第3話 元おっさんの少年とメイド予定の少女



それから月日が流れ、アルは1歳になり、ハイハイから覚束ないながらも立って歩けるようになっていた。




ハイハイが出来るようになってから、鏡を見つけて初めて自分の容姿を確認した。

この世界の鏡は、硝子ではなく、恐らく銀の板?を、

手触り的に何らかの樹脂…?だろうか…で、

薄くコーティングする様に塗り固められて作られていた。


父親のジョシュアと同じ、綺麗な金髪に薄い緑の瞳で、

顔立ちは、母のエレナに似ているかもしれない。(願望)

その方がイケメンになりそうだ。


まぁ父様も、物腰の柔らかい優男って感じのイケメンなんだけどね。



食事はもう数か月前から母乳をやめて、

煮込んでとろとろになったスープを食べている。


「アル~…、はい、あ~ん。」


そう言ってエレナはお椀に入ったスープを匙に掬ってアルの口元へ運ぶと、

アルはパクっと咥えてコクンと飲む。

それを見て、エレナは嬉しそうに微笑んでいる。


(美女のあーんって…、ご褒美だな…、いや、母さんなんだが……、

前世でもあーんして貰ったのなんて、お店の子ぐらい…ぅっ…頭が…!)


思い出した前世を黒歴史扱いして振り払い、再びあーんして貰う。

今の状況に精神的にも慣れて来て、満足しつつ食事を済ませた後は、

ソファーに座り本を読むエレナの膝に持たれかかるようにして、

優しく撫でられながら体を休めている。


「~♪~♪」


(………、気持ちいいなぁ…、この体…、凄く無駄に眠いんだよなぁ……。)


「~~♪♪」


(それにしても読書しながら鼻歌かぁ…。

母さんの声…、………、綺麗……だなぁ…。)


綺麗な声色の鼻歌を聴きながら、アルは眼を閉じる。


「あら…? ………、もう眠っちゃったの…?」


そんな声が聞こえていた気がしたが、

反応する事も出来ずにアルは眠りに落ちていった。




――――




アルは、物置きになっている部屋の片隅で、座り込んでいた。


決して、お仕置きでも虐待されて居る訳でもない。


魔力視で自分の魔力を見ながら体内で動かす練習をしていた。


「………。 ふぅ…。」


(やっと動く様になってきたな……。)


アルが魔力操作の練習を始めてから約5日が過ぎていた。


前世で偶に読んでいたラノベのいくつかで見た訓練方法、

その中で、有用そうだと共感した物を実践している。


今まで出来なかったことが出来た時の喜びは、

子供の心を鷲掴みにする様な感覚だった。


(取り敢えずの目標は……、

自由自在に魔力を動かして、体内で循環させる様に…するかな。)


そんな事を考えつつ部屋を出ようと扉を開けると、

アルを呼ぶエレナの声が聞こえる。


「アル〜?  ………、こんな所に居たのね。」


トテトテと、声のする方へ歩いて行くと、アルを探していたエレナと出会う。


「アル、あなたに会わせたい子が居るのよ。」


アルを抱き上げたエレナがリビングへ入ると、メイドのマリーさんの傍に、

マリーさんと同じ黒い髪色と薄紫色の瞳をした少女が居た。


恐らく見習い様なのだと思われるシンプルなデザインの、

メイド服っぽいワンピースを着て、腰元を帯で締めている。

セミロング髪で赤いリボンでツーサイドアップにしている少女だ。


エレナがアルを下ろして立たせ、少女と向かい合うとマリーさんが紹介してくれる。


「アル様、こちらは私の娘のクリスティアです。 

さぁ…クリス、アル様にご挨拶を。」


「は、はい、くりすてぃあです、4さいです。 よろしくおねがいします。」


マリーさんに促されたクリスティアは、

少し顔が赤くなりながらもしっかりと挨拶をする。


「アルでしゅ、1さいでしゅ。」


アルが答えると、クリスティアは嬉しそうにはにかんだ。


しかし、その綺麗な薄紫色の瞳からは大粒の涙が溢れ出して零れ落ちる。


「く…くりしゅ…、ぁっあぁ…、なかないで…。」


急に泣き出したクリスに慌てたアルは、頭を撫でようと届かない手を伸ばすと、

エレナが抱き上げてくれて、クリスの頭を撫でてあげられた。


マリーも突然の事に驚き、しゃがんでクリスの肩に手を添え問いただす。


「クリス…?、どうしましたか?」


「お母さん…、違うんです…ごめんなさい…。

アル様にお会いしたら…、何故か…、嬉しい気持ちで…いっぱいに…なって…、

本当に…、嬉しくて…、………、驚かせてごめんなさい。」


急に泣き出したクリスは、必死に涙を手で拭いつつ謝罪を口にする。


その言葉を聞いたエレナもほっとした表情で、アルを降ろして、紹介を再開する。


「アル…貴方が5歳になる頃に、クリスにはメイド見習いとして、

貴方のメイドとして働いて貰う事になると思うわ。仲良くしてあげてね?」


エレナが微笑みながら、優しくアルに説明する様に言うと、


「アルヴィス様…、よろしくおねがいします。」


クリスティアは恥ずかしそうに、モジモジしながら言うと、顔を上げた。

その目はまだ少し赤く薄紫色の瞳は涙で揺れてる様に見えたが綺麗だった。


「あぃ!くりしゅてぃあ!」


そう言い差し出すアルの小さな手を、クリスティアは顔を赤くしながらも、

はにかむ様に笑いその手を握り返した。


(やだ何この子!? 可愛い。………、俺はロリコンじゃないはずだ…、だよな…?

それに…、どことなく、雰囲気がケイさんに似ている…ってそんな筈はないな。)


「ふふふっ♪仲良くしてあげてね?」


「アル様、クリスをどうか宜しくお願いします。」


そう言ったエレナとマリーは、手を繋ぐ二人を優しく見守っていた。


そんなクリスとアルの出会いであった。




―――――




2歳になったある日、庭で魔力操作の練習をしていると、

マリーとクリスがやって来た。


「アル様、何をしているんですか?」


5歳になったクリスが不思議そうにのぞき込んで聞いてくる。


「まりょくのれんしゅー」


と、アルが答えるとクリスは良く判らないながらも、

魔力と言う単語に興味が沸いたようで食いついてくる。


「それをすると、どうなるんですか?」


「んー? まだよくわからないけど…、からだのなかでうごかせる―、

まほうをつえるようになったら、ゆうりになるんじゃないかなぁ~…?」


「なるほどー…?」


その会話を聞いていたマリーは目を見開き驚く。


「アル様……、それはエレナ様に教わったのでしょうか?」


「んーん?なんとなく?できるようになったから…、

もっとできるように、しゅぎょうしてたんだ。」


「そ、そうですか……。」


マリーは冷静を装い頷く。


「クリス、アル様の傍に…。 

私は用が出来たので、エレナ様にお会いして来るわ。」


「あ…はい、わかりました。」


そう言ってマリーが屋敷に向かうのを見送ったクリスは、

二人きりになり緊張しながらもアルに尋ねる。


「ア…アル様、わた…私にも魔力の練習…、教えてくれますか…?」


「んー? いいよー、いっしょにやろうか、ちょっと手を出して~。」


クリスと魔力操作の練習をする事になったアルは、

クリスと向かい合い差し出された両手を取り手を繋ぐ。


「じゃあ…、いまからクリスに、まりょくをながすからかんじてね。」


「は…はい!」


クリスティアは元気よく返事をする。


(俺の手から…クリスの手に…、ゆっくりと魔力を流して……。)


クリスの手に、自分の魔力が入っていくのを感じられる。


「………、どう…? なにか…、かんじる?」


「……んっ…は…はい! 手になにか…ぁっ…、暖かいのが…流れて…きました。」


(微妙に…、色っぽい声がするけど…、相手はお子様、俺もお子様…、

………、うん…、気のせいにしておこう…。)


「それがまりょくだよー、そのかんかくをしっかりとおぼえて…、

それをじぶんのからだのなかで、さがしてみよう。」



クリスは目を閉じて集中する。

さっき感じたものを体の中で意識して我慢強く探す。


「………、………、ぁ…、 これ……、かな…?」


「みつけたら、それをからだのなかで、うごかしてみよう」


そう言われ意識を傾けるが、そう簡単に動いてはくれない。

動かす様に集中してるクリスを見守る様に、自分の練習をしていると、

向かい合わせのまま、お互い無言で暫くの時間を過ごす。


「………、 んっ……、ん…、………。

………、あっ! ………、うごきました!」


「もううごかせたの? くりすはすごいなー!

それをからだじゅうに、なんどもめぐらせるのが、

まりょくそうさのれんしゅうだよー」


「はい!わかりました!」


そんな会話を交わしながら魔力操作の練習を続ける二人。




そんな二人を、静かに離れた場所で見守る、エレナとマリーだった。



――――




時間は少し巻き戻る。



「エレナ様、宜しいですか?」


エレナがソファに座り読書している時に、メイドのマリーがやって来た。


「どうしたの? マリー」


「はい、アル様が……、既に魔力を操作の練習を行っていると聞いたのですが…。」


本に読んでいたエレナは聞き間違いかと思い、視線を上げマリーに向けて聞き直す。


「………、何ですって?」


「………、やはり…、まだご存知ではありませんでしたか。」


マリーは予想していた様子に溜息をつく。


「………、わかったわ…、ありがとう。」


エレナは本を閉じると立ち上がって庭へ向かう。


そこでは仲睦まじく、魔力操作をクリスに教えているアルが居た。

エレナは見つからない様に二人の背後側に周り込み様子を見る。



アルはクリスに両手を繋ぐと、その手を通してクリスへ魔力を流したようだ。


「………、どう…? なにか…、かんじる?」


「はい! 手になにか…、暖かいのが流れてきました!」


「それがまりょくだよー。」




(………、本当に魔力操作しているし…、………、的確に教えてるわね…。

自分で覚えて魔力知覚のコツを見出したの?)


エレナは二人を見守りつつ、様子を見て推測を並べていく。


(アルもだけど…、教えられて直ぐに出来てるクリスも凄いわね…。)


「もう、うごかせたの? くりすはすごいなー!

それをからだじゅうに、なんどもめぐらせるのが、

まりょくそうさのれんしゅうだよー」


アルは褒めるようにクリスの頭を撫でようとして……、

背丈が足りず、諦めて背中を優しく撫でている。


「はい!わかりました!」


その後もやりとりを交わしながら魔力操作の練習を続ける二人。




二人の様子を静かに見ていたエレナは大丈夫そうだと判断し、

後ろに着いて同じように見ていたマリーに、視線で合図すると部屋に戻った。




リビングに戻ったエレナは、ソファーに座ると息を吐く。


「ふぅ……、驚いたわ……。

………、私も5歳の時に魔力操作を覚えて、才女だの褒め囃されたけれど……、

それは、人に教えを乞うた上での事よ…。」


エレナは真剣な眼差しでお茶の用意をしているマリーに告げる。


「………、はい…。

今日が初めてのクリスが、知覚できるような…、適切なアル様の教え方……。

実際に直ぐに感覚を掴んだクリスも凄いですが、アル様は…。」


「えぇ……、

クリスも魔法の適性はまだ判らないけど、魔力操作のセンスは抜群ね。」


「やはり…、そう思われますか。」


自分の娘の才能に、僅かに嬉しそうに同意を示しお茶を注ぐマリーが、

エレナの前にティーカップを置く様子を見つつもエレナは頷き答える。


「えぇ…、少し早いかもしれないけど、放っておいて勝手に色々されるよりも…、

ちゃんと教えた方が良いわね…。」


エレナはソファーで足を組み替え、マリーの用意してくれた紅茶を一口飲むと、

息を吐いて、考えを纏める様に口にする。


「ふぅ…、庭で訓練出来るように、色々と用意しておいて貰っていいかしら?

魔法については極力、アルとクリスは一緒に練習させましょう。」


「承りました。」


エレナの言葉にマリーは一礼をして段取りを組み立てていくのであった。



―――――



その日の夜、アルが寝た後、

リビングのソファーでエレナは夫のジョシュアと並んで座っていた。


「………、あの子達を見て思ったのだけれど…。二人とも天才だわ…。」


「あぁ…、話を聞いて俺もそう思うよ。」


「特にアルは……、天才なんて言葉で片付けて良いようにも思えなかったわ。

2歳の子供が…、自力で魔力操作を覚えるなんて…、

やっぱり…何らかの加護を持っているのかしら…。」


エレナは両手を組んで考え込んでしまう。


「あまり…、考え過ぎない方が良い。


アルは、他の子よりも心の成長が早いだけなのかもしれない。


興味がある事をやらせて危ない事をしようとした時に教えるだけで…、

今は………、今はそれで良いのかもしれないな。」


ジョシュアは優しくエレナの肩を抱く。

気付けば固く組んで居た両手を離し、ジョシュアにもたれ掛かる。


「そうね……、アルはアルだものね。」


「そうだとも、俺たちの可愛い息子さ。」


二人は静かに微笑みあうと、そのまま寄り添って夜を過ごすのだった。


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