クリア特典の確認

「ひぃぃぃ!!」


 ザクセンは酷く混乱していた。

 YX〝S-35〟に乗っているという圧倒的な戦力差が、こうも簡単に覆されたのだ。

 S-35は動かなくなってしまったが、コックピット内に籠もることもできた。

 しかし、得体の知れないイクサという存在が恐ろしい。

 何をしてくるのかわからない。

 その恐怖に勝てず、コックピットを開け放ってその場から逃げ出したのだ。


「はぁはぁ……!! 生き残りゃこっちの勝ちよ!! 得体の知れないガキとまともに戦えるかってんだ!!」


 ヨロヨロとしつつも、パイロットスーツで身体が強化されているので逃げ足は速い。

 パーヴェルスが追いつけるかもわからないくらいだ。

 しかも、格納庫出口には団員たちが集まっているのが見えた。


「ちょ、丁度いい!! お前ら、あのガキをやっつけろ!!」

「……」


 団員は何も答えない。


「ど、どうした!! なんで団長の言うことを聞かないんだ!!」

「ザクセン、あんた……負けたよな?」

「は?」

「オレたちビースティは、あんたが強いから付いていっただけだ……。他に強い奴が出てきたのなら、もう従う必要もない」

「お、おいおいおい!? 冗談じゃ――」


 後ろからやってきたイクサは、堂々とした声で命令をした。


「ビースティたちよ、ザクセンを拘束しろ!」

「はっ!! 新たな強者――イクサ・ヘンキョー様!!」

「て、てめぇら……嘘だろおおおおおおお!?」


 ザクセンは取り押さえられながら、負け犬の遠吠えのように良く通る声をあげていた。




 ***




「さて、俺の本題はここからだな」


 一人になったイクサは、S-35のコックピットの中に乗り込んだ。

 低品質エーテル炉が停止しても、戦闘モードでない〝通常モード〟なら数分は電源が生きているようだ。

 劣化に劣化を重ねたバッテリーだろうから、これでも上々だ。


「インターフェイスは……ほぼゲーム時代と一緒だな。これに俺の転生前のデータでログインして……いけた」


 ダメ元だったが、やはりここは転生前にプレイしていた〝Yesed Xmachina〟と関係があるらしい。

 そこからメールボックスを開き、クリア特典があるのを確認した。


「〝ZYXレッドウルフ〟と〝赤龍型八番艦・八岐大蛇〟か……。受け取り……ができない!?」


 イクサは焦った。

 このクリア特典がないと、目的を達成するのが難しいからだ。

 目的とは――なるべく戦わずに、平和に過ごすことだ。

 なぜ戦闘メインのこのゲームで、そんなことをするか?


 以前にも察したが、この世界では闘争の果てにはロクなエンディングが待っていない。

 というか全ルート死ぬ、死ななくても実質死ぬ。

 ……なので、戦いたくない。

 戦いたくないのだが、今回のザクセンとバルバロアのように、強制イベント的に武力が必要なこともあるだろう。

 そのために絶対的な、最強の〝力〟が必要なのだ。


「おいおいおい、マジかよ……。クリア特典が手に入らなかったら、このザコキャラで生き抜かなきゃならないのかよ……。いや、続きのメッセージがあるのか?」


【受け取りができません。受け取るためのスペースを確保しますか?】


「スペース? メールボックスの空き的なものか? そんなのイエスに決まってるだろう」


【受け取り成功】


 その文字が出た直後、ブツンと電源が切れてしまった。

 どうやらS-35が限界を迎えたようだ。

 それと同時に――〝下〟から不思議な音がした。

 日常生活では聞かないような、SFモノ特有の効果音だ。


「これゲーム内で聞いたことがあるぞ……YXの上位機種――ZYXだけが使える単独ワープの効果音か」


 イクサがコックピットから降りてみると、以前はなかったはずの地下への階段ができていた。

 メチャクチャだが、転生やラスボスのZYXレッドウルフのことを考えると些事に思えてしまう。

 階段を降りていくと、暗くてボンヤリと足元しか見えない。

 それでも進み続けていく。

 しばらく進むと、平坦な道になったり、上り坂になったり、通路になったりするのだが、それでも不思議とボンヤリとしか見えない。


「センサーだけでなく、人間の目すらも誤魔化すZYXの欺瞞装置か……?」


 何かに導かれるように、ボンヤリとした灯りを頼りに進んでいくと行き止まりに辿り着いた。


【質問です】

「うおっ、喋った!?」


 周囲に木霊する子供の声だ。

 中性的だが、幼い少女のように聞こえる。


【天野隆生のアカウントを使う貴方は何者ですか? 生体をモニターしているので、嘘だと判断した場合は生命活動を停止させます】

「すげぇ物騒なことを言うな……。話が複雑怪奇で信じてもらえないと思うから、落ち着いてゆっくり聞いてくれ……」

【落ち着け? 人間特有のジョークは笑えますね。当艦は貴方のような無能で脆弱な人類とは違います。最高の戦艦である〝八岐大蛇〟なのですから】

「戦艦のAIってことか……。それにしても以前、俺に倒されてるのに偉そうだなぁ……」

【……貴方の生命活動を停止させ――】

「ま、待った!! まだ説明すらしてないぞ!!」

【待ちます】


 どうやら、このAIは気が短いらしい。

 しかも人間を見下していて、命の重さをまったく知らない。

 古き良き相棒型のロボットAIではなく、侵略タイプの怖いAIといった感触だ。

 今からこれ相手に話すとなると、一歩間違えば即死というスリルを味わえるだろう。


「俺が天野隆生だ」

【疑問、天野隆生は遙か昔に滅びた地球の人間。寿命的に生きているはずがありません。たとえコールドスリープなどを使用したとしても、今の貴方はヘンキョー星のDNAを持つ種族〝ヒューミン〟です】

「じゃあ、生体をモニターしていて嘘だという反応は出たか?」

【……出ていません】

「ふーん、それじゃあ、最高の戦艦である〝八岐大蛇〟様は、その自分がモニターした結果を信じられないということかぁ。最高の戦艦も大したことないなぁ?」

【……は? 当艦は最高ですが???】


 どうやら最高の戦艦というプライドが高いようだ。

 そこを狙ってみたが、こちらのペースに持ち込めそうな気配がしてきた。


「じゃあ、俺が天野隆生ってことだな。詳しく言うと、当時の俺は頭をぶつけて意識を失って、気が付いたらイクサ・ヘンキョーという子供になっていた。いわゆる転生ってやつかもしれないな」

【転生……輪廻転生……。仏教の概念。周辺星系データを検索した結果、現在ではヒューミンの中で信仰されてきた転生教で語られることもありますね。希少種族エンジェリンやデモンが崇拝するオーバーロード教でも、一部の記述があるようです】

「なんだそれ? この世界の宗教はあまり知らないけど、まぁラノベ的なものだろ」

【ラノベ……? 周辺星系データにありません】

「マジか……ラノベは未来では滅びたか……」


 小説家たちが泣きそうな事実を知って少しショックを受けてしまった。


「それで本題だが……クリア特典として〝ZYXレッドウルフ〟と〝赤龍型八番艦・八岐大蛇〟を受け取っていいのか? 俺の物になるのか?」

【……答えはYES】

「やったぜ!」

【ですが、NOでもあります】

「ホワイ!?」


 AIのクセに、面倒くさい答え方をする奴だ。


【艦長権限を与えますが、それは一時的なモノです。しばらくは見定めさせてもらいましょう】

「見定める……? え、何を?」

【コンゴトモヨロシク】

「おい、なんでそこだけ棒読みになってるんだよ!! 今まで流暢だっただろ!!」

【高性能なので逆に】

「……こ、こいつ。念のために聞いておくが、どんなことをしたら艦長失格なんだ?」

【最高の戦艦である、当艦を敬わないことです】

「やべぇ……面倒くせぇ……」


 つい小声でボソッと呟いてしまった。

 聞こえないかな、と思ったのだが――


【艦内の会話はすべて盗聴、もといチェックさせてもらっています】

「あはは……ジョークだって……」

【生体のモニターによると本当に面倒くさいと思っていますね】

「……機能は正常のようだな」


 まだ殺されていないのでセーフということだろう。

 面倒だが、程々に敬ってやらなければならないらしい。

 そもそも、戦艦を敬うってなんだ? という疑問もあるが、AIと違って頭の良くないイクサはできることをテキトーに頑張っていくしかない。


【では、これから天野隆生を見定めるために、周囲についてまわります】

「は? 戦艦のデカさでついてまわるとか冗談じゃないぞ……。それに天野隆生とか言ったら周囲に怪しまれるだろ。今の俺はイクサ・ヘンキョーだ」

【了解、イクサ・ヘンキョーとお呼びいたします。サイズの問題は……これでいかがでしょうか?】


 イクサの横に、数センチの小さな戦艦が浮かんでいた。


「うお、立体映像……じゃなくて、触れられるな……」


 指でつつくと、たしかに物体として感じられる。


【ナノマシン技術を使ったものです。他の戦艦にはできないテクノロジーですよ】

「いきなり他へマウントを取りに……。いや、それにしてもこの世界でミニサイズとはいえ戦艦についてまわられたら不自然だろ……。周りにいても不自然じゃないのだと……猫とか?」

【了解、猫になります】


 ミニ戦艦が銀色の砂となって崩れ落ち、次は茶色の猫として形作られた。


「これなら問題ないな。でも、八岐大蛇という名前で呼ぶと目立つな……」

【でしたら、そこはボカしてオペレーターとでもお呼びください】

「そんな名前の猫いねぇよ! ……うーん、譲歩してオペ猫……くらいか?」

【素晴らしく人間らしい滑稽で安直なネーミングですね】

「気に入らないか?」

【いえ、人間とは得てしてそういうものだと、懐かしくなるような感情の機微を思い出させてくれます。矮小な人間に合わせましょう】

「め、面倒くせぇ……。あ、ジョークです、はい」

【本心だと検知】


 こうして最高に面倒くさい宇宙戦艦――〝赤龍型八番艦・八岐大蛇〟を手に入れてしまった。

 格納庫に〝ZYXレッドウルフ〟もあったが、オーバーパワー過ぎてまだ出番はなさそうだ。表で使うには目立ちすぎる。


【戦闘モードの解除キーは『汝黒を祖に持ち、蒼を誅滅せし銕鎧。その魂魄はどちらにも寄らぬ絶対の緋。これよりいくさの時間を始めよう』です】

「……えぇ……音声認識?」

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