黄昏時は別れの時間
イクサとエリは王都の様々なところを回った。
元現代人のイクサからしたら、そこまで娯楽に溢れた街ではない。
それでも――不思議とエリと一緒だと楽しかった。
「イクサ、大丈夫? 少し休憩する?」
「あ、ああ……そこのモニュメント辺りで休もう……」
ここは王都の中心地。
古い巨大モニュメント〝グレイプニルの祠〟が設置されていて、人々の憩いの場となっているようだ。
(それにしてもエリの体力はすごいな……。俺は普通に一日中歩いて疲れた……)
【パイロットスーツで身体強化することもできましたが、しない方が楽しそうだと思ったので】
(お前なぁ……)
設置されていた木製のベンチに座りながら、モニュメントに書いてある文字を読んでみた。
こういう観光地っぽいところの情報というのは、あまり必要性がなくてもワクワクしてしまうものだ。
「えーっと、『傍若無人なる振る舞いをした悪のヘンキョー王家を打ち倒し、新たな王となったダイヘンキョー。その守護神であるアレクサンは、グレイプニルに包まれてここに眠り、常に民を見守る』か……」
【おかしいですね。グレイプニルとは、あの面倒くさい獣を縛る神器のことでは? もしかして、同等の何かを――】
「イクサの家、悪い人たちなの……?」
オペ猫の言葉を遮るタイミングで、横にいたエリが純粋な気持ちで聞いてきた。
「さぁ、どうだろうなぁ。俺も別に善い人間じゃないしな」
「そんなことない! イクサは善い人間!!」
珍しくエリが感情を大きく出してきたので驚いてしまった。
「イクサは私を怖がらずに接してくれたし、イクサは痛いのをなくしてくれたし、イクサは腕に綺麗な布を巻いてくれたし、イクサはご飯をいっぱい食べさせてくれた!!」
「い、いや……それは……少しの時間面倒を見てくれと依頼されただけで……」
「それにイクサは……広い世界を見せてくれた!!」
広い世界――エリにとっては、この王都を回るだけでも、広い世界と感じたのだろう。
だが、それは今のエリの話だ。
未来のエリが本編主人公の立場になれば、もっと沢山の場所――それこそ違う星系を回ることになる。
こんな狭い世界など比べ物にならないだろう。
かたや、未来のイクサはこのままだと、ザコキャラとして何も見ることができずに殺されるのだ。
それも目の前のエリに。
気が付いたら、周囲は暗くなり始め、黄昏時になっていた。
「……エリと俺とでは住む世界が違う。勘違いはするな」
「イクサ……」
所詮は主人公とザコキャラだ。
未来のエリは最強の存在で、全世界の注目を浴びて、宇宙の運命を左右する存在。
今日のことも些細な想い出……いや、それすらでないモノとして忘れてしまうだろう。
【それが最も生存率の高い選択です。これ以上エリ・ヴァレンと関わると予測不能の事態になりかねません】
(ゲームをプレイしてきた俺が誰よりも……一番知ってるよ)
イクサの顔に暗い影が落ち、無言の状態が続いた。
そうしていると、イクサを見つけたSTAR4が手を振りながらやってきた。
「ご苦労様、戦艦ヴィーゼが到着した」
「その子と一緒に居るの大変だったんじゃないの~?」
「約束通り、報酬に色を付けておくぜ」
「それでは、ヴィーゼで〝奴隷勇者〟の検査をしましょうか。強化試験体A-R1として相応しいのなら、改造してYXのパーツとして組み込めます」
いつも通りに喋る四人の言葉だったが、イクサは聞き流せなかった。
「改造、YXのパーツにして組み込むとは?」
【イクサ】
「はい? 言葉通りですが」
【イクサ、聞いていますか、イクサ】
オペ猫が何かを言っているが、聞こえない。
いや、聞いていない。
嫌がるエリを、ヒッツェが強引に連れて行こうとしている。
イクサの言動に顔を背けるイナリ、面倒くさそうな表情をするレオル、何でもないことのように説明をし始めるアリスト。
「我々は優秀な素体を探していました。宇宙最高峰の四大企業の技術を注ぎ込んでも耐えられる素体を。とあるルートでザクセンがそれに相応しい素体を連絡してきたので、それを第一強化試験体――A-R1と名付けました」
ザクセンが傭兵稼業の傍ら、闇のルートで副業のようなものでもやっていたのだろう。
偶然見つけたエリの潜在能力の高さを手持ちの機器で簡易チェックして、グンクとSTAR4の仲介をした……というところだろう。
今はそんなことはどうでもいい。
エリはどうなってしまうのか――だ。
「ああ、ご安心を。このままではグンク殿下の元でA-R1は殺されてしまうでしょう。ボクたちは違う、一生懸命助けます。ただし、身体はダメそうなので――」
「最初から左腕が無いし、右腕も切り落として義手にしちゃう? ついでに両脚も」
「いや、内臓もダメそうじゃねーか?」
「そうですね。脳だけ救います。元々はYXのテストパイロットの予定なので、機械の身体を与えれば充分でしょう。感情も、言葉すらも不要です」
「イクサ……! イクサ!」
エリはこちらに手を伸ばしてきている。
イクサはそれを掴まない。
アリストがフフッと笑う。
「迷惑をかけてはいけませんよ、A-R1。あくまで彼は依頼をこなしただけです。星渡りの傭兵というのは、ただの依頼をこなす下賤な存在ですからね」
「イクサ……?」
エリは、あくまで依頼だったということに気が付いたらしく、伸ばしていた手を引っ込めた。
「ううん……何でもない……。名前をくれてありがとう……イクサ」
「さぁ、行きましょう」
「うん……バイバイ……」
エリは大人しくなって、STAR4と共に行ってしまった。
最後は少しだけ取り戻した感情のせいか、眼に涙を浮かべながらも笑顔だった。
しばらく無言だったイクサを心配してか、オペ猫が話しかけてくる。
【イクサ、感情が高ぶっていますね】
「アイツはずっと無口でクールな格好良い主人公だと思っていたよ。それなのに、感情を消されて、言葉すら話せない身体にされていただけだとはな……」
【イクサ、ダメです】
「何が最強の星渡りの傭兵だ。ただの女の子だ。人の視線に怯え、痛みに震え、遠慮がちで、物を貰ったら喜んで、お腹いっぱい食べれば嬉しそうにする、ただの女の子だ」
【イクサ!】
「俺は未来を知っている。過酷な運命、どう足掻いてもバッドエンドになる主人公のお話だ。それをあの子一人に背負わせろというのか?」
【冷静になってください。アレは未来でアナタを……いえ、八岐大蛇とレッドウルフですら屠る真のバケモノですよ? 当艦は大体のことには対処できますが、運命という不確かな概念に対しては保証しかねます。……よく考えてから行動してください】
次のイクサの表情に、あのオペ猫ですら意表を突かれて驚いた。
なんと笑みを浮かべていたのだ。
それも狼のような凶悪な笑みを。
普段のイクサからは信じられないが――これが本当の彼だ。
「イクサ・ヘンキョーは気を付けないとすぐに殺されてしまうザコキャラだ」
【それなら――】
「だけど、思い出したよ。俺は〝
【何を言って……】
「正体を隠して、俺が主人公――〝最強の星渡りの傭兵〟になればいいだけだ」
オペ猫は呆れて、愛想を尽かしたような声をしていた。
【あくまで闘争を求めるというのですね……やれやれ、これだから人間は。――ZYXレッドウルフの準備をします】
だが、最高戦力を投入することを決定してくれた。
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