第17話 告白
(ふぅ…、今日は色々あったな…。)
アルは自室で寛いでいた。
ふと視線を上げると、窓から見える月が、綺麗に見えていたので、
何となく窓辺に椅子を寄せて座り空を見上げる。
「あぁ…、綺麗な月だな…。
そう言えば前世でも、夜空を眺める事なんて殆ど無かったな…。」
大気汚染の進んだ空、街明かりで夜でも明るい街並み。
前世の夜空は、こちらの世界程見ても何かを思うことは無かった。
「街灯の少ない田舎の方にでも行けばまた違ったかもしれないが…、
終ぞ死ぬまで…、行く事は無かったな…。」
そして暫くの間、夜空を眺めていると、
ふと背後に気配を感じ振り返ると気付かないうちにクリスが部屋に来ていた。
「どうしたクリス…? 何かあったのか?」
そう聞くと、少し恥ずかしそうにしながら答える。
「アルと…、2人で月を見たかったから…。」
(……、どういう意味だろう?)
問い返すのもなんだと、思い直しとりあえず隣に座る様に促すと、
嬉しそうに微笑んで左隣に椅子を寄せ座った。
2人は暫く無言で夜空を眺めていたが、ふとクリスが口を開く。
「ねぇアル…、私ね…、今日…、凄く幸せなの…。」
「そうか……。」
その言葉に短く返事をすると、クリスは言葉を続ける。
「だって今日は…、本当に楽しかったから。
アルと一緒に冒険をして…、一緒に街を歩いて…、一緒に買い物をして…、
手を繋いで帰って…、一緒にお風呂に入って…、今もアルと2人で綺麗な月を眺めて…。
本当に…、幸せ…、だから…、ありがとう。」
今日の出来事を噛み締める様に、言葉を紡いだ後、こちらを見て礼を言ってくる。
そんなクリスを見てると何故か凄く胸が苦しくなる。
まるで最後の幸せを、噛みしめるかのような、そんな言葉。
肩を抱き寄せ優しく頭を撫でると、嬉しそうにこちらに頭を預けて微笑んでいた。
「ねぇ…、アル…、今日こそ抱いて…。」
「…… な…、なに…?」
突然のクリスの言葉に、アルは驚きの余り思考停止してしまい、慌てて聞き返すが、クリスは少し恥ずかしそうにしながら再び言う。
「お願い…、私を抱いて…。」
「いやいやいやいや! まだ早いだろっ!?」
即座に否定するが、ろくな否定の言葉も捻りだせない。
「そんな事無い…、私はアルに全てを捧げる覚悟が…、ある。」
クリスは真剣な眼差しで、そう答えるのだった。
「あのね…、クリスさん、落ち着いて聞いてくれ…。」
アルはクリスを落ち着かせる様に、一呼吸置いてから話し始める。
「俺はまだ…、10歳で、クリスも13歳だ…。」
「知ってるわ…、でもわた「確かに、」
そんな答えが返って来るのは予想済みだったので、言葉を被せ気味に続ける。
「確かに…、女の子は早い子なら、
8歳過ぎから受け入れられる体になってくる子も居るだろう。
クリスは13歳だから…、もう受け入れられるのかもしれない。」
「もう大丈夫よ…。だからっ!」
少し興奮気味のクリスを手で制して、続ける。
「判ってる…。でもね…、俺はまだ10歳なんだ。
身体も心も…、まだまだ成長段階だ。
だから…、まだ起たないんだ、そろそろだとは思うんだが…、
もう少し…、待ってくれないか?」
アルは、自分の股間を指差しながらそう告げると、
クリスも理解したのか少し俯いて頷く。
(納得してくれたか…。 俺は何を言ってるんだろうか…。 ん?)
自分で何の説明をしてるのかと、自問していたアルは、
俯いたままのクリスがフルフルと震えだしてる事に気付く。
「つまり…、あと少し成長すれば…、起つ…、って事よね?」
「え”っ?」
クリスの質問に思わず変な声が出るが、なんとか持ち直して言葉を探す。
「そ…そう…、だな。 成長すれば…、きっと…、
もうすぐ…、起つと思う…よ?」
その結果、しどろもどろになりながら、言葉を絞り出す。
「じゃあ…、もう少ししたらアルに抱いて貰えるって事ね!」
花が咲いたように嬉しそうに言うクリスに、アルは苦笑いしながら答える。
「そ…、そうね…?」
(………、クリスがこんな事を理解していないとはとても思えないけど…、
偶に何かを抑えきれないと言うかタガが外れる様な…、暴走気味になるのはなんだろうな…。
正直…、体が反応しなくても俺の理性が決壊しそうだ…。)
クリスの眩しい笑顔に、顔を引きつらせながら返事を返しクリスの心配を同時にしていると、クリスは嬉しそうに言う。
「じゃあ私…、頑張るわ! 毎日アルが起つ様に頑張るから!!」
胸の前で両手で、グっと意気込むクリスを見て、
アルは頭を抱えて溜息を吐くのだった。
「はぁ…、まぁ程々に…な?とりあえず…、そろそろ寝ようか?」
声を掛けて立ち上がり椅子を戻そうとすると、服の袖を掴まれる。
振り返るとクリスが上目遣いで見つめていた。
(くっ…、一々可愛いな!!)
そんな邪な考えを振り払いつつ、優しく声を掛ける。
「どうした?」
そう聞くと、クリスはモジモジしながら答える。
「今日は…、一緒に寝たいの…ダメ…かしら…?」
(ぐっ!!そんな目で見つめるなよ!断れないだろ!?)
内心を悟られない様に、なるべく平静を装って返事をする。
「分かったよ…、じゃあ…、一緒に寝ようか…。」
「……っ! うんっ!」
(俺…、寝れるかなぁ~。)
2人は、仲良く手を繋いでアルのベッドに潜り込むのだった。
――――
「クリス…? ………、起きてる?」
「うん…、どうしたの…?」
アルはずっと疑問に思っていた事を聞いてみた。
「クリスは…さ…、 どうして…俺の事が好きなんだ?」
「……え? どうしたの?急に…。」
クリスは突然の質問に驚いて顔を上げてアルを見る。
ずっと気になっていたのだが、聞いて良い物か悩んでいたアルは、
結局思い切って、聞くことにした。
「いや…、だって…、俺らってさ…、ずっと一緒に…居るよな?」
「……うん。」
「小さい頃から一緒に居るし、
嫌われるような事をした事はない…と思うし、
専属メイドにも…、なってくれてる。
けど…、クリスの全てが俺の物とか…、
そこまで惚れてくれてる理由が、判らないんだ。」
「………。」
クリスは黙ったままアルを見つめている。
「だから…、俺と一緒より…、
もっと、相応しい人が…、………、居るんじゃないかなって…。
俺は…、クリスには幸せになって欲しい…。
だから…、その…、俺…、なんかと……、」
言葉を絞り出すアルは、不安になり、俯きながら話していると、
クリスに抱きしめられる。
「………、はぁ…。」
クリスは、ため息を吐くと、抱きしめたアルの頭を撫で段々と語気を強める。
「なんで…、なんでっ!なんでそんな……っ!
なんでそんな余計な事を考えてるのよっ!? …ねぇっ!?」
頬を両手で挟まれ、顔を突き合わせて眼を合せる。
「クリス…、笑わないで…、………、聞いてくれるか?」
アルは決意した表情でクリスの手に手を重ねて降ろさせるとポツリと呟く。
「アル…、話して。」
クリスに促されアルは話す 。
「俺は…、俺には…前世の記憶が有るんだ。」
「………、え…?」
「前の人生で…、14歳の頃、初めて…、彼女が出来たんだ。」
過去を思い出す様に言葉を紡いでいく。
「その子の事は今でも判る…。その当時は…本気で好きだったと…。」
「…………。」
急に前世の話をされたクリスは困惑した様な顔をしている。
「えっちな事もしてなくて…、お互いに大事に思っていて…、
色んな所に行って…、……お互いに好きだと言い合っていた。
けれど…、突然…、理由も説明もなく…別れ話を切り出されて…別れた…。
別れた後も…、好きだったけど、
暫くすると、俺の親友だと思ってた男と…、付き合っていたと知った。」
「………え…?」
「そいつは…、俺の小さい頃から親友で…親友だと思っていて…、
彼女とは、俺を通じての知り合い程度…のはず…、
そう思っていたのに…、そう言ってたのにっ!」
語気を強めてしまった事に気付いたアルは小さく息を吐くと言葉を続ける。
「今となっちゃ…、NTRなのか、そもそも付き合ってなかったのか。
それすらも判らないが、その時の俺は…、深く…傷付いたと思ってる…。」
「………。」
何となく意味を察したクリスはアルを見つめて黙って聞いている。
「何がいけなかったのか…、最初から遊びだったのか…、
そんな事を考えるのもめんどくさくなってきて…。
気付いたら…、愛情表現の仕方も…、受け入れ方も…、
判らなくなっていたんだと思う…。」
感情が抜けたような表情でポツリポツリと言葉を続ける。
「判らないから、上っ面だけで人と付き合っていた…、
そんな時に…、彼女じゃない子に好きだと言われて…、
慰めて貰って…、身体を重ね…、愛を囁き合い…。
気が付けば、その子は…、違う男の彼女になっていた。」
アルは過去を思い出し、淡々と話していく。
「それでも、俺は…、俺なりに一生懸命に…、やっていたんだと思う。
でも…、相手にとっては物足りなかったんだろうね。」
アルは過去を思い返し、苦笑いしている。
「デートしていても、セックスをしていても…、
俺はもう…、好意を向けられている事にすら自信が持てないでいた…。
自信が無いから…、相手の好意を疑い…、考えて…、疑心暗鬼になり…、
疑い…、相手を傷つけて…、相手が去って行く…俺から離れたこともあった。」
アルはクリスの眼を見る。
「クリスの好意は素直にうれしい…、俺もクリスの事は好きだ。
だけど…、それすらも疑う俺も居るんだ…。」
だから…と、 アルは顔を伏せながら続ける。
「クリスが…、去って行く事を…、考えると怖い…、
去って行くと…、疑ってる自分にも腹が立つ…。」
アルは震えながら声を漏らす。
「だから…、俺は…、
こんな自分が…、誰かに愛されるのが…、裏切られるのが怖い…、
好きな相手を信じることが…、怖い…。」
アルは涙を流し、震える身体をクリスが抱きしめてくれるままに声を絞り出す。
「………、だから…、すまない…。」
クリスはアルの震えが、止まるまで抱きしめる。
しばらくして、アルの震えが止まり泣き止むとポツリと言う。
「俺を…、………、愛してくれて、ありがとう…。」
クリスが、これで離れて行っても仕方ないと思い、
それでも顔を見て、涙を流したままに、精一杯に微笑んでお礼を言ったのだった。
「アル…、私ね…。」
アルの胸元をいじりながら恥ずかしそうに。
「4歳の時に初めて、1歳のアルを見て…、その時に好きって…、思ったのよ…。」
「そ…、そうか…。」
突然のカミングアウトに、どう答えてあげればいいか困りつつ返事を返す。
「私が…、10歳になった時にね…、夢を……、見たの…。」
「………、夢…?」
「そう…、夢…。」
アルが、聞き返す様に言うと、目を伏せてクリスが言う。
「南の森から…、モンスター達が押し寄せて来て…、村の各地で火の手が上がり、
ジョシュア様や、領兵の人たち、お父さんも殺されてしまって…
私とアルを連れて逃げようとしてたお母さんも捕まって…、
エレナ様までも捕まって……。」
目を伏せていたクリスは下唇を噛み、何かを我慢する様に震えだす。
「最後は…、オークの王みたいな化け物に捕まった私を、
助けようとしてアルも…。」
そこまで言ったクリスの眼から涙がこぼれる。
「………、この夢が、本当に起こる事かは…、判らない…。
ううん…、起こらない方が良いのだけれど…
でも…、もし……、本当に…あれが起きる事なら…。」
クリスが顔をあげて、アルを見る。
その顔は涙を流したままでも強い光が眼に宿っていた。
「今度は…、私が貴方を守るの……、何が有っても…。」
(クリスが…、髪を切ったのは…、確か10歳の頃だったはず…。)
「だからね…、アルが私の愛を疑ってても、別にいいのよ…。」
(それは…、だめ…だろう…。)
「それでも私は…、
………、貴方を愛し続けるから、……アキさん。」
「…………っ!。」
クリスの言葉にアルは言葉を失う。
それは、クリスが知って居る筈が無い名前、アルの前世の名前。
「……、な……んで……。」
アルは呆然とクリスを見て言葉を漏らす。
「アル…、私にもね…、前世の記憶が残ってるの。
そして恐らくは貴方に会っているの…。」
「………っ!?、まさか…。」
クリスは、アルを優しく見つめながら……語り出した。
「私はね…、病気に掛かって居て、
悪化していく身体を自覚しつつも医者に通うお金も無くて…、
このまま死ぬのかなぁって思って、よく一人で公園に行ってボーっとしてたの。」
クリスの話を聞いて、思い当たる人物が一人だけいた。
良く公園のベンチに一人で座って居て、儚げで穏やかな笑みを見せる女性を…。
前世で事故に遭う1年ほど前に公園で知り合い、他愛もない話を何度もした女性。
良いなと思いつつも人間不信と年の差も有り、
結局、踏み込んだ会話も出来ないまま死んでしまって、
二度と会う事も無いと思っていた女性を。
「それでね……、ある日、
公園で1人ボーっとしてる時に、
声を掛けら…「まさか…、ケイさん…なのか?」
クリスの言葉を遮る様にその名前を口に出してしまう。
「やっぱり……、アキさんだったのね……。」
クリスには確信はあった、しかし、確証はなかった。
だが、アルが前世の自分の名前を口にした事が確証となり、
堪え切れずに涙がボロボロと溢れ出す。
「で…でも、何でケイさんまで…、事故には巻き込まれてないだろう?」
アルは、クリスがケイの生まれ変わりなら……、と、
あの事故には巻き込まれなかった筈だと思いそう問いかける。
「うん……、私はね……。アキさんが初恋の人だったの。
そして…、アキさんが亡くなった事故の少し後に、
事故で階段から転落して…死んだの……。」
涙を拭いながらそう答えるクリスは、泣きながらも笑顔をアルに向けて、
転生してからの今迄を、転生する前の人生を、アルに告白していく。
「…………っ。」
クリスの告白にアルは再び言葉を失う。
「だからね、アルが他の女の子も、好きになっても構わない。
そりゃ…、拗ねたりは……、するかもしれないけれど…、
貴方が他の人と結婚しても…、許されるなら傍に居るわ…。
貴方が私を嫌いになったなら…、 ………、貴方の前から…消えるわ…、
そして…、貴方から見えない場所から…、貴方を守る…。
でも…、………、それまではずっと傍に居るわ…。」
クリスらしい言葉に、思わず微笑み苦笑する。
「なんだよ……それ…、無茶苦茶じゃないか…。」
そう愚痴った後に、クリスの眼を見る。
「………、クリス…。」
「………、なぁに?」
「ずっと前から好きでした。」
アルの言葉に、嬉しそうに微笑むクリス。
「私も好きよ…。ずっと前から大好きよ…。」
そして、二人の顔が近づいていき……、
唇同士が触れ合うような優しいキスして離れる。
「………」
「………」
お互いに見つめ合ったまま、無言の時間が流れ…、先に動いたのはアルだった。
クリスの肩を抱き寄せて、再び唇を奪う。
「んっ……、……んんッ!!」
突然の強引なキスに驚いて逃げようとするクリスを、
頭を抱きしめる様に抑えつけて唇を押し付けて舌を滑り込ませ口内を蹂躙していく。
最初こそ驚いたクリスだったが、口内を蹂躙して来る舌に自分の舌を絡ませて、
抱きしめ返し、お互いに鼻息を荒げて貪る様にキスを繰り返していく。
そして、どちらともなく唇を離して見つめ合う。
「なぁ……、クリス……、触ってみて…。」
「……、うん……。」
アルはクリスの手を取ると自分の股間に誘導する。
そこは既に大きく反り返り、ズボンを押し上げていたのだった。
顔を上げたクリスは驚く様にアルを見る。
「……っ!? アル…、起ったの?」
「あぁ……。このまま…、お前を抱きたい…。」
「嬉しい……、来て……。」
宝石のアメジストの様な瞳を涙で潤ませたクリスを抱きしめてキスをして、
そのままベッドに押し倒す。
「クリス……、好きだよ……。」
「アル……、愛してるわ。」
そして、2人は再び唇を交わして愛し合うのだった……。
――
翌朝、アルは窓から差し込む光で目を覚ますと、隣には裸のクリスが寝息を立てていた。
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