第二章 ラスト・ボス
領地を暴力から解放して、感謝されてしまう
イクサがクリア特典の入手に時間を使ってしまったため、屋敷に帰るのが遅くなってしまった。
先にパーヴェルスとヴィルヘミーネに戻ってもらっていたのだが――屋敷は大騒ぎになっていた。
「い、イクサ!? ザクセンを倒したというのは本当なのか!?」
「イクサちゃん、ケガはない!?」
「イクサお兄ちゃんカッコイイ~!」
「見直したわ、イクサお兄ちゃん!」
それはイクサの両親――サダディ・ヘンキョーとママーサ・ヘンキョー、それに妹のシスティアと弟ブランだった。
転生を思い出す前のイクサは誰に対してもクソガキの態度だったのだが、それでも家族は最後の最後まで優しさを持って接してくれていた存在だ。
今までは怪しまれないようにダメなイクサっぽく喋っていたが、今のイクサは精神的に大人である。
真摯に対応をする。
「お父様、お母様、それに妹と弟よ。今までは本当にすまなかった。俺は生まれ変わった。これからは平和に暮らせるヘンキョー領を作りたい。そのために邪知暴虐を尽くすザクセンを懲らしめなければいけないと思ったんだ」
「り、立派になって……」
「おぉ……おぉ……! まるで世界を統一した初代ヘンキョー様でも乗り移ったかのようだ……!」
執事長のセヴァスと、メイド長のメイも感動して涙を流している。
(転生前の俺は、そんなに立派な人間じゃないけどな……)
「このパーヴェルスと――」
「ヴィルヘミーネは――」
「「イクサ・ヘンキョー様に一生お仕えすることを誓います!」」
幼なじみ二人が片膝で跪き、まるで騎士の叙勲機士のような図になっている。
「そ、そうか……。でも、俺はそんな大層な奴じゃないと思うが……」
イクサは一気に周辺キャラの好感度を上げすぎてしまい、戸惑いを隠せない。
前世ではここまで人に慕われるということがなかったからだ。
「はは、謙虚な奴だなぁ。イクサ」
「わかったわ。それじゃあ、このことは胸に秘めて普段はいつも通りに接するわね」
幼なじみ二人、内心では『君主と仰ぎながら』というのは変わらないらしい。
とてもやりにくいと思ってしまう。
そもそもザコキャラ死亡ルートを避けるためだけでザクセンを倒しただけだ。
これから彼らに望まれるような、破滅へ突き進む英雄的な行動などする気もない。
自分が生き残れる程度――気軽に生活をして、そのために領地運営も多少するだけだ。
――そんなことを考えていると、奥からドスドスと大股で走ってくる音が聞こえた。
毛皮を羽織った美魔女、祖母のバルバロアだ。
顔の中央にある大きな傷痕が、激怒の表情で歪んで凄みを見せている。
「イクサァァァアア!! あんた、何を考えてるんだいぃぃぃぃ!!」
「うおっ!?」
さすがに精神年齢が大人のイクサでも、これにはビビってしまう。
たとえると、冬眠明けのクマ……いや、銃撃戦が絶えないスラム街で顔に火傷のある女ボスくらいの迫力があるのだ。
(って、アレはマンガのお話だけど、バルバロアは今目の前にいるからなぁ……。リアルに受け答えするのも俺か……)
迫力のありすぎる祖母に内心ガクブルだが、これからのことを考えると次期領主っぽく振る舞わないと実権をもぎ取られてバッドエンドルート一直線になってしまうだろう。
咳払いを一つして陰キャコミュ障モードから、ビジネスモードへと心を切り替える。
「お祖母様、どうかなさいましたか?」
「イクサァァア!! あんた、ザクセンになんてことをしてんだい!!」
「ふむ、領民へ手を出していたのを見かねて、軽く捻ってやったまでですが? 何か問題でも?」
「こ、こんのクソガキャアアアア!! ザクセンは巨人を従えることのできる金づるだったんだよ!! 苦労してつかまえたのに、それを……それをねぇぇええ!!」
「ですが、お祖母様。次期領主の俺にとっては、金より大事なものがあります」
「なぁにぃ? 金より大事なものだってぇ……? 何をとち狂ったことを……」
「それは領民の生活ですよ、まさに宝です」
バルバロアは目をパチクリさせて、固まってしまった。
それもそうだろう。
この前までのイクサなら絶対に言わないような言葉だからだ。
ちなみにイクサの中の人も、領主っぽいロールプレイをしているだけで普段なら言わない。
「ゲハハハハハハハハ!!」
たまりかねたバルバロアが吹き出しながら大笑いをした。
飛んできた唾がイクサの顔面に飛び散ってきて、見かねたヴィルヘミーネがハンカチでフキフキしてくれている。
「……冗談も大概にしなぁッ!!」
屋敷を揺らすようなバルバロアの一喝が鼓膜を叩く。
その場にいるイクサ以外の全員がビクッと身をすくませてしまうほどだ。
「いいえ、お祖母様。冗談ではありません。今は本心からそう思っています」
これに関しては、一応は嘘では無い。
あんな暴力塗れの領地では気楽に暮らせないし、領民に夜道を襲われる……というより本編ルートに入って主人公の〝星渡りの傭兵〟に殺されてしまう。
(あいつ、作中設定だとメチャクチャ強い〝
「はっ、これだからガキは!」
「ほう、どういうことですか?」
「実際問題、この痩せ細った領地でザクセン傭兵団の力がなくなったらどうするってんだい? 作物も育たない、鉱脈もなくて金も稼げない、モンスターが出ても領地を守れない。もしかしたら、これを好機と周囲の人間たちが攻めてくるかもしれないんだよ?」
イクサは表情を崩さずいたが、内心はしまったと思った。
(ヤバいな……正直、死亡ルート回避を優先しすぎたために、そこまで考えていなかった……。仕方ないだろ……前世はただの一般人だぞ……。戦力としてクリア特典を大っぴらに公表するわけにもいかないし……。ど、どどどどどどどうしようか……)
無駄に凜とした表情で立っていたら、パーヴェルスがニヤリと笑いながら言った。
「恐縮ですがバルバロア様、あのイクサが何も考えていないとお思いですか? すでにザクセン傭兵団の者たちは、イクサに従うと言っています」
「なっ!? あの戦闘で名高いビースティ一族が……どうやって!?」
「簡単なことです。イクサは
「いや、俺単身じゃな――」
「巨人を単身で倒しただってぇ!? そ、そんな……バカなことが……」
「つまり、我が主イクサがザクセン傭兵団――いえ、イクサ傭兵団の新団長となるために、此度の立ち回りをしたのです!!」
イクサは凜とした表情で固まっていた。
(いや、パーヴェルスくん……中の人、そこまで考えていなかったよ……。けど、そうなるとバルバロアはザクセンから金をもらって贅沢はできなくなるから――)
再び怒り狂うバルバロアの顔が目に入ってしまった。
チビリそう、逃げたい。
「キィィィィイイイイ!!」
超音波のような声、バルバロアのどこからそんな音が出るのだろうか。
彼女は顔を真っ赤にしながら頭をかきむしり、それでも何も反論できずに奥へとドスドス逃げ去っていった。
「イクサ、あのバルバロア様と対等……いえ、それ以上に立ち回れるだなんてさすがね!!」
何か勘違いしているヴィルヘミーネの声がするのだが、半ば放心状態のイクサはコクリと頷いて誤魔化す。
「イクサ……我が子ながら誇らしいぞおおおお……」
「信じ続けていたかいがあったわ……イクサちゃん……」
両親がイクサを抱き締めてきた。
前世ではなかった両親からの愛情を感じ――
(まぁ、これはこれで悪くないのかもしれない……)
そう思ったのであった。
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