性格の悪い第一王子様と、死を懇願する奴隷勇者

 イクサは周囲を見回した。

 奴隷勇者以外の全員が、ポカンとした顔をして視線を向けてきていた。


(こ、これは……目立ちすぎた……。強いモンスターを公然の場で……しかも第一王子がいる前で瞬殺……。オペ猫、お前おかしすぎるだろ……)

【えっ、おかしいって、当艦が弱すぎるってことですか? きょとん】

(お前絶対にわかってやってるだろおおおお!! このポンコツがあああああ!!)

【当艦はオーダー通りに、適切に行動しただけなので。悪いのは雑なオーダーをしたイクサでは?】

(う、それは反論できない……)


 もうダメなら、覚悟を決めるしかない。

 イクサは断頭台に上る思いで第一声を発しようとしたのだが、護衛たちの声が聞こえてきた。


「な、何が起きたんだ……」

「わからない……瞬きをしたらヘルファイアハウンドが血飛沫をあげながら倒れていた……」

「へ?」


 イクサは思わずマヌケな声をあげてしまった。


(ど、どういうことだ? 俺がヘルファイアハウンド相手に軽率な無双をしてしまったはずなのに……)

【どうやら見えていなかったようですね】

(見えていない……? ああ、アレか!! 速すぎて見えなかったザコ視点というやつか!!)

【なんか活き活きしてますね】

(ザコのことなら俺に任せておけ!)


 それなら何とかなるかもしれない。

 うまいこと誤魔化せば……と思ったが、とっさには思いつかない。


(ヘイ、オペ猫! この状況を切り抜けられるウソを教えて!)

【さっき、当艦をポンコツとか言ってませんでしたか?】

(すみません、偉大なる人工知能様。私は愚かな人間でした)

【わかればよろしいです。まぁ、正確な定義だと当艦は人工知能という意味のAIではないんですけどね。では、今から指示するとおりに喋ってください】

(お、おう)


 即興の脚本を聞いてから、イクサはキリッとした表情を作る。


「いやぁ~! 危なかった!! 護衛の方たちがヘルファイアハウンドに蓄積させたダメージを、〝プリスコラの剣術書第七巻〟に書かれていたことの応用で対処することができた!」

「ど、どういうことだ……?」

「意味、お前わかるか……?」

「いや。お前は……?」


 ざわつく護衛たち。

 イクサの額に冷や汗が流れる。


「おぉ! あの有名な剣聖プリスコラによる剣術書か!!」


 やっと護衛の一人が話に食い付いてきた。

 しかし、イクサは剣聖プリスコラなど知らなかった。

 オペ猫はザクセンの部屋で見つけた本で、この世界の剣聖とやらを知っていたらしい。

 そこから即興のウソを生成したのだ。


「あれ、でもプリスコラの剣術書は第七巻が欠落しているのでは……?」

「最近、我がヘンキョー領で第七巻が発見されたのですよ。ほとんどは腐っていましたが無事な部分に、ギリギリまで累積したダメージさえあれば、あのように見た目だけは派手に倒せるという宴会芸のような技がありまして……! いや、本当にギリギリまで弱らせていてくれて助かりました! 俺がやったのは、膨らんだ風船を針で突くだけみたいな? そんなことだけです!」

「ははは、そうか。グンク第一王子と変わらないような年齢の御方が、二級災害獣を一人で倒せるわけがないからなぁ!」


 なんとか誤魔化せたようだ。

 ……と思ったが、奴隷勇者の少女がジッと見詰めてきていた。

 肌は腐り落ちているが、銀糸のような美しい髪と、ルビーのような赤い魅惑的な眼をしている。

 不思議と何か彼女を知っているような気がしてしまう。


「な、なんだ? 俺をジッと見てどうした?」

「あなたが……無傷のヘルファイアハウンドを一人で倒した……」


 ボソッと、他の誰にも聞こえないくらいの声で言ってきた。

 焦りで脂汗が出てきてしまう。


「な、なんのことだか――」

「どうして!! なんで!! 私を殺してくれるはずだったのに!! だったら、アナタが殺してよ!! 私を殺してよ!!」

「ちょ、なん――」

「……殺してください……殺して……もう生きたくない……死にたい……みんなのように楽にして……」

「え……?」


 無表情なのに不思議と、自虐的に笑っているようで、泣いているようにも見える。

 それなのに心を殴られるような衝撃、あまりの鬼気迫る奴隷勇者の訴え。

 言葉では言い表せない何か。

 イクサは気圧されてしまった。

 自分と同年代の少女が、ここまで死を望むのだ。

 動揺しないはずがない。


「ああ、悪い。イクサとやら。うちの奴隷勇者は精神が不安定なんだ」

「そ、そうですか」


 グンク王子が、イケメンのくせに気持ち悪い笑みを浮かべながら言ってきた。


「お前たちは余の盾として役に立った。ほれ、褒美をくれてやる。ありがたく受け取れ」


 ピンッと弾かれたのは、銀貨一枚だ。

 命の対価としてはあまりにも安い。


【この銀貨一枚はどれほどの価値なのですか?】

(ヘンキョー国の銀貨は不純物が多くて、価値が高くないからなぁ……)

【聞かなかった方がよかったようですね】

(自分は豪華な馬車に乗った第一王子のくせに、他人にはケチ。うちのお祖母様みたいな奴だな……)


「さて、馬車を出せ。こんな何もないところなんておさらばだ。落ちぶれたヘンキョー家と一緒にいたら、こちらまで落ちぶれてしまいそうだ。フハハハハハ!」


 イクサが目の前にいるのに、そこまでの嫌味を言ってくる相手だ。

 ケチで性格も悪い。

 主であるイクサをバカにされて、パーヴェルスとヴィルヘミーネが鬼のような表情をしているが、相手が第一王子なのでギリギリ耐えているようだ。


 元はヘンキョー家がこの国を治めていた王族だったが、大昔に簒奪者が現れて今の地位を失ったというのもある。

 そして、その簒奪者が第一王子グンク・アレクサン・ダイヘンキョーの祖先だ。

 こちら側の視点では、現王族は〝ダイヘンキョー〟と後付けで名乗り始めた盗賊に見えるのだ。


(おいおい……絶対に飛びかかってくれるなよ……二人とも……)

【代わりに八岐大蛇を抜錨して砲撃しますか?】

(余計に目立つわ!!)


 そうしている内に、第一王子たち一行は去って行ったのであった。

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