、なにこれ。どういうことだ。あのSTAR4だぞ……)

【もしかしてですが、本編開始前に悪い女に引っかかって、本編で反省してストイックになったのでは?】

(知りとうなかった……そんな事実……)


 それを神妙な顔で見ていたのはイクサだけではなかった。

 グンクもそうだったのだ。

 さすがに恋人がこんなことをしていたら、目が覚めるのだろうとホッとした。


「お、おいアクア! ちょっと男にくっつきすぎじゃないか!」

「あら、ごめんなさい。外の世界からのお客様なんて珍しいから。つよ~いYXをお持ちになっているようですし……」

「余だってYXを持っている! そ、それに国の守護獣アレクサンの封印さえ解けば、もっと力を付けることができて、王にも認められてお前との結婚だって……!!」

「うふふ、嬉しいわ。期待して待ってますね」


(守護獣アレクサン? 現王族のミドルネームと同じだな)


 王子のフルネームはグンク・アレクサン・ダイヘンキョーだ。

 他の王族もミドルネームと名字は一緒である。

 ダイヘンキョーというのは簒奪したあとの当てつけのようなものだが、ミドルネームは元々の物らしい。

 その古き名を冠する守護獣アレクサンの封印とは……?


 ――というのも気になったのだが、問題はグンクが完全に手玉に取られていることだ。


(それにしても傀儡って、こういうことを言うのかぁ……)

【イクサのありえた姿ですね。ほら、傀儡仲間ですよ】


 とても笑えない。

 そろそろ恐怖じみてきたアクアが、イクサの方にもやってきた。

 年齢が少し上がった今ならいけるかもと思ったのだろうか。

 手を握ってきて、目線を合わせてくる。


「ねぇ、イクサ。あなたは好きな人はできたの?」


 可愛く小さな顔が近づけられて、甘い囁き声だ。

 たしかにこれなら男はイチコロかもしれない。


(だが――俺は転生者だ)

【そうですよね。元はおっさんだったので、年齢的になびくはずがないですよね】

(もっと可愛い声をした声優さんのロリボ囁きや、神絵師たちの美少女たちを見慣れているんだぞ!! それと比べたらこんなものは屁でもない!! カスだ!!)

【えぇ……。人間に……ちょっと引きますよ……】

(とは言え、これは表では話せない事情だな……何か別の言い訳をしておくか……。そうだな、俺はロボゲーマーだったし――)


「ごめん、俺は無機物しか愛せないんだ」

「え?」

「石とか、水とか、空気とかに興奮する」

「え? え? は?」

「特に好きなのが金属だ。鉱石を鋳造し、平坦にした物なんて心の絶頂すら覚える」

「へ、変態だ……変態がいるわ……」


 どうやらアクアからのハニトラを破ることに成功したようだ。

 二度と近寄らないで、という蔑みと怯えの眼をしてきている。


(やったぜ。って、あれ?)


 なぜかグンクや、STAR4の面々も同じ表情で視線を向けてきていた。


(お、おかしいな……。ロボゲー界隈的には、そこまで変なことは言ってない気がするのだが……)

【レッドウルフと、当艦にはこれから布カバーをかけて見えないようにしておきますね……】

(いや、待て、誤解がある! これはハニトラ対策で!!)


 慌てて周囲を見回すと、目が合ったアクアが小さく『ひっ』と悲鳴をあげながら部屋の外へ逃げていった。

 他の男たちは、『もうコイツはライバルではないな……』と安心しているようでもあった。

 部屋の外で待機していたパーヴェルスと、ヴィルヘミーネもガタガタと震えていた。

 世界が歪んで見える。

 泣いてない、これは心のオイルだ。


(試合には勝ったが、勝負には負けた気がする……)

【良かったですね、後世ではきっと〝鉄の男〟とか呼ばれますよ】

(良くねぇわ!! 意味合いが違うんだわ!! それに俺は常識人枠だわ!!)


「そ、それで……そこに座っている少女の取り引き交渉をしたいのだが……」


 イナリが大きくズレたメガネをクイッと直しながら、なんとか平常心を取り繕っている。

 イクサ的には、こんな空気にした数分前の自分をぶん殴りたい。

 視線を集める少女は、他と違って表情を全く動かしていない。

 呼吸で肩が動いていなければ、死んでいるのかと勘違いしてしまうほどだ。


「ああ、奴隷勇者か。苦労して作った割りには弱ってきていて戦力にならんし、美しいアクアを見た後だと醜さが際立つ。早く引き取ってくれ」


 グンクがハエでも追い払うかのように、しっしと手でジェスチャーをしている。

 STAR4も少女の腐り落ちた肌を実際に見て、目を背け気味だ。


「先に前金は渡しておくが、引き取るのは精密検査をしてからだな……。うーむ……まだ機材が積んである戦艦ヴィーゼも来ていないし……」


 そこでなぜか視線がイクサに集まった。


「そうだ、人間の醜美を気にしないイクサなら!」

「え?」

「しばらく一緒にいてやってくれ、案内の報酬に上乗せをしておくから」


 さすがにこんな展開になるとは思わなかったイクサであった。

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