第13話 告白


(ふぅ…、今日は色々あったな…。)


アルは自室で寛いでいた。

ふと視線を上げると、窓から見える月が、綺麗に見えていたので、

何となく窓辺に椅子を寄せて座り空を見上げる。


「あぁ…、……綺麗な月だな…。

そう言えば前世でも、……夜空を眺める事なんて、……殆ど無かったな…。」


大気汚染の進んだ空、街明かりで明るい夜の街並み。

前世の夜空は、こちらの世界程、見ても何かを思うことは無かった。


「街灯の少ない田舎の方にでも行けば…、……また違ったかもしれないが、

終ぞ死ぬまで…、……行く事は無かったな…。」


そして暫くの間、夜空を眺めていると、

ふと背後に気配を感じ、慌てて振り返るとクリスが立っていた。


「どうしたクリス? ……何かあったのか?」


そう聞くと、少し恥ずかしそうにしながら答える。


「アルと…、……2人で、月を見たかったから…。」


(……、どういう意味だろう?)


問い返すのもなんだと、思い直しとりあえず隣に座る様に促すと、

嬉しそうに微笑んで左隣椅子を寄せ座った。


2人は暫く無言で夜空を眺めていたが、ふとクリスが口を開く。


「ねぇアル…、……私ね…、今日…、……凄く幸せなの…。」

「……そうか。」

その言葉に短く返事をすると、クリスは言葉を続ける。


「だって今日は…、……本当に楽しかったから。 

アルと一緒に冒険をして…、……一緒に街を歩いて、……一緒に買い物をして、

……手を繋いで帰って、……一緒にお風呂に入って、

そして…、……アルと2人で綺麗な月を眺めて。

本当に…、……幸せ。だから…、……ありがとう。」


今日の出来事を噛み締める様に、言葉を紡いだ後、笑顔でお礼を言ってくる。

そんなクリスを見てると何故か凄く胸が苦しくなる。


まるで最後の幸せを、噛みしめるかのような、そんな言葉。

肩を抱き寄せ、優しく頭を撫でると、

嬉しそうに、こちらに頭を預けて、微笑んでいた。


「ねぇ…、アル…、……今日こそ抱いて…。」


「ぶふっ!? な…、なに…?」


突然のクリスの言葉に、アルは驚きの余り噴き出してしまう。

慌てて聞き返すも、クリスは少し恥ずかしそうにしながらも答えるのだった。


「お願い…、……私を抱いて…。」


「いやいやいやいや! ……まだ早いだろっ!?」


即座に否定するが、ろくな否定の言葉も捻りだせない。


「そんな事無い…、……私はアルに全てを捧げる覚悟が、……ある。」


クリスは真剣な眼差しで、そう答えるのだった。


「あのね…、……クリスさん。 ……落ち着いて聞いてくれ。」


アルはクリスを落ち着かせる様に、一呼吸置いてから話し始める。


「俺はまだ、……10歳で、……クリスも13歳だ。」


「知ってるわ…、……でも…。」


そんな答えが返って来るのは予想済みだったので、言葉を被せ気味に続ける。


「確かに、……女の子は早い子なら、

8歳過ぎから受け入れられる体になってくる子も居る。

……クリスは13歳だから、……もう受け入れられるのかもしれない。


「もう大丈夫よ…。……だから!」


少し興奮気味のクリスを手で制して、続ける。


「判ってる…。……でもね、……俺はまだ10歳なんだ。

…身体も心も、……まだまだ成長段階だ。

だから…、……まだ起たないんだ、……そろそろだとは思うんだが、

もう少し、……待ってくれないか?」


アルは、自分の股間を指差しながらそう告げると、

クリスも理解したのか少し俯いて頷く。


(納得してくれたか…。 俺は何を言ってるんだろうか…。 ……ん?)


「つまり…、……あと少し成長すれば、起つ…、って事よね?」


「ぶっ!?」


(ちょっ!?なんて事聞いてくるんだこの子は!!)


そんな質問に思わず吹き出すが、なんとか持ち直して言葉を探す。


「そう…、……だな。 成長すれば…、きっと…、

もうすぐ…、……起つと、……思うよ?」


その結果、しどろもどろになりながら、言葉を絞り出す。


「じゃあ…、……もう少ししたらアルと結ばれるって事ね!」


花が咲いたように嬉しそうに言うクリスに、アルは苦笑いしながら答える。


「そ…、そうね…?」


(正直…、体が反応しなくても、……俺の理性が決壊しそうだ…。)


クリスの眩しい笑顔に、

顔を引きつらせながら返事をすると、クリスは嬉しそうに言う。


「じゃあ私…、……頑張るわ! 毎日…、アルが起つ様に誘惑するわ!!」


胸の前で両手で、グっと意気込むクリスを見て、

アルは頭を抱えて溜息を吐くのだった。


「はぁ…、……まぁいいか。 …とりあえず、そろそろ寝ようか?」


声を掛け自室に戻ろうとすると、服の袖を掴まれる。

振り返るとクリスが上目遣いで見つめていた。


(くっ…、可愛いな!!)


そんな邪な考えを振り払いつつ、優しく声を掛ける。


「どうした?」


そう聞くと、クリスはモジモジしながら答える。


「……今日は、……一緒に寝たいの。ダメ…、……かしら?」


(ぐっ!!そんな目で見つめるなよ!断れないだろ!?)


内心を悟られない様に、なるべく平静を装って返事をする。


「分かったよ…、……じゃあ一緒に寝ようか。」


「っ! ……うんっ!」


2人は、仲良く手を繋いでアルのベッドに潜り込むのだった。



――――



「……、クリス? ……起きてる?」


「……うん…、……どうしたの?」


アルはずっと疑問に思っていた事を聞いてみた。


「クリスは…さ、 ……どうして俺の事が好きなんだ?」


「え? ……どうしたの急に。」


クリスは、突然のアルの質問に驚いて、アルを見る。


ずっと気になっていたのだが、聞いていい物か悩んでいたアルは、

結局思い切って、聞くことにした。


「いや…、……だって、……俺らってさ…、……ずっと一緒に居るよな?」


「……うん。」


「小さい頃から一緒に居るし、嫌われるような事をした事はない、と思うし、

専属メイドにも…、……なってくれてる。 ……けど…、

クリスのすべてを俺の物とか、そこまで惚れてくれてる理由が、判らないんだ。」


「………。」


クリスは黙ったままアルを見つめている。



「だから…、……俺と付き合うより…、

もっと、相応しい人が…、……居るんじゃないかなって…。

俺は…、……クリスには幸せになって欲しい…。

だから…、……その…、俺…、なんかと……、」


言葉を絞り出すアルは、不安になり、俯きながら話していると、

クリスに抱きしめられる。


「………、はぁ…。」


クリスは、ため息を吐くと、抱きしめたアルの頭を撫で段々と語気を強める。


「なんで…、……なんでっ!

……なんでそんなっ! ……余計な事を考えてるのよっ!? …ねぇっ!?」


最後はクリスの両手で顔を抑えられ眼を合せてくる。


「クリス…、……笑わないで、……聞いてくれるか?」


アルは決意した表情でポツリと呟く。


「アル…、……話して。」


クリスに促されアルは話す 。


「俺は…、……俺には前世の記憶が有るんだ。」


「………、え…?」


「前の人生で…、……14歳の頃、初めて…、……彼女が出来たんだ。」


過去を思い出す様に言葉を紡いでいく。


「その子の事は今でも判る…。……その当時は本気で好きだったと…。」


「…………。」


急に前世の話をされたクリスは、困惑している。


「えっちな事もしてなくて…、お互いに大事に思っていて…、

色んな所に行って…、……お互いに好きだと言っていた。

けれど…、突然…、……理由も説明もなく別れ話を、切り出されて別れた…。


別れた後も…、……好きだったけど、

暫くすると、俺の親友だと思ってた男と、…付き合っていたと知った。」


「………え…?」


「そいつは…、……俺の小さい頃から親友で…、

彼女とは、知り合い程度だと…、……思っていたのに、……そう言ってたのに…。」


アルは小さく息を吐くと言葉を続ける。


「今となっちゃ、NTRなのか、BSSなのか、そもそも付き合ってなかったのか。

それすらも判らないが、その時の俺は…、深く、……傷付いたと思ってる…。」


「………。」


クリスはNTRとかBSSとか、意味が解らないけど、

何となく意味を察し、アルを見つめて黙って聞いている。


「何がいけなかったのか…、……最初から遊びだったのか…、

……そんな事を考えるのもめんどくさくなってきて…。

気付いたら…、……愛情表現の仕方も、

受け入れ方も…、……判らなくなっていたんだと思う…。」


アルの顔を見ると、感情が抜けたような表情で言葉を続ける


「そんな時に…、彼女じゃない子に、好きだと言われて、

……慰めて貰って…、……体を重ね、……愛を囁き合い。

暫くしたら、その子は…、……他人の彼女になっていた。」


アルは過去を思い出し、淡々と話していく。


「それでも、俺は…、……俺なりに一生懸命に、……やっていたんだと思う。

でも…、……相手にとっては、物足りなかったんだろうね。」


アルは過去を思い返し、苦笑いしている。


「デートしていても…、セックスをしていても、

俺はもう…、……好意を向けられている事にすら、自信が持てないでいた。

自信が無いから…、……相手の好意を疑い、考えて…、……疑心暗鬼になり…。

疑い…、……相手を傷つけて…、相手が去って行く…。」


アルはクリスの眼を見る。


「クリスの好意は…、……素直にうれしい、俺もクリスの事は好きだ。

だけど…、……それすらも疑う俺も居るんだ…。」


だから…と、 アルは顔を伏せながら続ける。


「クリスが…、去って行く事を、……考えると怖い。

去って行くと、……疑ってる自分にも腹が立つ…。」


アルは震えながら声を漏らす。


「だから…、俺は…、

……こんな自分が、……誰かに愛されるのが、怖い…。

好きな相手を信じることが…、……怖い。」


アルは涙を流し、クリスが抱きしめてくれるままに声を絞り出す。


「………、だから…、……すまない。」


クリスはアルの震えが、止まるまで抱きしめる。

しばらくして、アルの震えが止まり泣き止むとポツリと言う。


「俺を、……愛してくれて、……ありがとう…。」


クリスが、これで離れて行っても仕方ないと思い、

それでも顔を見て、涙を流したままに、微笑んでお礼を言ったのだった。


「アル…、……私ね…。」


クリスはアルの胸元をいじりながら恥ずかしそうに。


「4歳の時に初めて1歳のアルを見て…、その時に好きって…、思ったのよ…。」


「そ…、……そうか…。」


突然のカミングアウトに、どう答えてあげればいいか困りつつ返事を返す。


「私が…、……10歳になった時にね。 ……夢を、見たの…。」


「………、夢…?」


「そう…、……夢…。」


アルが、聞き返す様に言うと、目を伏せてクリスが言う。


「南の森から…、……モンスター達が押し寄せて来て…、

村の各地で火の手が上がり、

ジョシュア様や、領兵の人たち、お父さんも殺されて。

私とアルを連れて、逃げようとしてたお母さんも捕まって…、

……エレナ様までも捕まって……。」


目を伏せていたクリスが下唇を噛み、何かを我慢する様に震えだす。


「最後は…、オークの王みたいな化け物に捕まった私を、助けようとしてアルも…」


そこまで言ったクリスの眼から涙がこぼれる。


「………、この夢が、本当に起こる事かは…、……判らない…。

ううん…、……起こらない方が良いのだけれど。

でも…、……もし本当にあれが起きるなら…。」


クリスが顔をあげて、アルを見る。

その顔は涙を流したままでも強い光が眼に宿っていた。


「今度は…、……私が貴方を守るの、……何が有っても…。」


(クリスが…、……髪を切ったのは、……確か10歳の頃だったはず…。)


「だからね…、……アルが私の愛を疑ってもいいのよ…。」


(それは…、……だめ…、だろう…。)


「それでも私は…、………貴方を愛し続けるから。」


「…………っ。」


クリスの言葉にアルは言葉を失う。


「アルが他の女の子も、好きになっても構わない。 

そりゃ…、拗ねたりは、……するかもしれないけれど…。

貴方が他の人と結婚しても…、……許されるなら傍に居るわ…。


貴方が私を嫌いになったなら…、 ……私は貴方の前から、消えるわ…。

そして…、……貴方から見えないところで、……貴方を守る…。

 

でも…、……それまではずっと傍に居るわ…。」


クリスらしい言葉に、思わず微笑み苦笑する。


「なんだよ……それ…、……無茶苦茶じゃないか…。」


そう愚痴った後に、クリスの眼を見る。


「……クリス…。」


「なぁに?」


「……好きだ。」


アルの言葉に、嬉しそうに微笑むクリス。


「私も好きよ…。……アルが大好きよ。」


そして、二人の顔が近づいていく…。


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