第36話 カティの実践。
カタリナを家に迎えてから10ヶ月が過ぎようとして居た。
カタリナは、エレナやマリー、それにクリスから、
カティと愛称で呼ばれるようになり、仲良くやれている様だ。
カタリナは、身長が140cm程と、小柄では有るが、以前の様な不健康さも無くなり、
マリーの訓練にも着いて行ける様になって居た。
その間も、アルはカタリナと一緒に訓練したり、ギルドで常設依頼をこなしたり、ルティアと訓練したりしながら過ごした。
クリス、エレナ、マリー、ルティアとの関係も続けており、
その全員が、保有魔力量を増やすことに成功している。
11歳になり、身長も急激に伸び始め、恐らく同年代では高めの165cm程と、
3歳年上のクリスと変わらないぐらいまで伸びて居た。
そんなある日、アルは、カタリナの訓練過程をマリーに尋ねる。
「どうですか?カタリナは?」
「……そうですね。
体力も申し分無いですし、魔力操作も問題ないです。
魔法行使は…、想像力が足りない様なので、詠唱魔法で要練習…、
っと言った所でしょうか。
総合すると…、そろそろ実地訓練に移行しても宜しいかと。」
「そうですか。分かりました。因みに斥候技能と…、暗殺技能の方は…。」
「はい、そちらも問題無く仕上がっています。 後は習熟と実戦のみかと。」
「10カ月足らずで一通り覚えるとか…、カタリナは、才能の塊ですかね。」
「はい…勿論、全て覚える必要はありませんので、ある程度絞って教えております。
アル様とクリスと同行するでしょうから、
お二人のサポートを熟せる事を重点的にしております。
……暗殺術に関しては、毒物等、ギルドが禁じている物もあるので、
頭に入れておく程度にして下さいね? カティちゃん。」
マリーがそう教えると、隣で聞いていたカタリナはコクコクと頷く。
そこでマリーは思い出した様のアルにだけ聞こえる様に言う。
「あぁ…、それと知識としてになりますが、房中術も教えてありますので…、
実践訓練…、お願いしますね。」
「ブッ!」
それを聞いたアルは飲んでた水を噴出す。
「ちょ! え!? えぇ…。」
「ふふっ、お楽しみですね♪」
困惑するアルを見て、いつもの台詞で楽しそうに微笑むマリー、
カタリナが心配そうに声をかける。
「え…えっと…、アル様…、大丈夫ですか…?」
「え? あ! いや…、うん…。大丈夫…。」
そう言ってから少し考え込むとカタリナに向き直って話しかける。
「さて、今日の訓練はここ迄にして、昼からは冒険者ギルドに行こうか。」
「え!?ぼ…冒険者、ギルド…、ですか…。」
「俺達と一緒だから大丈夫。
カタリナは十分上達してるから、
後は実地訓練で実戦での立ち回りを俺達と頑張ろう。」
そう言って頭を撫でながらアルが諭すと、カタリナも素直に頷く。
「わ、分かりました…。」
昼食後、3人で冒険者ギルドに向かう。
アルは、茶色のズボンに白いシャツ、黒い皮の胸当てに、黒いローブ。
シンプルなものをシンプルに着こなしている。
クリスは、いつも通り、紺色生地で、少し開いた襟や裾などが白いアクセントになっているメイド服(冒険者仕様)だ。
白いサロンエプロンに、黒い冒険者ブーツを履いている。 最近は黒のニーソックスを好んで履いている。
黒い髪色と相まって、落ち着いた雰囲気を醸し出している。 良い。
カタリナは、昔にクリスが着ていたメイド服を冒険者仕様に改造したものだ。
デザインは似ているが、ワンピースになって居て、
前ボタンが首から腰まであり。全部外せばストンッと脱ぎ落せるようにもなって居る。
同じく白いサロンエプロンに、白いニーソックスを好んで履いているようだ。
小さな身体と水色の髪色と相まって、明るく可愛らしい雰囲気が出ている。
性格は引っ込み思案のままだ。 良い。
武器として、シンプルな形で鍔の無い木製の柄と鞘の短剣を、
腰の背面に水平方向に柄を右手側に向けて装備している。
片刃のソリの無い短剣で刃の長さが約45㎝程で、
アルの前世でのドスの様な見た目をしている。
窓口で受付嬢をして居たルティアに、声をかけると笑顔で対応してくれる。
「あ!アル君、クリスちゃん、それに…、初めまして。
カタリナちゃん、受付嬢をしているルティアです。…宜しくね。」
「お久しぶりです。ルティアさん。」「お久しぶりです。」
「は、初めまして…、 か、カタリナ、です…。」
「はい、宜しくね~。 それで…、今日はどうしたんですか?」
「カタリナのパーティー登録をしようかと。」
「そっかぁ、カタリナちゃんに先を越されちゃったわね。」
そう言ってルティアはカウンターに身を乗り出して、カウンターから頭の先しか見えてなかったカタリナの顔を覗き込む。
当然、胸がカウンターに押し潰されて、アルは大興奮する。
そのアルの足の脛をクリスが鮮やかな足捌きで人に見られない様に蹴る。
(相変わらずの大迫力。 ……、痛い。)
「カタリナちゃん、私も近いうちに一緒になるから宜しくね。」
「え? あ…、はい…? よ…宜しくお願いします…。」
ルティアの言葉にカタリナはペコリと頭を下げる。
その様子を見てルティアは、小動物を見る目で微笑む。
(この子…、抱きしめて甘やかしたくなるわぁ…。)
「……、コホン、それでは早速手続きしましょうか。
3人のギルドカードをお願いね?」
「分かりました。」
3人は、ルティアにギルドカードを渡し、ルティアが手続きを進める。
「それではカタリナちゃんは…、引き続き…、Fランクね。」
「は…はい。宜しくお願いします…。」
「アル君とクリスちゃんはEだから、【パンドラ】はEランクとして活動できますよ。」
少し不安げなカタリナの呟きを拾ったルティアは、優しく微笑みながら話しかける。
「大丈夫よ? 最初は皆、初心者なんだから、少しずつ慣れていけば良いのよ。
それに…、貴方には、頼りになるお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるでしょ?」
「は…はい! あ…ありがとうございます!」
「じゃあ、常設依頼でも受けて、南の森にでも行ってみようか。」
「えぇ、そうしましょう。カティの実戦訓練ね。」
「それじゃ、ルティアさん、また来ます。」
「はーい、いってらっしゃい。 気を付けてね。」
そして3人で依頼を受けて南の森へと向かう事にした。
――――
南の森へとやってきた3人は森の中に入って行く。
「じゃあ、カタリナ。 自分でゴブリンを探して倒してみようか。」
「あぅ…、 え、えっと…、ひ…1人で…、でしょうか…。」
「………、不安か?」
「は…はい……。」
カタリナは自信なさげに目を伏せると、自分のエプロンの裾を小さな手でキュッと握る。
アルはカタリナの前にしゃがみ目線を合わせて言う。
「カタリナ…。 お前に今足りないのは実力じゃ無い…。自信なんだ。」
「じ…自信ですか……?」
カタリナが顔を上げてアルの目を見返す。
「あぁ、そう自信だ。 マリーさんの訓練は楽だったか?」
「い、いえ…。」
「簡単だったか?」
「い…いいえ……。」
カタリナは目を泳がせながらも、首を横に振り俯く。
「俺もクリスも…、マリーさんに教えを乞い、鍛えられた。
言って見りゃ、俺達3人は兄妹弟子みたいなもんだ。」
「!?」
カタリナはハッと顔をあげて、アルを見据える。
「俺達の師匠であるマリーさんが、大丈夫だと判断した…。
そしてお前の傍には、俺たちが居る。」
「……! あぅ……。」
アルがそう言うと、カタリナの目から涙がこぼれる。
「不安になる気持ちは解る…、怖くなる気持ちも判る…、俺だってそうだ。
でも…、この気持ちは…、忘れてはいけない大事な事なんだ。」
「こわいのが…、大事…?」
「あぁ…、そうだ。
不安や恐怖が無いと、警戒心が無くなる。それは油断や慢心を生む。
そうなったら人なんて、簡単に…、死んでしまう。」
カタリナは涙をボロボロ流しながらも目をそらさず、アルの言葉を聞いて頷く。
「そして何より大切なのは、自分が何を出来るのかを知る事だ。
自分が出来ない事を、出来るように練習するのは大事だが、
出来ると思い込んでしまってもダメだ。」
「自分…が…。」
「そうだ。
自分の実力と限界を知る事で、次に何をするべきか考える事が出来る様になる。
どう戦えば勝てるのかを考える。出来ない事を人に頼む事も出来るようになる。
これはお前も知ってるはずだ…、マリーさんからも習っただろう?」
「っ!は…はい…。頭で考えて……。」
「あぁ、考えて…、行動する…、そしてまた考える。
それが経験となり実力になるんだ。
だからまずは、1人でゴブリンを倒して、自信を持つ所から始めよう!
失敗したらダメな時に失敗しない様に…、今、考えて、行動して、失敗するんだ。
それも経験になる。そして今は…失敗しても良い。俺達付いてる。」
出来る限りの優し気な声色で、カタリナの頭をゆっくり撫でる。
カタリナはゴシゴシと袖で涙を拭くと顔を上げる。
「はぃ! わ、分かりました!!」
黙って様子を伺って居たクリスが優しげに微笑んで言う。
「カティ、失敗しても怒る人はい無いわ。私達が付いてる。」
「因みに、わざと失敗したら、えっちなお仕置きが待ってるからな。」
「は、はい!……って、えぇ!?」
「あら…、そんな事言ったら、喜んで失敗するわよ…。私が。」
「喜んだらお仕置きじゃなくて、ご褒美だろう…。」
「じゃ…じゃあ、わた…私もー。」
アルのツッコミにクリスがそう返すと、
カタリナも顔を赤くしながらも楽しそうに乗っかる。
「………よぅーし、2人ともぉ…、そこに直れ! 今すぐお仕置きしてやる…。」
アルは青筋を浮かべ、手をワキワキしながらにじり寄る。
「きゃー、アルに犯されたーい。」
「きゃ…きゃ~。」
願望をふざけて言うクリスは、カタリナの手を引き走っていく。
「………、まったく…。」
そう言って、楽しそうに走る2人を、ゆっくり追いかけるアルだった。
―――
2人が茂みに身体を隠して、様子を伺っていたところにアルが追いついた。
「好都合ね…。 ゴブリンが一匹…、周囲には居なさそうよ…。
カティ、いける?」
「は、はい……。」
「大丈夫よ。いざとなったらお姉ちゃんもアル…お、お兄ちゃんも居るから。」
緊張した面持ちで返事をするカタリナにクリスが優しく声をかける。
アルをお兄ちゃん呼びするのに慣れてない為か少し顔を赤くして言う。
「う、うん…。頑張る! スー…、 ハー…。 スー…、ハー…、………。」
カタリナは、ゆっくりと深呼吸をして、
腰の背面に水平に装着した、短刀の柄を、右手で逆手に握る。
眼を閉じてもう一度、深呼吸をする。 眼を開いたときには、まるで暗殺者の様な、覚悟を決めた眼をしていた。
静かに、移動を開始したカタリナは、
ゴブリンの死角に回り込み、そっと近づいていく。
そのまま背後から忍び寄り、ゴブリンの肩口から胸に向って深く短刀を突き入れる。
「ギィ!? ……。」
ゴブリンは小さく悲鳴を上げるが、そのまま事切れた様で、ずるりと崩れ落ち倒れる。
カタリナは短刀を抜くと、ゴブリンの腰巻きで短刀の血糊を拭くと、スッと離れ鞘に納める。
「ふぅ…。」
一息つくと、アルとクリスの方を向く。
「で…できました。」
こちらを向いたカタリナの顔は既に小動物のソレに戻っていた。
クリスが近づき、カタリナの頭を撫でる。
「頑張ったわね。」
クリスが微笑みながら労うとカタリナは照れて顔を赤くする。
「よくやった…。俺の初めての時よりスマートだったぞ。
マリーさんが見てたら、いっぱい指摘はされるだろうが、
初めてだし、こんなもんだろ。」
アルは、微笑みながらそう言ってカタリナの頭を撫でる。
「あぅ……、有難うございます……。」
少し俯いて小さな声で返事をすると、クリスが声を上げる。
「じゃあ、このゴブリンの魔石を抜いて処理して、もう少し狩りましょうか。」
「りょーかい。」
「は…はい!」
3人はゴブリンを処理すると再び南の森へと向かった。
――
1時間程狩った所で3人は少し休憩をとる事にした。
アルは水筒を渡しながら言う。
「カティ、だいぶ慣れてきたな。」
「あぅ…有難うございます…。き、緊張しますが……。」
「少しずつで良いのよ? まだまだこれからなんだからね?」
クリスがそう言ってカタリナに優しく微笑みかける。
「お…お兄ちゃん…、い…今迄で、ダメな…所を、お、教えてください…。」
カタリナは水を一口飲むと、緊張した面持ちでアルに聞く。
「そうだな……、まず1つ目は、何度か在ったが、焦ったり慌てたりする事だ。
『早く』とか『急ぐ』と、『焦る』や「慌てる』のは、似てるようで全然違う。
前者は、状況を理解して最短を目指す。 後者は、最短を目指して状況が理解できてない。」
「あぅ……。」
「『絶対失敗してはいけない』とか…、『自分がなんとかしないと』って、
思ってしまいがちなんだろうな…。
もう少し俺達を頼って欲しい所だが…、これは回数を重ねて慣れるしかないか。」
「そうね…、少しずつ、私とアルに頼れるようになって欲しいわね。」
「次に…、殺す事に効率的になり過ぎている。かな?
いや、違うな…、………、止めを刺すことに拘っている?
………、正しく言葉に出来てるか判らないが。」
「な、なるほど……?」
カタリナは解ったような解らないような表情で頷く。
「これも、『自分が何とかしないと』ってのに、繋がるかもしれないが…、
何度か、見掛けたんだが、一匹で居るゴブリンと、複数で居るゴブリンを、
同じ様に殺してるんだ。」
カタリナの顔を見て、理解できてるかを確認しながら言葉を続ける。
「一番最初の時を思い出してみて。
『背後から近づき、首から体に深く突き刺して殺した。』
この時は、一匹だったから、これでも良かったんだが…、
複数の敵が居る状況でそんな事をしていたら?
当然…、必ず相手側に発見されてしまう。」
「あっ…、あぅ……。」
カタリナは自分の行動に思い至り、真剣な表情で頷く。
「カタリナ、マリーさんから教わって居る筈だ…。
どう教わったか、思い出せ。」
カタリナは目を閉じ思い出そうとするが中々出てこない様だ。
「は、はい……。えっと……。 …………。
こ…行動を起こすときは…、『その行動によって、どうなるかを想像する』です。」
「………、出来てたか?」
「い、いえ……。」
カタリナが首をふるふると左右に振りながら答える。
「良かったな、カタリナ…。
これが、『考えて、行動をして、考える。』って事だ。
これで経験を積んだ…。もっと強くなったんだ…。
そして…、これからもっと強くなる。」
「っ! あぅあぅ……。」
アルは優しい笑みを浮かべ、カタリナの頭に手を置き優しく撫でてやる。
すると、涙目になったカタリナが恥ずかしそうに顔を伏せる。そして小声で答える。
「もっと……、も…もっと頑張ります、から……。」
「その意気だ。」
そう言ってやると顔を上げ笑顔を見せる。
「あ、有難うございます……。えへへ……。」
カタリナは赤くなった頬を両手で押さえて嬉しそうに笑う。
……その仕草は小動物系の女の子と言った感じだ。
「あー!アルがまた、カティの事を口説いてる!!」
クリスが少し大げさに言う。
「えぇ!?」
カタリナは困った表情でアルとクリスを交互に見る。
「いやいや…、今の流れの何処で口説くんだ? それに『また』ってなんだよ。」
「え~? 何か雰囲気あるじゃない。」
あっけらかんと言うクリスに、アルはやれやれと言った表情で溜息を吐く。
「はぁ~…、まったく…、 そろそろ帰ろうか。」
「そうね、魔石を抜いて処理して、帰りましょうか。」
2人は同意したが、カタリナはオロオロとする。
「え?で、でも……、まだ……。」
「んー?カティはまだ練習したいの?」
「あぅ……。」
クリスにそう言われて言葉に詰まると、アルが言う。
「カタリナ、マリーさんが言ってなかったか?
ギリギリまでやるんじゃないって。」
「あぅ…、い…言われてます……。
『常に余力を残して、引き際を見極めましょう。』……です…。」
「だろ?じゃあ、もう帰らなきゃな。」
「はぃ…。」
残念そうに返事をするカタリナにクリスが声をかける。
「大丈夫よ、カティはまだまだ強くなれるわ。これからも一緒に頑張りましょ!」
「はぃ…、はい!あ…有難うございます!」
こうして、カタリナの実践訓練は、冒険者ギルドに到着をもって終了した。
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