誤算、しかして希望を掴み取れ

 イクサの誤算の一つ――それはザクセンの用心深さがあった。

 彼は暴力を見せびらかせて人を従わせるような人間だが、頭が悪いわけではない。

 むしろ、そのような立場にいても長期間生き残っている賢さがあるのだ。


 今日のスケジュールも暗殺対策のために、暗殺対策のために入れたフェイクだ。

 予定されていた場所とは違う場所へ行って、その分早めに戻ってきた。


「なんだ、オメェら。その酒はどこから……?」

「へい、団長。さっきイクサお坊ちゃんといつものガキたちがやってきて、バルバロア様からの差し入れって、大量の高級ワインを持って来てくれたんすよ!!」

「ほう……?」


 訝しげにするザクセンを見て、パーヴェルスとヴィルヘミーネは内心慌てた。

 たったこれだけの情報ですぐにイクサに危険が及ぶことはないが、バレるのは時間の問題だろう。

 どうにかして引き延ばさなければと思ったのだが――


「なるほどな。オレは格納庫へ行く。オメェらは酒を飲んじまって使い物にならねぇ、用心してここで待機だ。執事長と、メイド長のところのガキでも見張っておけ」

「えっ!? ど、どういうことで!?」


 一瞬で、まるで魔法か何かのように察したザクセンは指示をして、全速力で奥の通路へと走り出そうとした。

 覚悟を決めたパーヴェルスが前に立ち塞がるも、ザクセンは止められない。

 YXパイロットスーツを下に着込んでいたザクセンは、身体能力が強化されている。

 戦士の素質があるパーヴェルスですら、その拳を見切れずにモロに食らって倒れ込んだ。


「ぐ……はっ!?」

「あとで尋問してやるから、まだ殺しはしねぇ」


 そう言い残してザクセンは再び走り出した。

 余計なことを言っている時間はない。

 イクサがかなりのやり手だと気付いたからだ。


 どうしてそう思ったのかを順に説明すると――。

 まずは酒の差し入れ。

 もうこの時点で緊急事態が起きていると察した。


(あのケチなバルバロアが、役に立たないことに金を使うはずがねぇ……。アイツが金を使うのは自分のためや、投資しておいた方が良い相手だけだ……。使い捨ての団員たちに、しかも高級ワインなんてもんをやるはずがねぇ……)


 さらに気が付いてしまった、イクサがその場にいないことを。


(酒の目的、大方注意を逸らすためや、団員を酔わせることだろう。それで、主犯格の一人であるイクサ坊ちゃんがいないとなると、狙いは拠点の〝内部〟の何かにあるはずだ。見張りとしてガキ二人も残していたしな……)


 数珠つなぎで思考を進めていく。


(一応、狙いは団員を酔わせて〝外部〟へ行けなくして領民の反乱……というのもありえるが、たぶんそれは違う。現時点で外部の異常は知らされていない。――となると、拠点内部で重要な物は何か……? オレの不在を狙ったわけ……? 関連情報を合わせると、イクサが、オレの留守の間に、格納庫にあるYXをどうにかしようとしている、となる)


 ただの子供相手と思わず、全速力で走っていくザクセン。

 その背中をポカンと見ていた団員たちだったが、言われた通りに子供二人を拘束しなければと思い出した。

 そちらに視線を向けると、すでにヴィルヘミーネがパーヴェルスを支えながら、通路の奥へと行こうとしていた。


「お、おい……。止めろってバカ……。ザクセン団長を怒らせると本当に殺されちまうぞ……」


 気弱そうなビースティの団員がおずおずと呼び止めるも、ヴィルヘミーネが獣のように叫び返した。


「このままザクセンと巨人に恐れをなして、縮こまって死んだように生きる方がまっぴらごめんよ!! それにあんたたちみたいに言いなりになるのは、もっと嫌なんだから!!」

「なっ!? 生意気なことを言いやがって……。オレたちだって、ただ強いだけじゃなくて、強くてちゃんとした奴の下につきてぇよ……!」

「その程度の覚悟なら黙って見てなさいよ!! すぐにイクサが……このヘンキョー領で最強を示してくれるんだから!!」


 ヴィルヘミーネは、持っていた小型の杖――ワンドを振りかざして、通路にファイアーアローという火の初級魔術を放った。

 防火対策済みの石造りなので火災は起きないが、魔術による火はしばらく残り続ける。

 ザクセンの後を追い、走り去っていくヴィルヘミーネとパーヴェルス。

 団員たちは、空気的にその場で立ち止まって追えないでいた。


「あー……。どうする? 追うか?」

「いや~……火が消えるまでは……なぁ?」

「そうだな……」


 本当はビースティ種族なら、これくらいの火に一瞬突っ込むなど怖くもないだろう。

 しかし、〝魔術の火〟ではなく、少年と少女たちに灯った〝心の火〟にやられたのだ。

 ただ強さだけでザクセンに仕えてしまい、彼らは後悔している。

 新たな強者が誕生するのであれば、見て見ぬフリをして待つのもやぶさかではないのだ。


 新たな強者――イクサ・ヘンキョーの誕生を。

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