第35話 生きたい。

暫くすると…

カタリナも落ち着いたようで、まだ涙は出ているが、呼吸は落ち着いていた。


「す、すみません……でした…。」


カタリナは、また消え入りそうな声で謝る。


「いや、構わない…。………、もう大丈夫か?」


「はい…、大丈夫…です…。」


アルはカタリナの手に、布に包んだ弟のギルドカードと髪の毛の一房を渡す。


「これは……。キールのっ!?」


布を開いて見たカタリナは顔を上げ問い返すが、直ぐに返事を待つことも無く、

ギルドカードに目を移した後、

髪の毛の一房を胸に当て抱きしめるとポロポロと涙を流した。

暫くして落ち着いたようなので声を掛ける。


「それでな…。いきなりで悪いんだが……。」


「……、はい…。」


「………、カタリナ…、お前は…、生きたいか?」


アルの質問にカタリナはキョトンとした顔をして、口を開く。


「え…? えっと…、それは……。」


アルは言葉を選びつつも、カタリナの眼を見つめ話を続ける。


「お前の弟…、キールは…死んだ…。お前は一人になってしまった。

難しい事は考えなくて良い…。ただ生きたいのか…、死にたいのか答えてくれ。

死にたいのなら…、これ以上苦しまなくて良い様に、………、俺が楽にしてやる。」


「………、え?」


言葉の意味を飲み込みカタリナが呆けていると、クリスがアルに食ってかかる。


「アルッ! そんな事…「クリスッ!」ッ! ………。」


「暫く…、黙って聞いててくれ…。」


「………。」


アルが強めにクリスを黙らせ、重ねて言うと、クリスは無言で頷く。

カタリナは二人のやり取りに戸惑い、答えに詰まる。


「あ…あの…、私…、でも…。」


答えられないでいるカタリナにアルは静かに問いかけた。


「………、生きたいか?」


重ねた問いに俯いたカタリナは、少しの逡巡の後、

顔をあげアルの眼を見て答える。 ハッキリと、強い意志を含めて。


「死にたく……ない、…です。生きたい…、 ………、

死んだ弟の分も…、生きたいですっ!」


「わかった。」


アルは頷くとカタリナの眼を見て言う。


「カタリナ、これからは俺達と一緒に来い。

助けてやる。生きる手段を教えてやる。戦う術を教えてやる。」


「え…? でも…、私は…。」


カタリナは自分は何の役にも立たない。役に立たない。荷物も持てない。と…

続けて言おうとするがアルが先に言う。


「もう、お前を殴ったり怒鳴ったりする奴は居ない。居ても俺達が守る。」


「………、ほん…とう…に…?」


まだ信じられないという様子のカタリナにクリスも口を添える。


「そうよ、もう大丈夫よ…。だから泣かないで?

…………、貴方はこれから強くなるのよ。」


そう言ってクリスはカタリナを抱き寄せて抱擁する。

カタリナは涙をボロボロこぼし、クリスにしがみつき声を上げる。


「あ”り”がとう……ございばずっ!」



―――――



カタリナは泣き疲れてクリスの腕の中で眠ってしまった。


「クリス、背負ってやってくれるか? このまま村まで帰ろう。」


「えぇ、任されたわ。」


そう言ってクリスは、眠っているカタリナを背負うと立ち上がる。


「行こうか…。」


「えぇ、行きましょう。」


2人は村に向かって歩き始めるが、暫くしてクリスが口を開く。


「ねぇ…。」


「ん……?、なんだ?」


「……、この子が死にたいって、言ってたら…、本当に殺す気だったの?」


「………、判らないな…。 殺したかもしれないし…、

適当な所に押し付けてバイバイしたかも知れないし。」


「そう…。」


「カタリナが受けた仕打ちは…、人生に絶望してもおかしく無い…。っと思う…。

心の支えであったであろう、弟まで死んでしまった…。」


「……、そうね…。」


「俺はね…、聖者でも聖人でもない、ましてや偽善者でもないから…、

………、死にたがってる人間に生きろとは言えない。

生きてれば良い事がある、なんて…、無責任な事も絶対言えない。」


「………。」


「ましてや、死にたがってる人間の人生を背負ってもやれない。

生きる目標を一緒に探してやれる程…、やる気のある人間でも無いしな。」


「うん…。」


「だから…、カタリナに選んで貰った。

そして…、生きる事を選んだら、その時は全力で力になろうと思った。」


「うん…。」


「………、軽蔑したか?」


「しないわ…。 貴方はこの子に、生きる事を選んで欲しいと願っていた。

っという事だもの…。」


「そうかな。」


「そうよ。」


「そっか…。」


「うん。」


2人は歩き続ける、少し歩いてからアルがクリスに言う、


「そろそろ、代わるよ。 俺が背負う…。」


「そうね…。 お願いするわ。協力して背負いましょう…。」


「あぁ…、ありがとう。」


2人はカタリナを交代して背負うと村に向けて再び歩き始める。


「どうする? ギルドに寄る?」


「いや、このまま屋敷に還ろう。

今…、奴らと会うと、殺してしまうかもしれない。

それに…、会えばカタリナには辛いだろう。」


「そうね。」


そうして2人は足早に屋敷へ向かった。



―――――



それから暫くして、屋敷に帰ってきたアル達は、屋敷の庭でマリーさんに会う。


「おはようございます、アル様。クリス。」

「あぁ、おはようマリーさん。」

「おはようございます。」


2人が返事をすると、マリーさんはカタリナに気付くと提案する。


「部屋をご用意しますね…。そのままお連れになってください。」


「ありがとう、助かるよ。」


そう言ってカタリナを背負ったまま屋敷に入った2人は、

クリスの部屋に連れて行くとベットに寝かせた。


「それで…、この子はどうしたんです?」


マリーさんは心配そうな視線をカタリナに向け、問いかけてくる。


「保護する事にした。 詳しくはエレナ母さんと一緒に話すよ。」


「分かりました。 昼食の用意をしておきますね。」


そう言って、マリーさんは部屋を出て行った。


暫くして目を覚ましたカタリナを連れてダイニングに行き、

アル達はエレナに、カタリナの経緯と保護する理由を語った。


「そう…、………、この子は強い子ね。」


エレナは静かにカタリナに声をかけると、静かに強い視線をアルに向ける。


「で…、今後はどうするの?」


「カタリナ、今何歳か判るか?」


「じゅ…いえ…、本当は9歳です。」


「そうか9歳か。 見ての通りカタリナは歳の割に身体が小さいし手足も細い。

栄養が足りて無いんだと思う…。なので身体作りから始めようと思います。」


「そうね。それで?」


「まずは、この家で健全な生活をさせてやりたいです。

もちろん食費は払います。」


「そうね。そうしなさい。」


「ありがとうございます。…

それから、カタリナには将来的に、自分の力で戦えるようになって貰いたいです。」


「なるほどね…で?  誰が鍛えるの?」


エレナはアルに視線を向けるがアルは首を振って答える。


「マリーさんに…、お願いしたいです。」


「教えるのは構いませんが…、アル様…、なぜ私に?」


「俺やクリスに教えて来た実績があるからです。

俺やエレナ母さんは魔法寄りですし、クリスは女性の中では身長も高い、

カタリナの身体に合わせた戦い方を教えるのに向かないかと。」



「体格の話なら、私はクリスよりも大きいですが…、私なら…可能だと?」


「出来るでしょう…?」


マリーはいつものエロイ視線ではなく、アルの真意を探る様に目を見据えて問うと、

アルも当然とばかりに見返し答える。


2人の視線が交わると、マリーは諦めたように息を吐く。


「分かりました…。その様に努めます。」


「ありがとうございます。よろしくお願いします。」


「お、お願いします。」


アルが頭を下げると、クリスも頭を下げたので、

カタリナも慌てて声に出し一緒に下げる。


それを見てエレナは優しく微笑むと口を開いく。


「私達に出来る事なら何でもするから、遠慮無く言ってね? カタリナちゃん。」


「……は、はい! あ…ありがとうございます!」


昼食を摂ってる時も、マナーは決して良くは無いが、

小動物の様に美味しそうに食べるカタリナを、全員が微笑ましく見て居て、

それに気付いたカタリナが萎縮すると言った場面があった。


昼食後、訓練をしようとアルが庭でストレッチをしていると、マリーが出てくる。

それに続きエレナ、クリス、カタリナの順で出て来て、アルは眉を顰める。


「何故に…、メイド服……。」


「私が小さい頃に、着て居た物よ。」


クリス嬉しいそうに答えるが、カタリナは顔を引き攣らせている。


「最初は嫌がって居たんですがね?

『強くなる為には必要です!』と言うと、着て下さいました。」


嬉しそうに語るマリーにアルはツッコまざる終えない。


「マリーさん…、それは言いくるめたって言いますよね。」


「失礼ですね、アル様?

『強く成りたければ着なさい!』っと言っただけですよ?」


「はぁ…、まぁ…、良いか。」

(この家の戦闘服はメイド服なのかな…。)


深くツッコんでも時間と労力の無駄なので諦めたアルの前に、

カタリナがトテトテと小走りで来る。


「あぅ…、アル様、ご…ごめんなさい。私なんかがこんな綺麗な服を着て…。」


そう言って頭を下げるカタリナに、アルは優しく答える。


「あぁ…、カタリナはなにも悪く無いよ。

あと…『私なんか』って言葉は、次からは使わない様に。

カタリナはこんなに可愛いし、服もよく似合ってるよ。」


「あぅ……。」


そうアルが褒めると、カタリナはみるみる顔を赤くして俯く。


「あ、……ありがとうございます……。」


俯いたままお礼を言ったので、アルはその頭を撫でると顔を上げるように促す。


「さて…、まずはゆっくり柔軟を始めよう。一緒にやろうか。」



―――――



そんな様子を見てたエレナは呟く。その呟きにマリーとクリスが同意する。


「アルは…、ナチュラルに女たらしね…。」


「えぇ…、ジョシュア様とエレナ様に似て、顔も良いから余計に…。」


「そうですね…。

あれで本人は…、全然その気がないのが、余計に質が悪いですね…。」


「はぁ…、そうなのよねぇ……。」


「あの顔で…、夜も凄いとか反則ですわね。」


「3人掛かりでも…、屈服させられましたからね…。」


「それは……、今は関係ないわ。」


3人がコソコソと話してるのに気付き、アルは声をかける。


「3人とも何か言いました?」


「………、いいえ?………、とりあえずカタリナちゃんの訓練を始めましょうか。」


エレナの言葉に同意して5人は訓練を始めた。


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