第14話 冒険者 

翌日、アルは朝食を食べ終えると、エレナに話しかけた。


「母様、クリスと一緒に、冒険者ギルドに登録したいのですが…。」


エレナは少し驚いた顔をするが直ぐに理解した様だった。


「別に…、昨日の今日で急がなくても良いのだけれど…。

まぁ良いわ…、ギルドの本部は王都にあるんだけど、

このブルグの村にも支部があるから、そこで登録してきなさいな。」


ちょっと待ってなさいと、エレナはマリーに目配せすると、

マリーは退室していった。


待ってる間にアルは思った事を聞いてみる。


「そう言えば母様、冒険者ギルドは各国にあるのですか?」


「えぇ、在るわよ、一応建前上は世界共通の組織と言う触れ込みね。」


「………、建前上って事は、実際は違うって事ですか?」


「えぇ、実際は全然違うわよ。

例えば、このファイランズ王国でAランクの認定を受けて、

東にあるグラーフ帝国や、南東のアルトリア共和国の冒険者ギルドに行っても、

Aランクの扱いを受けれる訳では無いわ。


他国の冒険者ギルドで再登録を行い、再度功績を立てる必要があるのよ。

流石に初期ランクや、ランクアップの条件の緩和程度はあるらしいけれどね。」


エレナの返答を聴き、口に手を当てて少し考える。


「なるほど…、

それなら先程の、冒険者ギルドの本部が王都に在るって言ったのは…」


「えぇ、そうよ。

ファイランズ王国の冒険者ギルド本部が王都に在るって事ね。」


この世界の冒険者ギルド。

前世でのラノベでよく見た世界各国にネットワークを持つ独立組織ではなく、

各国支援の下で活動する国家下部組織の様な物だという。


(冒険者が思ってたのと違うのは、

俺が前世のラノベの影響を受けすぎてただけなのかもな…)


「更に言えば、この村のギルドで上がったランクも、

国内の他所の地域で、同等の扱いを受けれるとは限らないわよ。

流石にAやSの様な上位ランクは国内なら大丈夫っと…、来たわね。」


エレナが会話を打ち切り視線を向けると、

戻って来たマリーの手には、手紙を一通と、

少し短いめの剣、ショートソードを二振り持っていた。


それをアルとクリスにそれぞれ渡すと、エレナが言う。


「せめて武器ぐらいは持っていきなさい。 

本物の武器だから、おふざけで人に向けてはだめよ?

その手紙はギルドの受付に渡せば良いわ。」


そうエレナは冗談ぽっく笑いながら言うが、アルとクリスは真剣な表情で頷く。


「判りました、ありがとうございます。

じゃあ…、取り敢えず登録に行ってきますね。

クリス、行こうか。」


その言葉に早速とばかりに、クリスに声を掛け、

エレナとマリーに”行ってきます。”と挨拶をして部屋を出ると、

クリスも二人に一礼した後、玄関に置いていた鞄を背負い付いてくる。


家を出てすぐの道を、そのまま道沿いに、西に進み、

通りが交差してる部分も通り過ぎ進めば、冒険者ギルドが在るはずだ。


クリスがアルの左側に並び歩く。


黒い艶やかな髪を小さい頃は伸ばして可愛らしい感じだったのだが、

今はボブカットで切り揃えていて、クールな印象を受ける。


紺色の生地に、襟や袖口など、部分的に白いアクセントのある、長袖のメイド服。


スカートの丈は、膝下ぐらいの長さで、膝上ぐらいのニーソックスに編み込みのショートブーツで素足が見えない様になっている。

白いサロンエプロンを、腰に巻いていて、

その上から剣帯を巻き、やや後ろ気味に、ショートソードをぶら下げている。

その背には小さめのリュックの様な鞄を背負っている。


13歳になり身長も伸びてきて、胸も少し膨らみ始めていて、スタイルが良く、

女性らしさを意識するようになった。


10歳のアルの身長が145㎝ぐらいで、クリスはそれより少し高い155㎝ぐらいある。


二人で並んで歩いてると、歩き方で機嫌が良いのが判る。


「クリス? やけに機嫌が良いな?」


「だって…、アルと一緒に居られる時間が増えるし…。」


素直に可愛い事を言ってくるクリスに、

照れてしまい思わず素っ気ない返事をしてしまう。


「……今までだって、ずっと一緒だったじゃないか。」


「仕事をしてた時とか…、結構離れている事もあるでしょ?

冒険者になって、一緒にパーティーを組めば、ずっと一緒に居れるわよ?」


「そうかぁ……、そうだな…、楽しみだな…。」


「そうね。」


そう言って、本当に嬉しそうに微笑むクリスを見て、

毒気を抜かれたアルも噛みしめる様に呟く。



村の最東端にある屋敷の前から真っ直ぐ西に進み、

村の東西にそれぞれある十字路、東の十字路を越えた先に在る、

冒険者ギルドの前にやってきた。


教会はこの先にもう少し行った所にあるのだが、

以前は、馬車で移動した為、冒険者ギルドの建物の前を素通りしていた。


冒険者ギルドは、木造2階建ての建物で、

この村の中心に存在して、一番の規模の建築物だ。

入口の上に大きな剣と杖が交差した看板があり、

剣と杖が交差した部分に葉っぱの印の袋?の様な冒険者ギルドのマークがある。


裏に訓練場や解体場、倉庫もあるようで、

表から見る印象も大きいがそれよりも、ずっと規模が大きいらしい。


大きな扉を押して入ると、最初に受付カウンターが目に付いた。

朝一番の時間帯を外してるせいか、周囲の人の姿は疎らだった。


受付カウンターの一つに、空いてる受付嬢がいたので、

そのカウンターに向かうと、向こうもこちらに気付いたようで、声を掛けてきた。


「おはようございます。 冒険者ギルドへようこそ。 

本日は、どのようなご用件でしょうか?」


「おはようございます。 冒険者の登録に来ました。

これ…、受付の方に渡す様にと言われたので提出しておきますね。」


用件を伝えた後、忘れないうちにと、エレナから預かった手紙を渡す。

受付嬢は、手紙の中身に目を通して、丁寧にしまう。


「はい…、確かに預かりました。 

これは支部長に後程、必ず届ける事をお約束します。


それでは登録するにあたり、

必要事項をこちらの用紙に記入して頂きたいのですが、

文字の記入は可能ですか?」


「はい、書けるので大丈夫です。」


「では、こちらの用紙に記入してください。」


受付嬢に紙と鉛筆を渡されたので、それぞれ記入していく。


紙と鉛筆と言っても、前世の紙と鉛筆のような物ではなく、

繊維が所々はみ出てるような紙にクレヨンのような感じのものだった。

因みに、エレナ母さんから渡された手紙の紙は、

前世でも通用するほどの綺麗な紙だった。


(まぁ、こんなもんでも良い方だよな?たぶん…)


クリスもちゃんと文字を掛けるし読める。

なんなら、俺よりも綺麗な字を書く。


それぞれ、記入し終わりと受付に用紙を渡す。


「はい、アルさん10歳と、クリスさん13歳、ですね……。 

はい、内容に問題はありません、このまま登録しますので、

登録料として、一人、大銅貨1枚をお支払いください。」


「はい」


「はい、確かに…、 少々お待ちください。」


2人分の登録料として大銅貨2枚を支払い、受付嬢が一旦席を離れると、

また直ぐに戻ってきた。


「お待たせしました。 

ただいまギルドカードを作成しておりますので、

その間に、規約の説明をさせて頂きますね。 まずはこちらをご覧ください。」


そう言って、薄い木の板にびっしりと文字の書かれた物を見せられる。

それを受付嬢が指でなぞりながら、読み上げていく


(流石は受付嬢…、ハキハキと噛まずにテンポよく説明していくなぁ。)


要約すると…。


・冒険者はランクによって受けられる依頼が違い、

 自分のランクより上の依頼を受けることは出来ない。(例外は有る)


 PTを組んでる場合は人数及び、そのランクに応じて別途考慮される。

 また、依頼の失敗や破棄には、違約金が発生する事がある。

 


・冒険者ランクはGからスタートして、Sまであるとの事。

 依頼を完遂して初めて実績として評価され、場合によっては昇格試験もある。

 連続して依頼失敗すると、冒険者ランクの再査定が発生する事もある。


 依頼を受けていない場合、一部の例外を除いて、実績には考慮されない。

 ただし、依頼を受けていなくても、素材等の持ち込み買い取りは行える。


・冒険者は、一般人との、傷害沙汰になる揉め事は、厳しく処罰される。

 尚、冒険者同士の揉め事には、ギルドは基本的に不干渉であるが、

 ギルドとして不干渉なだけで、職員からの心証などはその限りではなく、

 状況次第では、罰則や追放といった処分が絶対に下されない訳ではない。


他にも色々あったが、大きく分けてこの3つだった。

あとは気になった時に受付に聞けば答えてくれるとの事。


冒険者ランクの概要を聞いた印象は、


G:仮免許、登録しただけ、登録料を払えば、誰でもなれる。


F:初心者、依頼を数件完遂(職員の査定と承認必要。)すると成れる。


ここからが本番。


E:脱初心者、依頼達成状況などを考慮されて認可される必要がある。


人口が一番多いランクだが、此処を越えるまでに辞める人も多い。


D:そこそこベテラン、依頼達成状況などを考慮されて認可される必要がある。


冒険者として生活がそこそこ安定して来る辺り、中堅とも言う。


ここで停滞する人も多いらしく、中には生涯Dランクの人も居るという。


C:ベテラン、依頼達成状況などを考慮されて認可される必要がある。


実質的な、地方冒険者の上位存在。

地方での知名度が上がってきて、二つ名が付くことも有る。




B:ベテランの中の凄い人、冒険者ギルド本部や支部のギルド長の承認が必要。


実質的、地方冒険者ギルドの最高位。

国内での知名度が高くなり 二つ名が付くことも有る


ここより上を目指すには、複数の地域で功績を積む必要がある。


A:英雄レベル、複数の冒険者ギルドのギルド支部長、複数名の推薦が必要。


国内での知名度が高く、国外でも認知される事も在る。

二つ名がある事が多い。

 


S:人外レベル、複数人の支部長と本部長の承認が必要。


国外でも知名度がある場合もある。

国内ではSランク冒険者の~~と言えば、ド田舎でもない限り大体伝わる。

王国内でも一人だけいるらしい。


―――――


各階級の印象を表すとこうなる。


地方での、実質最高ランクはBが最上位って事になる。


それ以上になると、色んな所で実績を積む必要があるようだ。


説明を受けていると、別の受付嬢がアル達のカードを持ってきた。

説明をしてくれていた職員が、それを受け取ると記載を確認する。


「お待たせしました。こちらが冒険者カードになります。

魔道具になっていて、ギルドにお金を預けることも出来ます。

口座との紐付けにもなってますので、無くさないように注意してくださいね。


この支部であれば、出し入れ自由に行えますが、

他支部で、出金する際は、最初の手続きに時間が掛かる事が多いので、

他支部に行かれる場合は、通行税や入管税もあるので、ある程度の現金をお持ちする事をお勧めします。」


そう言って渡されたのは、木材の様な違う様な素材で出来た薄い板状の2枚だった。


「このギルドカードには、名前とランクしか書かれていませんが、

先程も申しました通り、このカードは魔道具になって居て、

真贋機能があるので身分証としても使えますし、

依頼の受注・報告も基本的にはこれで行います。

また、依頼を完遂すればこのカードに実績が記録されます。」


(まるで前世の、ICチップ付きカードみたいな、機能の充実っぷり。)


その後再発行には時間が掛かる等諸々の注意事項の説明を受けた後、

アルとクリスはカードを受け取りながらお礼を言った。


「ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね。」


「よろしくお願いします。」


お礼を言って行こうとすると、

受付嬢が笑顔で手を振ってくれたので手を振り返しておいた。


(登録も終わったし、これからどうしようかな…。)


そう考えていると、ここまで殆ど喋らなかったクリスが話しかけてきた。


「ねぇ…、早速だけど、依頼を受けてみない?」


「そうだな…、じゃあ簡単そうな依頼を受けるか。」


そうして二人は、

ギルドの依頼張り出し用の板の所に向かい、依頼を探す事にした。



―――――



(けっこう、色んな依頼があるな…。)


―――


【夜間限定】【畑の警備、畑を荒らす猪討伐】

一晩、大銅貨1枚+討伐報酬


1匹あたり銅貨5枚(500G)×討伐数 討伐証明はボアの死体


依頼主側の人員と一緒に畑の見回りをして貰います。


―――


【急募】【クロスアイゼン辺境伯領北部のビーズ村迄の配達依頼】

配達完了証明を受付に提示で銀貨5枚。

依頼主と面会後、荷物を受け取り出発して頂きます。


―――


「…………夜間限定の依頼に、他の村までか、今はナシだな…。」


アルは掲示板を眺めながら考えていると、

掲示板の端の方に張られた2枚の依頼書を、

クリスが指を指して言う。


「ねぇアル…、これなんてどうかしら?」


そう見せられた依頼書の内容に、目を通していく。


(なになに…)


―――


【常】【ゴブリンの討伐】

1匹あたり銅貨2枚(200G)

討伐証明部位:魔石


注意:魔石は胸の付近に有ります。


―――


【常】【薬草の採取】

1束 銅貨1枚(100G)×5束=500G


注意1:5束=1セットとして買い取ります。

注意2:群生地の根は、残す様にして下さい。


―――


(頭の【常】は、常設依頼って奴かな……?。

この世界のゴブリンも、ファンタジー定番で、

1匹見掛けたら複数匹居ると思えって感じで、黒いGの様な存在なんだよな。

あと……、捕まったりした場合は、男は殺されて、女は苗床にされるらしいので、

当然危険はある…が、危険が無いなら依頼になんてならないだろうしな。)


そこまで考えるが、考え過ぎても良くないと思い直し、賛成する。


「うん……、これなら報酬からして、

依頼の中では、比較的簡単そうだし、良いんじゃないか?」


「良かった、じゃあこの依頼を受けましょう。」


クリスは嬉しそうに言い、受付に向い、それに続く。

因みに常設依頼の場合は事後報告でも良いのだが、

ギルド側が常設依頼に向かったという把握も出来るので、

手続きをしてから行く事を推奨されている。


(要は、他の依頼を受けている時でも、


『薬草を見つけたら持って帰ってね。』


『ゴブリン見つけたら、ぶっ殺してね』


って事だな。)



――――


因みにこの世界の貨幣は、1GのGはギール。

銅貨1枚が、100G、大銅貨1枚が、1.000G、銀貨1枚が、10.000G、

金貨1枚が、1.000.000G、っとなっている。

銅貨10枚=大銅貨、銅貨100枚=銀貨1枚、銀貨100枚=金貨1枚で、

その上に、金貨100枚=白金貨1枚、何て物もあるらしいが、

まぁ、しばらく見る機会は無いだろう。


最小通貨として、鉄貨が1枚1Gであるらしいが、あまり扱ってる所は無いらしい。

なんでも出すと嫌がられたりするのが理由らしくて、

殆どの店での最小単位は100Gで、つまり銅貨1枚らしく、

端数切捨て、もしくは切り上げで、使わない様に、使われない様にして、

そもそも、ほとんど出回ってない様だ。

前世のアルミの1円硬貨が全部鉄だと考えると…、まぁ…鉄……、重いからね。



――――



二人は、ギルドを出て東に戻り、村道の東交差点を南に行き、

村を囲ってる柵に備えてある門の兵にギルド証を見せる。

兵に挨拶をして門を出てから、村の外に歩いて行く。



門を出て、道の先、少し遠目に見える、木々が生い茂ってる森を目指して歩いてる途中、

その森の先、さらに遠くに見える山脈を見ながら、アルはふと思った。


「………、そう言えば俺…、村の外に出るの、初めてかもしれない。」


「そうね…、そうだったわね。

でも…、アルは村どころか屋敷からも殆ど出た事がないじゃ無い。」


「言われてみれば…、………、適正判別の時に教会に行ったぐらいか? 」


(訓練や魔法の練習が楽しくて、ずっと引きこもってたからなぁ…。)


呟きを拾ったクリスに、

さらに突っ込まれて、自分が引きこもりだった事実に気付く。


「アル……? 大丈夫……?

気分悪くない?手を繋いであげましょうか? おっぱい揉む?」


クリスが心配そうに声を掛けてくるが、

顔を覗き込んできたその表情は、悪戯っぽい笑みを浮かべて、

指で胸元を引っ掛けクイっと少し拡げる。


「クリス…、お前…。 主人を揶揄い過ぎだぞ!

あと、おっぱいは揉みた………ないっ!」

(くっ……っ! なんだこの力は…。)


覗き込んでくるクリスの顔を見て苦言を入れるが、

視線が謎の力によって、抵抗もむなしく胸元に吸い寄せられる。


全力で、振り切るように眼を閉じて、顔を逸らす。

そんな様子を見たクリスは、楽しそうに先を促す。


「ふふ……、 さぁアル、あんまり遊んでると日が暮れるわよ。

 早く行きましょ。」


「………。  お…、おまいが遊んでるんやろがーいっ!?」


さっさと歩いて行こうとするクリスに、アルの叫びが響き、

木々で留まっていたであろう、鳥達が一斉に飛び去る。



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