ザコキャラVS巨大ロボット

 ――一方、イクサは困ったことになっていた。


「……ゲームと違うぞ、これ」


 ここは格納庫。

 大昔はドラゴンのような巨大モンスターを討伐したあとに運び込むような役目があったのかもしれない場所だ。

 その元からあった広い部屋に、〝外〟から持ち込んだであろうSFチックな建材やら、メンテ用の機械などが強引に設置されていた。

 そこへ忍び込むのは成功したのだ。

 扉に鍵がかかっていたのだが、子供だけが通れそうな狭い天井の穴を事前に調べて、そこから入った。


 狙い通り、YX〝S-35〟は、その6メートルの河童のようなずんぐりむっくりとした身体を見せつけながら片膝立ちで置かれていた。

 そこからが問題だ。

 ゲーム世界〝Yesed Xmachina〟なら、パイロットスーツに仕込まれている端末で旧型YXの脆弱性をハッキングして、コックピットを開けて乗り込むということが可能なのだ。

 そこで気が付いたのだ。


「ゲームだったらずっとYXパイロットスーツだけど、今の俺は布の貴族服だぞ……」


 ゲーム世界の基本機能が使えないのだ。

 ハッキングでYXを奪うことができない。

 同時に爆薬で背中の弱点を攻撃するというのも、パイロットスーツに携帯型爆薬が用意されている。つまり無理である。


「ヤバいな……。ザクセンが帰ってくる予定時刻まではまだある……。何か良い方法を考えなきゃ――」


 イクサはそう思っていた。

 しかし、走ってくる音が聞こえた。


「二人か……? いや、足音は一人、それに大人のものだ。〝Yesed Xmachina〟シリーズの対人戦で死ぬほど聞いてきた……」


 急いで物陰に隠れ、身を潜めた。

 そっと覗き込むと相手はザクセンだった。


(マジかよ……なんでもう帰ってきて……!? も、もしかして、パーヴェルスとヴィルヘミーネが、最初から裏切ってザクセンと通じていて――)


 予想外、逆境、不安、疑心暗鬼。

 そういうものがイクサを蝕む。


(いや、そんなはずはないか。ゲーム本編ですげぇ良い奴らだったし)


 メタ的な思考で平常心を取り戻した。


「おい、お坊ちゃん。ここにいるんだろう? 出てこいよ」


 ザクセンは格納庫内へ向かって呼びかけてきた。

 イクサとしてはどうするか迷ったが〝作戦〟を思いついたので、素直に出て行くことにした。


「なんでわかったんだ? ザクセン」

「はっ、長年傭兵をやってりゃ、死なないためにバカでも考えるようになるさ。……お遊びでかくれんぼ……じゃなくて、本気でオレとやり合おうって考えてるのかい? お坊ちゃん」

「いや~……、そんなまさか~……」


 イクサは武器を何も持っていないアピールで両手を上げながら、ザクセンへと近付いて行った。

 互いに笑顔。

 あと数歩となったところで、イクサが急に動く。

 飛び出して、圧倒的に背が高いザクセンに対して腹にパンチをお見舞いしたのだ。


「おらっ! おらっ! どうだ!」

「……いや、どうだと言われてもな」


 ボクシングのクリンチのように片腕でザクセンに抱きつきながら、もう片方の手でひたすらにボディーブローを放っていく。

 子供のパンチなのと、ザクセンはパイロットスーツで強化されているので全く効いていないようだ。


「うーん……。オレの勘が外れたか。よくよく考えりゃ、あのイクサが急にそんな切れ者になるはずもねぇか……」

「そ、そんな……俺の最強パンチが効かないだと……!?」

「となりゃあ、そういうことか。たぶらかした奴がいる、たとえば身近な従者――」


 通路の方から足音が二つ走ってきていた。

 パーヴェルスと、ヴィルヘミーネが追いついてきたのだ。


「イクサ!! 無事か!!」

「今、助けるよ!!」


 ヴィルヘミーネのファイアーアローが飛んでくるも、ザクセンは腕ではね除けてしまう。

 その隙を突いてパーヴェルスが剣で狙おうとしようとしたのだが、炎に一瞬視界を遮られたところでザクセンはすでに逃げていた。


「逃げるのか!! ザクセン!!」

「なんでオレが正々堂々と勝負してやらなきゃいけねぇんだよ。確実に勝つためには醜くても何でもやる、それが星渡りの傭兵ってもんだ」


 ザクセンはYX〝S-35〟に乗り込んだ。

 低品質なエーテル炉が、耳障りな音をかき鳴らしながら起動する。

 立ち上がるために関節を動かすと、メンテが行き届いていないのかぎこちない動きだ。

 それはまるで錆び付いたオルゴールを無理やり動かすかのようだった。

 逆にそれが不気味でモンスターに見えてしまうのかもしれない。


『戦闘モード、起動』


 コックピットのハッチが閉まってなかったので、中のAI音声が聞こえてきた。

 そこから顔を出しながら、ザクセンが大笑いをする。


「獅子はネズミを倒すのにも全力って言うコトワザが、滅んじまった地球って星にもあってなぁ! ……ん? ネズミじゃなくて、他の動物だったか?」


 コックピットハッチが閉じられた。

 分厚い装甲に守られたザクセンは、この世界では無敵の存在だ。


『まぁいい。とにかく、これでお前たちの勝ち筋はなくなったってわけだ! 邪魔者は消して……バルバロア! お前を幸せにしてやるぜぇ!!』


 再び物陰に隠れたイクサは、それを半笑いで眺めていた。


(お祖母様の性格なら、ザクセンの一方的な愛情だな……。たぶん利用されている……)


 イクサは同じ男として同情するも、だからといって自分の平穏……もといヘンキョー領の平和を乱すのは許せない行為だと憤慨した。


『イクサは生かしてバルバロアに処遇を任せるとして……。執事長とメイド長のところのガキはぶっ殺す!!』


 S-35は落ちていた鋼鉄の建材を剣のように握り、それを振り回し始めた。

 6メートル級の人型兵器がそれをするのだから、かなりの迫力だ。

 風圧だけで吹き飛びそうになる。


「受けて立つ!! 来い!!」


 だが、パーヴェルスもファンタジー世界の人間だ。

 S-35の装甲を貫けないまでも、攻撃を回避することができている。

 ちょっとしたスーパーヒーローの〝蜘蛛男〟や〝蝙蝠男〟のような身体能力だ。

 イクサにはできないが、この世界の住人がモンスターと戦うために身につけた魔力とやらの力なのだろう。

 魔力で身体能力を伸ばすのが前衛職なら、魔力を魔術に変換するのが後衛職だ。

 イクサは、その後衛職であるヴィルヘミーネに近付いてコソコソと話しかけた。


「ヴィルヘミーネ、十秒後くらいにS-35――あの巨人の背中の中心を狙ってファイアーアローを撃ち続けてくれ」

「どういうこと? わたしの初級魔術じゃ、あのモンスターには……」

「大丈夫、俺を信じてくれ」

「ん~……わかったよ。以前のイクサは信じられないけど、最近のイクサなら信じられるから……!!」

「ヴィルヘミーネと、パーヴェルスの結婚ルートを達成させるくらいまではどっちも死なせないって! 安心しろ!」

「な、何を言ってるのよ!? わたしがパーシヴァルと……そんなの……!?」


 つい口走ってしまったが存外、この子供時代でもまんざらではないようだ。

 前世含めたイクサの精神年齢的には、我が子を見守る親のような気持ちになってしまう。


「さて、ここからは〝Yesed Xmachina〟プレイヤーの本領発揮といきますか」


 イクサが動き出す。

 十秒後にヴィルヘミーネがファイアーアローを撃つはずだ。

 その前に回り込みながら、パーヴェルス付近の物陰に隠れなければならない。


(なんか、隠れてばかりだな。……まぁ、人間状態でYXとやり合うときなんて、いつも隠れているが)


 無事に良いポジションへと誰にも気付かれずにたどり着く事に成功した。

 物陰からそっと観察していると、ヴィルヘミーネがファイアーアローをS-35の巨大な背中の中心に打ち込んだ。

 それに気付いたのか、S-35の動きが止まり、挙動がおかしくなる。


(ククク……。用心深いザクセンが、どう考えているのか大体わかるぞ……。お前だって、俺と〝ご同類の星渡りの傭兵〟だもんなぁ……!)


 ザクセンは、S-35の背後が弱点というのを知っていたのだ。

 そこに異常を検知するセンサー類。

 焦ってしまうのだが、いくら弱点でも初級魔術ではダメージが通らない。


(だが、念には念を入れるのだろう)


 ザクセンとしては、もしかしたら、万が一、ということを考えて〝弱点〟を知っているかもしれないヴィルヘミーネを最初に殺すことを考える。

 S-35は最優先目標を切り替えるために、パーヴェルスから、ヴィルヘミーネの方へと向き直った。

 これでパーヴェルスは背中側ということになる。


(よし、ここからはスピード勝負だ)


 イクサは即パーヴェルスへ近付き、話しかけた。

 旧型のS-35は背部カメラがないので気付かれないだろう。


「パーヴェルス、俺を抱きかかえて奴の背中までジャンプしてくれ!!」

「イクサ……本気か!? 何をするつもりなんだ!?」

「だから、最初に言っておいただろ。ジャイアントキリングだ――星渡りの傭兵お得意のな」


 S-35が建材の剣で、ヴィルヘミーネを狙う。

 彼女は後衛職なので、機敏に避けることはできないだろう。

 ザクセンはコックピット内で勝ちを確信して叫んだ。


『これで終わりだぁ!!』

「いや、終わるのはお前だ。ザクセン」


 S-35の集音マイクが、背中の声を拾っていた。

 ザクセンからは背中が見えないが――そこにはパーヴェルスに抱きかかえられて、5メートル程ジャンプしたイクサがいたのだ。

 その手には――


「背中の弱点に爆薬を仕掛けた。安全は保証できないから逃げた方がいいぞ」

『お坊ちゃん、そんなハッタリ――いや、なんでそんなことを知っている……。それに現地人が爆薬の知識なんてあるはず……』

「事前に起爆準備が必要だって言いたいんだろう? 安全装置は解除済みだ」

『――な』

「残念、時間切れ」


 決して大きくはないが、ピンポイントだけを確実に爆破する携帯用の対YX爆薬の音が響いた。

 ヴィルヘミーネが建材の剣によって肉塊に変わる寸前、S-35の動きが止まった。

 うるさかった低品質エーテル炉と、サビが付いた間接部の音も消える。

 この急制動を見ると、生物的な巨人ではなく、ただの機械だと実感してしまう。


 ちなみに爆薬は、ザクセンに抱きついたタイミングで、彼のパイロットスーツから入手していた。

 惚れた相手の孫相手だからと油断しすぎだ。


「た、助かった……」


 目の前で止まる巨大な建材の剣を前に、ヴィルヘミーネはペタリと座り込んでしまった。

 放心状態で腰が抜けているのかもしれない。


「イクサ……お前はいったい何者なんだ……」


 イクサを抱きかかえたままのパーヴェルスが、呆然としながら訊いてきた。

 顔が近いと思いつつ、イクサはそれに答える。


「この灰色の世界で『ただ平穏に暮らしたい』と目覚めただけのイクサ・ヘンキョーさ」


 こうして小さな三人は、大きな最初の勝利を収めたのだった。

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