自動身体操作

 ――時は少し戻る。

 このヘンキョー王国の現第一王子、グンク・アレクサン・ダイヘンキョーが、遠征のためにヘンキョー領を通過していた。

 乗っている馬車は豪華な作りで、いかにもお偉いさんが搭乗しているとわかる。

 周囲には護衛の騎士たちが馬に騎乗している。


「なぁ~、まだ着かないのかよ~!」

「はっ! 王都へは、まだ時間がかかります! グンク第一王子!」

「チッ、使えねぇなぁ……」


 舌打ちするグンク王子に対して、御者は内心ゲンナリとしていた。


(ったく、なんでこんな九歳のバカ王子を乗せなきゃならないんだか……。あの常識ある王から、顔以外に取り柄がない子供が生まれてくるとはなぁ……。しかも、最近は趣味で得体の知れない奴隷を飼っているし……)


 御者がチラッと横目に見たのは、ローブを深く被った奴隷だった。

 体型からグンクと同年代の少女だと辛うじてわかるが、手足は包帯が巻かれていて、微かに見える肌は表皮が剥がれ、漂う腐臭からして肌が腐り落ちているのだとわかる。


「大体、なんで余が臭い奴隷勇者と一緒に馬車に乗らなきゃならないんだよ」

「お、恐れながらグンク殿下。貴方様が馬車は一台でいいと仰ったので……」

「は? 余に口答えするわけ?」

「め、滅相もございません!!」

「はぁ~……。だから奴隷勇者を馬に直接乗せりゃいいのに」


 奴隷勇者と呼ばれた少女は、生気の消えた瞳で言った。


「ご……ごめんなさい……。今の体調だと長時間の騎乗は不可能です……」

「たった20時間、モンスターと連続で戦わせただけなのになぁ。ほんっとうに使えない奴隷勇者だ。そろそろガタが来て寿命も近いだろうし……うざってぇなぁ」

「もう殺してください……私を殺してください……お願いします……」

何人なんびとにも破れない奴隷契約の魔術が結ばれてるから、自殺もできねぇもんなぁ? まっ、死ぬまで余の奴隷勇者として働けや」

「うぅ……」


 少女は苦しいのか、うずくまって無言になってしまった。

 グンクは不機嫌そうな表情を隠そうともせず、舌打ちをしていた。

 苛立ちで少女を足蹴にし、少女が条件反射で両手両脚を縮めて丸くなったところで、外が騒がしいことに気が付く。


「ん? どうした?」

「し、失礼します!! モンスター――ヘルハウンドの襲撃です!!」

「騒がしいなぁ、追い払え」

「そ、それが集団になっているため、手が足りず……」

「まったく、不甲斐ない……。まぁ、だから余は奴隷勇者を作ったのだがな。おい、お前も行け」


 命令された少女は、起き上がるだけでも激痛を感じ、肩で息をしていた。

 それでも奴隷契約の魔術は絶対だ。


「……はい」

「なるべく死なないようにしろよ、死に損ないのお前にもまだ使い道があるんだからな」

「わかり……ました……」


 今にも死にそうなくらいのか細い声で少女は答え、重い剣を持って馬車から降りた。

 眼前のヘルハウンドは、赤い目をした黒犬だ。

 普通の犬と比べて大きく、微弱ながら魔力で強化されているために人間の頭蓋骨を軽く噛み砕くこともできる。

 すでに油断した護衛の一人が、鉄のヘルメットごと頭部を潰されていた。


「あぎゃば……」


 人間の物とは思えない断末魔、それらを聞いて護衛達の士気は見る見るうちに下がっていく。

 そんなことも気にかけず、少女は剣を構えた。

 場慣れしているのか、年の割に随分と様になっている。

 飛びかかってくるヘルハウンド。

 少女は紙一重で躱しながら、剣でヘルハウンドの首を華麗に落とす。

 その俊敏さで最小の動きは妖精もかくや。

 馬車の中で小さくうずくまっていた人物とは思えないほどだ。


『ギャンッ!?』


 飛びかかってくるヘルハウンドたちを、踊っているかのように斬り伏せていく。

 護衛たちも見惚れてしまうほどだ。

 しかし――すぐに限界が訪れた。

 少女は息を切らし、地面に片膝を突いてしまった。

 視界がチカチカして、肢体の末端が冷たくなり、身体が鉛のように重い。

 身体の限界だ、動けない。魔力強化も途切れた。

 このままでは犠牲はさらに増えるだろう。

 そこへ遠くから――少年と少女の声が聞こえてきた。


「見回っていたら、モンスターの群れに遭遇するとはな」

「どうやら助けが必要そうね」


 力強い斬撃、飛び交う炎魔術が見えた。

 それはパーヴェルスとヴィルヘミーネだった。


「ヘンキョー領の者か? 年齢的にまだまだと言った感じだが……まぁいい。余の盾となれ!」


 その傲慢な口ぶりにパーヴェルスは眉をひそめたが、馬車の豪華さや、相手の身なりからかなりの人物だと察した。


「仰せのままに」


 礼儀正しく一礼をしてから、すぐさま襲ってきたヘルハウンドに向き合う。

 一刀両断、力任せに断ち切った。

 護衛の大人達に負けないくらいの腕がある。

 それもこれも、仕える相手を見つけたことによるものだろう。

 士気の高さというのは、個人個人のスペックにも多大なる影響を与えるのだ。


「赤き灼熱よ、我が敵を貫く一閃となれ――ファイア・アロー!!」


 ヴィルヘミーネも負けてはいない。

 三発のファイア・アローを放ち、遠くにいるヘルハウンドを穿つ。

 二人が参戦したことにより、着実にヘルハウンドは数を減らしていく。

 そのまま勝利できると誰もが思っていたのだが――森の奥から巨大な影がのそりと現れた。


「あ、アレは……ただのヘルハウンドじゃない……ヘルファイアハウンド!?」

「こんなところにいるはずがない……。もっと奥地にいて出てこないはずだ……」


 ヘルファイアハウンドと呼ばれたモンスターは、ヘルハウンドよりもさらに巨大なモンスターだ。

 赤い目で黒い毛並みというのは共通なのだが、口から常に炎がチロチロと見えている。

 それだけ魔力溢れる強い個体ということだろう。


『グォウッ!!』


 ヘルファイアハウンドが走り出した。


「まずい!!」


 パーヴェルスが止めようとするも、振り下ろした剣がいとも簡単に噛み砕かれてしまった。

 このランクの敵に耐えうる装備ではない。

 直後の体当たりで吹き飛ばされる。


「うぐッ!?」

「あ、赤き灼熱よ、我が敵を貫く一閃となれ――ファイア・アロー!!」


 ヴィルヘミーネが魔術を放つも、生半可な炎では効かない。

 毛先を焦がすことすらできずにファイア・アローが消滅した。

 ヘルファイアハウンドは頭が良いのか、そのまま一番身分が上のグンクへと狙いを定めて走り続ける。


「モンスター風情が……。おい、身を挺して守れ、奴隷勇者」

「……はい」


 少女は命令を聞くしかない。

 剣を杖のようにしてようやく立ち上がり、ヘルファイアハウンドの前に立ちはだかる。

 待ち受ける運命は死だとわかっていても。

 むしろ、彼女にとって死は救い。


「あっ……」


 鋭利な爪によって少女の左手が切り飛ばされた。

 悲しげな笑みを浮かべ、最期の瞬間を待った。

 ヘルファイアハウンドの巨大な口が開かれ、炎が巻き付く牙が見える。

 顔にかかる生暖かい犬種の息。

 頭蓋骨が砕かれる――そんな想像をしていたのだが、何も起きなかった。


「え?」

「ふぅ~……! 全力で走ったら間に合った!」


 少女の前には、腕を噛まれても平然な顔をしているヘンキョー領嫡男――ザコキャラのイクサ・ヘンキョーが立っていた。




 ***




(というか、急いで来てみれば……この状況はなんなんだ……?)

【この場を盗撮していた感じとしては、どうやらあそこにいる身なりの良い少年がグンクという名で第一王子ですね。イクサが守った少女が、その奴隷――奴隷勇者と呼ばれていました。左手を失っていますが、驚異的な回復力によって出血が止まっています】

(――血が止まってるなら安心……って、グンクだって!? この国の第一王子じゃないか! どうしてここに……って、アレ? 俺はこれを口に出してないよな?)

【パイロットスーツを着たことによって、強めの思考はこちらに聞こえます】

(うわあああああ!! マジか!? 頭にアルミホイル巻かなきゃ!?)

【その発言はコンプライアンスに反する場合があるのでお止めください。ちなみにこちらの言葉も、鼓膜にナノマシンを貼り付けているので、イクサ以外には聞こえません】

(鼓膜に貼り付けてるって……なかなかにキモイな、SF技術……)


 ゲンナリとしつつも、イクサは周囲を再確認した。

 背後には馬車に乗っているグンク王子。


「ほう、良いところにやって来たな! 余の盾になれ!」

「えっ、女の子を奴隷にして、しかも身代わりにしているようなクソ野郎の盾に?」

「……い、今……もしかして……余に対して口答えをしたのか? そんな人間がいるはず……聞き間違いだよな……?」

「あはは、ヘンキョー領ジョークですよ。もしかして知らないんですか? あ、俺はザクセンって名前です」

「いや、巨人乗りのザクセンはもっと大人だろ。余は奴に会ったことがあるぞ。……あ、そのパッとしない見た目、もしかしてヘンキョー家の嫡男のイクサか! バルバロアから聞いたことがある!」


(ちっ、お祖母様め……)


 少し遠くには尻餅を付いているパーヴェルスと、呆然としているヴィルヘミーネがいた。

 安否確認のために声をかけてみる。


「二人とも、大丈夫か?」

「あ、ああ……」

「イクサは……その……手を噛まれたけど大丈夫なの……?」


 イクサはしまったと思った。

 パイロットスーツ――透明状態のナノマシンで防いでしまったのだ。

 これでは不審がられてしまう。


「この犬っころ、虫歯があったようで助かったぜ」

「そ、そうか……」


 偶然に何とかなったという風にしておいた。


【ウソが下手すぎでは?】

(うっさい、こんな突飛な状況で良いウソが思いつけるか!!)


 そして、眼前にいるのはヘルファイアハウンドだとか呼ばれていた存在だ。

 牙を通さないイクサを警戒してか、後ずさっている。


「どうした、来いよ。喋っている最中に攻撃してきても良かったんだぞ?」

『グルル……』

「来ないか。このヘンキョー領で逃がすと厄介なんでな、倒させてもらうぞ。パーヴェルス、お前の予備の剣を貸してくれ」

「あ、ああ……」


 パーヴェルスが腰に帯びていたもう一本の剣を、鞘ごと投げ渡してくれた。

 パシッと受け取り、剣を抜いた。


(さて、オペ猫。ここからはお前に任せたぞ。ヘルファイアハウンドに勝たせてくれ。痛いのは嫌だから、一発も食らうなよ。あと疲れそうだからなるべく早めに)

【オーダー、一発も食らわず、なるべく早く倒す。了解。目標災害獣、推定二級災害獣。通常なら手慣れた冒険者PTか、YXを持ち出す必要が有り】

(……え? そんなに強いの? コイツ。……ちょっと待て、それを一発も食らわずに、なるべく早く倒すって――)

【S級冒険者の動きをトレースします】

「待っ!!!!」


 ナノマシンで全身が強制的に動かされた。

 何かに弾かれたように身体が前に飛び出した。

 足で地面を蹴っただけらしいが、凄まじい風を感じる。

 横方向の重力に揺さぶられて内臓が押し潰されそうだ。

 たぶん音速なので、これでもナノマシンなどの不思議技術によって負荷はかなり軽減されている。

 0,1秒か、たぶんそれ以下の時間でヘルファイアハウンドの眼前にいた。

 急激に変化する視界に理解が追いつかないが、身体が勝手に動いてしまっている。

 目と目が合う。

 敵の反射神経もずば抜けていて、一瞬で噛み付こうとしてきていた。

 白い牙が柔肉を噛み千切ろうとしたのだが――。

 ギンッ。

 金属音。

 くや空蝉の術かという目に見えない速度で、ナノマシンで強化された剣が口腔に入っていた。

 そのまま牙を砕きながら、頭部、背中、尻尾まで真っ二つに斬り裂く。

 飛び散る血飛沫。


【あ、これを浴びても一発にカウントされるかもしれませんね】


 返り血すら浴びない速度で、イクサは一撃離脱をして元の場所にいた。

 ――この間、一秒にも満たない。


「――って!!」


 イクサが『待って!!』と言ったが、すでに色々と終わっていたのであった。


「……あ、オワタ」

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