第19話 一番怖いのは誰?



冒険者ギルドに入ると、アルは空いている受付嬢に声を掛ける。


「おはようございます。

昨日、村の近くでゴブリンの異常…なのかは、判りませんが、

集団を発見しましたので、報告しに来ました。」


「……えーと…?」


そう伝えると、受付嬢が、困惑したような顔をしていた。

その時、横から冒険者の男が話に割って入ってくる。


「おいおい…、ゴブリンの異常ってなんだよ? 

どうせただの繁殖で、少し多かったぐらいだろ?」


「………、北の平原を、東に行った先にある森で、

数百匹のゴブリンに襲われたので、異常に感じたので報告してるだけですよ?」


アルは、めんどくせぇと思いつつ、極力冷静にそう答えると、

冒険者は鼻で笑いながら言う。


「はっ! 数百匹のゴブリンなんて、居る訳無いだろ?

俺は10日ほど前に、あの森に行ったんだぜ?どうせ見間違いかなんかだよ!」


(……酔っ払いか…? めんどくせぇな…。

状況が変化するには、10日もあれば十分だろうが…。)


アルは前世での経験により、酒に酔って、人に絡む奴が、大嫌いだった。

どれくらい嫌いかと言うと、酔っぱらいと真面目に喧嘩できるぐらいだ。


冒険者の相手が面倒臭くなったアルは返事をせずに、

動かない受付嬢の方を向き口を開く。


「先達の冒険者様が、こう仰られて居ますので、

報告は必要ありませんか? ……もし必要が無ければ帰りますね。」


アルの言葉を聞いた、受付嬢は慌てたように答える。


「いえ!報告は必要です! お願いします!」


「そう言われましても…、こちらの冒険者様は、要らないと仰ってますけど?」


「いえ…、……それは…。」


受付嬢が言い淀んでいると、冒険者はアルの胸倉を掴みながら言う。


「おいっ!ガキ! お前みたいな雑魚が、先輩様に口答えしてんじゃねぇよ!」


「………だそうですよ?」


冒険者に返事をしないで、冒険者を指さして受付嬢に言う。


「で…、でも…。」


(このお姉さん…、……こっちも面倒臭いな。)

「はぁ…、……コレをどうにかしないと報告も出来ませんよ?

胸倉摑まれたまま、報告する趣味は在りませんので…、

貴方がどうにか出来ないなら、判断できる人を、今すぐ呼んでください…。

………それも出来ないと言うのであれば、帰ります。」


アルが受付嬢を見て喋っている途中で、視界の奥に、

その様子を見てた眼鏡の受付嬢が、既に2階への階段を上がって行ったのが見えた。

アルに言われた受付嬢は、

まだ判断に困っているようで、こちらを振り返りながら奥に入って行く。


(あの眼鏡の人は…、……動いてくれたのかな?)


アルがそんな事を考えていると、

無視されていた冒険者が、怒り出し、

アルの胸倉を掴み、顔を近づけて睨んでくる。


「………ガキのクセに、調子に乗りやがって! 

お前みたいな生意気なガキは、痛い目を見ないと解らないみたいだな!」


(あぁ…、……こっちも本当に面倒臭い。……そして酒臭い…。)


冒険者の恫喝を聞き流して、

内心で溜息をついてると、眼鏡の受付嬢が2階から降りてくるのが見えた。

そのすぐ後ろから、ガタイの良いおじさんも降りてくる。


「ギルドマスターを呼んで来ました!」


「おう…、ご苦労さん。さて…、ゴブリンの異常について、話を聞きたいんだが?」


そう言って、ギルドマスターと呼ばれた男は、アルを見る。


「話をする前にコレ…、……どうにかなりませんか?」


アルはそう言って、胸倉を掴んでいる冒険者を指差す。

ギルドマスターは無言で指の刺す方を見て、冒険者に呆れた眼を向ける。


「ん…? あぁ…、おい、ジーン…、その手を離してやれ。」


そんなギルドマスターの言葉にジーンと呼ばれた冒険者は激昂し叫ぶ。


「ふざけるなっ! なんで俺が、こんなガキに! ………、 グハッ!」


そう叫んで、拳を振りかぶり、殴り掛かって来たので、胸倉を掴んでいた手を、

下から上に殴り、打ち上げて痛みで手の力が緩んだ隙に脱出し、

殴り掛かってきた拳を逸らして、

足を引っ掛けると顔面から床に激突した後、パタリと倒れて動かなくなった。


そんなジーンを放置して、ギルドマスターに話し始める。


「さて、ゴブリンの異常についてですが…、」


そう言うと、ギルドマスターは頷く。


「おう…、……続けてくれ。」


(あ、スルーしてくれるんだ…。)


そう思いつつアルは話を続ける。


「北の平原の、東の森に入って、少し奥に行った辺りで、

数百匹のゴブリンの群れに襲われました。」


「ふむ…、……なるほどな…。それで…? ……その群れはどうなった?」


(この人…、……意外と話が早いな?)


そんな事を考えつつアルは答える。


「数匹は倒しましたが、足止めしつつ撤退したので、

ほぼそのままの数が居る筈です。

あと逃げるときに、チラりと見えただけなのですが、

東の森の奥に洞窟が見えました。

此処からは推測ですが…、ゴブリンの集団が襲ってきた方角も一致するので、

ゴブリンの巣や…、……大量発生の原因かも知れません。」


「なるほどな…。……その洞窟の正確な場所は判るか?」


「いえ…、……じっくり見てる余裕がなかったので。

ただ…、北の平原から川沿いを東に進み、

森に入っても川沿いに森を進めば見つかると思います。」


そう話を聞くと、ギルドマスターは部下に指示を出す。


「よし! ……その洞窟の調査と討伐隊を組むぞ!

……まずは洞窟の正確な場所の確認だ!」


そう指示すると、ギルド職員がバタバタと荷物を背負い数人が出て行った。


「さて、坊主…、……名前は?」


「……アルです。」


しばらく黙って様子を見てた、

ジーンのパーティーメンバーであろう冒険者が騒ぎ出す。

因みにジーンは、完全に動かない。 飲み過ぎである。


「ギルマス! そんなガキの言うことを、信じるのかよっ!?」


「うるせぇっ! ……てめぇらは黙ってろっ!」


ギルドマスターが一喝すると、冒険者は黙り込む。が、ギルドマスターは続ける。


「もし嘘だったら、……そんときゃ、後でコイツを叱りゃぁいいんだよっ!

だが、もし本当だった場合は、早急に対応しないと、

厄介な事になる可能性があるから、まず調べるんだろうがっ!」


そう言うと、ギルドマスターはアルに向き直り改めて言う。


「坊主…、……それに嬢ちゃん達も…、悪いがもう少し残っててくれや。」


「判りました。」



―――――



素材の換金などを終わらせ、個室でギルドマスターと5人で待機してると、

冒険者ギルドの制服を着た職員が、飛び込んで来た。


「報告のあった森に、ゴブリン多数! 

……数が多すぎて過ぎて、総数不明ですが最低500以上。

上位種はシャーマンとホブを視認。

他は、未確認ですが群れの規模的に、更に上位も居ると推定します。

概ね報告通りの位置に、洞窟の存在は確認できましたが、

ゴブリンが多過ぎて近寄れなかった為、内部調査はは断念、内部の状況は不明。」


ギルド職員が早口で報告を読み上げる。


「………500以上と推定…、か。 ……思ったよりも多いな…。」


ギルドマスターは考える様に呟く。


「上位種はシャーマンとホブが確認出来たんだな?」


ギルドマスターが職員に確認するように聞くと、職員は答える。


「はい、シャーマン2体とホブ3体を確認済み、

他は未確認ですが、シャーマンとホブを複数確認できた時点で、

上位種は居ると思われます。」


「そうか…。……よし…、冒険者各位に、緊急討伐依頼だ。

まずは編成だ、急げよ! 俺は領主館に行ってくる。」


ギルドマスターは職員に指示を飛ばすと、こちらに振り向いた。


「坊主…、いや、アルだったか。お前達は俺と来い!」


そう言うと、ギルドマスターは足早に出て行った。


(なんか……大事になったなぁ…。)


そんな事を考えながら、アル達はギルマスの後を追って領主館に向かった。



――――



冒険者ギルド内部



受付嬢達は連携して、緊急討伐依頼の用紙を作り上げ、貼り出し、声を上げる。


「緊急討伐依頼です! 

現在、北の平原の東側の森にて、洞窟の存在が確認されました!

北東の森全域と洞窟にて、大量のゴブリンが確認されて居ます!

今回は数が多いので、Dランク以上の方は、強制とさせて頂きます!

今回は人数が必要ですので、Dランク以下の方も宜しくお願いします!」


声を上げる。参加者の名簿を作る。物資のリストアップ等、

受付嬢や職員達は大騒ぎになって居た。



そんな戦場の様な、冒険者ギルド内部の一画で、

眼鏡の受付嬢の周囲だけ、また違った雰囲気に支配されていた。


眼鏡の受付嬢は、アルに絡んでいたジーンに、貼り付けた笑顔で声を掛ける。

ジーンは、回復魔法と解毒薬を飲まされて、現在は素面シラフである。


「ジーンさん達のパーティーは、Eランクですけど、

ギルドマスターーの指示で、強制参加になりますので、宜しくお願いしますね。」


白い紙が黒く染まり、ボロボロになって崩れ落ちそうな程のオーラを、

背後に幻視してしまいそうな笑顔で言う眼鏡の受付嬢。


「な…、なんで俺達が!」


ジーンは横暴だと抗議するが、

眼鏡の受付嬢は笑顔のまま首をコテンっと傾けて続ける。


「……なんで…? ……パーティーとしてはEランクですが…、……ジーンさん?

貴方はDランクじゃないですか今回はギルドマスターの指名依頼という事で

報酬がその分上乗せされるので大丈夫ですよ頑張ってくださいね」


眼鏡の受付嬢は張り付けた笑顔のままで、

声の抑揚も無いままに、早口でまくし立てる。


「それに…、……アル君はしっかりしてるけど、まだ10歳なんですよ?

そんな子に絡んで…、……最後は暴力を振るおうとしてましたよね…。

……良い大人が子供に本気で暴力を振るうなんて恥ずかしくないんですか?

しかもアル君はゴブリンの集団を異常として報告しただけなのに。

こんな話が広まれば誰も彼も面倒くさがって報告なんてしてくれなくなりますよ?

貴方のパーティーメンバーもその事について何も思わないんですか?

何とも思ってないからあんなの事をしちゃうんでしたね?

朝から酒を浴びるほど飲んで酔っ払って人に絡んで貴方達は今まで何を考えて生きてきたんですか生まれてきて申し訳ないと思わないんで……………。」


アルの名前を出して、一旦落ち着いたと思われた眼鏡の受付嬢は、

再び早口になっていき、説教から段々ただの罵倒になり始めていた。


仁王立ちする眼鏡の受付嬢の、延々と終わりの見えない説教に、

いつの間にか正座している、ジーンとそのパーティーメンバーの二人。


「あ…、あの…、先輩…、そ…、……その辺りで…。」


最初にアルの対応していた若い受付嬢が、眼鏡の受付嬢に声を掛けるが、

眼鏡の受付嬢の首だけが、グリンと動き若い受付嬢を見る。

声を掛けた若い受付嬢が、その動作に怯えて、変な声を出す。


「ヒィッ!?」


「いいえ…!……まだまだ足りません…、……それと貴方も貴方ですよっ!

冒険者さんから得た情報をっ! まとめっ! 精査してっ! 報告してっ!

……必要に応じた対応をするのが、我々、受付嬢なんですっ!

ただヘラヘラ笑って? 物を受け取って眺めて? ハンコをペタペタ押して?

ただ金をバラ撒くだけなら、子供でも出来るんですよっ!?

判ってるんですかっ!?」


声を掛けた受付嬢にも飛び火して、涙目になりながら正座する。


「あ…、あの…、先輩…?、……そろそろ編成を纏めないと、時間が…。」


その場を見かねた、別の受付嬢が、眼鏡の受付嬢に言うと、我に返る。


「そ、そうね! 急ぎましょう!」


2人は急いで、召集された冒険者が集まるギルド裏手の訓練場に、

資料をもって急ぎ足で去って行った。


ジーン一行と受付嬢は、嵐が去って行くその様子を見て、崩れ落ちた。



――――――――――――


本日、2話目です。

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