第37話 大事な人



3人はギルドに到着すると、そのまま報告の為にカウンターに向かった。

ルティアさんも居ない様だったので、サクッと精算を済ませて、屋敷に戻る。

夕食も終わり、皆も寝静まる頃合い、アルは自室で魔法書を読んでいた。

父のジョシュアにお願いをして、辺境伯領都で買ってきてもらった、

上級魔法の一部が載っている魔法書である。

買ってきてくれたジョシュアはまたも仕事で行ってる今は王都に行ってる。


(風が2種…と、土の上級魔法が一つ載っているな…。

使いどころが難しそうだが…、何処かで使えるだろうから覚えるべきだな。)


しばらくすると、部屋のドアがノックされマリーさんが入ってくる。


「アル様…、少し宜しいでしょうか。」


「ん…? どうしたの?」


「カタリナの事です。 今日…、あの子は如何でしたでしょうか?」


マリーさんが、少し心配そうな面持ちで聞いてくる。


「あぁ…。 技術面は問題無かったと思うよ。 流石はマリーさんだね。」


「有難うございます。では…、やはり……。」


「そうだね……。 技術と精神がアンバランスというか。」


「そうですね……。」


マリーさんの教えにより、高い斥候能力や、暗殺技能を習得したカタリナは、

その分野においては、クリスをも上回りそうな成長を遂げていた。

半面、実戦経験の無かったカタリナは、

判断力や、感情の起伏が年相応のままだった。


「とは言え…、短期間で技術を教え込む様に頼んだのは俺だからね。」


「いえ…、その事は、全く問題ございません。」


「………、本当は時間を掛けて…、

ゆっくり成長させてあげられたら、良かったんだろうけど…。」


自分を責める様に、言うアルは、独り言のように、残念そうに呟く。


「アル様…、………、何を…、警戒されていらっしゃるのでしょうか…?」


「………。」


アルはマリーさんの言葉に、無言になる。


「……申し訳ございま「たぶん、エレナ母さんやマリーさんが…、

警戒している事と同じだと思うよ。」


マリーさんの言葉を遮る様に、アルが被せる。


「っ……、 アル様も…、クリスの悪夢の事を…、聞いておられましたか。」


「一度…、クリスから内容を全部…教えて貰った…。」


「そう…、ですか…。」


マリーさんが、アルの言葉に考え込む様に答える。


「母さんとマリーさんが…、最近、訓練を再開してるのもそれが理由なんでしょ?」


「っ!? ………、それは…、そう……です。 ご存じでしたか…。」


マリーさんは確信を持ったアルの言葉に驚き、

少しの沈黙の後、観念したかのように答えた。


「俺としたのも…、クリスから魔力注入の話を…たぶん事前に聞いてたよね?

少しでも…、自分たちの魔力を強化するために…。」


「……、はい…。」


「その通りよ…。」


そこに割り込んできたのは他でもない、エレナ母さんだった。


「母さん…。」


「アル…、御免なさいね。あなたを利用して…。」


「申し訳ございません…。」


そう言って俯くエレナに続き、マリーも頭を下げる。


そう…、幾らクリスが一人じゃ身が持たないと泣きついても…、

母が息子に、娘の想い人で主人の息子に、簡単に手を出すとは考えにくい。

それ相応の理由がない限り……。

一度きりの過ちではない、今も、定期的に関係は続いている。


「謝らなくても良いよ…。たぶん…、俺も二人の立場ならそうしてると思う。」


「アル……。」


エレナが顔を上げ、緊張していたのか微笑みを見せる。


「この際だからはっきり言っておくよ…。

もし…、事が起こってもこの村を守れたら…、父さんやモンドおじさんも全員、

生き残れたら良いと思ってる…。それは絶対に嘘じゃ無い…。」


アルはそこまで言うと床を見つめ考える様に言葉を区切る。


「でも…、村を見捨てる状況になったとしても…、父さんは見捨てないと思う…。

そして、モンドおじさんも父さんを見捨てないと思う…。」


「………、そうね…。」「……だと、思います…。」


アルの続けて言う言葉に、エレナとマリーは悲しそうに同意する。

そこにアルは二人の顔を見て、宣言する様に心の内を吐露する。


「でも…、俺は正直、村よりも…、父さんやモンドおじさんより…、

クリスと母さんとマリーさんの事を優先させると思う…。」


「っ!!」 「っ……。」


2人の表情に動揺が浮かぶ。


「クリス、母さん、マリーさん、ここに、ルティアさんと、カタリナも増えたけど。

この5人が生き残る事を俺は優先する…。 そのために俺は動いてる……。」 


「そう…、なんだ…。」


「母さんも…、マリーさんも…、俺のスキルを利用しただけかもしれない…。

それでも俺は…、二人と身体を重ねて…、親子の情以上に見てしまってるんだ…。」


そう言って微笑むアルを見て、

2人は泣きそうな顔で笑い返しマリーが呟き、エレナが拗ねる様に言う。


「まさか、アル様にこんなにも想われて居たとは…。」


「ズルいわよアル…。そんな言い方されたら何も言えないじゃない…。」


「いざというときに切り捨てて頂けるように、していたつもりでしたが…。」


「男は何度も関係を重ねたら惚れてしまう…、チョロい生き物なんですよ。」


マリーとエレナの言葉に、アルはおどけて言う。


「ふふ……、アル様は本当にジョシュア様にそっくりですね……。」


「そうね……。優男で、女に甘いくせに頑固で…、

そんなところまで似なくて良いのに……。」


「アル様…、確かに最初は魔力注入を利用する為に、身体を重ねました。

ですが…、身体を重ねるうちに、愛しく思うようになったのは私も同じなのです。」


「そうね…、何度も身体を重ねて惚れてしまうのは、男だけじゃ無いのよ。

女だってチョロい生き物なんだから…。 私も息子以上に愛しく思っているわ…。」


そう言ってエレナとマリーがアルに微笑みかける。


「母さん……、マリーさん……。

全部を…、救ってやれるような英雄には…、俺は成れない。」


アルが自虐的に言う。


「そんな事……、わかってるわよ…。だから…、私達は貴方達を守るのよ。」


「アル様…、エレナ様も、私も…、クリスも、

守られるだけの女ではございません。」


エレナが宣言し、マリーがアルに真剣な表情で言う。


「知ってますよ。

俺の母さんとお義母さん、それにクリスも強くて美しい女性だって事は。」


そう言って2人を見つめ返すと、エレナが目に涙を溜めて抱き着いてきた。

母を抱き返し、アルが思ってる事を言う。


「たぶん…、その日は遠くないと思う。

その為に、ルティアさんを受付嬢から、冒険者に転向させようとして…、

カタリナの心を無視して、戦う力を手に入れさせた…。」


「酷い人ね…アル。」


そう言って、抱き着いてるエレナが肩口に頭を押し付けてくる。


「そうですね…。ズルくて…、利己的で…、自分勝手で…。

それでも俺は…、どんな手を使ってでも俺が守りたい人を守る…。」


エレナは押し付けていた顔を離して、真剣な表情でアルの顔を見つめる。


「アル…、私もハッキリと言っておくわ。

私は、貴方とクリスが、生き残れたら良いと思ってるわ。

例え…、ジョシュや私、マリーとモンド…他の誰が死んだとしても…。」


「アル様、私も同じ想いです…。」


2人が、真剣な顔で言う。


「村が…、村を追われることになったら、

お義父様…、貴方のお祖父様を頼りなさい。」


「………、覚えては置くよ…。但し、母さん達も一緒だけどね。」


そう言ってアルはエレナをベッドに押し倒す。


そしてエレナとマリーに魔力注入を繰り返し、日が昇る前に眠りに着いた。



―――――



それからも、クリスとカタリナと3人で、森に通い、常設依頼を熟しつつ、

実践訓練を続けていた。


ある日の昼下がり。

父が帰って来たと聞き、ジョシュアの書斎の前にアルは立っていた。


ノックをすると、ジョシュアの声がする。


「父さん、俺です。入っても良いですか?」


「ん?アルか……、いいぞ。」


中に入るとジョシュアは一人で机に向かって書類に目を通していた。

書類に目を落としたままアルに問い掛ける。


「どうした?」


「父さん、少し聞きたいことがありまして…。」


アルの様子に違和感を感じたジョシュアは、書類を置き、

ローテーブルに備え付けてあるソファーにアルを座らせると、

向かい合う様にジョシュアも対面のソファーに座る。


「改まってどうしたんだ?」


「父さんは…、もし……、この村が危険に晒されたらどうするんですか?」


アルの質問にジョシュアの眉が少し上がる。


「ふむ……、それは人的な理由か? それとも物的な意味か?」


「両方です……。」


アルの言葉に少しの間の後、


「そうだな…、私は貴族だ…。 そしてこの村の領主だ…。

アルの言う危険が、何かは判らないが……、


例えば…、モンスターのスタンピードや、襲撃があったとしたなら、

私は立ち向かわなければならない。」


「………、それで…、命を落とすことになったとしても…、ですか?」


「そうだな。領主は領民を守るのが務めだ。

村の住民、家族や友人もそうだ。村の全てを…、全力で守るだろう。」


ジョシュアの言葉に迷いは無く、揺るぎのない信念があるように感じられた。

前世では、両親は早くに他界し、親族との付き合いも無く、

恋人も、家庭も無く、自分に直接関係のない人々は希薄に思っていた。

そんなアキの記憶をも合わせて持つ持つアルには、ジョシュアの生き様に、

その心持ちに、そんな父を改めて尊敬すると共に…、酷く悔しく感じる。 

そんなジョシュアの眼を睨むように見て問う。


「命を…、懸けても…、守れない時は、どうするんですか?」


「なかなか辛辣だな…。 だが、そうだな…。

やはり…、守る為に、戦うよ。村が守れなくても…、私が戦う事によって、

一人でも救われる命があるかもしれない。

領民が、村民が、家族が、逃げ出せる時間を稼げるかもしれない。

それならば…、私にとって、戦う価値は十分にあるのさ。」


「それで…、死ぬことに、なったとしても……ですか?」


「………。あぁ…、そうだ。」


ジョシュアは穏やかな笑みを浮かべて優しい声色で肯定する。

そんな父の顔を見て、ポロリと涙が零れるが、誤魔化す様に下を向く。


「……。そうですか……。

父さん…、僕には…、父さんの真似は、出来そうにありません。」


「アル……。」


「僕は…、僕も…、村が襲われたら…。守る為に戦います。

貴族として生まれた責務も理解できます。村や領民を守るのも当然です。

でも僕は…、守り切れないと思ったら…、

たぶん…、いえ、確実に…、大事な人を逃がします。大事な人と逃げます。」


「………。」


ジョシュアは無言でアルの言葉に耳を傾ける。


「その、大事な人の中には…、父さんも入っていて欲しいんです…。」


「そうか…。」


「だから…、父さんも逃げて欲しいんです……。」


アルの言葉にジョシュアは暫く考え込んだ後、静かに話す。


「もちろん…、逃げられるときは逃げるさ、だが…、それは最後だ。

私が逃げることに寄って…、誰かが死ぬなら、逃げるわけにはいかない。」


「それは、貴族だから…、領主だからですか?」


「………、私だからだ。私が私である為に、戦うのさ。

言わばこれは…、私の我儘なんだよ、私のちっぽけな矜持だ。

エレナにもよく、石頭だの頑固者だと、怒られたけどね。

それでも…譲れない。」


ジョシュアの笑みは穏やかで、どこか誇らしげでもあった。

そんな、父を見て誇らしく思い…、酷く残念に思う。


「やっぱり…、説得できませんでしたね…。」


「あぁ、そうだな。」


ジョシュアはおどけて言う。


「父さんは…、クリスの見た悪夢の話は、聞いてますか?」


「あぁ…、エレナから聞いている…。

エレナ達は、現役時代の実力に戻そうと、訓練もしているね。

私も領主として、対策を行っているつもりだ。


その一つを、アル、お前も冒険者として受けただろう。」


「はい…、南西の村の南の森の調査依頼ですね…。」


「あぁ、そうだ。その他にも色々やっていてね。」


「そうでしたか…。 

父さん…、僕もクリスの見た悪夢は、起こる前提で、いま動いてます…。

勿論、現実にならないのが一番良いのですけど…、……準備は進めてます…。」


アルは伏せて居た顔をあげて、ジョシュアを見る。


「そして、クリスの悪夢の内容を聞いて思ったのはその日は遠くはない。

恐らく僕が学園に行く前には起こると思います。

学園には12歳になったら行きます。そして僕はいま11歳です。」


「そうか……。1年も無いな……。」


そう呟いたジョシュアは少し考えた後にアルを見る。


「新しく発見された北東のダンジョン。

アレの探索が…、初期調査以降、全く進んでないんだ。

ゴブリンやスライム、オークやウルフの魔石しか狙えないから、

人気が無いのは当然なんだが…。


アレの探索を行ける所までで良いから、進めて見てくれないか?

今のうちの探索して、判明する内容によっては、

強い冒険者を呼び込める材料になるかもしれないからね。」


「判りました、たぶん近いうちに、パーティーも揃うのでやってみます。」


その意見にアルも同意して了承すると、ジョシュアに決意の篭った眼を向ける。


「そして、先ほども言った通り…、どうにもならない場合は逃げますよ。」


「あぁ…、そうすると良い。

その時は…、エレナやマリーを…、それに屋敷のメイド達も、

無理矢理にでも連れて行ってくれ。

モンドは……、難しいだろうな…、アイツも私と同じで頑固なんだ…。」


ジョシュアは笑顔でそう答えると、最後に困った様に苦笑する。


「話は終わりだね?」


「はい…、父さん、ありがとうございます。」


ジョシュアは席を立ち、アルもそれに続く様に立ち上がる。


「さて……。夕食まで、もう少しだから…、アル、久しぶりに模擬戦しないか?」


「良いですね。じゃあ、木剣取ってきますよ。先に庭に行っててください。」


「あぁ、頼むよ。」


アルはジョシュアと別れて倉庫に寄り、涙目で充血した目を拭き治療すると、

木剣を持って庭へ向かう。


「お待たせしましたー。」


そう言って庭に辿り着くと、既に父は中央に立ち、待っていた。

ジョシュアに木剣を渡して、お互い距離を取り構える。


「よし、息子よ! かかってきなさい!」


「行きますよ!!」


2人の模擬戦は、マリーさんが、夕食を知らせに来る迄続いた。



―――――



その日の夜。



クリスとマリーに魔力注入して、2人が疲れて寝ている隣で、

アルは天井を眺めていた。


(貴族の責務…、領主の責務…、自分が自分である為のちっぽけな矜持か……。)


アルは、ジョシュアから言われた言葉と父の顔を思い出す。


(正直…、貴族でも、領主でも…、

命を掛けてまで守ろうとする人は一握りだろう…。

これは前世の先入観で、この世界の貴族を他に知らないけど…、

偉い人ってのは大体、わが身可愛さに、領民や兵士を盾にして逃げるだろうな。)


アルは、そこまで考えてから、今日のジョシュアとのやり取りを想いだす。


(父さんらしいと言えば……らしいか……。)

そんな思考を繰り返しながら、アルは眠りについた。



―――――



寝室で、ジョシュアとエレナはベッドで寝ていた。


「今日…、アルと話をしたよ。」


「そう、どんな話をしたの?」


エレナがジョシュアに聞いてくる。


「あぁ……、危なくなったら、一緒に逃げて欲しいとお願いされたよ。」

 

「ふふふ、アルったら…。 で…、即答で却下したんでしょ?」


エレナが可笑しそうに笑う。


「まぁね……。」


「でもアルは不服そうだったでしょ?

モンドもそうだけど、貴方って、本当に頑固よねぇ~。


笑いながら、エレナが言う。


「でも…頑固さではアルも負けてないわよ?」


「ほう、何かあったのか?」


「少し前、アルが冒険者を捕まえたのは知ってるでしょ?」


「あぁ確か…、盗賊に唆されたとかギルドから報告を受けてるね。」


「それで、その冒険者が奴隷落ちした場合、所有の優先権がアル達にあったのよ。

だけど、アルったら、クリスに相談もせずに、「要らない」ですって。」


エレナは、その時の事を思い出して可笑しそうに話す。


「なんだ? その冒険者の事が気に食わなかったのか?」


「そんなんじゃないわよ。もっと単純に、『奴隷制度が嫌いだから』だそうよ。」


「成程……、でもソレはまた…、頑固だなぁ…。」


「まったくよね~。」


エレナは苦笑しながら、ジョシュアに体を預ける。

妻の体温と重さを心地よく感じながら、再び先程のアルとの会話を思い思い返す。


『父さんが逃げなくても、俺は大事な人を連れて逃げるよ。』か…。」


「ふふ……、やっぱりアルは頑固ね。 アルが言ったんでしょ、それ。」


エレナがジョシュアの胸の上でコロコロと笑う。


「あぁ…、なんか、悔しくなって…。

その後、模擬戦をして、ボコボコにしちゃったよ。」


ジョシュアは拗ねたように愚痴る。


「ふふ、まだまだねぇ~。」


「そうだな……、まだまだ息子には負けられないよ。

まぁ、その後、アルは自分に回復魔法を掛けて、ケロっとしてたけどね。」


「あの子、攻撃魔法も、回復魔法も使えるからねぇ。

それに、武術もクリスには勝てないみたいだけど、悪くはないわ。」


「あぁ…、悪くない…。年の割には使える方だ。」


ジョシュアは、一頻り笑うと、真剣な表情でエレナを見る。


「それでね…、

アルに、逃げるときはエレナやマリーも連れて行きなさいと言ったよ。」


「………、それが…、貴方の選択なのね…。」


ジョシュアの言葉に、エレナが顔を上げ真剣な顔をする。


「あぁ……、これが、私の選択だ。」


そう言ってエレナを抱き寄せる。


「………、なら…、仕方ないわね……。」


エレナもジョシュアを抱きしめ返し、口づけを交わす。


そして二人は体勢を入れ替えて優しく交わる。

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