第5話 約束破り
(流石に…敷地から出たら、本気で怒られるだろうしなぁ…。
っと…、なると…、やっぱり裏庭かな?)
そう考えながら昨日に続き裏庭に来たアルは、辺りを見渡す。
(よしっ!誰もいないな。)
周りに誰も居ない事を確認してから、早速魔法の練習に取り掛かる。
(まずは、昨日やれなかった光と闇からだな。)
「光…、うーん…、光…明かり…、……、 照明…?」
前世で使った事のある、投光器やサーチライトのような光量の強い照明器具を、
漠然と連想してしまったアルの指先は、強く発光してしまう。
「ぬおーっ! 眼がぁっ!?あっ…? ぁいたっ!? ………、ぐぬぬ…。」
指先を見つめていたアルは、
強い光を直視してしまった為に目が眩み、よろめいて足が縺れ、
後ろ向けに転んだ際に、後頭部を地面に打つけて悶絶する。
暫くして視力が戻って来たアルは、起き上がり頭をさすりながら座り込む。
「イタタタ…、思わず騒いじゃったけど……、
あんまり声を出すと、エレナ母様にバレちゃうなぁ…。」
「そうねぇ…、 バレちゃうわねぇ…。」
その声に、ギギギッと、錆びた鉄の可動部のような動きで振り返ると、
そこにはエレナが、その豊かな胸を持ち上げる様に腕を組み、
片足を前に出し、モデル立ちの様なポーズで立っていた。
その表情は張り付けた様な笑顔である。
「おはよう、アル。良い天気ねぇ」
「ほ…本日はお日柄も良く…、ご機嫌麗しゅうござぁいっ!?痛っ!」
返事の途中で、エレナの白く美しい手で頭を鷲掴みにされる。
その際に後頭部のコブに指が当たり痛みが走り思わず声が漏れる。
「ねぇ、アル君…、 何をやってたのか…、ママに教えてくれるかしら……?」
「ご、ごめんなさいっ! そ、その…、えっと……。」
アルは謝りつつ正直に話した。
「―――という訳でして…。その…、魔法が使えるかもって思って…。」
アルの話を聞き終えたエレナは溜息を吐くと、再びアルの頭に手を置く。
「はぁ~…、 ……頭にこんなコブを作っちゃって…。
………此の者の傷を癒やしたまえ、…キュア。」
エレナの手が後頭部に触れて詠唱すると、
掌から薄青――水色の柔らかい光が漏れる。
その柔らかい光と痛みが引いていく感覚に驚いたアルは、
怒られていた事も忘れて上がったテンションで絶賛する。
「………っ!? エレナ母様っ! 魔法を使えたんだねっ! すごいっ!!」
眼を輝かせて喜ぶアルの絶賛に、徐々に恥ずかしくなったエレナは、
誤魔化す様にアルの頭を軽く小突くと、
跳び上がったアルにカウンター気味に強めに当りアルは頭を抱えて蹲る。
「イタイ…、エレナ母様酷い…。」
その涙目の上目遣いを見て、エレナは母性本能がくすぐられるのを堪えつつ、
頬を赤らめつつも目を逸らし、頑張ってお怒りモードを継続する。
「ママとの約束破った罰よ!」
「っ!? ………、ごめんなさい…。」
「………、本当に反省してるの?」
アルは頭を押さえつつ頷くと、エレナがその手を取り立ち上がらせる。
「はぁ…。しょうがない子ねぇ…。」
エレナはアルと目線を合わせて仕切り直して言う。
「あのね…、アル…、魔法は便利だけど…、
使い方を間違えると、簡単に人は死んでしまうのよ…。
貴方が死んだらママが悲しいし…、
貴方が大事な人を死なせてしまったら…、貴方も凄く悲しいと思うわ。」
「エレナ母様…、………、ごめんなさい…。」
「反省してる?」
「……うん。」
エレナはアルの額にキスを落とすと抱きしめて頭を撫でる。
暫くアルを抱きしめていたエレナは、身体を離すと、アルに向き直る。
「でも…、魔法は使いたいのよね?」
「うん…、使いたい…です…。」
アルの返事を聞いたエレナは、少し考えるも、溜息を吐いてから頷く。
「はぁ…、わかったわ…。
魔法の練習をする時は、必ずママかパパ、
どちらも居ない時はマリーと一緒にする事!
約束……、出来る…?」
「うん…。わかった!」
「良い返事ね…、なら…、許します。」
アルの元気な返事を聞いたエレナは微笑んで頷いた。
「それで、アル…、今から練習する?」
「今日は…、エレナ母様との約束破っちゃったから…、我慢します。」
「ふふっ、そうね、判ったわ。 じゃあ、今日は部屋で大人しくしてなさい。」
「はい、わかりました。」
そう言って二人で屋敷に戻ると、エレナと別れ自室に向かう。
部屋に戻り扉を閉めたアルは、床に座り目を閉じて考える。
前世では、割と早いうちに、両親が他界し、ずっと独身だった。
今…、前の人生を思い返せば、自己責任という言葉で片付けて…、
周りの人間がどう思うかとかを、どこか蔑ろにしてたように思う。
怒っていたエレナ母さんの顔を、心配していたエレナ母さんの顔を思い出す。
「何やってるんだ……、 僕は…。」
前世のアキとしての記憶を持つ自分は、自分が大人だと錯覚していた。
魔法が使えるかもしれないという可能性に興奮して、
周りが見えていなかった事を自覚した。
(転移して気持ちも切り替えれずに、突然に手に入った力に…、
降って湧いた力に浮かれて溺れる馬鹿な主人公達と同じじゃないか…。)
この世界に生まれて、前世を思うと色々と便利な世の中だったと思う。
車、バイク、自転車、電気、ガス、他にも色々あるが、
どれも、生活に関わる便利な物だ。
誰もが当たり前のように利用し、使用し、その生活を豊かにしていた。
『比較的安全に使えるように用意された環境』という事にすら、
殆どの人は気付かずにその利便性を享受している。
だが…、使い方を誤れば、簡単に人が死ぬ、……他人を殺す。
仕事だってそうだ。常に危険と隣り合わせの仕事をしていたじゃないか。
少しでも危険を減らす為に、正しい道具の使い方を学び、実践してたじゃないか。
危険を減らす為の道具だって、
間違った使い方をしたら、より危険を招くと思い知っていただろう。
誤った道具の使い方やその危険性について、仲間や部下を叱った事もあった。
目の前で油断した仕事仲間が、死んだことも有った。
そして自分自身も…、
メンテナンスを怠った『便利だったはずの危険な道具』を使い、死んだのだ。
あれだって、交換しなかった部下も悪いが、それを確認しなかった俺も悪いんだ。
魔法も…、同じだ。
何故そんな簡単な事を気付かないのか。
何故忘れていたのか。
答えは簡単だ。
この世界に生まれてから今まで、俺は油断して居たんだ、浮かれていたんだ。
何処か楽しむことを優先して遊び気分だったんだ。
優しい家族に甘えていたんだ。
パン・ドゥーラが言って居た事を今、思い出す。
『平和な世界じゃないから油断してるとコロっと死ぬぞ。』
今の今まで忘れていた、聞き流していた。
振り返れ、何度も反省しろ、戒めろ。
そして……前へ進め。
アルは眼を開き、顔をあげる。
「もう……、同じ過ちは繰り返さない。」
(まずは魔法を出来る限り良く知ろう。
今まで見たいに良く判らないまま使って居たらダメだ。
だが、頭でっかちもダメだ、頭で覚えて分かった気になるな。
知識を持った上で、実際に使って身体で覚えろ。)
「……よしっ!」
アルは立ち上がり、母の姿を探した。
―――――
エレナは、リビングのソファーで本を読み、紅茶を飲んでいた。
リビングに入ると、真っ直ぐにエレナの元に向かい傍に立つと頭を下げる。
「あら、アル…? どうしたの?」
「エレナ母様……、今日は…、本当にごめんなさい。」
「………、ちゃんと反省したのね…、なら…、良いわ。
今度からは気をつけなさい。」
頭を上げたアルは頷き、続ける。
「エレナ母様……、魔法の基礎について書かれている本を読ませてください。」
エレナは、そう言い出したアルの顔を、じっと見つめる。
そしてふっと笑う。
「良いでしょう…。 今の貴方なら大丈夫だと思うわ。」
そう言ってエレナは立ち上がり本棚から、少し厚みのある本を抜き出す。
「これとか、初心者用の入門書になるわね。」
そう言ってアルに本を手渡した。
「ありがとうございます!」
「アル、 魔法を練習する時は?」
「母様か父様、マリーさんが一緒に居るときにします。」
「うん、よろしい。」
エレナは満足気に頷くと微笑んで言う。
「だからといって、調子に乗っちゃダメよ。
魔法は、危険を伴う事も有るんだから。」
「はい、わかりました!」
「よろしい。じゃあ…頑張ってね。」
そう言ってエレナはソファーに座り、再び本を拡げる。
ふと、先ほどアルが出て行ったリビングのドアを見て呟く。
「本当にアルったら…、 3歳児らしくないわねぇ…。」
アルの真剣な表情や態度を思い出して苦笑しつつも、
本に視線を落とすと、自分でも気付かないうちに鼻歌を歌っていた。
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